インタビュー

楽天OBが挑む、不動産営業の情報革命

技術もデザインも優れているのに、なぜかうまくいかない。それは、解決したい真の課題が見えていなかったから。技術者は失敗を乗り越え、泥臭く人に関わり続け、ついに潜在ニーズにたどり着いた。古い不動産営業の仕組みを変える、最先端のサービスの誕生だ。

不動産業界には「追客」と呼ばれる専門用語がある。営業が担当する見込み顧客に対して継続的に物件を提案する業務を指す。不動産は多くの人にとって人生で最も高価な買い物だから、一度の来店ではほぼ成約には至らない。見込み顧客がよそへ流れないためには、営業担当者は継続的に働きかける必要がある。これが「追客」だ。

だが、現実には不動産仲介の営業担当者の多くは「追客」を行うことがほぼできていないのだという。日々更新される膨大な物件情報の中から見込み顧客の希望条件に合致するものを探し出し、提案する業務は、われわれ一般人が想像するよりずっと多くの労力を要するらしい。ゆえに彼らは多くのビジネスチャンスを逃しているし、客側も理想の物件になかなか出会えない不幸が起きていた。

2014年創業の不動産ベンチャー・ハウスマートの新サービス プロポクラウドはこの問題を解決しようとする。独自に構築した精度の高い物件データベースに顧客の希望条件に合ったものが現れるたび、システムが自動で提案のメールを送ってくれる。不動産営業の潜在ニーズを捉えたプロポクラウドは、3月のローンチからここまで順調に導入企業を伸ばしている。

実は、ハウスマートは約1年前にも、専用のスマートフォンアプリを通じて追客するというプロポクラウドと同じ課題解決を目指したサービスをリリースしていた。このアプリはシステムもデザインも好評だったが、ただ一つ営業担当者と客を結ぶ上で最も大切な「あるもの」が欠けていたがために大失敗に終わった。その反省が今回に活かされているという。

プロポクラウドのサービス画面。顧客の希望条件を細かく検索条件入力しておくと、その条件にあった物件がデータベースに現れ、自動で顧客にメールを送る。

不動産のようなレガシーな業界にはITで解決できる課題、すなわち大きなビジネスチャンスがまだまだあるだろう。だが、高度な技術や流行りのデザインをただ取り入れただけでは現実を変えるのには不十分だ。ハウスマートの先行サービスにはなにが足りなくて、プロポクラウドにはその失敗がどう活かされているのか。ともに楽天出身の代表・針山昌幸とプロダクトマネージャー・宮永照久に聞いた。

「買いたい人」の手伝いができない現実

ハウスマート代表の針山は新卒で大手不動産会社に就職し、そこで戸建やマンションの仲介から用地の仕入れ、住宅の企画など幅広い業務を経験している。楽天に転職したのは旧態依然とした不動産業界を変え得るITビジネスのノウハウを学ぶため。その後、2014年に独立していまの会社を立ち上げた。

針山は新卒の頃から、理想的な不動産探しの仕組みをつくるという目的を貫いている。

針山によれば、東京では新たに建物を建てられる土地がもうほとんど残されておらず、新築マンションの値段がどんどん高騰している。その結果、新しく家を買いたい人の多くは中古へと流れてきており、中古市場はいま、大変な盛り上がりを見せているのだという。買いたい人がこれだけいるのだから、普通に考えればそこには大きなビジネスチャンスがある。だが、不動産売買の営業は、こうした「買いたい人」を手伝うことができない現状にあるという。なぜだろうか。

「中古市場には東京・神奈川だけで約3万件の物件があります。そこに新しい物件が毎日数百件加わり、なおかつ値段も日々変動するので、いま世の中にはどういう物件があって、それがいくらなのかを把握するのは至難の技です。ほかの業界で営業が『自分の扱う商品の値段がわからない』と言ったら笑われるのがオチでしょう。それが現実に起きてしまうのがこの業界なんですよ」

各不動産仲介会社は、不動産流通機構が運営・管理する「REINS(レインズ)」という取引情報システムを共通して使っている。このREINSを利用して、膨大な物件情報の中から顧客の希望条件に合ったものを見つけ出し、PDFとしてダウンロードする(不動産会社の外壁に貼ってある、間取り図や簡単な情報の載ったアレだ)。それをメールに添付して送るのに、1通あたり60分を要するのだという。

不動産営業は、一人のお客さんへの対応に膨大な時間がかかる。昔から同じ仕組みのまま行われているからだ。

物件に問題がないか行政機関とやりとりして調査をしたり、契約書を作ったり、住宅ローンの手伝いをしたりと、不動産営業の仕事は多岐にわたる。針山自身も最初に就職した会社ではなかなか家に帰れず、「こんなにも忙しいものなのか」と驚かされたという。そんな中、すべての見込み客に対して人力で「追客」までやるのは非現実的と言えた。「本当に限られたお客さまに対してはやれても、多くの場合は意外なほど淡白な対応をせざるを得なくなっています」

