インタビュー

「モバイルシフトの遅れが国を滅ぼす」App Annie向井俊介が指摘する、いまそこにある危機

世界最大のアプリデータプロバイダーApp Annieの日本法人代表を取材。モバイルシフトが遅れている日本企業に対して、国外データ流出にともなう国家レベルの危機まで指摘する。

「日本企業はモバイルシフトを自分ごととして真剣に考えないとまずい。特に日本でビジネスをしている人たちや、かつての日本経済を支えた製造業、さらには国内の生活者を相手にビジネスをしている金融業界の人たちなど、自分たちには関係ない話だと思っているとしたら、それは大間違いです」

そう警鐘を鳴らすのは、App Annieの日本法人代表・向井俊介だ。App Annieは全世界のモバイルアプリに関する幅広いデータを提供する企業だが、決して「ポジショントーク」と聞き捨てることなかれ。彼が「まずい」というのには、それこそデータという確固たる論拠があるし、今後の日本が直面する国力低下の防止に貢献したいという強い志がある。

前後編の2回にわたって向井のインタビューをお届けし、日本再生のヒントを探る。前編ではどう「まずい」のか、現実を見ることから始めよう。

「モバイル×ビジネス=ゲーム」という先入観

向井の今日までの活動は、2014年にApp Annieに入社し、初めて全世界のモバイルアプリに関するデータを見た時に感じた「違和感」に始まっているという。

「2014年当時、国内だけで年間9400億円のお金がスマホアプリに課金されていましたが、その92%がゲームへの課金でした。年率ふた桁で伸び続けるスマホアプリ市場のほとんどを、ゲームという限られた産業が独占していたのです」

かたや前職のガートナー時代に接した金融業界や小売業界、外食業界、家電量販店などのCIOは、押し寄せるデジタル化の波に防戦一方で、揃ってこうべを垂れるばかりだった。彼らの力になれないことに覚えた歯がゆさが、向井がApp Annieに転職したきっかけでもあった。

「子どものころから慣れ親しんだ日本を代表する小売企業やメーカーが苦しんでいる一方で、モバイルの世界では大量のお金が動いている。モバイルの恩恵はごく一部にだけ注がれていて、その他一般の産業には届いてない。ぼくはこの分断されている感じに違和感を覚えたんです」

この分断を解消し、モバイルの熱量を多くの産業に届けることに、向井はこの4年間を費やしてきた。だが、2018年現在、国内スマホアプリ市場は1兆3000億円規模にまで成長しているが、約90%をゲーム業界が占める状況は大きく変わっていない。

「これだけの時間とお金がモバイルに投じられているのであれば、ゲーム以外の産業が少しでもモバイルと向き合えさえすれば、状況は好転するのではないか」。当初はそのように楽観的に考えていたという向井。だが、現実はそうはならなかった。

「入社して早々、エバンジェリストという肩書きで、いわゆるナショクラ企業向けにモバイルの重要性を啓蒙する活動を始めました。また、半ばボランティア的に、モバイルのノウハウを持つゲーム業界の人とマッチングすることも行った。けれども、結果としてこうした企業・産業に期待していたような変化は起きませんでした」

大手企業の役員は、未だにスマホを見ることのない世界に生きている。

なぜ変わらないのか。それは彼らが、特に意思決定する力を持つ経営陣が、モバイルシフトを自分ごととして捉えられていないからだ、と向井は続ける。

「一般的に、部長クラスは決まった予算を運用する立場。会社の動きを変えるには、そのさらに上にいる、事業の方向性を考え、どの領域に予算を投下すべきなのか、という決定権を持つ役員クラスに働きかけ、モバイルに対する姿勢を前向きに変えてもらわなければなりません。けれども、こうした人たちはモバイルシフトを自分ごととして捉えてくれない。『モバイル×ビジネス=ゲーム』という先入観が働いて、耳を閉ざしてしまっていると考えます」

国内大手企業の経営層の多くは60歳オーバー。大手企業の役員ともなれば、朝は車で迎えがくる。車に乗ったら新聞を広げ、経済誌に目を通す。日中はミーティング続き。夜は会食をして、また車で送られて家まで帰る。その間、スマホを見ることはない。そういう世界に生きているのだ、と向井は言う。

「若い人の感覚からすれば、生活者のライフスタイルがモバイル中心になっていることは、もはや自明のことのように思えるでしょう。けれども、こうした経営層の方々の世界には、モバイルどうこうが差し込まれる隙間が一切ないのが現実なんです」

アプリビジネスは課金や広告による売り上げに注目が集まりやすいが、長期的な目線ではデータに着目すべきだという。

カネより大切なデータという資産

こうした企業は、モバイルシフトを自分ごとにできないばかりに、1兆円規模でいまなお年率ふた桁の成長を続ける魅力的な市場に"出店する"ことさえできていない。ビジネスの大きなチャンスを自らふいにしていることになる。

だが、向井が日本企業を「まずい」というのには、より深刻な理由がある。「中長期的に見れば目先のカネ以上に大切な、データを失っていることに気づいたほうがいい」と警鐘を鳴らす。

「既存のビジネスを伸ばすだけではなく新しいビジネスを作る上では、富裕層と若年層は永遠のターゲット。ですが、特に若年層のニーズは年々多様化・複雑化し、もはやおじさんたちには理解できなくなっています。例えば彼らは、パブリックより小分けにされたコミュニティを好むから、もともとはカップル用に作られたSNSを友達間で使っていたりする。作った側の想定を超えた使い方をしているんです。いわゆる4大マスメディアとの接点も明らかに減ったいま、従来の調査、情報白書では彼らのニーズは捉えきれません。そんな状態でどうやってビジネスを作り、コミュニケーションを取ろうというのでしょうか」

