ダイアローグ

「街の記憶」の継承から考える、明日の連続である未来──ダイアローグ:齋藤精一×渡邉英徳

「ダイアローグ」の第2回のゲストは、齋藤精一(株式会社ライゾマティクス代表)と渡邉英徳 (東京大学大学院情報学環教授)。「街の記憶と余白」をテーマにした"対話"の記録。

もし、街や都市に記憶が宿るとしたら、私たちはその記憶を正しく継承できているのだろうか?再開発が進み続ける東京においては、カタチを持たない"文脈"はともすれば見過ごされてしまう。ともに建築出身でありながら、従来の建築とは異なるアプローチで、土地に集積する情報、そこに「在る」人の暮らしの痕跡を立体的に可視化してきた、齋藤精一と渡邉英徳。「街」から「社会」という大きなフレームワークに思考を広げた時、「経済合理性」や「最適化」といった、ある種のシステムからの逸脱にこそ、次の時代の社会のあり方を考える鍵になるかもしれない。

未来に必要な「道具」を考える

自身のプロジェクトを通して、ふたりはどのように街や都市に集積する情報と向き合ってきたのか。

渡邉英徳(以下、渡邉):僕は、被爆者の体験談や、被爆直後から現在に至る風景の変遷などをデジタルアースにまとめた「ナガサキ・アーカイブ」「ヒロシマ・アーカイブ」などを、2010年からつくってきました。最近では、人工知能技術を使って、モノクロ写真をカラー化する活動も進めています。2017年に、「ヒロシマ・アーカイブ」のメンバーだった広島在住の高校生(当時)の庭田杏珠さんにこの技術を教えたところ、戦前の広島の白黒写真をカラー化し、戦争体験者との対話の場をつくる活動を、自主的に始めました。

たとえば、原爆で家族を亡くされた方に自動カラー化された写真をみていただきながら、よみがえった記憶をもとに、Photoshopで色を補正していきます。この過程で、モノクロ写真では思い出せなかった記憶が語られ始めます。カラー化された写真がもたらす効果について考えている中で、この実践から「記憶の解凍」という言葉が降りてきました。目下、この「記憶の解凍」は活動のテーマのひとつになっていて、庭田さんと共同で進めています。

齋藤精一(以下、齋藤):現在、僕の仕事で都市に関わるものは4割程度ですが、最近は多くの人が語る都市の未来やスマートシティというものが、まるでロボットがロボットのためにつくっているような、人が介在しないディストピア的な世界のように感じられてしまうんです。

スマートシティやICT化の流れ自体は否定しませんが、もっと人間があるべき姿で存在し、道具を使っている状況を考えなくてはいけないと思っています。最近は、「人間とは?」「 道具とは?」 という根源的な問いに立ち返り、多くの人たちに使われる道具やエンジンをつくりたいという意識が高まっています。そういう意味で、渡邉さんにお話しいただいた女子高校生のエピソードからもわかるように、写真の自動カラー化の技術もそれぞれの人が自分なりに使える道具なのだと思います。

渡邉:僕はネット世代ゆえに、サイバー空間が大好きで(笑)、カラー化写真をTwitterに投稿してたくさんリツイートされたり、リプライがつくことにモチベーションを感じていました。でも、先ほど紹介した庭田さんはこの技術を「実空間の」コミュニケーションのために使っています。高校生の彼女に向けて、7~80年前の記憶を楽しそうに話すご老人たちの、とても幸せそうな表情をみていると、世代を越えて共感しあう高齢者と若者に、僕らのような「ネットをかじった」世代は、いつのまにか置いていかれているのでは?という感がありました。

自分が主戦場にしてきたウェブ・サイバー空間のありようは大きく変わりつつあります。僕らのミッションに即していえば、自分がかつて学んだ「建築」のように、人々が親しみ・対話する空間をいかにつくり、記憶を継承していくのか、という役割が、サイバー空間にも求められているように感じています。

齋藤:いまはデジタルとアナログが荒波の中でせめぎ合っているような状態で、これがさざなみになった時に両者はどんな融合を果たしているのかを想像することが現在の自分のテーマです。我々はAIなどさまざまな技術を扱っていますが、その先にあるのは人が涙を流したり、記憶が引き出されるというミクロな現象です。昨今、若い人たちがカセットテープやアナログレコードなどに興味を持っているのも、それが楽しいものだからだと思うのですが、最近僕は、かつて日本の発展を支えた繊維産業の始まりに注目しています。当時の産業を支えたジャカード織機や紡績機など、昔の「完成された道具」のドキュメント映像を撮っているのですが、一度道具レベルまで視線を落とした上で、それが人に何を与えるものなのかを考え、本当に必要なものを選択していくことが大切だと感じています。

