ととのう職場、自然体のキャリア

仕事は誰かのおせっかいから始まっている──連載:ととのう職場、自然体のキャリア VOL.19

言いにくい内容をフィードバックしたり、プライベートに踏み込んだり。そんなおせっかいから、いい仕事が生まれるのかもしれない。羽渕彰博の連載、第十九回。

大人も、子ども扱いする

誤解を恐れずにいうと、最近いろんな人を意識的に子ども扱いしています。妻や一緒に働くメンバー、クライアントを子ども扱いしています。「子ども扱い」というと、世間一般的には「何もわからない人だと思って軽く見くびる」という意味で使われていると思います。しかし私は全く逆の意味に解釈しています。

実際に子どもを育てるようになり、周りにいる子育て中の人たちを見ていても、世間一般的な意味での「子ども扱い」をしている人は、ほとんどいないことに気づきました。子どもが言うことを聞かないときは、言葉で丁寧に説明し、なんとか理解してもらおうと試行錯誤しています。

僕自身は、頼まれたわけでもないのに、子どものためによりよい社会を作りたいと思って起業しました。頼まれていないのに、海に歩いて行ける街に引っ越しました。今年は、保育園の外部理事になって保育園の運営のお手伝いをしています。真の意味での「子ども扱い」とは、相手のことを想い、自分事としておせっかいをすることではないでしょうか。

「大人の対応」も大事なのですが

大人になると、仕事の範囲で割り切って付き合い、それ以外は本人の問題だから踏み込まないという「大人の対応」をする場面が多いように感じます。実際、相手にとって耳の痛いことをフィードバックするときは、言う側の心身の負荷も大きいし、言われた側も「おせっかいだな」と感じ、最悪の場合は関係性が分断することもあるでしょう。適当に肯定しておいた方が、差し障りないのかもしれません。

しかし、たとえおせっかいだと思われても、相手にもし「人としてどうなんだろう」と思う言動があったら、一歩踏み込んでフィードバックする。仕事とは関係のないプライベートのことで悩んでいる人がいたら、自分にできることを手伝う。心身の疲労が溜まっている人がいたら、休日にリラックスできるプランを考えて、オフの時間を持てるように働きかける。私の実体験として、相手を想う気持ちさえあれば、おせっかいを悪いように受け取る人は少ないように感じます。(僕が勝手に自己満足している可能性もあると思いますが)

お互いに甘えて、さわらずに、そうっとしてればうまくいくような感じだし、優しさが一番のぞましいと思われている時代だから。きびしく自分というものを追求していこうとすると危険だ。親子関係だけじゃなく、すべてにそう言える。無難な方へ、無難な方へと行く。そういうところに今日の空しさがある。だから一見幸せなようだけれども、その裏側に何ともいえないうそ寒さがある。ぼくは生きるからには、歓喜がなければならないと思う。歓喜は対決や緊張感のないところからは決して生まれてこない。そういった意味で、親子の間にも、人間と人間の対決がなければならない。

岡本 太郎『自分の中に毒を持て』新装版より抜粋

起業家は、誰からも頼まれたわけでもないのに、事業を始めます。それは、社会にとってみればおせっかいかもしれません。でもそのおせっかいから始まった事業が成長すれば、社会はもっと良くなっていく。仕事は、おせっかいから始まっているのかもしれないなと思いました。

みなさんも周りの大切な人たちに、おせっかいをしてみるのはいかがでしょうか。

執筆者・羽渕彰博のプロフィール
羽渕彰博

株式会社オムスビ代表取締役CEO

1986年大阪府生まれ。2008年パソナキャリア入社。転職者のキャリア支援業務、自社の新卒採用業務、新規事業立ち上げに従事しつつ、アイデアを短時間で具現化する「アイデアソン・ハッカソン」のファシリテーターとしても活躍。2016年4月に独立し、リレーションシップデザインを軸とする株式会社オムスビを設立し、組織変革したい企業様向けの組織コンサルティングサービス「reborn」を提供している。

Eightプロフィールはこちら