ストーリー

「海の境界線が変わる」。解なき問題にサイエンスとデザインの双方からアプローチする、亀井潤の描く未来

人間がエラ呼吸する時代が来るかもしれない......そんな未来を思い描くのが、ロンドンを拠点に活動する亀井潤だ。生態系と生物の仕組みに着想を得るバイオミメティクスを軸に、研究者とデザイナーという2つの視点から海洋問題にアプローチする亀井の現在地とこれから。

自然に学び、テクノロジーに変換する「バイオミメティクス」

生物の形態や構造、機能などから着想を得て、新たな技術や製品を開発する科学技術「バイオミメティクス」。生命が誕生し、進化を続けてきた38億年分のプロセスからヒントを得た製品は少なくない。

カギ状のトゲを持つオナモミから 着想を得たマジックテープや、カワセミのくちばしを参考にして設計された新幹線、鮫肌を表面に反映した競泳用水着など、自然は着想の宝庫とも言える。

亀井潤はバイオミメティクスに特化したサイエンティスト/デザイナー/起業家として、英ロンドンを拠点に活動している。彼は自らを「Biomimicry designer(バイオミミクリー・デザイナー)」と称する。科学者とデザイナー、両方のスキルを融合させた作品が彼の特徴だ。

ロンドンを拠点に活動する亀井潤。インタビューは一時帰国中のタイミングで行われた。

亀井は東北大学工学部でバイオミメティクスを学んだ後、イギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アート(以下、RCA)とインペリアル・カレッジ・ロンドンの共同運営による、イノベーション・デザイン・エンジニアリング学科に留学。RCAではエンジニアとデザイナー、2つのバックグラウンドを持つことは珍しくないという。

研究者でありデザイナーでもある。複数の職能が推奨されるRCA

「デザインと材料、デザインとブランディング、デザインと機械工学といったように複数の職能を持った人がRCAには多い。一つの物事に対して視点が増えるので、少数のチームだとしても、さまざまな観点で検証しやすいというメリットがあります。プロジェクトに対して今まで気づかなかったような指摘をもらうことも珍しくありません」

一つの専門領域を掘り下げるスペシャリストや、関わる領域を広く浅くカバーするゼネラリストとも違う職能だが、複数の視点を持つことのメリットは多いというのが亀井の考えだ。

たとえ今までに無かった革新的なテクノロジーを生み出したとしても、実社会に応用する先が無いと、世に出ることがなく終わってしまう。そうならないように研究者自身が社会の全体図をイメージしながら、自らの取組を客観的に捉え、時には自らユーザーの視点に立って考えられるようになるべきだという。そういった客観性を獲得するためにも、研究者とデザイナーという異なる視点をもつことは意義があると亀井は話す。

「その逆も然りで、デザイナーが白衣を着て検証するということも重要です。デザインが関わらない作業において、デザイナーは不要かと言えば、そんな事はありません。高い理想を掲げて、未知のプロダクトを生み出すためには、多くの技術が必要になる。スピードの早い時代において、一人が複数の視点・バックグラウンドを持つことは優位に働きます」

イギリスのロンドンにある国立美術大学ロイヤル・カレッジ・オブ・アート。修士号と博士号を授与する世界で唯一の美術系大学院。(写真提供:亀井潤)

一つの技能を身につけたスペシャリストであっても、新たな技能を学ぶ最初の段階はビギナーだ。亀井もRCAに留学した当初は、Illustratorやphotoshopなど、デザイナーなら使えて当然のツールの使い方すらおぼつかなかったという。

「いま思えば、もっと学んでからRCAに来てもよかった」と当時を振り返って苦笑する亀井だが、直感を信じて飛び込むことも大事だと語る。

「純粋に化学が好きで東北大学に進み、バイオミメティクスを学んでいたけれど、研究しているものが必ずしも形にならないもどかしさを感じていました。そんな中で、デザインという全く異なるアプローチに興味が湧き、単純に『面白いな』と思って飛び込んだ。その直感を大事にしたかった」

技術が好きで研究者の道を選んだ亀井にとって、2011年の東日本大震災はテクノロジーのあり方を根本から見直す大きなきっかけとなった。

元々、バイオミメティクスに関心を持ったきっかけは2011年の東日本大震災だったという。豊かな自然に囲まれた東北地方を一瞬で変えてしまった未曾有の大災害を目の当たりにした亀井は、自然と対立しない暮らし方とは何かを深く考えるようになった。

自然に学び、テクノロジーに変換するバイオミメティクス――それを社会に還元するには、自らのスキルを拡張し、研究の上流段階からデザインを意識することが重要だった。亀井には国内の化学メーカーに就職する選択肢もあったが、「就職はいつでもできる」と判断し、RCAの門を叩いたのだった。

