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『進撃の巨人』の編集者と音楽史上No.1のプロデューサーに学ぶ、Think Differentのフレームワーク

「Think Differentとは何か?」。その構造を考えるうえで経営学者の永山晋が参考にしたのは、大ヒット漫画「進撃の巨人」を生んだ編集者と、史上最強の音楽プロデューサーだった。

新進気鋭の若手研究者3人が「Think Differentとは何か?」をテーマに考察を重ねたセッション。レポート最終回となる今回は、法政大・永山晋のパートをお届けする。

前・中編で紹介した石川善樹、西田貴紀の話から、Think Differentするためには、①アップグレードの前にアップデートする必要があること、②アップデートする際には一人(または少人数)で考えるプロセスを踏む必要があること──の2つが示唆された。

これを受けてトリを務める永山が向き合うのは、「個人または少人数であれば本当にアップデートできるのか」、そして「アップデート→アップグレードによりThink Differentできたとして、そのあとはどうすればいいのか。イノベーションのジレンマに陥ることなく2度目のアップデートをする方法はあるのか」という2つの問いだ。

アップグレードへの強烈な誘惑

そもそもわれわれはなぜアップデートではなく、いきなりアップグレードしたい欲求に駆られるのだろうか。永山の説明するその理由は至極シンプルだ。

われわれはアップグレードへの誘惑に囲まれて生きている。「他社の成功モデルを適用する」「フレームワークに依存する」「前例がないと何もできない」......多くのビジネスパーソンに心当たりがあるだろうこれらは、すべてアップグレードにつながる道の入り口だ。「だから放っておくと、(西田が結論づけたように)少人数だったとしても、アップグレードへと向かってしまう。思想なき既存知の応用は同質化につながり、レッドオーシャンに飛び込むことになる」

名を残す成功者であっても例外ではない。『少年マガジン』の副編集長・川窪慎太郎は、あの大ヒット漫画「進撃の巨人」を、作者・諫山創とともに作り上げた凄腕の編集者だ。最終的にはThink Differentできたからこそあれだけの大ヒット漫画を生み出せたわけだが、そんな彼も当初はアップグレードの罠に嵌ったのだと永山は言う。

川窪は「進撃の巨人」以前に、その時ヒットしていた作品を分析し、ヒット漫画には「ファンタジー」「バディもの」「失われた何かを取り戻すストーリー」という3つの要素が共通して含まれていることを抽出。このフレームワークを適用し、漫画家とともに「反逆の影使い」という作品を作った。本人的には手応えのあったこの作品はしかし、結果として単行本2巻分で打ち切りの失敗に終わる。Amazonレビューでは「人気漫画の劣化版」と評されることになった。

川窪が凡人と違ったのは、ここで終わらなかったからだ。失敗の真因は、漫画家がやりたいことよりも、売れることを重視したことにある。この失敗から学んだ川窪は、いきなりフレームワークを用いるアプローチをやめ、まずは作家の情念を完全に抽出し、すべてを出し切った後に初めてフレームワークを適用して内容を洗練させていく創作方法に切り替えた。その結果生まれたのが「進撃の巨人」なのだと永山は説明する。

「進撃の巨人は絵がウリというわけではない。他の大ヒット漫画のように主要キャラが際立っているというわけでもない。漫画の世界ではそれまでキャラとストーリーが立っていることがヒットの前提条件とされてきたのですが、この作品はその常識を覆しました。独自の世界観と謎だけで売るというスタイルを確立したのです」

2度のアップデートに成功した音楽プロデューサー

強い信念を持ってアップグレードへの誘惑に打ち勝ち、アップデートの末にThink Differentに成功したとしよう。問題はその先だ。最終的にアップグレードへと進めば、結局のところイノベーションのジレンマに嵌まるのではないのか。そこでジレンマに陥ることなく、もう一段階Think Differentすることは可能なのか。

