インタビュー

日本企業のモバイルシフトに必須の持ち物は、アプリデータの"世界地図"

旅をする時に地図を持っていないと困るのと同様、企業がモバイルの世界に挑戦する時に必要となるのは、世界規模のモバイルビジネスの勢力構成図である。

前編に引き続き、App Annie日本法人代表、向井俊介のインタビューをお届けする。

前編で向井は、モバイルシフトの必要性を自分ごととして捉えられていない日本企業の現状と、その結果として目先のビジネスチャンスだけでなく、中長期的に見ればそれ以上に大切なデータという資産をみすみす失っていることを指摘し、危機感を煽った。

では、企業の意思決定者がそうした現状を正しく認識し、モバイルシフトの必要性を自分ごと化したとして、実際にどうやって事態を打開していけばいいのか。

一つめのメッセージが「モバイルという海に出よう」だったとするならば、二つめのメッセージは「地図を持とう」だ、と話す向井。どういうことか、再び彼の言葉に耳を傾けてみよう。

データは現代のビジネスに必須の地図

生活者のライフスタイルがモバイル中心にシフトしたいま、生活者のことを知りたいと思ったら、企業としても当然、重心をモバイルへと移す必要がある。

「重心をモバイルに移す」とはすなわち「モバイルアプリを作る」ということだろうか? 向井が言っているのはそうではない。

「それまで経験のなかった企業がモバイルアプリを作るのは簡単ではありません。それに一度作ってしまったが最後、終わりのない改善の日々が始まります。だから猫も杓子もアプリを作れというのは乱暴だし、非現実的だと思います。必ずしも自分たちでアプリを作って、ゼロからデータを収集しなくてもいいんです。なぜなら、世の中にはすでに何千、何億というユーザーのデータを持っているプレーヤー企業、プラットフォーム企業がたくさんあるわけですから」

こうした企業と提携するというのも、経営戦略としてはもちろんアリだ。だが、自分たちで新しくなにかを始めるにしろ、どこか提携先を探すにしろ、まず世界を正しく認識しなければ、最適な判断を下せるはずがない。世界のどこにどんなサービスがあり、そのサービスがどれくらい伸びていて、どんなユーザーに、どんな形で使われているのか。そうしたことがわからなければ動きようがない。

データを参照しないのは、地図なしで大海に出るに等しい。

だから、必要なのはなによりもまず、世界を正しく示し、どの方向に進むと金脈がありそうなのかを知る「地図」である。そして、現代の地図はデータに他ならない、と向井は言っている。

「日本でも最近ベストセラーになった『ファクトフルネス』という本があります。この本が伝えるように、ぼくらは思い込みと先入観で物事を考えがちなんです。実際の世界がそれとまったく異なることはデータが物語っています。データやファクトを見ることで初めて、世界の本当の姿は見えてくる。なにかを考えるのはそこからではないか、ということです」

データやファクトを把握せずになにかを始めるのは、地図を持たずに大海へ航海に出るに等しい。ぼくらの思い込みと先入観は、ミクロネシアの伝統航海術のようにはあてにならない。

世界を広く見渡せば、さまざまなモバイルビジネスがある。的確な経営判断のためには、勢力構成図の把握は不可欠である。

App Annieという"世界地図"の使い方

日本企業の意識変革を促すべく続けてきた向井の地道な働きかけは、ここに至ってようやく、自社のビジネスにつながることになる。

App Annieは、世界中のアプリ会社やユーザーの端末から提供されるローデータをもとに、独自のアルゴリズムを使って、日々推計データを生成している。2010年の創業から蓄積してきた同社のデータ量は、他の追随を許さない。その圧倒的な量がデータの精度を支えてもいる。だからこそ同社のデータは、これから大海に漕ぎ出そうとする企業に対して、まさに"世界地図"として機能する。

では、手にした"地図"は実際にどのようにして使えばいいのか。その使い道は大きく分けて二つある。一つは「マネタイズ」のため、もう一つは「マーケティング」のための使い方だが、マネタイズは課金ビジネスを指すため、多くのナショクラ企業は「マーケティング」の文脈で活用している。

国内大手自動車メーカーのA社は、App Annieの提供するデータを「新規ビジネス創出に向けたマーケット理解」のために使っている。世界レベルで見ると自動車の販売台数が頭打ちになっている市場において、同社にとって自動車の製造・販売以外に将来にわたって会社を支える事業を作ることは、喫緊の課題だった。例えばライドシェアサービスとの提携はその有力な手段の一つだったが、提携先を探そうにも、世界のどこにどんなライドシェアサービスがあるのかを知らなければ、検討のしようがない。

そんな時、App Annieのデータを使えば世界規模の勢力構成図を作ることも容易だ、と向井は言う。

「どこの国でどんな会社が強いのか。どれくらい成長しているのか。どういうユーザーを抱えているのか。そういったことがファクトとして手に入ります。ライドシェアとひとくちに言っても、例えば東南アジアには『Grab』が、インドには『Ola』が、ロシアには『Gett』がある。アメリカにだってよく知られた『Uber』のほかにも『Lyft』や『Juno』がある。日本で知られているよりもずっと多くのライドシェアサービスが世界にはあります。それらすべてを知ることで初めて、比較検討は可能になるじゃないですか。そこでもし『Uber』しか知らなかったら、ライバル社が『Uber』と提携した時点で話が終わってしまう」