その結果、業界大手の営業担当者でさえ、月の契約数は平均して1件前後。月平均10件ほどは問い合わせがある中で、9割の客はフォローアップできずに、そのまま流れていってしまっているのが不動産仲介の現実という。これは不動産会社にとっても大きな機会損失だが、客側からすれば、なかなか理想の物件と出会えないという不幸が起きていることにもなる。

「ジョブ理論」と泥臭い実践

この問題を解決しようというのが、同社が今年3月にリリースしたプロポクラウドだ。このサービスを使えば、大きな労力をかけることなく継続的に「追客」することが可能になる。

機械学習技術と人間の目視によるチェックの合わせ技によって、質の高い物件情報データベースを独自に構築。最初に1分ほどかけて顧客の希望条件を入力しさえすれば、あとは条件に合った物件がデータベースに現れるたびに、営業担当者名義の物件提案メールをシステムが自動で送付する仕組みになっている。客側は、提案された中に気に入った物件があったらボタンを押すだけでいい。すると担当営業に通知が来て、その後、内見などの手続きに進むことになる。

今まで物件の検索、ダウンロード、メール作成と、一人の顧客への対応に60分かかっていた。しかしプロポクラウドを利用すれば、実質1分で済むため、より多くの顧客に向き合う時間ができる。

こうしたシステムによる自動化に加えて、デザイン性高く整理された物件情報もプロポクラウドの肝だ。住所や間取りなどの基本情報に加えて、価格の推移や将来にわたっての資産価値の予測なども自動で計算されるから、客側は「いま、この物件を買うことの意味」を理解した上で購入するかどうかを検討できる。こうした情報もこれまでは、営業担当者が一つひとつ計算し、客に提示する以外になかった。

現状は東京・神奈川に限ったサービスだが、ゆくゆくは全国にも広げていきたい考えという。

3月のリリースからすでに約20社が導入済みというプロポクラウド。上々の滑り出しを見せているのは、現場の営業が抱える「解決したい真の課題」を捉えることに成功したからではないか、とプロダクトマネージャーの宮永は言う。彼らはイノベーション研究で有名なクレイトン・クリステンセンの「ジョブ理論」を参照し、「解決したい真の課題=ジョブ」を見つけるために、約1ヶ月を費やして10社20人の営業への徹底したヒアリングを行った。

「普段の営業のスタイルや仕事のスケジュール、抱えている課題などを丁寧に聞いていきました。そうして出てきた200個の課題を『課題感の強さ』と『われわれの強み』、『競合性』の3軸で精査して出たのが、今回の結論でした」(宮永)

宮永は、不動産営業に徹底的に寄り添い、意見だけでなく行動や心情などを細かく分析することで、彼らが抱えている真の課題を見つけようとした。

「解決したい真の課題」を知るために当事者たちの言葉に耳を傾ける--。言ってしまえば当たり前のことのようにも聞こえるが、実践するのは理論を頭で理解するほど簡単ではない。

「本にはインタビューのやり方まで載っているんですけど、これがもう全然うまくいかないんですよ。とにかく『なぜ?』を繰り返せ、と書いてある通りにやってみても、現実には『いや、もう勘弁してくれ』と言われてしまって。聞き方自体もやっては振り返り、やっては振り返りを繰り返して、最適な方法を探る必要がありました」

レガシーな業界を本当に変えるためには、テクノロジーやデザイン、理論だけでは不十分だ。エンジニアやデザイナーがPCの前から離れ、泥臭く試行錯誤を重ねた末にプロポクラウドは生まれた。

足りないのは「信頼を醸成する仕組み」だった

宮永が「泥臭い実践」を通じて「解決したい真の課題」を見つけ出す必要性を実感したのには、約1年前に経験した手痛い"失敗"があった。

ハウスマートは開発もデザインも全て社内で行う。だから開発が始まってから完成するまでのスピードも速い。

ハウスマートは2018年5月に、スマートフォン上で動くアプリサービスをベータ版としてリリースしている。営業は、初回の接客時にこのアプリをインストールしてもらうよう客に促す。するとその後は、このアプリを通じて継続的に物件の提案ができるというもの。表面上は、解決している課題はプロポクラウドのそれとほぼ同じだ。

技術力やデザイン力に自信を持っていた宮永らは、営業に直接ヒアリングすることなく、仮説ベースでこのサービスを発案・開発した。だが、結果としてわずか半年でビジネスモデルの大幅転換を余儀なくされる。「お客さまがそもそもアプリをインストールしてくれなかったんです。システムや使い勝手は自信があったのですが......」(宮永)

