編む

創造性と効率性の融合にある未来。「つくる」と「着る」の意識を変えるべく、川崎和也はファッションを思索する

ファッション業界で、「サステナブル」や「エシカル」といったキワードが浸透した背景には、大量消費を前提とした産業構造からの脱却を目指すという明確なビジョンからだ。この大きな転換期に、「スペキュラティヴ・ファッションデザイナー」という耳慣れない肩書きで活動する川崎和也。彼の活動の軸にある「編む」という行為について紐解く。

肩書きは自分に課した使命でもある

──川崎さんは、スペキュラティヴ・ファッションデザイナー、デザインリサーチャーという二つの肩書きを持たれていますよね。それぞれどういう役割を担っているのかを教えてください。

では、スペキュラティヴ・ファッションデザイナーというあまり耳慣れない肩書きから話します。おそらく「スペキュラティヴ」というこの頭の形容詞が何なのかという話だと思うのですが、この言葉は日本語に翻訳すると「思索する」。「できるだけ遠いところに(抽象的な概念で)思いを馳せていく」という意味合いが強い言葉で、とりわけ2000年代後半ぐらいからデザイン・アートの領域で盛んに用いられるようになりました。

またAIやバイオテクノロジーの領域では、技術を短絡的に売り込んでいくことは簡単だけど、そうではなく、より長期的な視野を持ってスペキュラティヴに考えていこうという運動がありました。それをファッションにも応用したいと考えたんです。

ファッションデザイナーは、春夏・秋冬といった「シーズン」という強固なルールに合わせて服をつくっては売ることを繰り返しています。でも、社会が劇的に変化している中で、「とにかく消費を加速させる」という、当たり前になってしまった命題にとらわれることなく、より長期的な視野で考えていく必要があると思ったんです。それで「スペキュラティヴ・ファッションデザイナー」と名乗って活動しようと考えるに至りました。

⻑期的な未来に対してファッションはなにができるか、理論と実践の両サイドからアプローチしている。

──それは自分に課した宣言みたいなニュアンスなのでしょうか。

川崎:そうですね。変な肩書きを使う人って昔から一定数いますよね。あれって他人の気を引くためというよりはむしろ、自分に使命を課している面が強い気がします。「これをやらなきゃ死ねない!」みたいな表れというか。カタカナが連続してしまって、自分で言う時に噛むことも多いのですが(笑)。この肩書きで掲げたミッションに共感してくれる友人や後輩と立ち上げた「Synflux」を拠点に、プロダクトとしての衣服からデザインプロセス、サービス、システムまでをAIやバイオテクノロジーの応用を前提として研究開発しています。

この「スペキュラティヴ・ファッションデザイナー」が実践のための名前だとすれば、「デザインリサーチャー」は理論の領域を担っています。「人間にとってつくるとは何か?」というテーマを、現場で見たり聞いたり、文章を書いたりして研究できないかなと思っているんです。というのも、「デザイナー」は専門的な職能だということもあって、一般的に特別な存在だと思われているところがあるかもしれないのですが、デザインは我々の生活を構成するものとしてとても身近なものでもあるし、地球環境に多大な影響を与えているものでもある。建築とかはまさにそうですよね。そんなデザインが歴史の中でどのような役割を担ってきたのか、そしてこの先どのような役割を担っていくべきかをリサーチして、テキストを書いたり、いろんな場所で自分の活動について話したり、実際に洋服を作ったりしています。そのような観点から、国内外の研究者と一緒に『SPECULATUIONS:人間中心主義のデザインをこえて』という、デザインリサーチに関する本を出版しました。

──どうしてデザインをリサーチすることに興味を持ったのでしょうか。

僕は慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)エクスデザインプログラムの出身なのですが、そこでは「社会とどうやって接点を持つか」に重きを置いたデザイン教育がされていました。ただ同時に、僕が師事したデザインリサーチャーの水野大二郎(京都工芸繊維大学KYOTO design lab特任教授)さんは、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで勉強され、「どうやって美しい表現をするか」「どうやったら精度の高いものがつくれるか」という、表現や技術もとても大切にしながら指導されていたんです。その影響もあって、「実践」と「理論」、「表現」と「社会との接続」、一般的に対立構造として捉えられている観念を融合させていきたいと思うようになりました。

