知恵と技術

ローカルの課題はグローバルにも通じる。"課題先進県"が時代に先んじて取り組む「高知ビジネスデザイン塾」

全国平均より高齢化が10年先行し、人口の自然減に至っては15年早く進んでいるという、"課題先進県"高知。こうした状況を打開すべく、高知県の産業などの資源とスタートアップの知見をかけ合わせた、人材育成プログラムをスタートさせた同県の取り組みに迫る。

2020年代を迎えたいま、地方自治体が抱える課題はかつてないほど山積している。

少子高齢化によって労働者人口が減り、逆ピラミッド型の人口分布が加速、2025年には日本企業全体の3分の1が後継者不足による廃業リスクを抱えている。

都市圏ではスタートアップに対する投資や助成が加熱しているが、地方ではスタートアップが起業する土壌が育たず、そうした流れからは取り残されつつある現状がある。

こうした課題を解決すべく多くの自治体が地方創生政策に取り組んでいる。その中でも高知県は地元からスタートアップ人材を育成することに積極的だ。

新しい事業・起業に取り組む人材をサポートする「KOCHI STARTUP PARK」を2017年6月に設立。2019年からは東京圏のスタートアップを招き、高知の起業家人材を育成するプロジェクト「高知ビジネスデザイン塾」を開始した。

既存価値と革新的技術をハイブリッドさせながら新しい未来を開いていく、共創型のビジネスデザインプログラム「高知ビジネスデザイン塾」。

「高知ビジネスデザイン塾」は、オープンイノベーションの支援をしているEDGEof(エッジオブ)とプロダクト開発やデザイン戦略開発に強みを持つREDD(レッド)が運営している。高知県の産業などの資源、そして地域課題と、AIやドローン、ロボティクスなどの新しい技術を持つスタートアップの知見を組み合わせたビジネスアイデアを約半年かけて作り、2020年2月には高知県と東京都で成果発表会を予定している。

地域からスタートアップ人材を育成し起業を支援したいと語る高知県の思いと、それに共鳴したメンターたちとの半年間の活動を伺った。

課題先進県・高知にスタートアップの知見を

――高知ビジネスデザイン塾を始めるに至った経緯を教えてください。

久保英子
高知県 産官学民連携・起業推進課 課長補佐 兼 産学官民連携センター プロジェクトマネージャー。 内外の大学、企業、国、関係団体などとの連携による、起業・新事業展開への支援などを行う。

久保英子(以下、久保):高知県は人口が全国平均よりも15年早く自然減となり、高齢化は10年先行しています。人口減は県内経済にもダメージを与え、負のスパイラルがさまざまな面に表れていました。こうした状況を克服すべく、2009年に高知県産業振興計画を策定し、地産外商を中心とした産業振興策を開始しました。

その産業振興策の一環として、県内での起業を促進する「KOCHI STARTUP PARK」というプログラムを2017年に立ち上げました。このプログラムでは、起業や新規事業創造を目指す方のサポートを目的に、各種イベントやセミナー、メンタリングを提供しています。

――そうした取り組みのひとつとして、2019年から「高知ビジネスデザイン塾」という研修プログラムがスタートしたわけですね。

久保:はい。「KOCHI STARTUP PARK」を開始して2年半の間、アイデアを形にして起業する人は着実に増えましたが、都市圏に比べて産業の多様性がないこともあり、自分の手が届く範囲でのビジネスが多かったのが実情です。中長期的に考えると、成長性が高いスタートアップのような起業も必要だという考えに至ったのですが、スタートアップの文化に触れたこともなければ、テクノロジーを活用する機会もほとんどありません。であれば、スタートアップの技術や知見を高知県内の産業や人材に取り込むことによって、スタートアップ人材や新産業の創出を担う人材の育成ができるのではないかという狙いで研修事業の一環として始めました。