解は無くとも、課題を持つことから始まる

現在、亀井が取り組んでいるのが海洋問題に関するプロジェクトだ。

太平洋でプラスチックごみが約70万平米キロメートルに渡って滞留している問題や、温暖化による海面上昇や生態系への影響など、近年さまざまな問題が海を中心に巻き起こっている。

米国の気候研究機関Climate Central(クライメート・セントラル)によれば、このまま海面上昇が進むと2050年にはベトナム南部メコンデルタ地方のほぼ全域とホーチミン市の大半が浸水する恐れがあると発表するなど、危機的な状況になりうることを予測する報道も年々加速している。

亀井がロンドンで創業した「AMPHIBIO LTD」は、海で身につけるものを通じて、社会課題にアプローチするプロダクトを開発している。

目下、注力している技術「Biomimetic Artificial Gill」は、水中の酸素を取り込み、二酸化炭素を排出して水中でも呼吸できるというもので、水中昆虫の呼吸メカニズムから着想を得たという。開発のきっかけは海洋汚染や温暖化である。「海の境界線が変わってきている」と亀井は捉え、変化を受け入れるための服を考案した。水面上昇により水中での生活を余儀なくされた人間のための服というコンセプトで開発をスタートさせた「AMPHIBIO Biomimetic Artificial Gill」は、現在スクーバダイバーやフリーダイバーの協力を得てプロダクト化に向けて取り組んでいる。

amphibious(水陸両用)から名づけられた、「AMPHIBIO Biomimetic Artificial Gill」はマスクと人工エラが一体となったスーツだ。特殊な多孔質疎水性材料を使うことで水中から酸素を取り込み、二酸化炭素を排出する。複雑な形状の造形には3Dプリンターを活用している。

水没した未来は必ずしもディストピアとは限らない。水没した都市に人類が適応した未来では、日常的に人類は水中散歩を楽しんでいるかも知れない、亀井はそんな未来を思い描いている。

「身につけるものと、海洋という2つの関心が交差するポイントにある」というAMPHIBIO LTDを通じて、個人の関心だけでなく、世界規模の課題となっている海洋汚染に対するソリューションにも取り組もうとしている。

ニュースでプラスチックごみや海面上昇の問題をテレビやインターネットで見ても、モニターの向こう側にある話で、自分自身の問題としてなかなか認識できないかもしれない。しかし、実際に大量のプラスチックごみが無人島に漂着しているのを目の当たりにすると、捉え方が一気に変わると亀井は語る。

亀井が訪れたパプアニューギニアの無人島の美しいビーチにもプラスチックごみが漂着していた(写真提供:亀井潤)

「プラスチックの最大の問題は、生産から消費、廃棄した後のサイクルが循環できていないこと。人工物は自然の循環サイクルに戻すことはできない。だからこそ、人間が廃棄までのサイクルに責任を保つ必要がある。たとえば、現在使用されているウェットスーツの素材は、ゴムと発泡させたスポンジの組み合わせで、何十年も変わっていない。人工的に作られた素材なので自然には還すことはできず、自然由来の素材に置き換えることも難しい 」

プラスチックを廃棄した後のサイクルを循環させる、その具体的な解決手法は完璧には描けていないかもしれない。しかし、高い理想を実現させるために「解は無くとも、課題を持つことが大事」だと亀井は未来を見据える。

アイデアの源泉は情報の整理と、日々の体験から

常にグローバルな視点を持ちながら、バイオミメティクスという切り口で解決方法を模索する亀井は、日々どのようにアイデアを研ぎ澄ませているのか。

生物の生態を模倣する技術であることから、自然から受けるインスピレーションは大きいが、人間の身体からも影響を受けるという。AMPHIBIO Biomimetic Artificial Gillの開発には素潜りやボンベを使った潜水、ウェットスーツを着ての競泳など、潜水する際に受ける身体感覚から着想を得た点も多い。

そうした非言語的な経路から着想と並行して、世界動向や論文のリサーチも欠かさない。

「世の中がどう動いていて、どのように考えられているのか、常にウォッチしています。気になるトピックは論文にも当たり、情報を常にストックしています」

ストックした情報は時間を置いて振り返ったり、過去と現在のデータと比較したり、時には図式やイメージに起こすなどして、俯瞰的に情報を把握しつづけることを絶やさない。そうすることで、アイデアの源泉となる情報に多面性を持たせているという。

研究者やデザイナーというよりはリサーチャーのような作業だが、先端的なプロダクトを生み出すにあたって、現状を常に把握し続け、その中から自分なりの未来に対する仮説を作ることが重要だと亀井は強調する。