デザインリサーチの領域においても、まだまだデザインとリサーチが対立する概念だと思われているのも事実です。「リサーチなんてしていないで、ものをつくった方が早いじゃないか!」という人もいるし、「つくる前に歴史を知る方が重要!」という人もいるので。僕個人としては、どちらもやりたい。まさに互いのポジティブな点を編集するように、相乗効果を生み出して、「デザインリサーチ」という領域を盛り上げていきたいと思っています。

──川崎さんの取り組みは編集的だと思うのですが、「編集者」ではなく「デザイナー」として活動しているのはどういった理由があるのでしょうか。

もともと本を読むのが好きだったので、「編集」から影響を受けているのかもしれません。でも、編集者はまた高度な専門職なので、正直自分なんかが名乗れる肩書きじゃないなって。

ただ、最近になってデザインと編集は近い存在なんじゃないかと考えるようになりました。ヴィヴィアン・ウエストウッドというパンクカルチャーを先導したイギリスのデザイナーは、自身の過去のコレクションを見直して、そこに新しい要素を組み合わせて発表したりするんですよ。それって編集的な行為ですよね。コラージュやリミックスに近い感覚です。「編集」という言葉ではなくとも、コンテキストやテキスタイルを「編む」という職能でありたいなとは思っているんです。

創造性と効率性の融合に未来がある

──ファッションという産業が抱えている問題や課題はたくさんありますよね。環境もそうだし、労働もそう。それらを川崎さんはどのように捉えているのでしょうか。

現在のファッションが直面している一番大きな問題って、「産業」と「環境」の間に衝突が起きていることだと思うんです。洋服って人間一人ひとりが着用するもので、おそらく全裸で生活を送ることは当面起こり得ない。だからこそ、年間でとてつもない量が生産されていることが問題なんです。実は2000年から2015年までの15年間で、洋服の生産量って倍以上に膨れ上がっているんですね。にもかかわらず、使用量は半減している。

生産は2倍になっているのに使用が2分の1なわけだから、完全に過剰生産なわけです。しかも、どれだけ安くつくれるかを重視した結果、物流は複雑化し、人件費の安い途上国にばかりに依存するようになって、たくさんの人が低賃金で働いている。そして、拍車をかけるようにメディアには「たくさん買え」というメッセージが絶え間なく流れ続けている。そういう構造的な問題に対する解決策を構想しています。

強固に大量につくるシステムと、購入を促進するメディアからの止まないプッシュ、 産業の構造としての問題に対して、なにができるのか考えを巡らす。

──具体的に取り組んでいることはあるのでしょうか。

H&Mファンデーション主催のグローバル・チェンジ・アワードでアーリーバード特別賞を受賞した、デザインで排出される布の廃棄を最小化するAIシステム「アルゴリズミック・クチュール」を応用して、展覧会での作品発表や、製品化に取り組んでいます。

最近では、伝統的な「織り」の技術とAIを組み合わせて、新しくテキスタイルをつくるプロジェクトに挑戦しました。表参道のGYRE GALLERYで、4月10日から開催される予定だった「ヒストポリス - 絶滅と再生 - 展」(新型コロナウィルス感染拡大防止のため延期 ※6月8日から再開)で、新作「XENON」として発表予定です。設営が完了したまま、パンデミック下で作品が冷凍保存されてしまいました(笑)。

インターネットを漂っている動物の画像2000万枚をAIが学習し、架空の動物柄を生成しました。そういう人智を超えた巨大な数字を人間がどうやって表現に落とし込むのかについて試行する中で、デジタルの原理に回帰する意味も込めて「ジャガード」に着目したんです。

デザインの過程で興味深かったのが、職人の手作業からAIの出力データまで、多次元の情報を扱うことです。その中で、機械学習の振る舞いと熟練の職人の解像度の違いを活かすかたちで、より良い協働を促進する方向性や世界観をデザインすることが必要になります。深い歴史がある伝統的な技術から、最先端の機械学習まで、アトムとビット、二次元から三次元、過去、現在、未来を反復横跳びしながらデザインすることになります。ぼくはこれを「多次元のデザイン(マルチバーサルデザイン)」と呼んでいます。

