自分の仕事をつくる

「つくることができる環境そのものを、ゼロからつくる」武井克弘──連載:自分の仕事をつくる

「働き方」の多様化が進んだことによって、必ずしも仕事が効率化されたわけでない。むしろ求められる知識やスキルはより複雑化していった。本連載では、モデルケースのない時代に自らのキャリアを切り開く次代のリーダーに焦点を当て、「自分の仕事」をいかにしてつくるのか、そのリアルな声を集めていきたい。

「映画」「演劇」「不動産」を柱にエンタテインメントを提供している東宝株式会社(以下、東宝)。映画や演劇を企画製作し、映画館チェーンのTOHOシネマズや演劇劇場の帝国劇場などの劇場を有する「ワクワク」をつくる会社である。日本の映画業界を牽引してきた同社では、アニメ映画の配給も数多く手掛けてきたが、長い休止を挟んでアニメ製作そのものに本腰を入れたのは実は2012年の話。アニメレーベル「TOHO animation」にて、話題作を次々と手掛けている。

そんな東宝で、入社時からアニメをやりたいとアピールし続け、アニメプロデューサーとして頭角を表しているのが武井克弘だ。『新世紀エヴァンゲリオン』に衝撃を受け、サブカルチャーにどっぷり浸かって東宝に入社した武井はいま、アニメプロデューサーの仲間を増やし、さらにはアニメ業界の構造を変えていきたいと語る。

日本のお家芸ともいえるアニメは、その歴史が長いからこその変革のときを迎えている。新しい技術も取り入れながら、作品を世に出し続けることができる状況からつくっていく必要がある。作品を本当のゼロからつくるべく奮闘する、若きプロデューサーの仕事観を聞いた。

取材場所となった東宝株式会社の会議室「ゴジラ」。TM & ©︎ TOHO CO., LTD.

作品のゼロから生み出し、一生の責任を持つ

――プロデューサーという職業は業界によって意味や役割が異なるように思います。武井さんはプロデューサーとしてどのような仕事をされていますか。

プロデューサーの仕事の第一歩は作品をつくることです。普通、作品づくりは監督の仕事だと思われるでしょう。確かに監督は制作作業のすべてを見ますが、プロデューサーにとっての作品づくりは監督より時系列的に前から始まっています。

もちろん監督が企画することもままありますが、原則的にはプロデューサーが企画を用意するもので、それを監督に提案する、つまりアイデアだけあって他には何もない場に監督を迎えるところからプロデューサーの仕事が始まります。企画を立ち上げ、ゼロからカタチにしていくのがプロデューサー。環境を整えて、作品をつくることができる状況そのものをつくるんです。環境とはすなわち、人とお金です。何を作るのにも必要なのは当然、人とお金ですから。

ただ、これは「制作プロデューサー」と呼ばれる人にも当てはまる仕事であって、実は僕のやっている仕事は同じ「せいさく」でも漢字が違う「製作プロデューサー」の方なんです。「制作プロデューサー」と比べると、より業務範囲が多岐にわたるタイプです。人とお金を集めて作品をつくる──ここまでは「制作プロデューサー」もやる仕事です、さらにその後お金を回収する──ここまでやるのが僕の仕事である「製作プロデューサー」です。

企画を立ち上げ、ゼロからつくるのがプロデューサー。そのためには「人集め、資金集め、作品づくり、資金回収」の業務を回すことが欠かせない。

もう少し具体的に言うと、「人集め、資金集め、作品づくり、資金回収」。「人集め」は出演者のキャスティングや、監督や脚本家のスタッフィングです。「資金集め」は自分の所属する組織......僕の場合は東宝という会社の社内稟議を通し、製作委員会の一員として作品に出資してくださる企業パートナーを探すことです。当然ながら次の「作品づくり」が一番大事で、原作がある場合は出版社など版元に提案をして映像化権を獲得、原作がないオリジナルの場合はアイデアを練り、企画開発を進め、現場の仕事が滞りなく進んでいるか制作管理をし、最終的な完成品を納めるべきところに納めるまでがこれに当たります。

