職場再考

集団におけるイノベーションは、一人ひとりが自身と向き合うセルフマネジメントから始まる

BNLの特集「職場再考」では、オフィスの新しい形やマネジメントの仕組みについて取り上げるだけでは不十分だと考える。イノベーションは外部環境や他者ではなく、自分自身より始まるからだ。ドラッカー大学院教授をはじめ、WIRED編集長も、組織コンサル会社CEOも、この考え方に賛同した。

BNLは「Sansan Innovation Project 2019」で「集団におけるイノベーションは、一人ひとりが自身と向き合うセルフマネジメントから始まる」と題したセッションを行った。米ピーター・F・ドラッカー大学院でセルフマネジメントの講座をもつジェレミー・ハンターと、組織コンサルティング会社オムスビCEOの羽渕彰博、『WIRED』編集長の松島倫明の3人が登壇。BNL編集長の丸山裕貴がモデレーターを務めた。

セルフマネジメントとイノベーションがどう関係するのか。簡単に言えば、

1. 経営学の研究により、イノベーションは既存の知と知の新しい組み合わせから生まれることがわかっている

2. しかし、人はみなバイアスを持っているので、新しいアイデアや自分と異なる考え方をする人と出会ったとき、正当に評価したり素直に耳を傾けたりすることが難しい。そのことがイノベーションの妨げになっている

3. バイアスを外すためにはその前提として、そもそも自分のものの見方がバイアスに支配されていることや、自分自身の感情が無意識のうちに周りに影響を与えてしまっていることに自覚的になる必要がある

ゆえにイノベーションのためにはセルフマネジメント、その前提としてのセルフアウェアネスが不可欠という話になる。

「リーダシップディベロップメントやマネジメントといったときに、多くの人は自分の『外』のことを考える。しかし、本来は同時に自分の『中』で起きていることもマネージできなければならない」とハンターは言う。

こんなに大切なセルフマネジメントを学校では一切教えてくれない。だからそれをビジネスパーソン向けに教えるのが彼の役割というわけだ。

詳しくはBNLがイベントに先立って行ったハンターへのインタビュー記事を当たってほしい。ここでは主に残り2人の登壇者の話から、ぼくらがいま自分の「中」にこそ目を向ける必要がある理由をあらためて考えてみよう。

セルフマネジメントが組織をよくする

羽渕が代表を務めるオムスビがやっているのは「誰もが弱さを開示できて自然体でいられるような関係性を結ぶ」ことの支援。オムスビという社名にはその思いが込められている。

具体的には個人向けの「AM(アム)」と法人向けの「reborn(リボーン)」という2つのサービスを運営している。

個人向けサービス「AM」が行うのはまさにセルフマネジメントの支援。「人は普段、自分がどういう感情を抱いているのかに無自覚に過ごしていて、"いまここ"に集中していない。カウンセリングによってそこを整理し、常にポジティブにいられるよう支援するのがAM」だという。

しかし、個人の心の持ちようがどれだけポジティブになったとしても、周りとの関係性がうまくいっていなければ、それを維持するのは難しい。そこで、組織改革に特化した人事サービスを提供することで、組織の中にいい関係性をつくり、維持していくことを支援する。これがオムスビのもう一つのサービス、「reborn」ということになる。

どちらのサービスにおいても、オムスビが大切にしているのは「本人(経営者)の価値観」「構造の再構築」「持続的な成果」の3つだと羽渕は言う。

「成果」と「構造」と「価値観」は密接に結びついており、そのすべてが「心理的安全性」につながっているというのが羽渕の持論。だからオムスビがやっているのは、端的に言えば、組織内で心理的安全性が担保できていない原因がどこにあるのかを見つけ、それを解決することだ。

「たとえば、イライラしている社長が社員に対して『とにかくアイデアを持ってこい』と言ったとします。ビクビクしている社員からは、当然そんなにいいアイデアは出てこない。いいアイデアが出てこない現状を見て、社長は『そんなんじゃダメだ』と否定する。そうすると社員はますます心理的安全性を脅かされ、萎縮してしまうことになる。そうやって組織はどんどん悪いループにハマっていきます。でも、社長自身がワクワクしていたらどうなるでしょうか?」

ワクワクしている(価値観)社長はおそらく、自ら「こういうのはどうか?」とアイデアを出すだろう。社長自身が楽しそうにしているし、社長が出すアイデアの中にはそれほど質の高くないものも含まれているから、社員も安心して、積極的にアイデアを出すようになる。「こうして生まれるいい循環(構造)をぐるぐる回しているうちに、イノベーションにつながるようないいアイデア(成果)も生まれてくる」

組織がうまくいかない原因は、必ずしも業務プロセスや構造にあるとは限らない。この例のように、むしろ「経営者の感情≒価値観」に端を発しているケースが多々あると羽渕は言う。