AMPHIBIOのコンセプトリサーチに利用した未来スコープ

そうした情報の蓄積を経て、「未来に対する仮説と自分の興味が重なる部分が海であり、そこで身につけるもの」だったことが、AMPHIBIOでの開発にもつながっているという。

出自の異なる人々との関わりから得られるインスピレーション

導き出した仮説を多様性のある環境で磨くことも重要だ。

活動の拠点としているRCAは美術大学院でありながら、最先端のデザイン手法に留まらずイノベーションの方法論についての研究も活発だ。学内にはスタートアップを育成するインキュベーション機能もあり、亀井のオフィスもRCA内のインキュベーション施設の中にある。

開発にはRCAの卒業生も関わっているが、チームで一体となって物事を実践的に進めるという志向が強く、亀井も大いに影響を受けたという。

「これはRCAに限らず、美大全般に言える特徴だと思いますが、自分とはぜんぜん違うことをやっている人が周りに山ほどいるのがいいところですね。お互いにやっていることを雑談することからも刺激が得られるし、自分の専門ではない分野でも工房や大学のテクニシャン(技術職員)に気軽に相談できます。自分と異なる人が周りにいるということが、モノを作る上で非常に重要だと感じます」

過去にはハッカソンに参加し、多様なバックグラウンドを持った人たちとの共同作業に勤しむこともあったという。亀井は自分とは異なる能力をもつ人々との関わりを重視し、自らのアイデアを磨き上げることを欠かさない。

学内にテックベンチャー向けのインキュベーション施設を有しているのがRCAのユニークな特徴。亀井自身も多様性のある環境で存分に活用して研究開発を進めている。

しかし、それは進行中のプロジェクトにも当てはまる。AMPHIBIOではダイバーに対するヒアリングを欠かさないが、その調査にもデザイナーや技術者が関わるという。

「実現可能か未知数な状況で道筋を定めるべく調査して、その結果を振り返りながら開発の方向を議論することは非常に重要で、その際に複数の職能を持った人が関わることで、間違った方向に自分たちが進まないような抑制や、一人では気づかなかった発見があります」

希少性の高い苦労を選ぶ方が楽しい

研究者とデザイナーというバックグラウンドを持ち、バイオミミクリー・デザイナーという道を定めた亀井に、クリエイターとしての活動の判断基準を尋ねると、明確な回答が返ってきた。

「世の中の関心の逆を行くこと、周りが選ばないほうを選ぶことを心がけています。RCAに留学する際にも、日本で就職するという選択肢もありました。でも、就職はいつでもできるし、研究者から海外の美大に飛び込むほうが面白そうだし、今しかできないと思った」

研究テーマに海を選んだのも自身の指向に加え、多くの研究者が宇宙関連のテーマを選ぶ中で、世の中の関心とは逆方向を選ぶという発想からだという。

「日本ではなくイギリスに会社を作ったのも、周りにイギリスで起業する日本人がほとんどいなかったから。ダメだったら日本に戻ればいいし、その経験が糧になる。人と違う選択肢のほうが一見苦労するようにみえるけど、どういう選択をしても同じような苦労はついてまわる。それならば、より希少性の高い苦労を選んだほうが楽しい」

世の中の逆を進むということはリスクが高く、多くの苦労が待っているかもしれない。しかし、同じ苦労を背負うのであれば希少価値が高い方を選ぶ。

トライアスロンが趣味で、体を動かすことからもインスピレーションを得ることが多いと語る亀井

インタビューの終わりに、トンガの無人島にあるカルデラ湖で泳いだ体験を喜々として話してくれた。その表情からは、大多数でないところからアプローチを試みる亀井のクリエイターとしての本質が垣間見える。

「向こう岸まで泳ぎたくて、最初は湖の縁にそって泳いでいたけど、横断したほうが早いと思い、湖の真ん中に向かって泳ぎ始めてみたんです。そしたら、岸がかろうじて見える場所を一人で泳ぐのってやっぱり怖い。海底に火山があるけど大丈夫かなとか、変な生物はいないかなとか、足がつったらどうしようとか考え始めてしまう。でも、よく考えるとそんなことが起こる可能性はすごく低くて、単純に自分から恐怖の対象を生み出しているんですね。それからは、泳ぐという行為自体には変わりはないと自分に言い聞かせて、淡々と早くたどり着くルートを泳いでいました(笑)」

2014年に起きた海底火山の噴火で2つの島がつながって誕生した、トンガの無人島(フンガトンガ・フンガハアパイ島)のカルデラ湖。(写真提供:亀井潤)

自分なりの仮説を持ち続け、大多数ではないところからのアプローチが自身の活動の源泉だと亀井は断言する。クリエイティブなプロダクトを生み出すためには強い意志と、継続的な努力が重要であることが伺えた。