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芭蕉に学べ。「日本的Think Different」の方法

1997年にアップルコンピュータは、広告キャンペーンで「Think Different」と打ち出し、17人の偉人を取り上げた。あれから22年が経ったいま、あらためて「Think Differentとは何か?」を問うセッションが開催された。

あらゆるビジネスはコモディティ化の道を進み、やがて激しい競争に巻き込まれる運命にある。ライバルと同じことを考えていてもそこからは抜け出せない。そこではいかに「人と違うことを考える」かが重要になる。

しかし、そのためには「人と違うことを考える」とはそもそもどういうことかを知っていなければならない。「Sansan Innovation Project 2019」内のセッション「Think Differentとは何か?」は、まさにこうしたテーマを扱ったものだった。予防医学者の石川善樹、Sansan DSOC R&D Group Labs Team Leader 研究員の西田貴紀、イノベーション研究に詳しい法政大学経営学部准教授の永山晋の3人が登壇したこのセッションから、今回は石川によるパートをお届けする。

3月14日、15日の2日間に渡って開催された、「Sansan Innovation Project 2019」。本セッションは初日の午後に開催され、700人規模の客席が全て埋まった。

石川は15分ほどの自身のパートで、松尾芭蕉を例にとって日本的Think Differentのフレームワークを提示した。芭蕉は日本が世界に誇る俳人ではあるが、古今東西さまざまな偉人がいる中で、なぜ芭蕉なのか。私たちは芭蕉から何を学ぶことができるだろうか。

世界と日本の偉人ランキング

MITメディアラボのセザー・ヒダルゴが考案したHistorical Popularity Index(HPI)という指標がある。石川によれば、この指標を使えば「歴史上さまざまいる偉人たちのどちらがより偉大だったのかを定量的に比較することが可能になる」という。

この指標はWikipediaのその人に関するページが「何カ国語に訳されているか」と「どれくらい読まれているか」から算出される。

この数値を用いて古今東西の偉人を比較すると、例えば「アインシュタインとニュートンは同じくらい偉大だった」ということになる。人類史上もっとも偉大だったのはアリストテレス。プラトン、キリストを含めた3人が世界のベスト3という。

世界の全ランキングはこちら:PANTHEON People Rankings All

世界のベスト10に残念ながら日本人の名前はない。では日本人のトップは誰か。それが松尾芭蕉だ。

日本の全ランキングはこちら:PANTHEON People Rankings Japan

日本人でありながら国内外に多大なる影響を与えたのが松尾芭蕉。であれば芭蕉からThink Differentの作法を学ぼう。そこには日本人ならではの極意があるはず、というわけだ。

芭蕉のHPIは27.44で、全世界のランクは325位。101カ国語のページがあり、300万以上のPVを記録している。

「古池や~」のすごさ

芭蕉といえば「古池や 蛙飛び込む 水の音」の句が有名だが、この句はどこがすごいのか。石川による解釈は以下の通りだ。

まず「古池」とは何か。池はどんなに古くなろうと生きている限りは池のままだ。「古池」というからには、それは水が枯れて死んでしまったかつての池を意味する。死んだもの、枯れたもの、つまり「わび」を示しているのが「古池や」のパートということになる。

次に「蛙飛び込む」。これは「下品」の象徴であると石川は言う。和歌の世界では新古今和歌集以来、蛙の鳴き声は鶯のそれと並んで雅なものとされてきた。だから歌に蛙が登場した時点で鳴かせるものと相場が決まっている。にもかかわらず芭蕉は蛙を鳴かせることなく飛び込ませる。「なんて下品な!」というわけらしい。

枯れてしまって水のないところに蛙が出てくるだけでも不可思議なのに、当然鳴くものかと思いきや、飛び込むのだという。ではどこへ飛び込むのか。最後に登場する「水の音」が示すのは「さび」だ。「さび」とは、物事の本質だったり生命のみずみずしさだったりを指す。

われわれはここに至って初めて「ああ、池は死んでいなかったのか」ということを知る。人里離れた場所で忘れ去られているけれども、確かに存在しているのだということがわかる。

このように「わび」「下品」「さび」と、当時の人からするといろいろなことが起こりすぎているのが、この「古池や〜」という句。これが松尾芭蕉のすごさである、と石川は言う。

まず新しくする。質を上げるのはそのあと

ここに「Think Different」のヒントがあるという。芭蕉は何が違ったのか。研究者は物事を分析する際によく二軸の掛け合わせで考える。この場合の横軸は「新しさ=update」、縦軸は「質の高さ=upgrade」だ。

もともと存在していたのは、貴族が詠む雅なものとしての「和歌」。しかし芭蕉が注目したのは和歌ではなく、「俳諧」である。俳諧は和歌と異なり雅なものではない。下品でふざけたテーマを扱い、季語すらない。なぜかというと、読み手が貴族ではなく、庶民だったからだ。ある意味、和歌がアップデートされたものが俳諧といえる。

芭蕉はこうして生まれた俳諧に「わび・さび」を加えることでアップグレードした。その結果生まれたのが「俳句」だ。

一方の貴族たちはその間、和歌をアップグレードし続けていた。彼ら貴族と芭蕉は何が違ったのか。芭蕉のすごさは「最初から質の高さを求めるのではなく、まず新しくして、その後に質を高めたところにある」と石川は言う。

「私たち日本人はすぐに質を高めたくなる。でも和歌がそうであったように、一度質を高めてしまうとそこから庶民に横展開するのは極めて難しい。これはビジネスにも同じことが言える。例えば、東京で生まれたサービスの地方展開が難しいというのも、その一例と言えるでしょう」。まさにイノベーションのジレンマ。既存顧客・既存市場に過度に適応してしまうと、新しく現れた質の低いものに駆逐されてしまうことが起こる。

このような流れで石川は「私たちが芭蕉から学べることがあるとすればそれは、まずは質の高さはどうでもいいということ。一回新しくした後に質を高めることこそが、日本流のThink Differentではないか」と結論づけた。