グローバルに展開する大手消費材メーカーのB社は、データを「マーケティング高度化に向けて生活者を知る」ために使った好例だ。同社はこのほど、それまで現地法人に一任していた海外マーケティング戦略を見直し、国内ヘッドクオーターがデータドリブンにポリシーを定めるやり方に変えた。

「例えば各国それぞれのアプリ内広告クリエイティブデータと、ダウンロード数やアクティブユーザー数、アプリの起動率などのデータを見ていくと、プッと跳ねる瞬間があるんです。そうした行動変容の裏側には、必ずなにかしらの原因がある。本当に泥臭い作業なんですが、その日、その時にどんなことが起きていたのか、どんなコミュニケーションが生活者の行動変容を促したのか、一つひとつ探っていくことをする。そうした積み上げが、マーケティング戦略を定めるためのTipsになっていくんです」

それぞれの国に最適な施策を打つには、「現地の消費者が日々どんなサービスに触れているのか」や、「どういう広告クリエイティブに大きく反応するのか」など、さまざまなことを知る必要がある。このようにして「生活者を知る」手段としてデータを参照するのも、まさに地図的、羅針盤的な使い方だと向井は言う。

企業によって、App Annieの使い方は多様である。ただし、成功する企業に共通する条件はある。

先の見えない時代にPDCAはそぐわない

しかし、地図はあくまで地図だから、ただ眺めているだけでは「正解」は見えてこない。「マーケットを知る」「生活者を知る」、いずれの使い方であっても、データは使いこなして初めて価値になる。「価値を一様には語れないのが、うちのプロダクトの難しいところなんですよね」

どんな価値を生み出せるかは使い手に委ねられている。だが、データを活用する際には「こうすればうまくいきやすい」という押さえておくべきコツもある。

仮説を検証するためにデータを見るべき。逆だとうまくいかない。

向井の考える一つめのコツは、「データを扱う際は、あくまで仮説ありき」という原則を遵守することだ。

「仮説ありきというのは、BI(Business Intelligence)の世界の原則です。まず仮説があり、それを検証するためにデータは存在する。これが逆になるとうまくいかないんです。なんとなくデータを眺めているだけでは答えは見えてこないし、なんのためにやっていたんだっけ?ということになって、大抵迷宮入りしてしまう」

コツの二つめは、「日本企業が大好きなPDCAを捨てること」だ。失敗する企業の多くは、データ活用をPDCAのプロセスに組み込んでいる、と向井は言う。

「日本企業のP(プラン)は戦後の成長期を支えた製造業の製造プロセスの考え方からきているので、完璧になるまで磨きたがるじゃないですか。でも、それじゃあ遅すぎるんですよ。遠くまで先が見通せる状況、あるいは同じことの繰り返しをしていればうまくいく状況であればそれでいいんですが、いまは変化のスピードが速く、先の見えない時代になっています。完璧なプランができたころには、すでに外部の条件が変わってしまっていて、またプランを組み直すことを迫られる。結果、永遠にそこから抜け出せなくなってしまうんです」

データである程度の方向性だけ決めて、修正しながら進めていく。

では、どうするか。PDCAに代わるものとして、米軍生まれの「OODA」という新戦略があるのをご存知だろうか。「Observe(観察する)」「Orient(状況判断する)」「Decide(決断する)」「Act(実行する)」の頭文字をつなげたものだが、この「Observe」と「Orient」の部分にデータを使うことを向井は推奨する。

「デジタルの世界では、いちいちプランを固めていたのではスピードが追いつかない。ある程度の方向だけ決めたら、あとは実際に進んでみて、そこから得られるフィードバックを観察し、修正していくという動き方が必要になります。データはなんのために使うのかと問われたら、その『進むべき方向』を決める際に使うというのが正しい答えなんだと思います」

便利に使えるものは、積極的に取り入れていく。それが世界での戦い方。

地図をもってモバイルの海に出よう

ダン&ブラッドストリート、ガートナーと、これまでも情報やデータを提供する外資系企業ばかりを渡り歩いてきた向井だが、考えていたのは常に「日本企業をいかに元気づけられるか」だった。こうした企業を選んだのは、そのために有効な武器を追い求めた結果に過ぎない。いまApp Annieで行っていることも、まさしくその延長上にある。

「データという地図であり羅針盤を持っていれば、それをベースに、例えば『ブラジルならこんなビジネスができるのではないか』という仮説が立てられますよね。仮説を立てたら、まずはローンチしてみる。もちろん、失敗することだってあるでしょう。でも、ダメだったらその時は潔く引いて、次に活かせばいいだけの話。だから、メルカリのイギリス撤退というのは英断だったと思います。技術的にはもう、ああいう動きが可能なはずなんですよ」

世界のデジタルプラットフォームを日本企業はもっと使い倒すべき。

かくして「グローバル」は日本企業にとって現実的なフィールドになる。人口減少社会でこれまでのような成長は望めないと言われるが、このように考えれば、まだまだ豊かになるチャンスは残されているのではないか。

データはその一歩を踏み出すための助けになる。そのように考えるからこそ、向井は今日もまた、企業のトップの意識を変えるべく「ドSモード」で働きかけるのだ。

「ぼくが発信したいメッセージは、一貫してグローバル。日本の中でだけイチャイチャとやっていれば成り立っていた時代は、もうとっくに終わっているんです。一方でデジタルのプラットフォームがこれだけ世界に広がっているのであれば、それを使わない手はないじゃないですか。モバイルという海に出よう、地図を持とうというのは、そういう提案なんですよ」