――どういったコンセプトでプログラムを設計しているのでしょうか。

REDD 望月重太朗(以下、望月):まず大前提として、知識と実践を増やすことが重要だと思いました。知識面ではスタートアップがどういった意図で開発し、どのようにドライブさせるかという方法論を一社ではなく複数のスタートアップを招いて学べる環境を構築しました。

実践面では、アイデアを作り、プレゼンテーションし、フィードバックを得て、肉付けしていくという作業を繰り返すことで、スタートアップ流の事業創造を、身を持って経験するカリキュラムにしています。

高知ビジネスデザイン塾の参加したスタートアップ5社。(左上→右下)株式会社Empath、エアロダインジャパン株式会社、株式会社椎茸祭、SOLTILO Knows株式会社、X-mov Japan株式会社

アイデアを出し続け、アップデートすることで起きる心の変化

高知ビジネスデザイン塾は半年間を通じて、アイデア創出のプロセスとスタートアップ流の事業開発を体験し、起業に必要なスキルを身につけることを目的としている。自治体、県民、スタートアップという普段交わる機会の少ない3者の間にはギャップも少なからずあったはずだ。

久保と望月は一方的にリードするのではなく、参加者の気持ちに寄り添いながら進めることが重要だったと振り返る。

――都市圏で活動するスタートアップが地方の人材育成に関わる座組を作る上で、考慮した点はありますか?

望月:スタートアップ側がリードする状況を作らないこと、そして、高知県からの参加者自身が自発的に向き合う状況を作ることをこころがけました。こうした取り組みにありがちなのは、スタートアップが参加者の「こうしたら良いと思う」という意見に寄り添ってしまったり、声の大きい人に背中を預けたくなる状況になりがちなことです。できるだけスタートアップの関与が全てに及ばないようにプログラムを設計しました。

高知ビジネスデザイン塾のコンセプト。一次産業など高知の持つ既存価値と、スタートアップのテクノロジーに高知県民の情熱が混ざり合うことで、新しいビジネスアイデアの創出を目指した。

久保:参加したスタートアップ5社には事前に高知を知ってもらうべく、興味のある場所には全て案内しました。保育園や学校、介護施設や、JAや漁協といった一次産業に関わる場所を視察して、新しいビジネスを考えるという軸と、彼らが今手掛けているビジネスに生かせるポイントを考えるという軸でインプットしていただきました。

土佐町中学校でのスポーツセンシングデバイスを活用した実証実験の様子。(写真提供:高知県)

望月:初日は、参加者に高知にどんな課題があるか、何をしたいのかを壁に書き出してもらい、それとは別にスタートアップが持っているソリューションを紹介してもらいました。そこからやりたいことや課題と、ソリューションを組み合わせたアイデアを一人につき10案出してもらいました。

――アイデアを短時間で出すというのは、慣れていないと難しい作業ではありませんでしたか?

望月:確かに最初は参加者のなかには戸惑いも覚える人もいました。このためやっていたのはアイデアを書き出し、スタートアップに一人1分程度でアイデアを説明しフィードバックを受ける。そうして肉付けしたアイデアを別のスタートアップに説明するという「繰り返し」の作業です。こうして壁打ちをひたすら繰り返す作業を続けていくと、1時間程度でもアイデアを出して磨くという筋肉ができてきます。

一連の4つのフェーズを繰り返し、アイデアの強度を高めていく。

久保:最初は自分の考えを発表するのを恥ずかしがったり、「こんなアイデアは大したことない」と遠慮したりする参加者もいました。そういう状況でアイデアをとにかく出してアップデートするという体験は良い意味でカルチャーショックだったと思います。

スタートアップに会うのも初めてという参加者もいましたが、スタートアップの言うことに感心することもあれば、自分たちのアイデアの中には既にビジネスになっているものもあるんだといった気づきがあり、これまでの気持ちに変化が起こっていたように思います。