なぜインストールしてもらえなかったのか。繰り返し触れているように、多くの営業担当者にとってこれまで「追客」はやりたくてもできないことだった。これは言い方を変えれば、「追客」が彼らの通常の仕事の流れの中になかったということ。ゆえにアプリのインストールを勧めることに力を入れられなかったという理由は一つ考えられるだろう。

だが、このアプリが失敗に終わった、より本質的な理由はほかにあると宮永は言う。それは「信頼」の欠如だ。

「お客さまから見て、目の前にいる営業担当者はこの時点ではまだ、自分が気になって問い合わせた物件についてたまたま案内してくれている存在。世の中に数多の不動産仲介会社がある中で、お客さまからすれば、ほかでもないこの営業担当者から買わなければならない理由はありません。同じように、アプリの使い勝手がどれだけ優れていようが、世の中のほかの物件検索サービスとさほど変わらないものとして映っていたはずです」

プロポクラウドがこのアプリと決定的に違うのは「信頼を醸成する仕組み」の有無だ。プロポクラウドは営業担当者にはもちろん、客側にも特別なことはなにも要求しない。顧客はただ待っているだけで自分のニーズに合致した精度の高い提案が来る。ゆえに信頼が生まれる。それは自分のことを真摯に思い、素晴らしい提案をしてくれた不動産のプロたる営業担当者への信頼だ。だから「ほかでもないこの人から買おう」と思える。

つまり、先ほどの泥臭いヒアリングの結果あぶりだされた営業の「解決すべき真の課題」は、正確に言えば「追客したいのにできない」ことではない。「お客さまから信頼される存在になりたいのに時間がない」ことだったのだ。

「接客のスタイルは千差万別ですが、多くの営業は共通してお客さまの印象を悪くするような失点をしないことにものすごく気を配っていました。少しでも信頼を損なった途端、お客さまが他の不動産会社に行ってしまう可能性があるからです」(宮永)

実は、営業担当者を不動産のプロとして信頼したいのは客の側も一緒だ。これだけの大きな買い物をする機会は通常、一生に一度しかない。自分の選択が本当に正しいのかに不安を抱いているのだ。誰かにその不安を払拭してほしい。それができるのは不動産のプロだけだと思っている。ハウスマートはこうした一般の客に対するヒアリングも定期的に行っているが、「どんな時に物件を見に行きたいと思うか?」という質問に対して最も多い回答は「信頼できる営業担当者から提案された時」であるという。

プロポクラウドによる両者の信頼構築がうまくいっていることは数字に表れている。物件提案メールの開封率は3月のリリース以降、常に30%以上をキープしているという。一般的なメールマガジンの開封率が1%かそれに満たないことと比較すれば、その高さは脅威的と言える。

「買いたい人」の背中を押せるのは人間だけ

ハウスマートが創業以来掲げるミッションは「住を自由に」すること。針山がその思いを抱いたのには、子供のころの原体験があるという。

「ある時、父親が一念発起して家を購入したんですが、その後、ことあるごとに後悔したり不満を口にしたりしているのを聞いていたんです。家探しに絶対の正解はないでしょう。でも、その人にとってのベストはあるはずです。父親にとってはきっと、あの家はベストではなかったということなんだと思います。日本では現状、自分にとってのベストが探しにくい。その選択が自分の人生にとってなにを意味するのかが見えないからです」

選択が意味するところがわからなければ、本来判断は下しようがない。ハウスマートがやろうとしているのは、テクノロジーとデザイン、不動産の知識を組み合わせることで、その選択がもつ意味を可視化することだという。たとえば、同じ7000万円で売りに出されているマンションでも、市場評価価格と比べて高いのか安いのかで意味合いは異なるし、10年後、20年後の資産価値予測が立てば、その後の人生設計も変わってくるかもしれない。それまでは見えにくかったこうした「意味」を可視化し、誰もが正しく住まいを選べる仕組みを作っていく。プロポクラウドもそうした大きなビジョンの実現に向けた一翼を担っている。

ハウスマートは「不動産テックの会社」と称される。だが、どれだけテクノロジーが進もうとも、不動産業界から営業の仕事がなくなることはないだろう、と針山は言う。

「不動産という人生最大の買い物につきまとう不安を払拭し、背中を押してあげられるのは人間しかいない。それも不動産のプロたる営業以外にいないと思っています。ただ、そのための仕事を全部人間がやろうとするから無理が生じる。であれば、人のいいところとシステムのいいところを組み合わせるのはどうか。現状は業界として人力に寄りすぎています。そこにシステムの力を持ち込めば、より顧客本位なサービスに変わっていけるのではないか。これがわれわれのやりたいことです」

プロポクラウド