にもかかわらず、多くの組織は業務プロセスの改善やアイデアコンテストなどの個別の施策をやりたがる。そうやって「外」にばかり目を向けるのは対症療法にすぎないから、なかなか組織がよくなることにはつながらない。もっと「中」に目を向ける必要がある、と羽渕はハンターの主張に強く賛同する。

「テック誌」とは違う『WIRED』が伝えるもの

『WIRED』は1993年にアメリカ西海岸で創刊し、昨年で25周年を迎えた。「(一般には)テック誌と括られがちだけれども、テクノロジーを通してライフスタイルやカルチャーを語るのがWIRED」と松島は言う。

テクノロジーそのものを語るというよりは、それによって社会の側、人間の側がどう変わるのかを語るのがWIRED──。それは松島が実際にWIRED編集長に就任する以前から語っていた、テクノロジーに対する一貫した態度を示しているように見える。

カウンターカルチャーとデジタルカルチャーをつなぐ象徴的な存在だったスティーブ・ジョブズこそ亡くなってしまいましたが、現在のシリコンバレーのエスタブリッシュメントは『Whole Earth Catalog』以降の西海岸的エートスを体現しています。グーグルにしてもフェイスブックにしても、巨大な営利企業である一方でその背景には、テクノロジーによって人間が個として持っているパワーを十全に発揮できることこそが正義だという価値観があります。

翻訳書をやっていると、彼らの強さはそうした思想がブレないことにあると感じます。そして翻って、日本のテクノロジー企業が弱いのもそこだと感じます。単にビジネスとして儲かるからとか、技術的に新しいからというだけでなく、テクノロジーは人間を人間たらしめるためのツールとしてある、というブレない思想こそが重要なのではないかと思います。

2017年2月のBNLの記事より抜粋)

なぜ、特集にこのテーマを選んだのか。最新号に掲載されている編集長のメッセージはWIRED.jpでも読むことができる

こうした姿勢はまた、「デジタル・ウェルビーイング」をテーマに据えた最新号の雑誌にももちろん表れている。

「いまもこうやって鼎談が退屈だと、みなさんスマートフォンを取り出して見始めてると思うんですけど、脳はそうやってすぐに(テクノロジーにより)ハックされてしまう。デジタル・ウェルビーイングという特集に込めたのは、そういうものからどうやって自分を守ろうかという話でもあるんです。それにプラスして、テクノロジーがこれからぼくらのウェルビーイングそのものをどうやってハックして、拡張していくのか、いろいろと可能性を探った一冊でもあります」

ウェルビーイングとは、WHO憲章で明記された健康の定義(Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.)に出てくる言葉。直訳すれば「良く在る」という意味になる。

日本語で「良い」を意味する英単語には「well」のほかに「good」がある。この2つの単語のニュアンスはどう違うのか。「goodは良い悪いの基準が自分の外にあり、自分とは関係なくすでに決まっているようなものであるのに対して、wellはもう少し、主観的に良いというニュアンスがあるのではないか」と松島は言う。

ということは、ぼくらがぼくらなりに「良く在る」ためには、ぼくら自身にとって「この状態こそが良いのだ」ということに気づくところから始めなければならないはず。これはまさにセルフマネジメント、セルフアウェアネスの話に通じている。

日本人は「外」にばかり注意を払い過ぎている

ハンターは元力士の曽祖父を持ち、カリフォルニアの自宅にも日本式のバスタブを設けたほどの温泉・お風呂好き。日本人の教え子も多く、昨年には東京で新会社「Transform」を立ち上げた。そんな日本と日本人をよく知るハンターは「日本人は『外』にばかり注意を払い過ぎているきらいがある」と指摘する。

「日本の人たちは注意を向けるレベルがほかの国の学生と比べても高いと感じます。それはおそらく日本の文化や自然との結びつきなどに起因しているのでしょう。けれども、日本の人は自分の感情を語りたがらない。自分の体に何が起こっているのかを理解していないのです。そんな状態でどこへ向かおうとしているかをはっきりさせることができるでしょうか。従来の産業社会における生産性とナレッジエコノミーにおける生産性は異なります。自分の頭を使っていろいろなものを生み出すからには、自分の『中』に注意を払う必要があるはずです」

イノベーションにつながるようないいアイデアは、自分のいる組織のどこかにすでに存在している可能性がある。そのいいアイデアがいいアイデアとして映らないのは、もしかしたらそれを判断する立場にあるあなた自身の問題かもしれない。あるいは、あなたの態度が知らない間によくない影響を周囲に与えていて、アイデアが立ち上がるのを妨げているのかもしれない。

人間はほとんどの時間を無意識に過ごしており、放っておくとそのことに気づけない。だからこそ、ぼくらはもっと意識して、自分の「中」を覗く必要があるのだ。