これもまた大事な仕事ですが、「資金回収」では、作品から生まれる各権利、例えば映画では興行以外にビデオグラム、テレビ番組への販売、VOD配信、グッズ商品化、時にはゲームや音楽展開など、収入に繋がるあらゆる権利を運用し、作品づくりに投じた資金を回収します。ライセンスは半永久的なものなので、作品の一生分の面倒を見ると言えるかもしれません。現場の責任者が制作プロデューサーだとしたら、製作プロデューサーはプロジェクト全体の責任者。より「売れる」を重視する立場とも言えます。でも作品づくりを続けていこうと思ったら、制作プロデューサーも売れるものを作らなければいけないのは同じですよね。なので、制作プロデューサーと製作プロデューサーが互いの立場を理解した上で職務を果たし、両輪として上手く回っていくことがアニメの成功に至る道だと思います。

人生を変えた『新世紀エヴァンゲリオン』の衝撃

――そもそも、なぜプロデューサーという仕事に興味をもったんですか?

僕は水泳とアニメ、それぞれに没頭する時期を波のように繰り返してきた人生なんですけど(笑)。幼いときは毎日泳いでいてテレビもろくに見ず、学校の友達の話題についてけない子どもでした。例えば僕が小学5年生だった1995年はアニメ『新世紀エヴァンゲリオン(以下、エヴァ)』がクラス中の話題でしたが、当時はみんなが何に騒いでいるのかよく分からず横目で見ていました。ただ、中学に上がった1997年ごろに水泳で挫折を覚え、一度泳ぐのを止めてしまうんです。そんなとき、ちょうど劇場版をきっかけに深夜に再放送していた『エヴァ』を見て、言葉にならないくらい衝撃を受けて! ほぼ初めて見るテレビアニメが『エヴァ』だったんです。ショックの反動でそれ以降、中学時代はずっとアニメを見ていました。その頃って国内のアニメがすごく豊かな時代だったので、いい思い出です......。

1997年と言えば、同じ年に公開されたスタジオジブリ制作の『もののけ姫』は、日本の映画史上ですごく大事な作品です。洋画が強い時代が長かった中で、一気に邦画の流れができた。当時メディアでお見掛けすることも多かったので、初めて認識したプロデューサーとなると鈴木敏夫さんになるかもしれません。そこからスタッフを気にしながら作品を見るようになり、大好きな『エヴァ』や『機動戦艦ナデシコ』、僕の卒論テーマでもある『少女革命ウテナ』にクレジットされていた大月俊倫プロデューサーを知るようになって。でも、高校に入ってまた泳ぎ出したので、またしばらくアニメからは遠ざかるんですけど(笑)。

その後、早稲田大学第一文学部に入学したのですが、そこには様々なカルチャーのエキスパートみたいな連中が集まっていて。映画に詳しいやつ、アニメに詳しいやつ、ゲームに詳しいやつ、演劇に詳しいやつ......。色んなものを教えてくれる友人に恵まれたので、新たに映画にはまり、音楽の趣味も広がりました。

――それでも、やっぱりアニメ業界を志したんですね。

そうですね。やっぱり一番好きなのはアニメなのかなと。そこで2007年に、アニメーションスタジオ「GONZO」を有していたGDHという企業に、デジタルコンテンツ協会という一般財団法人のアテンドでひと夏の間インターンにいきました。座学が中心ではありましたが、実際に現場のハードさを目の当たりしつつも、ものづくりの最前線はやっぱり面白そうだ、スタジオっていいなとも思いました。けれど、そのインターン期間の終わりに「仕事を発注する側の人間になって業界の状況を変えてほしい」と、現場の制作プロデューサーに言われたんです。大きいフィールドと広い視野で業界全体を良くできる人間になってほしい、と。確かにそういう目線での就職もありえると思い、東宝と縁がつながり2009年に新卒で入社しました。

――入社当初はどんなお仕事を?