望月:その後、出てきたアイデアをグルーピングし、関心のある人同士が即席チームを作って、グループでワークを進めました。

アイデアを考える前に「アイデアの種」(高知の中に眠る、他の地域に負けないネタ、特産、技術など)を付箋に書き出し、壁に張り出してカテゴリー分けしていく。(写真提供:望月重太朗)

アイデアをグルーピングして4つのチームに。参加者は各自の関心で参加チームを決めていく。(写真提供:望月重太朗)

――自分以外のアイデアも混ぜ、結果的に当初やりたいと思ったことと異なるアイデアにグループで取り組むというのは、参加者にとって新鮮な体験のように思います

望月:高知ビジネスデザイン塾でやったことをシンプルにまとめると、物事を具体化するフレームに架空のアイデアを置いてひたすら向き合うというハッカソン(※1)やアイデアソン(※2)に似た形です。都市圏であればハッカソンやアイデアソンに慣れた人は一定数いますが、今回の研修では戸惑いを覚える人もいました。

高知県の課題をいくつか出した上で、似たような志向を持つ人がチームを組み、自分だけのプランではないものに取り組むということに対して、どこまでやるべきなのか、誰のためにやるのかというのが想像できない状況が初期にありました。

望月重太朗
株式会社REDD 代表取締役/Creative Director。武蔵野美術大学 非常勤講師。UMAMI Lab 主宰。デザインR&Dをテーマに、サービス/プロダクト開発、デザイン戦略開発、クリエイティブ教育の開発、海外との協業によるメソッド開発などを行う。資生堂fibonaや東洋製罐グループなど、企業向けの新領域ビジネス開発にも多く携わる。

※1..."ハック"(hack)と"マラソン"(marathon)を組み合わせた米IT業界発祥の造語。もともとはプログラマーやデザイナーから成る複数の参加チームが、マラソンのように、数時間から数日間の与えられた時間を徹してプログラミングに没頭し、アイデアや成果を競い合う開発イベント

※2..."アイデア"(Idea)と"マラソン"(marathon)を組み合わせた造語。特定のテーマを決めて、そのテーマについてグループ単位でアイデアを出し合い、その結果を競うというイベント

――そうした状況をどのように解きほぐしていったのでしょうか。

望月:講師だけでなく、高知県の方も含めてワークショップ以外の時間でも丁寧にメンタリングしながら、ローカルで起きていることがグローバルに通じるという話をしました。例えば林業に従事する人が減っているという問題は他の地域でも起きているし、フードロスという面だと、高知では柚子を絞った皮を再利用しているのは一部で、多くを廃棄しているわけですが、これは他の国でも転用できる話です。

目の前にある課題に取り組むことは、実は世界の課題に繋がるという話をすると、参加者にも納得感が生まれました。そうなると仮説を組み立てる際でも、身近に起きていることに対して調査・分析を経て気づくことが多い。それは、自分たちにもできることがあるという自信にも繋がりました。

また、スタートアップ側にもありのままを話してもらうように心がけました。リラックスして話せるような場作りをした上で、ハイリスクなチャレンジをしているからこそ起こる危機が過去にあったという話や、失敗の山で築いた希望や成功があるという話をセッション形式で行いました。

久保:参加者にスタートアップのリアルなビジネスの話をしていただき理解が深まったことや、県がスタートアップが希望する場所にも積極的に案内することで、スタートアップに対して、リアリティのある地域課題のインプットができたこともあり、高知県、参加者、スタートアップの三者が同じ土俵で話せる状況ができたのも大きかったと思います。

地域の資産とテクノロジー、そして県民の「情熱」を掛け合わせる

高知ビジネスデザイン塾ではスタートアップならではの思考やアイディエーションを持ち込みつつも、一方的な「上から目線」や、聞こえの良いストーリーだけを並べるのではなく、参加者の気持ちに寄り添いながら背中を押すように心がけたメンタリングや、泥臭いストーリーを惜しげもなく共有した。

