知恵と技術

感染拡大を防ぐ情報を集積し、ウィルスの脅威を可視化して伝える「PANDAID」

コロナウィルスの脅威は自分自身が感染源になってしまうこと。太刀川英輔率いるNOSIGNERによる「PANDAID」は、こうした状況下でいち早く立ち上げた、パンデミック対策の情報サイトだ。見えない脅威をわかりやすく可視化する、デザインだからこそできるひとつの形ではないだろうか。

デザインストラテジスト・太刀川英輔が率いるデザイン活動体「NOSIGNER(ノザイナー)」が、パンデミックから命をまもるための対策情報サイト「PANDAID」を4月5日に公開した。きょう明日にも緊急事態宣言が発令されるのでないか......そんな雰囲気がピークに達していた頃だ。

PANDAIDは端的に言えば、感染症対策のためのwikiのようなもので、PCとGoogleアカウントがあれば、誰でも編集に参加することができる。マスクの作り方や手洗いの方法などの対策を整備し、情報をまとめ、オリジナルコンテンツを発信しはじめている。

PANDAID
https://www.pandaid.jp/

NOSIGNERは過去にも緊急事態にいち早く行動を起こしていた。2011年の東日本大震災発生から40時間後に、災害時に有効な知識を集めて共有するwikiサイト「OLIVE」を開設した経験がある。その後、東京都が都内各家庭に配布した防災ブック「東京防災」(NOSIGNERがディレクションを担当)へとつながっていくアクションとなった。

建築・プロダクト・グラフィックなどの専門性を越えて、総合的なデザイン戦略を手がけるNOSIGER代表の太刀川英輔に、PANDAIDというプロジェクトの概要、そして「見えない脅威」に対してデザインだからできることを聞いた。なお、本取材は4月8日にオンラインで行った。

「見えない脅威」をデザインで可視化する

――PANDAIDはなにを伝えるためのものか?

感染症のパンデミックに対して、我々自身がどうやって行動変容を起こせるのかというのを、いろんなカタチで情報訴求するWebサイトです。

これと同じようなことを、東日本大震災が発生したときも取り組んでいて、災害時に有効な知識を集めて共有する「OLIVE」というプロジェクトです。「ペットボトル湯たんぽ」とか、「単3電池から単1電池を作る方法」とか、被災地にすぐ届く、その場で使えるようなオープンデザインの情報を伝えることも目的としています。

災害時に有効な知識を集めて共有するwikiサイト「OLIVE」。「生きろ日本」との願いから、O(日の丸)+ LIVE(生きる)で、OLIVEと名付けられた。

アメリカには「疾病予防管理センター(CDC)」という、感染症対策の専門チームによるWebサイトがあるんですけど、ここにはどのように対策したらいいか、それこそソーシャルディスタンスなんかもそうですけど、基本的な情報がけっこうわかりやすく詳細に書かれています。ほとんどの国にはCDCのような専門の特務機関はありません。日本の行政も様々なコロナ関連の情報を発信していますが、それらのWebサイトが見やすいかというと必ずしもそうではない。だとすると、価値ある情報を集積して、CDCがない国にも情報をわかりやすく発信するのには意味があるんじゃないかと。

OLIVEのときは、3週間くらいで100以上の投稿がされて、その間に100万PVくらいのアクセスがありました。PVの問題ではないんですけど、それによって多くの人にOLIVE由来の情報が伝わった。OLIVEをつくったことで、最終的にそれが「東京防災」につながっていて。紆余曲折があったにせよ、我々がなにか発信することは無力ではないと。そんな気持ちで取り組んでいるつもりです。