街の記憶をストックする

再開発などによって都市が大きく変わっていくなか、継承されてきた文化や人々の思いなど、その土地が持っている無形の情報が失われつつあるようにある。こうした現状についてどのように考えているのだろうか。

渡邉:SNSが浸透したことで、日々、たくさんの情報が日常に流れ込んでくるようになりました。たとえば「この場所で過ごした、こんな瞬間が愛おしかった」とか「この街のここにあった、あのコーヒー屋さんで過ごす、こんな時間が好きだった」といった人々の「瞬間」の記憶が、膨大な情報の波に埋もれ、流されていってしまう傾向があります。路地の奥にある、知られざる「行きつけの定食屋」のようなもの、簡単にたどり着けない場が、そこを愛する人々にとっては大事な意味を持っていた。「一見さんお断り」などもそうです。でも、いまとなっては、グーグルマップで店にナビされて「しまった」り、Uberで行きたい場所にたどり着けて「しまう」ようになった。情報技術の進化によって「便利」になった反面、街におけるコミュニケーションのプロセス・手続きがショートカットされてしまっている。

齋藤:『電波少年』のプロデュースなどで知られる日本テレビの土屋敏男さんが、街の古い写真を集め、アプリ上で現代の同じ場所・構図の写真と見比べられる『鎌倉今昔物語』というアプリをつくっています。これにインスパイアされて、過去の東京の写真をもとに当時の街の3Dデータを生成することを目的に、 『1964 TOKYO VR』という団体を土屋さんたちとともに設立しました。押し入れの奥にしまわれているような古い写真は持ち主が亡くなると、棺に一緒に入れて燃やされたりすることが多いんですね。そうなる前に写真を一度スキャンし、データのマトリックスに入れ、街の記憶を残していくということにもっと取り組んだ方が良いのではないかと考えています。

渡邉:『WIRED』創刊編集長のケヴィン・ケリーは『〈インターネット〉の次に来るもの』(NHK出版)の中で、情報はすべからく「フロー」化し、流れゆくものになる、そのことに価値が見いだされる、と主張しています。元来、情報はさまざまな場所に「ストック」されてきたものです。いまはそうした「ストック」とその受け皿がほとんど注視されることなく、人の心を煽る、刹那的でフロー的な情報が氾濫しています。そうした「フロー」を主体にしたプラットフォームが世界を席巻しているからです。一方で「街の記憶」というと少し大仰な気もしますけれど、人々のちいさな記憶を一つひとつ丁寧に「ストック」し、共有することができるプラットフォームも必要なのだろうと思います。

齋藤:テクノロジーの進化によって、大きかったものはどんどん小さくなった、スマホなどはその象徴的な存在です。こうした流れがあるにもかかわらず、都市には次々とビルが建ち、容積が増え続けているというおかしなことになっている。今後はこうしたいびつバランスをリセットするようなことが必要だと思うし、その時にカギとなるのが街や土地の記憶ではないかと。経済合理性ばかり優先してきたことでこれらの記憶がどんどん捨てられ、どこもかしこも同じような構造になっている現代の都市開発や街づくりに僕は疑問を持っています。土地のコンテクストを引き継いでいくこと、データのマトリックスに残していくことが必要で、それなくしてこれからの街は議論できないのではないでしょうか。

齋藤精一 
1975年神奈川生まれ。建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2000年からNYで活動を開始。その後ArnellGroupにてクリエティブ職に携わり、2003年の越後妻有トリエンナーレでアーティストに選出されたのをきっかけに帰国。その後フリーランスのクリエイターとして活動後、2006年に株式会社ライゾマティクスを設立。建築で培ったロジカルな思考を基に、アート・コマーシャルの領域で立体・インタラクティブの作品を多数作り続けている。2015年ミラノエキスポ日本館シアターコンテンツディレクター。現在、2018-19年グッドデザイン賞審査委員副委員長、2020年ドバイ万博クリエイティブアドバイザー。2025年大阪・関西万博People's Living Lab促進会議有識者。

未来は明日の連続である

少し先の未来でさえイメージすることが難くなってきたいま、私たちはどのようなスタンスでこれからの社会と向き合うべきだろうか?

