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要約『THE VISION』:いいビジョンは、いつの間にか「周りの人の夢」になっている

Amazon、パタゴニア、無印良品。成功する組織には、いつも優れたビジョンがあった。曖昧模糊とした理念系の言葉をわかりやすく解説し、ビジョンづくりのフレームワークを教えてくれる実践の書を紹介する。

周りの人を巻き込む力はあるか━━BNL編集部の選定理由

ビジョンという言葉は、曖昧な意味で使われやすい。そこで本書ではビジョンをこう定義している。

「自らが生み出し得る最高の公共的未来像」

心から達成したいと願う未来であり、そのビジョンを考えるだけでワクワクし、毎日仕事がしたくなってしまう、そんな未来像だ。

そして優れたビジョンは、多くの人に「私の夢でもある」と思わせる力を持つという。もともとは個人が抱いたものであったとしても、周りの人々を静かに巻き込んで「公共の夢」になる。

以前BNLで取材をした中川政七商店の社長 仙石あやの言葉を思い出す。中川政七がつくったビジョンを「ものすごい発明だと思う」と語っていた。そのビジョンのもとに、人が集まってきたからだ。

「なぜ(中川政七商店の)みんながものづくりに真摯に取り組めるかというと、ビジョンがあるからだと思うんです。商品企画や営業、生産管理など働く場所は他にもたくさんあります。なのになぜ、わざわざ他の会社をやめて、こんな奈良の片田舎に引っ越してくるかというと、なんらかのかたちでビジョンに共鳴しているからだと思います。みんな、ここで何かしたいと思ってきている」

中川政七商店:名経営者の後を継いだ千石あや、創業302年目の挑戦より抜粋

本書を読み終わって、ふと考えた。企業のビジョンについて書かれたこの内容は、個人にも通じるのではないか、と。

なぜいまの仕事をしているのか、自分自身のビジョンはなにか、それは誰かの夢にもなるような、人を巻き込む力を持っているか。

ビジョンづくりのノウハウが詰まった本書は、一度立ち止まって、自分を振り返る機会をくれる一冊でもある。

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要約者のレビュー

バブル経済の崩壊以後、「失われた時代」と呼ばれる4半世紀のあいだで失われたもっとも重要なものは何か。企業のビジョンづくりに30年以上関わってきた著者からすると、それは「ビジョン」だという。

人工知能、シェアリング、ブロックチェーンなどさまざまなテクノロジーが、人間のコントロールの外で幾何級数的に発達している。囲碁だとすでに人間は人工知能に勝てないし、中央銀行が存在しない仮想通貨も世界中に流通しはじめている。またUberやAirbnbのような新興企業も、既存産業の構造を破壊しつつある状況だ。このような世の中で「ビジョン」もなしに企業を経営することは、地図やGPSも持たずに海を漂うようなものだと著者は指摘する。

本書は企業を念頭に執筆されたものだが、大部分の内容は個人についても当てはまる。主体的な意志もなく人生を歩むことは、外界の変化に後手後手に対応していくだけの「リアクション人生」となる。公共的未来像(ビジョン)を持ち、自分の価値基準や行動原理、達成基準にもとづきながら、その未来像に向かって行動していかなければならない。

とはいえ「言うは易く行うは難し」である。個人でも企業でも、なかなか具体的な行動には踏み切れないものだ。しかし安心してほしい。本書ではビジョンづくりのための具体的なツールやフレームワークも紹介されており、すぐに取り組めるようになっている。

大きな時代の流れに立ちすくむ前に、ぜひ本書を手にとり、最初の一歩を踏み出してみてはいかがだろうか。


本書の要点

── 要点1 ──
ビジョンとは「多くの人に共有・共感される、未来への洞察を信念にまで高めた末に生まれた、自らが心から達成したいと願う、あるべき未来像」である。

── 要点2 ──
驚異的なスピードでテクノロジーが進化する中で、ビジョンを持たないということは、こうした流れを傍観するということであり、意志の放棄に他ならない。

── 要点3 ──
日本のスタートアップからも、創業の志と明確なビジョンを持っている企業がいくつも出てきている。一方で苦境にあえいでいる大企業には、ビジョンの欠如を見ることができる。


要約

ビジョンから見た日本の現状

Photo: "谷間" byjun560(CC BY-NC-ND 2.0)

予測不可能な未来を生きるために

未来は個別の事象においては予測できない。だが大きな潮流に関しては、大体のところが予想可能である。たとえばAIや遺伝工学、量子コンピューター、拡張現実などのテクノロジーの進化は今後も続くし、地球温暖化や人口の激増、資源の枯渇が生態系に大きな影響を与えることは確実である。

日本人の多くには、主体的に世界を創造するビジョンを描き、それに向かって進んでいくという習慣がこれまでなかった。これはユーラシア大陸の東端の列島群という地理的な条件の中で、何万年も暮らしてきたことが生み出した特性である。