今回のPANDAIDも、震災のときと同じように、いてもたってもいられない気持ちからはじめたんですよね。

僕のまわりでも、いろんな人がすでに動いていて、たとえば、「Code for Japan」の関治之くん、彼らが「東京都 新型コロナウイルス感染症対策サイト」を構築しました。またPANDAIDにも関わってくれている福井の福野泰介くんが、COVID-19のヴィジュアライゼーションダッシュボード「新型コロナウイルス対策ダッシュボード」をつくったりしていました。大変素晴らしいなと思って応援しつつ、そういう彼らの情報もひとつひとつはすごく役に立つけど、どう行動すればよいのかはわからない。では、それらを包含して情報の束にして、行動指針のようなサイトを構築できたらいいではないのかなと思ってPANDAIDをはじめました。ゆくゆくは8カ国語対応にしていくつもりです。

――PANDAIDを立ち上げた理由

特段なにかきっかけがあったわけではなく、先ほどもお伝えしたように、とにかくいてもたってもいられなくなってはじめちゃったんですよね。

こうして「PANDAID」を公開してから、「行動が速い」と言ってもらうことも多いんですけど、もっと早くできたんじゃないかな......という思いもあります。本当は2月くらいにつくっていたらよかったのかもしれない。でも、まだその頃はどういう段階にあるのかもわかっていなかったんですね。ウィルスという、色も臭いもないものが対象なので、どういう脅威があるのか、なかなか実感としてわかなかった。

今回のコロナ禍に対して、日本の対策が早かったとか、あるいは対策がよかったとか、そういうことは、残念ながら特になかったと思うんです。でも、日本はまだ世界的に見るとマシなほうなので、そのマシな間に良いコンテンツをつくっておきたい。それはやっぱり、東日本大震災のときの恩返しがしたいという気持ちがあるんですね。震災のときにすごく外国の人たちに助けられたと思いがあります。

太刀川英輔
デザインストラテジスト。慶應義塾大学理工学部隈研吾研究室にて、デザインを通した地域再生と建築とプロダクトデザインの研究に携わり、在学中の2006年に「見えない物をつくる職業」という意味を持つデザインファームNOSIGNERを創業。社会に機能するデザインの創出(デザインの機能化)と、デザイン発想を体系化し普及させること(デザインの構造化)を目標として活動している。平面/立体/空間を横断するデザインを得意とし、新領域の商品開発やコンセプトの設計、ブランディングを数多く手掛け、数多くの国際賞を受賞している。経済活動としてのデザインのみならず、科学技術、教育、地場産業、新興国支援など、既存のデザイン領域を拡大する活動を続けている。慶應義塾大学大学院SDM 特別招聘准教授、NPO法人ミラツク理事、地域ブランディング協会理事、ナオライ株式会社 社外取締役、47PLANNING 社外取締役。

実は、オリンピックも控えた2020年に「マスギャザリング(一定期間に限定された地域において、同一目的で集合した多人数の集団)」の際、進行感染症の蔓延をどのように防ぐことができるのかという日本感染症学会の「FUSEGU2020」プロジェクトのデザインに関わっていて、そこで専門家の人たちとやり取りしていたので、ふつうのデザイナーより感染症について知る機会が多かったんですね。今年の序盤くらいに、進行感染症の蔓延はすごく怖いけど、その怖さって実感しづらいから、「どうやって啓蒙していったらいいのだろうか?」と考えはじめていたんですね。

ただ、その啓蒙の時期はとうに超えて、すぐ近くに「見えない脅威」はきている。そういう進行感染症の脅威を、デザインでなら可視化できるかもしれない。細かいところで言えば、手の洗い方から、ソーシャルディスタンスのとりかた、大きなところでいえば感染症が蔓延する仕組み、あるいはそれを防ぐための工夫。そうした情報は、いろんなカタチで可視化できるわけで、デザインにはその力があると思っています。特にコミュニケーションデザインの領域、具体的なソリューションではインダストリアルデザインやプロダクトデザインの領域で、デザインは役立てるはずです。

感染を防ぐソーシャルディスタンスの距離が直感的にわかるポスターをPANDAIDの有志と制作。サイト上からダウンロード可能。

自分が感染源にならないために必要な、意識と行動の変容

――情報の真贋や有用性をどのように見極めるのか

今回の感染症は専門性が高い医療・疾病の話、あとは複雑系のネットワーク理論、どう感染が広がっていくかというクラスターの話なので、基本的には専門家がはっきりしているんですね。