当時、東宝はアニメの企画製作はせず、基本的には配給会社やビデオメーカーとしての立場でアニメ製作に参加するスタンスでした。とはいえ映画は好きだったし、家族の影響でミュージカルは子供の頃から観ていたし、学生時代に小劇場にハマっていた時期もあったので、東宝ならどこでも好きなことできるかなとも思いました。実際配属されたのは、最初の2年間は演劇宣伝、その後の2年間は関西支社の映画宣伝の部署でした。そうこうしていたら僕が関西にいた2012年、本社の映像事業部にアニメ事業室という部署ができ、東宝がアニメの企画製作に本格的に乗り出すことになったんです。幸いにも声をかけてもらい、2013年に合流してからいまに至ります。

武井は自身が受けた影響をそのまま仕事の血肉としてきた。

――「アニメをやりたい!」というアピールを社内でしていたんですか?

まずは企画の仕事を覚えたい、ということでアニメに限らず企画書はずっとつくっていました。東宝には毎年、企画募集月間というものがあり、企画部門の部長がすべての企画に目を通して面談をしてくれるという、若手がチャレンジしやすいシステムがあるんです。その仕組みを利用するのはもちろん、募集時期じゃなくても企画書を送ってアピールはしていました。「武井はアニメをやりたいらしい」みたいな話が何となく広まりはじめ、関西宣伝の時も『おおかみこどもの雨と雪』、『青の祓魔師─劇場版─』などアニメ作品を担当させてもらうことが多かったんです。そこでがむしゃらに頑張っていたら、スタジオ地図の齋藤優一郎さんやMBSの丸山博雄さんなど、アニメ業界で活躍するプロデューサーの方々と知り合い、色々話がうまく回っていきました。

その判断は、業界全体にいい影響を与えるか?

――武井さんがプロデューサーとして目指したい理想の姿は?

僕が2013年にいまの部署に来た時に、周りの先輩プロデューサーを見渡すと、みんなそれぞれに得意技というか、スタイルがあったんです。実写映画でのノウハウを活かして有名クリエイターと意外な原作で企画開発する先輩、『週刊少年ジャンプ』連載作品に代表される人気原作をメインでやる先輩、小さいバジェットながら丁寧なプロデュースで的確にスマッシュヒットを狙う先輩......。そんな中で自分の武器を考えたときに、駆け出しの半人前であることを逆手にとって、ただのアニメファンに過ぎないという「アマチュアリズム」みたいなものが強みになるんじゃないかと。この気持ちでぶつかっていって、もし現場の皆さんに「自分たち側の人間」として認めてもらえたら、一緒に熱い作品づくりができるんじゃないかと。現場に寄り添って二人三脚でものづくりができるような、現場主義の製作プロデューサーになりたいなと思ったんです。そういう、自己プロデュースじゃないですが、着任して早々に自分のスタイルを見定められたのは良かったと思います。

――ご自身が手がけた作品で、印象深いものはなんですか?

一番印象深いのは......2017年に放送したテレビアニメ『宝石の国』ですね。自分のスタイルが出た企画だったのかなとは思います。

思い返すと、当時から「武井はこの企画が勝負だね」と先輩プロデューサーから言われることが多かったです。確かに難易度の高い作品で、原作はすごく素敵なんですけど、アニメになった時にどうなるかは正直なところ未知数でもあって、映像なりのアイデアが必要だと感じていました。そもそもCG表現を選ぶのもチャレンジングだったし、そのCGを元請け(製作会社からの発注により、実制作全般を請け負うこと)が初めてという制作会社・オレンジにお願いしたのもある種の賭けだったと思います。ただオレンジさんは力のあるスタジオだと知っていましたし、代表の井野元英二さんがいずれ元請けをやりたいとおっしゃっていたことも頭の片隅にずっとあって。それこそ現場に賭けるプロデュースになったのかなと。

――『宝石の国』で得た経験は自身の考え方になにか影響を与えましたか?