そんな日本もここ200年ほどを見ると、明治維新と第二次大戦後の際には大きなビジョンを持って動き、大きな変革を達成していた。ただしそれはいずれも圧倒的な「外圧」によるものだ。明治維新の時は外国からの開国圧力を、終戦の時は「敗戦」と「米軍による占領」を起点としていた。つまり外との差が圧倒的であり、「追いつかないと自分たちがダメになる」と思えないと、日本人は自分たちの力を最大限に発揮できなかったのだ。

優れたビジョンの事例

いまの日本でも、創業の志を抱いてスタートし、明確なビジョンを持っているスタートアップ企業はいくつもある。たとえばLITALICOは、「障害は人ではなく、社会の側にある」と考え、障害のある方の就労を支援するサービスや、自閉症・ダウン症などの診断を受けている子ども向けの学習教室を展開している。「障害のない社会をつくる」というビジョンを掲げ、すべての事業活動がそこに向かってフォーカスされているのだ。

別の事例として、貧困層向けマイクロファイナンスを展開する五常・アンド・カンパニーも挙げたい。同社は2018年時点でカンボジア、スリランカ、ミャンマー、インドの4カ国で事業を展開している。創業者の慎泰俊氏は在日として東京の下町で生まれ、一家6人の豊かでない暮らしと、外資系金融機関で磨いた知識をもとに、この会社を立ち上げた。彼らのビジョンは「誰もが自分の宿命を克服し、よりよい人生を達成する機会を得られる世界を創造すること」であり、民間版世界銀行として、世界中すべての人のための金融アクセスを提供している。

衰退のスイッチを押すダメなビジョン

一方で苦境にあえいでいる企業もある。東芝は代表例の1つであり、その一因としてビジョンの欠如が考えられる。

たしかに東芝のウェブサイトには、「人と、地球の、明日のために。東芝グループは、人間尊重を基本として、豊かな価値を創造し、世界の人々の生活・文化に貢献する企業集団をめざします」という経営理念などが書かれている。

だがこれは著者の考える「ビジョン」ではない。なぜなら東芝が目指す未来の姿が具体的に見えてこないからである。これらはあくまで全社員に「心がまえ」を説いているだけであり、結果として「私たちにはいま語るべき、取り組むべき未来像がない」ということ、「とりあえず、いまある技術的資産、人的資産を使って頑張るしかない」というメッセージになってしまっている。

こういうビジョンを掲げている経営者は、私たち自身が持つ知性、能力、感情のエネルギーを低く見積もっていると言わざるを得ない。

ビジョンを創る上で想定すべき未来

Photo: "Speed" by José María Pérez Nuñez(CC BY-NC-ND 2.0)

驚異的なテクノロジー進化のスピード

これからの100年を見据えるうえで、もっとも重要な視点は「テクノロジーと人間の調和」である。ここではテクノロジーを「人間の能力の一部を外部化して機能やパワーを拡大したもの」と定義する。石斧や矢じりであれば人間の手や歯の能力を、AIであれば人間の認知・判断・思考の能力を外部化し拡大するために生まれたテクノロジーと言える。

私たちに現在わかっているのは、「私たちは自分自身で生み出したテクノロジーを制御することはできない」という事実である。中でも最大の問題はテクノロジー進化のスピードが、人間にはコントロールできないということだ。テクノロジーは、人間のコントロールの外で幾何級数的に発達する。つまりテクノロジーは人間の習熟度に応じて発達するのではなく、生命のように勝手に進化し、発達する性質を持っている。

ビジョンを持たないということは、こうした流れを傍観することを意味する。それは問題が起きてから対処する、リアクションで生きていくということだ。これは意志の放棄に他ならない。人間は考えてイメージし、言語化し、そして思い描いたものを実現するように行動して、はじめて何かを現実化するのだから。

「集合知」の時代

Photo: "Deep Carbon" by DCO VR Workshop(CC BY-NC-ND 2.0)

ビジョンを考えるうえでは、次の4つのキーワードを念頭に置きたい。

1つ目は「知性の外部化」だ。記憶、認識、判断はこれまで人間の知的活動が負っていたが、今後はかなりの部分をAIが代替するか、サポートするようになるだろう。私たちはすでに、わからないことがあるとスマートフォンで検索したり、メモを写真で残したりしている。このように記憶の外部化は半ば当たり前になっている。加えて医療診断や金融取引、法律事務の分野でもAI導入が進んでおり、判断の外部化も急速に進行している。

2つ目は「感覚と能力の拡張」である。今後想定されるのは、五感も含めた身体の感覚や機能が大幅に拡張される未来である。VRやARは人間の視覚・聴覚を大きく拡張するテクノロジーだ。また筑波市にあるサイバーダイン社が開発するロボットのように、人間が装着し、体の機能を改善・補助・拡張・再生するためのものもある。