OLIVEの時って必要とされる情報がもっと曖昧で。例えば、避難所で寝ているときに周りの音が気になるとか、そういう状況になって初めてわかることをどう考えるかみたいなことも多かったです。あと、身の回りものでつくれる「おもちゃ」のこととか。

今回はすごく明確ですよ。衛生的に過ごす手段、なるべく人と接触しない手段、かつ接触しないで過ごすためのノウハウですね。あるいは、そもそもどういう疾病で、罹患してしまったときにすべきこと、あるいはかからないための免疫力の高め方などの情報があればよく、必要となる情報のトータルがそう多くない。そういう視点では言えば、確かな情報が得やすいし、対策を立てやすいと思っています。

新型コロナウィルスは物の上で3日間生き残る。ひと目で危険を喚起することができるのがデザインの力といえる。

東日本大震災のときは課題が一気に押し寄せてきたんですよ。家もない、仕事もない、お金もない、温かい場所もない、健康でもない。東日本大震災のときは、津波が敵だった人もいるし、寒さが敵だった人もいる。だけど、今回はウィルスが「共通の敵」なんです。このウィルスが悪さをしたり、ウィルスに悪さをされたりするかも知れないという状況は世界共通なんですよね。

むしろ、今回恐れなくてはいけないのが、自分たちが感染源になってしまうかも知れないということです。我々の意識と行動の変容がすごく重要です。この状況が何ヶ月続くのかわからない、1年では収まらないかも知れない。届けなくてはいけない情報は少ないけど、自分たちが気をつけなくてはいけない範囲が大きい。震災とは別の種類の脅威ですね。だからこそ、情報デザインがとても役に立つと信じています。

――これからの社会にどんな変化が起こるのか

今回はすごい騒動になっていますし、歴史に残る大事件です。でも少し前にオーストラリアの大きな山火事で、コアラやカンガルーなどの動物たちが数億匹も死んでしまうという痛ましいできごとがありました。あれは人災だったとも言われていましたけど、僕らは気候変動がやばいなと感じていながらも、何がやばくて、それがその後、私たちの未来にどう関連しているのか、実感を持って理解できていなかった気がするんですよね。

なにが言いたいのかというと、人間は「縁」を読み取る能力が弱いんですよね。たとえば、オーストラリアの山火事があって、木々がなくなったことで洪水が起こり、たくさんの人が亡くなる......そこで初めてまずかったんだと理解する。そこまでのタイムラグに数年かかります。悲しいかな、人間はそういう生物なんだと思うんです。ミラーニューロン的にも、隣にいる人や、目の前にいる人のことはなんとなく理解できるけど、その隣の隣、次のつながり、クラスターの先のクラスターはわからない。だけど、今回のように自分や友人が死ぬかも知れないとなったら、そこに対しては大きな危機意識を持つことができる。

大きな悲しみとともに、コロナは実感を持って社会が変わるきっかけになっている。これから社会に劇的なトランスフォーメーションが起きます。これはいい意味でも悪い意味でも。その先でどういうカタチの未来になるのか読みにくいんですけど、いまの厄災をちゃんと乗り越えられれば、必ずしも悪い未来ではないんじゃないかと思っているんです。

ただ、ここで注意しなければならないのは、いま起きていることは100年前のスペイン風邪と状況がよく似ているんですね。その先で怖いのは、今回の緊急事態宣言のような社会的分断によって、そのスキをついてくるナチスのような動きが生まれかねない。

そうした分断を広げる方向ではなく、遠くの人を接続していく必要がある。この状況でクリエイティビティは発露すると思うので、こうやってインターネットという別のパスを使ってつながることができるから、遠い距離のパスとかコミュニケーションのつながりを保っておく。そうしないと、取り返しのつかないことになってしまうんじゃないかと。そういう意味では、遠くとの縁をつなげるデザインをちゃんとがんばろうって思っています(笑)。