企業のいま

立ちはだかったのは「人」という壁。過去の失敗を糧に、大組織のマインドシフトに挑戦した物語をたどる

約6カ月という短期間で電子契約サービスの全社導入を完了。従来の業務プロセスや1,500名を超える社員の意識変革に挑むひとりの企業人は、どのように意識変革をおこない、スムーズなIT導入を実現したのだろうか?挑戦の軌跡と「その先」のビジョンを語ってもらった。

2021年5月21日(金)~5月23日(日)にオンラインで開催される「Climbers2021(クライマーズ)」は、さまざまな壁を乗り越えてきた各界トップランナーによる、人生の特別講義を提供するイベントだ。Climbers(=挑戦者)は、何をめざし、何を糧にいくつもの壁に挑戦し続けることができたのか。このイベントでは、特別講義を通じて、彼らを突き動かすマインドや感情を探り、進み続ける力を本質から思考する。

今回からの新たな試みとして、Day1では一般企業人による「乗り越える」エピソードを紹介する。登壇者である「コロナ禍の社内意識変革への挑戦」菅本浩司も大きな壁を乗り越え、いま、さらに大きな壁に挑もうとしている。

デジタルによる効率化を、新しいビジネスモデル創出につなげる

大学ではマスメディアについて学んだ。バブル後期の就職活動は、マスコミとリース業界に絞り込んでおこなった。専攻していたマスメディアのほかにリース業界に目を向けたきっかけは、当時金融業界が世の中の大きな注目を集めており、金融と商社の機能を併せ持ったリースという業態に大きな可能性を感じたからだ。

1989年、菅本は三菱HCキャピタルの前身となるダイヤモンドリース(2007年にUFJセントラルリースとの経営統合により三菱UFJリースとなる)に入社する。

「当時、小さいものはコンピュータやコピー機など、大きいものは航空機までさまざまなアセットのリースをおこなっていました。まだリースという業態そのものの知名度は低く、会社自体も現在ほど大きくなかったので、新しいビジネスを生み出し、会社自体もどんどん変えていけると感じていました」

三菱HCキャピタルは2021年4月、三菱UFJリースと日立キャピタルの経営統合によって誕生した。「アセットビジネスのプラットフォームカンパニー」としての先進的なアセット価値の提供と「社会価値創造企業」としての強みを融合することでシナジーを創出していく。「社会資本/ライフ」「環境・エネルギー」「モビリティ」「販売金融」「グローバルアセット」の5領域に注力し、世界各地でリース会社の枠を超えた先進的なアセットビジネスを展開し、開拓者精神で社会価値の創出をめざしている。

菅本は入社後、リースのエリア営業部門、IT営業部、システムインテグレーション会社への出向などを経て、2015年に市場開発部へ異動した。同部は販売金融(ベンダーリース)をおこなう部署だ。最初1年間は営業を担当したが、その後の約4年間、開発課で業務のデジタル化などの業務改革に取り組んだ。菅本は、デジタル化を進めた理由は大きく2つあったと語る。

1つ目はリース会計基準が変更され、顧客にとってのリースのメリットが減少しつつあり、リースという業態が変化を求められている点だ。「『モノ売り』から『コト売り』へ、価値のシフトが起き始めていました。サブスクリプションやシェアリングなどが登場する中、デジタル技術を活用した新たなビジネスモデルの創出も求められていた」

2つ目は業務の効率化だ。従来のベンダーリース契約では、審査申込書がFAXで送信され、紙の契約書が交わされる。紙に記載された情報をオペレーターが手入力し、最終的な契約の意思確認は電話によっておこなわれていた。 「こうした大量の紙の書類を扱う人海戦術的な業務の進め方をデジタル化することで効率化していく。効率化によって生まれたリソースを新たな価値の提供、新しいビジネスモデルの創出に活用したいと考えました」

菅本は2018年頃から業務のデジタル化のために、電子契約、業務プロセス自動化のためのRPA(Robotic Process Automation)、審査業務へのAIの活用などに取り組み始めた。なかでも電子契約は最優先の課題だった。しかし、導入にあたって大きな壁が立ちはだかった。変化を望まない「人の意識」である。社内では、長年慣れ親しんだ仕事の進め方を変えることに抵抗感を示す声も少なからずあった。

「どうしても現状維持バイアスというか『変えなくてもいいのでは』という意見が各所で起こりました」

結局、凝り固まった組織内の意識を覆すことができず、一度目の挑戦は期待した成果を得られず失敗に終わった。しかし、得たものもある。失敗から学んだ悔しさと、諦めないコミュニケーションの重要性、そして次の挑戦に繋がる出会いである。このとき菅本が出会ったサービスが、弁護士ドットコムが提供する電子契約サービス「クラウドサイン」だった。

一度目の挑戦時は、社内に変化の重要性を浸透させることができなかった。たくさんの課題を抱えたまま異動することになったと、菅本は当時を振り返る。

各部署の力を結集し、ポイントを押えてスピーディーに進行

電子契約とは電子ファイルをインターネット上で交換して電子署名を施すことで契約を締結し、企業のサーバやクラウドストレージなどに電子データを保管しておく契約方式だ。電子契約には利用者が署名鍵を保有もしくは準備する「当事者署名型」と、クラウド事業者が署名鍵を準備して提供するため、利用者はその事業者に署名指図をおこなうだけでいい「事業者署名型」に大別される。現在では利用者にとって負担の少ない「事業者署名型」が主流となっている。「クラウドサイン」は「事業者署名型」の代表的なサービスで、契約締結のスピード化、コスト削減、コンプライアンス強化の実現に寄与する。