3つ目は「分散化」だ。インターネットは人から人、端末から端末に直接つながる分散したP2Pネットワークであり、中央集権的なものから人間を解き放つポテンシャルがある。ビットコインのブロックチェーン技術が画期的とされているのは、この通貨の価値を保証する中央銀行が存在しないからだ。

4つ目は「所有から共有へ」である。欧米でUberが普及しているように、車は今後大きく変わるものの1つだ。もし自動運転が可能になると、必要なときにスマートフォンで自宅前まで車を呼んで、目的地まで乗ってそこで乗り捨てるような存在になるかもしれない。

これらの4つのキーワードは、「集合知」という1つのキーワードで括ることができる。つまり「外部」「拡張」「分散」「共有」とは、「一人ひとりの能力を高めながら、みんなでつながって問題を解決していこう、世の中を良くしていこう」ということだ。多様性が集団内に確保できている場合、専門家が下す判断よりも「みんなの意見は案外正しい」ということは、実証実験などで確かめられている。

【必読ポイント!】 「最高のビジョン」とは?

Photo: "Georgia" by Harald Brendel(CC BY-NC-ND 2.0)

20世紀最高のビジョンとは

著者が最高のビジョンと思うものの1つに、マーティン・ルーサー・キング牧師の演説が挙げられる。次のフレーズは、まさにビジョンがどういうものであらねばならないかをはっきりと示している。「私には夢がある。それは、いつの日か、ジョージア州の赤土の丘で、かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが、兄弟として同じテーブルにつくという夢である」

このフレーズは単純な「絵」ではなく、「自らの意志を投影した未来像」だ。これがビジョンとして大きなエネルギーを発し続けるのは、キング牧師が多くのアフリカ系アメリカ人の願いを、自らの願いや夢として内側に育み、こうあるべきであるという確信をもって伝えようとしたからである。

ビジョンの性質・機能

ビジョンが持つ性質は次の3点である。(1)自らが心から達成したいと願う未来像、(2)「公共の夢」として人々を巻き込む力、(3)未来への洞察と自らの信念のうえにつくられていること。

ビジョンはまず何よりも「自らが心から達成したいと願う未来」でなければならない。また人や組織に固有なものでありながら、多くの人に「私の夢でもある」と思わせる力を持っている。無私の精神が潜んでいるために、最終的には人々に共感され、共有され、みんなの夢としても力を得ていく。ビジョンとは、ある固有の組織や人の中に生じた「公共の夢」とも言えよう。そして優れたビジョンは、現状がどのような状態であろうと、あるべき未来を構想していく「洞察」と、自らの「信念」を前提に組み立てられている。

こうした性質を持ったビジョンは、企業の未来を指し示す「コンパス」であり、もっとも大きく長期的に描かれた「経営計画」であり「憲法」でもある。極論するとビジョンとは、世界が実現したいと願った集合的そして公共的な知恵が、たまたま特定の人を通じて現実世界に表出されたものなのだ。

そう考えたとき、ビジョンが持つ機能は次の3点に集約される。(1)共有された目標となること、(2)日々のモチベーションの源泉となること、(3)行動と判断の基準となること。

こうしたビジョンの性質と機能を前提にして、ビジョンを「自らが生み出し得る最高の公共的未来像」と定義したい。つまり「多くの人に共有・共感される、未来への洞察を信念にまで高めた末に生まれた、自らが心から達成したいと願う、あるべき未来像」である。

理念系のことばの定義と相関図

Photo: Matthew Bednarik(CC BY-NC-ND 2.0)
著者はビジョンを機能させる仕組みとして、ミッション、コンセプト、バリュー、アイデンティティという4つの理念系のことばを定義する。

ミッションとは、何者かに命じられるのではなく、自らの内発的な意志にもとづいて行われる「自らに課した達成すべき取り組み」だ。コンセプトは「取り組みのための新しい行動原理」、バリューは「取り組みにおいて優先すべき価値基準」、アイデンティティは「自らの資質にもとづくあるべき自己像」である。

以上のように定義したことばは、企業を「弓を射る人」に例えると、次の文章のようにまとめることができる。「弓を射る人というアイデンティティを持つ自分が、バリューという心構えのもと、コンセプトという強力な弓を使って、ミッションという矢を、ビジョンという的に向けて放つ」。理念系のことばはどれも重要であるが、このうち特に重要なのは「的」と「弓を射る人」、すなわちビジョンとアイデンティティである。


一読のすすめ

「ビジョン」という掴みどころのないテーマを扱う本書であるが、抽象的な議論に終始するのではなく、Amazonや無印良品といった有名企業や、前述した日本の有望なスタートアップ企業の掲げるビジョンを具体例に挙げつつ、「ビジョン」のつくり方も具体的に提案している、実践的な書である。企業のCEOやスタートアップ企業の創業者でなくても、チームを率いるリーダーであれば、迷わず本書をおすすめしたい。