齋藤:考えるべきは、テクノロジーが社会をいかに良い方向に変えていけるのかということだと思います。いまはSDGsというグローバルなガイドラインもありますが、日本はこの先20~30年をどうするのかということにフォーカスが定まっていないように感じます。それを考える上で大切になるのは思想や哲学で、かつてはこれらを持った建築家などが社会の指揮者的な役割を担っていましたが、もはやそうではなくなっている。だからこそ、デザインやものづくりをしている人間、あるいは研究者などがロングスパンのスコープを定めていく必要性を感じています。そして、そこで忘れてはいけないのは、「未来は明日の連続である」という感覚だと思っています。

渡邉:マット・リドレーは『進化は万能である』(早川書房)の中で、トップダウンの意思決定による人類の取り組みはことごとく失敗してきた、と主張しています。人間が生み出してきた文化やイノベーションは、あまたの人々の営みから創発したボトムアップのものであり、生物の進化の原理に基づいていると。

また、テッド・チャンのSF作品には、代表作『あなたの人生の物語』(早川書房)をはじめとして、過去も未来も決められていて変えられない、という決定論的な世界観で書かれたものが多くあります。かといって「何をしても無駄」ということではなく、日々、僕たちが「あがく」ことも織り込まれて、過去も未来もつくられているのだ、過去を大事に、未来を楽しみに待とう、という、ふしぎにポジティブな世界の捉え方です。

こうした作品からは、まずは、名もなき営為=種をまき、水を注いで栄養をあげ、育ってきたものの世話をする、という姿勢の大切さを感じることができます。どんなに努力しても未来は変えられないのだ、と絶望するのではなく、すべての人は世界・宇宙の時空間において何かしらの役割を担っている。それを果たすためにいまここにいる。と考えると、色々と楽になれそうです。

齋藤:その辺はまさにいま、僕が苦しんでいるところです(苦笑)。例えば、インクというのは配分の違いによってさまざまな色になりますよね。リーマンショックの時よりも先行きが見えない中で、オリンピック・パラリンピックというナショナルイベントも控えている日本はいま、まさにそのインクの配分を決めていかなくてはならない時期だという気がしています。

明日の連続である未来を考える上で僕らが議論すべきは、理想郷としての未来ではなく、個人個人が自分の幸せに向かってどうしたいのかということだと感じています。それぞれが自分でインクの分量を決めること、つまり自分の哲学や思想を持つということをサポートしていかなければ、未来はおかしな方向に進んでいってしまうのではないかと。

渡邉:万物は進化であり、自然の流れに任せた方が良い、というマット・リドレーの主張も、必ずしも放置しておけという意味ではないように思います。いかに介添えしていくのか、という論点もありますね。

またジョージ・フリードマンが『100年予測』(早川書房)で述べているように、たとえば第一次世界大戦で敗れ、どん底の状態にあったドイツがそのわずかのちに、飛ぶ鳥を落とす勢いで盛り返し、ソ連にまで侵攻するとは、当時、誰も予測できませんでした。そして、その数年後、焦土となった極東の島国の日本が、経済大国として再興することも、誰も思ってもみなかった。そして、いま、日本はふたたび没落しつつあるわけです。

僕はこうしたことから、50年、100年先の未来をマクロに予測することは不可能だと考えます。だからこそ齋藤さんのように、現場で「何とかしよう」という人たちの、こまかな努力の積み重ねからしか、創発・進化は起こらないと解釈しています。

渡邉英徳
東京大学大学院情報学環教授。東京理科大学建築学科卒業(卒業設計賞受賞)、筑波大学大学院博士後期課程修了。博士(工学)。株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(現:ソニー・インタラクティブエンタテインメント)での勤務経験も。首都大学東京システムデザイン学部准教授を経て、現職。「ヒロシマ・アーカイブ」「ナガサキ・アーカイブ」「東日本大震災アーカイブ」などのデジタルアーカイブを制作。他に「ほぼ日のアースボール」コンテンツの共同研究・開発なども行なっている。