2020年4月、菅本はデジタルビジネス推進部 イノベーショングループに異動した。同部署は「攻めのDX」を掲げ、新たな価値の創造、新しいビジネスモデルの創出をめざしている。

「まずは現場でデジタルツールを活用し、どのように効率化が進み、何が実現するのかを体験してもらう。そうした体験を通じて現状維持ではなく、変わる必要があるとみんなのマインドセットを変えていく。そうした意識のシフトが、新しいものを生み出すためには必要だと考えました」

異動とタイミングを同じくして、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発出される。社内の空気が一気に変わったのを感じた。電子契約サービス導入を求める声が高まったのである。契約書など紙の書類を扱っている限り、出社しないと業務は回らない。電子契約を導入すれば無理に出社する必要性はなくなる。半ば強制的にテレワークに移行するなかで、「全社で電子契約を導入すべき」というマインドシフトが自然に起きた。

6社の電子契約サービスが徹底的に比較・検討され、「クラウドサイン」は採用された。選択の決め手となったのは抜群のUI(ユーザーインターフェース)、知名度、信頼感、将来性、カスタマーサポートの充実ぶりだった。9月に全社導入のためのプロジェクトチームを結成。法務コンプライアンス部、情報システム部、事務部、営業統括部、営業開発部、デジタルビジネス推進部の6部署から総勢17名のメンバーが集まった。法務面、システム面、事務面、営業面などの論点が一気に整理され、プロジェクトの内容と目的、スケジュールが定められた。デジタルビジネス推進部は他の5部署に横串を通して全体をスムーズに推進させる役割を担い、菅本自身はプロジェクトマネージャーをつとめた。

転がり込んできたリベンジのチャンス。前回の経験とコロナによる意識変化の追い風を受け、6カ月でのプロジェクト完遂に邁進した。

プロジェクト発足から約6カ月後の2021年3月、さまざまな壁を乗り越え、電子契約の全社導入が完了した。だが、短期間で1,500名を超える組織へ導入をおこなうのは決して容易ではなかったはずだ。

「大事なことは前回の失敗から学びました。どの部署にもこれまでの業務の進め方や慣習というのは当然あるわけですから、社内アンケートを何度も取りながら意識や意見をしっかり把握し、導入の必要性を丁寧に伝え続けました。一つ一つのコミュニケーションを丁寧に確実におこなうことが、人の意識を変えるんです」

プロジェクト成功の要因は何だったのだろうか?菅本は「最初から100点をめざさず、80点をめざしてスピーディーに導入作業を進めたこと」を挙げる。

「今回、事務マニュアルまでは作成せず、電子契約で最低限問題が生じないことを目的とした『ガイドライン』の作成にとどめました。事務マニュアルは今後、事務部にじっくりと作っていただく。完璧をめざしていては、いつまでも導入が完了しないので、『キモ』の部分だけはしっかり押えるように心がけました。また社内が『電子契約は絶対に必要』とひとつにまとまったことも大きかったと思います。プロジェクトのほとんどの会議はリモートでおこなったため、実は一度も全員でリアルには集まっていません。しかしリモート会議を上手に活用することで、迅速に作業を進めることができました」

デジタル技術の活用で、ビジネスモデルの進化をめざす

菅本は仕事を進める上で、何を重視しているのだろうか?

「1つは『変化』。時代の変化をしっかりと見て、素早く自らも変化すること。もう1つは『顧客視点』。デジタルツールを活用することで社内に価値を提供するだけでなく、常にお客さまの存在を意識して、どのような価値を提供できるかを考え続けること。DXというと、ツールを導入して終わりとなりがちですが、それだけでは終わらないよう、自分も含めたデジタル推進部全体で強く意識しています」

今後のリース業界とDXについての展望は?

「リース業界のビジネスモデルを進化させるのはデジタル技術だと確信しています。電子契約は業務プロセス変革の第一歩であり、今後RPAやAI、eKYC(オンライン本人確認)などを活用して効率化を進め、生み出されたリソースによって新しいビジネスモデル、新しい価値を創出していきます。今回の電子契約サービス導入によってようやく発射台を整備することができました。そこから何をどのように打ち上げるかが今後のポイントになります」

2021年4月の経営統合により、三菱HCキャピタルは連結で9,000名を超える組織となった。菅本は今後、より大きなデジタル変革に挑んでいくこととなる。

菅本が実際に乗り越えたいくつもの壁、大事にした「顧客視点」と一度目の失敗を糧に「絶対にプロジェクトを完遂する」という強い意志。菅本はどのようにしてこの挑戦に挑んだのか?菅本のビジョンとスピリットを「Climbers2021(クライマーズ)」で感じ取りたい。

「Climbers 2021 (クライマーズ)」
日時:2021年5月21日(金)~5月23日(日)
   ※5月31日(月)18:00までアーカイブ配信中
開催形式:オンライン配信
参加費用:無料
内容:ブレイクスルーを実現した30人による人生の特別講義
https://2021online.climbers-evt.com/