消費者との接点を求めるなら、モバイルシフトはどんな産業にとっても本来自分ごとのはず。

生活者のライフスタイルがモバイル中心へとシフトしているのは自明である。だから、生活者との接点を求めるなら、モバイルシフトはどんな産業にとっても本来自分ごとのはず。モバイルであれば、これまでは取ることのできなかった詳細なデータ取得が可能だ。

モバイルシフトを自分ごととして捉えないことは、すべての基盤になるこうしたデータの取得機会を自ら放棄していることを意味する。この事実が、日本企業の今後の成長を大きく阻害する要因になる、と向井は言う。

「チラシをばらまいて、タレントを使ってテレビCMを打っておけばよかった時代はとうに終わっています。セグメントごと、もっと言えばお客さま一人ひとりをちゃんと理解した上で、適切なコミュニケーションをとり、最適な体験をしてもらうことと向き合わなければならない。だからこそ、カネよりデータ、なのです。これまでどおりに『自分たちの考えるいいものを作ってさえいれば売れる』という発想のままだと、日本企業は近い将来に朽ち果ててしまう」

これは一企業の話にとどまらない、国家レベルの危機にさえつながる可能性がある。向井は続ける。

「例えば2020年に開催される東京オリンピック。すでに訪日外国人は年間4000万人を超えていますが、2020年には更に多くの訪日外国人が日本にやってきます。しかし、そうした外国人が宿泊予約に使うのは、基本的には海外のOTA(Online Travel Agency)です。このままでは、せっかく訪れた外国人観光客のデータはすべて海外に流出してしまう。観光庁や地方自治体、民間企業の多くは外国人が日本にやってきてからどうおもてなしするかばかり考えていますが、どの国の、どのような属性をもち、どのようなコンテンツやサービスの嗜好をもった人たちが、何と何を比較した上で宿や交通手段を予約したのか、という『日本に来る前の振る舞いのデータ』が手に入っていない現状を自覚すべきです」

昨年は初めて中国発のアプリが、日本の市場攻めに成功した年だった。そのノウハウは、今後一気に中国企業の間で広まるだろう。

「国家レベルの危機」はもうそこまで来ている

向井が危惧する「国家レベルの危機」はいつやってくるのか。実は、データにはその兆しがもう表れている。2018年はゲーム業界で象徴的な"事件"が起きた年だった、と向井は言う。

「日本のモバイルアプリ市場で、昨年の新規ダウンロード数1位は『TikTok』。ゲームの売り上げ5位は『荒野行動』。いずれも中国企業によるものです。なにが"事件"なのか。実は、日本にアプリのストアができて以降、外資企業のゲームがトップ5に入ったのは、これが初めてのことなんです。『クラッシュ・オブ・クラン』、『キャンディクラッシュ』、『アングリーバード』......世界中でバズったゲームは数々ありましたが、日本でだけは一切バズらなかった。日本人は日本の企業が作ったゲームが好き。そういうすごく閉じた世界でした。その構図が初めて崩れたのが2018年だったんですよ」

中国のゲーム企業が日本市場をターゲットに据えたのには、おそらく中国政府による国内のゲーム規制が影響している。13億人の人口を抱える中国の多くの企業が、高齢化・人口減少社会の日本市場に同じように力を入れるかはわからない。だが、それでもなお、これはゲーム以外の産業にとっても決して対岸の火事ではない、と向井は言う。

日本攻略のノウハウが例えばアリババのような企業に伝わったら...。

「中国の人たちはとにかくビジネスに対して貪欲だから、人の成功事例をものすごく勉強します。いろいろな情報にアンテナを張っているし、人材の流動性も高いから、『荒野行動』や『TikTok』のベストプラクティスは、おそらく簡単にほかの企業にも流れるでしょう。いまはゲームという狭い世界、若い女性向けサービスに限った話かもしれないですが、その日本攻略のノウハウが例えばアリババのような企業に伝わった瞬間、さまざまな産業で同じことが起こるのは確実に思います。日本人にダウンロードさせる方法、日本人の財布の紐の緩ませる方法ができてしまった。この事実が意味するところは重いです」

その際にも、目先のカネ以上にデータの流出が問題なのは、言うまでもない。

「ヘルスケア業界に『KEEP』という、中国企業のパーソナルトレーニングアプリがあります。ローカライズもカルチャライズもマーケティングもまだですが、日本のアプリストアにはすでに"モノ"がある。先ほど言ったような日本攻略のノウハウが、例えばこうした企業に伝わったらどうなるか。一瞬でマスが取られ、日本人の体組成データや健康データ、活動ログ等、すべてが中国へ行ってしまうことになります」

肥大化する医療費はいまや日本にとって最大の国家課題のひとつであり、だからこそ厚生労働省は「健康寿命を延ばす」ことを至上命題に置いている。健康に関するデータはそのベースになるはずだが、そのデータがすべて海外に流出する危機にあるということ。もはやビジネスの話にとどまらない、より直接的な意味での「国家レベルの危機」がもうそこまで来ている。これが向井の危機意識だ。

カネ以上に大切なデータをどう守るか。そのためのモバイルシフトに、企業、産業、国家のあらゆるレベルで真剣に向き合わなければならない、と向井は言う。