高知県から参加した人たちの自発性を引き出すことを最優先にするプロセスは、地方創生を実現する上で、あらゆる地方自治体でも参考にすべき点だろう。

――ビジネステーマの中に「高知県民の熱き情熱」と入っているのも特徴的ですよね。

久保:高知は郷土愛の強い人が多く、生涯県外に出なくてもいいという人もたくさんいるのですが、それほどの郷土愛がありつつ、課題の多さもあり地域の課題解決がなかなか進んでいないという現状がありました。

「高知県が持つ価値」「スタートアップが持つ経験/技術」「高知県に根付いた県内起業家の情熱」、この3つを有機的に繋ぐことが高知ビジネスデザイン塾のミッションだ。

望月:課題を技術で解決するのは珍しくありませんが、「想い」は外から持ち込めません。言い換えればオーナーシップにも繋がります。高知が好きで、高知を良くしたいというマインドがあるからこそ可能なコミットメントの形があります。

そういう人が集まると、外からやってきたスタートアップも彼らの情熱にほだされて、「こういう人たちがいるなら、自分がバックアップしよう」という気持ちになる。参加者が持つ「情熱」が外とのつながりの強い推進力になっていました。

――発表会ではどういった事業アイデアが披露されるのでしょうか

望月:高齢化社会対策として、ヘルスケアなどのデータを入力して、終活に必要な準備を提供するサービスを開発するチーム、フードロス対策として、家庭から出た生ゴミをコンポストで堆肥にして、農家に提供するとリターンが得られるサービスを開発するチームがいます。

また、高知には共働き世帯が多いので、家事の一部をコンビニのように気軽にアウトソースできるサービスを考えるチームもいれば、親から相続した山林の有効活用を第三者に委託して、資産価値を上げる――そのための土地調査にドローンを活用するチームの計4チームのプレゼンテーションを予定しています。

2月の発表会ではブラッシュアップされた4つのアイデアがお目見えする。

――高知県ではスタートアップ人材育成は長期的に取り組むとのことですが、この「高知ビジネスデザイン塾」をどのように評価していますか?

久保:初日の段階では粗かったアイデアが回を追うごとにブラッシュアップされていくことに驚きました。2月の成果発表会(高知会場:2月7日/東京会場:2月14日)までには、今よりもさらに完成度が高いアイデアになっていると思います。

スタートアップとテクノロジーに触れることで、起業の多様性を拡げるという目的で言えば収穫は大きかったと思います。今回参加した12名の方をきっかけに、次年度以降もスタートアップの呼び込みを継続して行いながら、高知において成長性の高い事業に取り組む人材の育成や新事業を生み出す機運醸成したいと思います。

――発表会で披露されるアイデアは、いずれも高知県だけの課題ではないので事業としての発展性を感じます。

久保:県としてはビジネスデザイン塾はあくまでも架空のアイディアをベースにしていますので、ビジネス化を進めなくてよいというスタンスです。ここで学んだアイディエーションの方法やアイデアを形にするプロセス、スタートアップとしてビジネスを進める方法を、自身の起業に生かしてほしいと考えています。もちろん、継続して事業化することも大歓迎です。

高知のような太平洋と山に囲まれた閉ざされた県は、意識して外の情報を取りにいく必要があると思います。今後も都市圏で起きている情報をうまく県内に取り込みながら、起業家人材の育成を進めていきます。

次年度以降もスタートアップ人材を増やす取り組みを継続して、新事業を生み出す機運醸成したいと久保は語る。

望月:スタートアップと参加者もSNSでつながったことで、新しいプロジェクトの話も出ています。今回受講した12人は学んだことや培ったネットワークを生かして、自分のビジネスを育てるための行動範囲が大きく広がったと思います。人とのつながりも大事ですが、自発性を高めて、自分たちの課題にきちんと向き合う場所を作ることも重要です。

久保:県としては単年で終わらせるつもりはなく、今後も継続的に起業家人材を育成する取り組みを続けます。課題先進県として、県民が自ら課題を解決する事業を立ち上がることを期待しています。