2000万枚もの動物の画像を学習し、AIが架空の動物柄を生成。虫や植物の要素も感じさせる、異形の生物といった趣だ。

──AIが架空の動物を生成するということですが、最終的なアウトプットのジャッジは、人間が判断するのでしょうか。

まさにそこが論点になっているところです。AI領域の諸研究を概観してみると、人間の美的判断に関わる変数をも定量化し、工学的に計算可能とする事例もあります。ただ、文化的な観点から、人間による審美眼はこれからも重要なものとして残ると考えています。2000万枚の画像を全て見返すことはできないけれど、「この柄が美しい」という美的判断はできるので、デジタルテクノロジーと共進化しながら、デザイナーやアーティストとの重要な役割として維持されると思います。

「ヒストポリス - 絶滅と再生 - 展」では、先ほどの「ジャガード」の一つである「多色ジャガード織り」というテクニックでタペストリーを制作しました。細かいディテールや色彩など、けっこうな無茶振りを職人さんにしてしまったのですが、職人さんもデータを独自に解釈して想定外のデザインを提案してくれる瞬間があったんです。工芸と先端技術の「衝突」と同時に、ギリギリの境界線で「融合」が起きた機会に出会えてとてもワクワクしました。そうした衝突と融合からファッションの未来を生み出すのが、スペキュラティヴ・ファッションデザイナーの役割なのかなと少しずつ確信し始めています。

工芸と先端技術の「衝突」と評する、「多色ジャガード織り」というテクニックで織られたタペストリーの前で。

つくる側だけでなく、着る側の意識も変えていきたい

──最後に、川崎さんが思い描く未来のようなものがあれば聞かせてください。

ファッションデザイナーのみならず、ファッション産業に関わる多様な利害関係者はいま大きな転換期を迎えていると思います。パンデミック下でソーシャルディスタンス前提のファッションについて考える動向もあり、VRやARの技術を駆使して洋服を発表するブランドも出てきて、個人的にとても注目しています。

ただ一方で、パンデミックはファッションが前提とする「集会の自由」や「移動の自由」などを制限することも事実で、「ソーシャルディスタンスのままでいい」という考えは楽観的すぎるなと。スペキュラティヴ・ファッションデザイナーとしては、ポスト・パンデミックのビジョンについても検討する必要があると思っているんです。

そもそもパンデミック以前にも、ファッション産業はいくつもの問題を抱えていました。これから、より自律的で多元的な仕組みを再設計していく必要に迫られると考えています。その中で、作り手と使い手の両者に、創造的な価値を提供するためのプラットフォームがいま要請されていると考えています。

服を着る、以外のファッションとの関わり方を川崎は模索している。それは過剰な消費構造から自律する道を見つけることに他ならない。

かつて日本の洋裁文化が戦後に花開いたことからもわかるように、いまでは当たり前になっている「着ること=買うこと」は、1970年代以降に高度消費社会に移行する中で一般化した、比較的最近の観念です。いま現在、服を着る人がファッションに関わる方法としては、「買って、着て、捨てる」ということ以外にはほとんどありえないわけですが、そのオルタナティブを作りたいんです。

ただ、「つくることを取り戻す」ということが、いまではとてもハードルが高くなっているのも事実です。正直3Dプリンタを毎日使う人は多くはないですよね。パーソナルファブリケーションを制度やビジネスとして発展させるべきだという意見も多いけど、そればかりでは文化は豊かにならないのでとても難しい問題です。

ストリートカルチャーやDIY文化、インターネット文化を参照しながら、次代のファッション・カルチャーを提案することが次の10年の最大のミッションです。いまのところ、デジタルカスタマイゼーションの潮流が、大量生産・大量廃棄を乗り越えるファッション文化の苗床になることに期待しています。人々が、過剰な消費構造から自律する道を見つけることができれば、きっと未来は大きく変わるはず。そのためのファッションを思索し、実装していきたいです。