この問いを解くために永山が参照するのは、スウェーデン出身の音楽プロデューサー、マックス・マーティンである。

1990年代にはバックストリート・ボーイズやブリトニー・スピアーズ、2000年代にはボン・ジョヴィやケリー・クラークソン、2010年代に入ってからはマルーン5、テイラー・スウィフト、ジャスティン・ティンバーレイクらをプロデュース。ビルボード1位獲得回数22回は、ポール・マッカートニー、ジョン・レノンに次ぐ史上3位という歴史的なプロデューサーだ(2019年4月9日時点)。これだけ移り変わりの速い時代にあって、なぜ彼にだけこれほど長い期間にわたり大ヒットを飛ばし続けることができたのか。「それは彼が2度のアップデートを遂げた稀有な例だから」と永山は言う。

マックス・マーティンはもともとハードロックバンドのボーカルとして1985年にデビューしたが、まったく売れることなく95年にバンドを脱退。そこからロックもボーカルも諦めて、ポップスの作曲家・プロデューサーへと転身する。この時彼が考えたのは、「歌い心地さえよければ歌詞の意味などどうでもいい」ということ。これが彼の新しさ、最初のアップデートだ。

その結果生まれたのがブリトニーやバックストリート・ボーイズによる大ヒット。だがこの快進撃は2002年にストップし、その後しばらくは低迷期が続き、「マックスの時代は終わった」とまで言われた。次のヒットは2007年まで待たねばならなかった。

その間、彼は何をしていたのか。それは「キャッチーなのに歌うとすごく難しい」音楽の追求であった、と永山は言う。「一回聞いて終わりではなく、何回もループして聞いてしまう中毒性を追求した。スルメのように噛めば噛むほど味が出る曲の創作です。それが奏功して、彼は再びヒットを量産するようになったのです」

非常に稀ではあるものの、イノベーションのジレンマに嵌まることなく、2度のアップデートに成功する道は存在するということだ。

これまでにマックスがプロデュースした主なアーティスト。マックスが手がけた曲がビルボード1位に輝いたアーティストは赤文字になっている。

ジレンマを抜け出すカギは「出会い」

マックス・マーティンはなぜイノベーションのジレンマから抜け出し、2度目のアップデートに成功したのか。そのカギは新しいネットワーク、つまりは「出会い」にあると永山は言う。では、どんなネットワークであればいいのか。

Source: "Billboard Ghosts: Who Really Writes Hits" by Brady Fowler.

マックス・マーティンの例から言えるのは、まずは西田の言うようにスモールチームであること。そしてチームを組む相手が「若くて尖ったヤツ」だったことがよかった。ポイントは「幅広い知識・経験を備えたシニア」と「カッティングエッジな知を備えた若手」の組み合わせにあるという。

Image (left): "Dr Luke at ASCAP awards" by Charles Lee (CC BY-SA 4.0) / Image (right): "Johan Schuster aka Shellback in 2015" by Johan Schuster (CC BY-SA 4.0)

幅広い知識は加齢とともに価値を増すことが研究からわかっている[1]。逆に専門的な知識は加齢とともに価値を失う。最新の尖った知識に強いのは、いつの時代も若者だ。だから「幅広い知識・経験を備えたシニア」と「カッティングエッジな知を備えた若手」の組み合わせがベスト、ということになる。

Source: Mannucci & Yong (2018 Academy of Management Journal)

だが、シニアは往々にしてカッティングエッジな若者を避けがちだ。若者の言っていることがまず理解できないし、自分の場所が脅かされると感じる。一方の若者のほうから見ても、こうしたシニアは「わかってないヤツ」に見えてしまう。だからコラボしにくい。

この越えにくい壁をどうにかして乗り越えた時、Think Differentは成る。依然として難しさは残るが、やるべきことは見えてきたと言えるのではないだろうか。


[1]Mannucci, P. V., & Yong, K. (2018). The differential impact of knowledge depth and knowledge breadth on creativity over individual careers. Academy of Management Journal, 61(5), 1741-1763.