企画デビュー作である『干物妹!うまるちゃん』でもある程度手応えを感じていましたが、事業全体の青写真をイメージした上で制作をコントロールするようになりました。『宝石の国』の場合、原作は漫画なのでモノクロですが、アニメになったら当然色も声もつくので、キャラクターの個性がより立つことが予想できました。キャラ人気が増せばグッズによる収入も見込めるかもしれないということで、監督はキャラクターの魅力をうまく見せられる人にお願いしたいと思っていました。結果、当時『ラブライブ!』でキャラクターを上手に描き、作品を大ヒットさせていた京極尚彦さんに監督をお願いできたのですが、これは製作プロデューサーの目線で作品の出口から逆算したからこそのスタッフィングだと思います。

それから、作品単体の成功だけでなく業界全体にとっても良くなるような判断、というものを意識し、実践するようになっていったと思います。『宝石の国』で3DCGを採用したのも、宝石の表現としてCGが向いていたのはもちろんながら、ロストテクノロジー化していく手描きアニメとは別の表現を探りたかったという狙いもあります。アニメーターの高齢化が進み、なかなか技術継承がうまくいかないという業界全体の悩みがあり、例えば四足の動物の動きを描けるアニメーターは業界でも数人しかいないと言われています。

波の表現なんかもそうです。特に映画専門のアニメーターに顕著ですが、現状のアニメ業界は限られたパイの奪い合いにしかなっていないんです。もちろん僕も手描きアニメに感動してきた人間ですから、きちんと社内で2Dのアニメーターを育てようとしている心意気のあるスタジオさんとは積極的にお付き合いしようとしています。ただ業界全体のことを考えれば、わざわざレッドオーシャンに飛び込んで場をかき乱すよりは、3DCGという別の可能性を探ること──より正確に言えば日本におけるユニークな2Dアニメの表現史を3DCGアニメへと橋渡しすることが、アニメの未来に繋がるんじゃないかと思ったんです。そういう狙いや仕掛けを、製作プロデューサーとしてのひとつひとつの作業に意識的に込めることができたと思います。

――では、『宝石の国』を経て、直近の『HELLO WORLD』に込めた狙いがあれば教えて下さい。

映画『HELLO WORLD(ハロー・ワールド)』予告

引き続き3DCGの表現方法を探るとともに、僕が言うのもおこがましいですが、日本におけるCGアニメの地位を向上させられればと思いました。もともと東宝の配給してきたCGアニメ作品は、『friends もののけ島のナキ』や『STAND BY ME ドラえもん』など、ファミリーやお子さんを意識したトゥーン調の作品がメインでした。そこへ、東宝映像事業部の配給するアニメ版の『GODZILLA』や『亜人』といったハイエンドな劇場アニメシリーズが出てきたのが2015~2017年ごろです。『HELLO WORLD』は、表現的にハイエンドでありながらもターゲットは広げたいという意味で、その間を狙う作品にしたいと思っていました。日本では、どこまでいってもCGってなかなかメインストリームではない扱いの中で、この作品を東宝というメジャー配給会社のラインナップに乗せられたのは意義深いのかなと思います。

東宝はTOHOシネマズという映画館チェーンを持っていることもあり、作品によってターゲットの違いは多少あれど、どんな層にも安心して観てもらえるというラインナップの強みは間違いなくあります。だからと言って似たような作品ばかり作っていては表現の幅が広がらないですし、お客さんに飽きられてしまうのではないかと思います。入社試験のときから一貫して行っているのが「現状はマイナーかもしれないけれどメジャーに化ける可能性のある、そういった分野に明るい武井」という自己アピールです。会社所属のプロデューサである以上、会社の得意なところと、自分の得意なところの関係性は常に意識しています。

――『HELLO WORLD』は音楽の面でも面白い取り組みをされていますよね。

「今もっともおもしろいアーティストたちによって、新しい映画音楽のかたちを創造する」というコンセプトで、映画『HELLO WORLD』のためだけに「2027Sound」という音楽ユニットを立ち上げました。3曲の主題歌は、OKAMOTO'S、Official髭男dism、Nulbarichが担当し、その他にも個性豊かなアーティストに43曲の劇伴を制作してもらいました。自分は東宝というメジャーな配給会社にいるからこそ、お客さんにきちんと良いものを届けるという義務があると思っています。DJが曲を紹介するみたいに、僕自身も紹介者の立場でありたいんです。原作のある作品をやるときも、「この原作をもっと世の中に知ってほしい!」というのが最初にして最大の動機です。フックアップっていうと偉そうですけど、東宝の作品をいつも見てくださっているお客さんがまだ知らないような表現者たちと、なるべくたくさんご一緒したいと思っています。東宝というステップを利用してもらいたい。