既存のシステムから逸脱する思考

明日の連続である未来を考える上で、それぞれが果たすべき役割をどう捉えているのか。

齋藤:これまでデジタルテクノロジーは、あらゆるものを最適化する魔法のように捉えられてきましたが、アワードの審査などをしていると、最近はデジタルのマトリックスから抜け出し、人間本来の感覚を取り戻そうとするというアイデアが増えていると感じます。必ずしもそれが正解というわけでもないですが、こうした思考に基づいたオプションを社会に増やしていくことは大事だと思うし、そうすることで経済合理性だけではない次の時代の社会のあり方や、人間の進化の可能性が見えてくる気がしています。要は、それが「道具」をつくるという話にもつながっていくのですが、肝になるのは、利害関係を超えて業界がつながることです。

行政にしても、研究にしても、デザインにしても、良い土管は通っているのに、そこに付着しているトゲをそのままにしていることで色々なものが阻まれている気がするんです。こうしたトゲを外していくために、競合関係にあるところが手を組んだり、企業のIPを開示して共創することが大切で、それぞれの業界、あるいは日本全体が、社会を動かす根幹の哲学となるような羅針盤を合わせるということに取り組んでいく必要があると感じています。

渡邉:そうしたトゲやしがらみのことを、職場では「カルシウム」と呼んでいます。そうしたややこしいものが水道管にこびりつくと、水の流れが悪くなる。そして、こそげ取るためにもコストがかかる。結局、流れが悪くなった水道管を使い続けざるを得なくなり、エネルギーの消耗によってみんながイライラし、元気がなくなってしまう。世の中には、苦労して得た立場を失いたくない人もたくさんいますし、彼らを保護してくれるシステムもできあがっている。だから、否応なく、そこに身を委ねることになります。

本当は、こうした体制から逸脱してもいいはずなのに、いざ、そうしようとすると、既存のシステムそのものが足を引っ張ってくる。ウォシャウスキー兄弟の『マトリックス』ではありませんが、一度、体制から逸脱し「外」に出ることができれば、それまで「世界」だと思っていたものが、より広い「世界」のいち断面に過ぎなかったことに気付けるのではないでしょうか。そうした機会を生み出していくことが、クリエイターや研究者のできることではないか。そういう気がしています。

齋藤:歳を取ってきたということもあるのですが、「ここに向かうためには、いま何をするべきか」というバックキャスト思考であらゆることを考えるようになりました。研究者をはじめ、さまざまな領域の方たちとコラボレーションする時にも目的から逆算して、業界の縦割り構造をなくそうとか、デザインプロトコルを合わせて同じ言語で話そうという具合に必要なことを洗い出し、それに取り組んでいくことが多くなりました。「あちら側」を見ているだけではダメで、その道筋において必要なことを考えることが大切だと思っていて、いまはそれを1レイヤーずつつくっている感じです。

渡邉:齋藤さんと僕の共通点は、みずから主役になろうとするのではなく、徐々に、裏方にまわろうとしているところではないでしょうか。既存のシステムから逸脱しようとする人があらわれた瞬間に、僕は喜びを感じます。その象徴的な存在が先ほど述べた高校生です。彼女は、白黒写真は過去のもので、私たちの日常とは離れたものであるとか、あるいは、AI技術を扱うには専門知識が必要で、プロ以外には無理だ、といった固定観念を軽々と飛び越えて実践し、成果を出している。

先日、コンピュータグラフィックスのトップカンファレンス「SIGGRAPH ASIA 2019」で、彼女と共著で執筆した論文が採択(*)され、発表してきました。これまでは、論文執筆は研究者の領分でしたが、ひとりの高校生が自らの情熱に動かされ、目の前にあったAIの技術を使いこなして、多くの人の心を打つ活動を生んだ結果、国際会議でも評価された。建築など、他の領域でも同じ状況が生まれているように思います。かつてプロフェッショナルが担っていた特権的な技能が民主化されていて、市民一人ひとりのクリエイティビティを、テクノロジーとプロフェッショナルがバックアップしていく、そういう社会になりつつあると感じます。

(*)Anju Niwata and Hidenori Watanave: "Rebooting Memories": Creating "Flow" and Inheriting Memories from Colorized Photographs; Proc. of SIGGRAPH ASIA 2019 Art Gallery/Art Papers (Full art papers), Article No. 4, 12 pages, 2019.
https://dl.acm.org/doi/10.1145/3354918.3361904