企業のいま

「引き算の人生デザイン」が挑戦の舞台を選ばせる━━小出伸一が新しい領域に進み続ける理由

セールスフォース・ドットコムの代表である、小出伸一は並々ならぬ競争心の持ち主だ。そんな彼がいま挑むのは、グローバルに通用するようなイノベーションを日本から生み出すこと。ビジネスを通じて世の中を変えようとする、そのマインドの源泉に迫る。

2020年11月23日(月)にオンライン開催される「Climbers 2020 (クライマーズ)」 では、様々な壁を乗り越えてきた各界のトップランナーが人生の特別講義を行う。Climber(= 挑戦者)は、何を目指し、何を糧にいくつもの壁に挑戦し続けることができたのか。特別講義を通して彼らを突き動かすマインドや感情を探ることで、進み続ける力を本質から思考することになるだろう。

本イベントの登壇者のひとりである株式会社セールスフォース・ドットコムの代表取締役会長兼社長 小出伸一は、「壁を感じたことはない」と言う。しかしそれは、挑戦がなかったという意味では決してない。むしろ挑戦は、彼の人生のテーマであるといっても過言ではない。

幼少期から培われた「一番を目指す」精神で選んだ進路

福島で事業を営む父親のもとに一人息子として生まれた小出。跡取りとして期待されていたが、甘やかされて育ったわけではない。むしろ父は、競争相手となる兄弟がいないからこそ小出に厳しく接した。また、小学生の頃に始めたボウリングは全国大会にも出るほど真剣に取り組んだ。「競争に打ち勝って勝利者になる」「一番を目指す」という精神が自然と培われていった。

プロボウラーになりたかった。大学の4年間、授業に出るよりもボウリング場に通うことの方が多い毎日だったと振り返る。ただ、経済的なことを考えると、プロボウラーを目指す道より、父の跡を次ぐのが現実的だった。しかし、大学卒業のタイミングで小出の進路は大きく変わった。自動車部品や用品を扱う卸問屋という父のビジネスは時代とともに難しくなっており、「今はまだ帰ってくるな」と言われて就職することにしたのだ。

小出が卒業したのは1981年。当時の就職人気企業ランキングはほぼ日本企業で占められていたが、選んだのは日本アイ・ビー・エム(以下、IBM)だった。

「普通の企業に行ってもチャレンジャー・スピリットを感じられないのではないかと思った」と選択の理由を語る。

小出が入社したその年に、人々の生活にPCが浸透していくきっかけとなるIBM Personal Computerが発表される。小出の目にIBMは、世界を舞台にITの新しい夜明けをもたらすチャレンジングな企業に映ったのだ。

「いつかは実家に帰るのかもしれない。それなら新しい風を感じられるところに行ってみたかった。それに、既にたくさんの競争相手がいるところよりも新しい領域で戦う方が勝率は高い。それを子どもの頃から経験を通じて感じ取っていたので、いつも『新しいところの方が面白そうだ』と感じる」

過去の自分が積み上げてきたものが今の挑戦を支える

小出にとって挑戦とは勝ちを目指して行うもので、無謀とは異なるものだ。だから、「その人が背負っているものによって挑戦の価値は違う」と考える。

「経営者である私にとって、51%以上の確率があれば挑戦だと言えるが、49%以下ならそれはギャンブル。私は従業員、お客様、パートナー様、地球環境、家族など、様々なステークホルダーに責任を負っている。そんななかで、20%しか可能性のないものにリソースを投入したりすれば、ギャンブルになってしまう。

でも、立場が違えば背負っているものも違うので、挑戦の意味も変わってくる。例えばゴルフでバーディを取るために、10センチしかない木と木の間を狙う。タイガー・ウッズにとっては、これは十分にやってみる価値のある挑戦かもしれない。いずれにしても、前向きにチャレンジするかどうかが非常に大事になってくる」

また、小出には自分の中で自信と不安のバランスが7対3、あるいは8対2くらいのときに、最も挑戦するエネルギーが湧いてくるという独自の方程式があるという。十分に自信がないとやってみようという勇気や力が出ないが、全く不安がなくても慎重さに欠けて無謀に傾いてしまうというわけだ。

この自信と不安のバランスは、自分の経験の上に成り立つものである。つまり、今の自分の挑戦を支えるのは過去の自分の積み重ねである、というのが小出の持論だ。

「過去からの小さな努力や経験の積み重ね。そこから生まれてくる信念が、挑戦するときに非常に重要な要素だと考えている」

そんな小出は、IBM時代は「サイボーグ」と呼ばれていたという。バブル期の同社では、夜中まで働くこと自体は珍しくもなかった。その中で「トップパフォーマーになる」という強い思いを持つ小出は、文字通り寝る間を惜しんで人の何倍も働いた。そして実際に、入社6年目にして営業成績でトップに上り詰めたのだ。

「今の時代には合わないし、人それぞれなので自分のやり方を押し付けるつもりはない。けれども、限られた時間でどれだけお客さまのこと、ビジネスのことに時間を使ったかが、最終的な結果に現れると思う」