映画「HELLO WORLD」/2027Soundトレーラー

僕が一番好きな音楽ジャンルはヒップポップで、反抗の音楽という精神性にすごく影響を受けています。Notorious B.I.G.にとってのJunior M.A.F.I.A.みたいな、ヒップホップの、オーバーグラウンドにいったアーティストがアンダーグラウンドな才能を紹介する流れ、めちゃくちゃいいですよね。僕の趣味嗜好って必ずしもメジャー志向ではないと思うんですけど、それを東宝というメジャーな会社でやるのも、そういった精神の表れかなという気もしています。そして時代の流れなのか「どうやらそれが求められてないわけでもなさそうだ」という肌感もあります。

PCに貼られた「HELLO WORLD」のステッカーから本作への矜持と愛情が感じられる。

プロの看板下げたNo.1ファンでありたい

――プロデューサーとして、仕事の軸としていることはありますか?

何だろう......心がけているのは「とにかく考え続ける」ことでしょうか。僕の仕事って、突き詰めれば「考える」ことだと思うんです。絵も描けなければ原画を集めることもできない、やれることと言えば考えることくらいしかない。だからこそ、そこだけはサボらないで、とにかく考え抜く。企画はもちろん、宣伝のやり方、販促のやり方、ビデオのつくり、あらゆる部分にこだわる。そういう熱量って、お客さんにも伝わると思うんです。若輩ゆえの幻想かもしれないけど、お金や時間は有限で、アイデアや思考は無限、と信じています。あと、一言で言えばお客さん目線ってことですが、いちファンだった頃の自分の目線が常にあります。昔の自分もそうですが、大学時代に一緒にアニメを観ていた仲間にダサいって思われたくないんですよね(笑)。それが軸と言えば軸かもしれません。

――最後に、自分の仕事を通してつくっていきたい未来をお聞かせください。

単純に、僕自身がおもしろいアニメを見続けたい。僕が享受してきたような幸福なアニメ体験が、未来にもあってほしい。そのために、おもしろいアニメがつくられる状況を守っていかなきゃいけない、と思います。僕、最近まで社内のアニメプロデューサーの中で末っ子だったんですが、この1、2年で急に後輩が増えたんです。後進を育てると言うほど偉くないんですが、僕が叶えたいアニメの未来にはいろんな人の協力が必要なので、仲間づくりをしていきたい。社内外問わず、年齢の垣根を超えてどんどん交流していきたいですね。

ビジネス側のプロデューサーが全然足りていない状況をまず変えていきたい。そのためにはプロデュサーの仕事の醍醐味を伝えるのも自分の役割。

これだけ世の中にアニメ作品が溢れているにもかかわらず、僕みたいなトータルの製作業務をこなすプロデューサーの数は全然足りていないと思っています。このインタビューもそうですが、志を同じくした人にもっと出てきてもらう活動は惜しみたくありません。企画の一番大きい枠組みをつくる、状況自体から変えられるプロデューサーという仕事の醍醐味についてもっと知ってもらいたい。黒幕として何かを仕組む「裏方の美学」みたいなものってあると思うし、僕自身がファン丸出しなのもありますが、最前列で作品の全部が見られるって単純にいいじゃないですか(笑)。そこに立ち会えるのは、いちアニメファンとしてはこれ以上ない喜びですよね。RHYMESTERのMummy-Dが、『ザ・グレート・アマチュアリズム』という曲で、「プロの看板下げたNo.1ファン」と言っているんです。僕はそれを目指しています。

HELLO WORLD 4 月 8 日 Blu-ray&DVD 発売 
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