社員それぞれが力を発揮し化学反応が起きるような環境づくりに注力

猛烈に働いて結果を出してきた小出だが、セールスフォース・ドットコム(以下、Salesforce)の社員に同じような働き方を求めているわけではない。

良いものを作れば売れた高度成長期には、とにかく効率的により多くの仕事をすることが求められた。しかし今は、革新性やイノベーションが必要とされている。それは効率性や量の追求からは生まれない。社員それぞれの多様な能力をいかに引き出し、活かすことができるかが鍵になってくる。

「特にIT業界は人材獲得競争が激しいので、いかにしてトップタレントを採用し、彼らが離職しないようにするか、ということが重要だ。したがって私が力を入れるべきなのは、社員が働きがいを感じられる環境を真摯に考え、提供することだと思っている。それによって社員がそれぞれの力を発揮し化学反応が起きれば、持続的な成長を実現できる」

Salesforceはアメリカに本社を置くグローバル企業だが、その中でも人材やワークプレイスへの投資割合が大きいのが日本法人の特徴だ。それは、上述のような考えをもった小出の経営判断によるものなのだという。

国内企業のデジタルトランスフォーメーションの支援をさらに強化していくために、2024年までの5年間で3500人規模まで増員することを発表。「日本生命丸の内ガーデンタワー」の全てのオフィスゾーンをセールスフォースが借受け、「Salesforce Tower Tokyo」の呼称で2021年下半期より稼働する予定。 

セールスフォースに感じたチャレンジャー・スピリット

小出はかつて「55歳で引退する」と公言していた。実際にその歳になって選んだのはセールスフォースの日本法人トップ(代表取締役会長 兼 社長)という道だが、そこに矛盾はないという。

「55歳でデイ・トゥ・デイのビジネスを離れたら、それまでの経験を生かして優秀な人材を育成したり、スタートアップ企業の支援をしたりしようと考えていた。そうすることで、それまでお世話になったIT業界に自分なりの貢献ができるのではないかと考えたからだ」

最近の日本ではグローバルに通用するようなイノベーションがなかなか生まれないと言われている。しかし日本にも優秀な人材がいる。彼らが日本のビジネス環境の中で本来の発想や能力が発揮しきれていないことに問題があると感じていた小出は、自身の経験を生かして人材やスタートアップを育てたいという強い思いがあった。セールスフォース創業者のマーク・ベニオフに「日本法人の最高責任者に」と請われて承諾したのは、同社に自分と同じスピリットを感じたからだ。

「Salesforceは、会社自体がチャレンジャーだ」と小出は語る。

「Salesforceが最初にやったことは、ITの民主化。PCの登場によってコンピュータは個人でも持てるものになったが、それを動かすソフトウェアを買ったり開発したりするには、ある程度の資金が必要だった。マーク・ベニオフはそうではなく、ソフトウェアも電気や水道やガスみたいに必要な分だけリソースを使えるようにすべきだと考えた」

Salesforceはソフトウェアをクラウド化、サービス化することによって資本のない中小企業でも手の届きやすいものにした。そんな会社に参画することで、小出はビジネスを通じて世の中を変えるという目標を追求することにしたのだ。

「Salesforceは道なき道を行くトレイルブレイザー(先駆者)。マーケットにイノベーションを真摯に提供してきた」と語る小出。その企業としての姿勢に共感し、セールスフォース・ドットコムの日本法人トップの道を選んだ。 

30代で始めた「引き算の人生設計」

「55歳になったら引退し、人生の後半はIT業界への恩返しを」という目標は、小出が30代の頃から考え始めたことだ。

きっかけはIBMでトップの営業成績を収めた20代後半、先輩に「日々の努力の積み上げだけでは、大きなものにならないよ」と言われたことだった。

「それまでは日々忙しいことが楽しくて、目の前のことに一生懸命だった。でも『人生は引き算で考えなさい』と言われて、55歳を区切りとして自分の人生をデザインするようになった」

「55歳で経営者としてビジネスの現場を卒業したい」と考えた小出。「そのためには1期3年を2期やるとして49歳には社長になる」「49歳で社長になるには◯◯歳で取締役になる」「そのためには......」と引き算で人生のデザインを描いていった。IBMの後は日本テレコムでCOOを務め、48歳で日本ヒューレット・パッカードの経営者として迎えられた。着実なキャリアアップの背景には、「引き算の人生設計」があったのだ。

区切りとした55歳を迎えたらやろうとしていたことをSalesforceという舞台で実践している今は、とても充実している。だが、「日本からグローバルに通用するイノベーションが生まれている」というビジョンは実現していない。「まだまだ経営者としてやるべきことは多くある」と語る小出は、若い挑戦者たちとともに今後もClimbを続けていくのだろう。

「Climbers 2020 (クライマーズ)」
日時:2020年11月23日(月・祝)10:00〜19:00(予定)
開催形式:オンライン配信
参加費用:3500円(税込)
内容:Brave LIVE〜ビジネスマインドが奮い立つ人生の特別講義〜
https://2020online.climbers-evt.com