インタビュー

THE 飯茶碗、THE 醤油差し、THE 洗濯洗剤。 「THE」はなぜ、未来の定番をつくるのか

高度経済成長期以降、モノは選びにくくなり、作り手にも負荷がかかり、資源も枯渇しかけている。「THE」は、この課題を解決するため、環境、経済、文化にとって「最適」なものづくりを探求する。

「近年の生活雑貨店は、『ナチュラル』とか『アーバン』というような『イメージの創出』でものを売っていく傾向がありました。ところが、うちはそれがないんです」

米津雄介は、「これこそは(=THE)と呼べる未来の定番品をつくる」をコンセプトに商品開発・販売を行うTHE(ザ)株式会社の社長を務めている。米津の言葉に改めて、KITTE丸の内4階の「THE SHOP TOKYO」を見る。そのイメージをあえて表現すればニュートラル。あいまいさではなく、明確な意志を持ったニュートラルだ。

グラス、飯茶碗、醤油差しなどのキッチン用品。歯ブラシ、石けん、タオルといった生活用品。スウェット、チノパンツなどの衣料品。バラバラなものが並んでいるのに、明確な意志を感じさせるのはなぜか。

「コンセプトに従うと必然的に1ジャンル1品になります。製品ジャンルとして同じものを二つは作らないし、仕入れない。一般的に小売店は同ジャンルのものを比較して販売します。家電量販店やホームセンターを思い浮かべてもらうとわかりやすいと思いますが、同じものでも複数のメーカーや、色違い柄違いを並べています。選択肢を用意してお客さんに選んでもらう。でも僕らはそれをしていません」

例えばグラスが欲しいと思って「THE SHOP」へ行っても、そこにあるグラスは1種類。「THE GLASS」のみだ。つまり「THE」では、「比較して買ってもらう」という定石を封じていることになる。

2012年の設立から7年。「THE」のものづくりは、どんな考え方で行われているのだろうか。

THE GLASSは耐熱ガラス(耐熱温度差120℃)を極限まで厚く用いた、割れにくく、軽く、電子レンジでも使えるグラスだ。多くの人が認識しやすいショート・トール・グランデの3サイズ。製造は試験管やビーカーなどを手がけるHARIO株式会社。

商品開発で感じたジレンマ

米津が「THE」に参画する前の話だ。大手文具メーカーで商品開発に従事していたころ手がけた商品の一つに、新定番と呼べるようなヒット商品があった。

これぞ決定版、もうこれ以外作らなくてもいいのではないかと思うが、そういうわけにはいかなかった。他社は追随するし、小売店はシーズンごとに新しいバリエーションを求める。

米津は「商品開発にはジレンマがある」と言う。

「1990年代以降、ものづくりの世界ではIT以外の抜本的な技術革新が頭打ちとなり、本質的な機能の変化が起こりにくくなってしまいました。その中でいろんな人たちが『差別化』と言い出したのです。『差別化』って、ものすごく平たく言うと『人と違った良いことをする』ことだと思うんですね。でも、『良いこと』だったら誰だってまねしたいじゃないですか」

結果として、本質的な「差別化」ではなく、短絡的なバリエーションを他社も自社も大量に作る。「じゃあ色を変えましょうとか、ロゴマークを入れましょうとか」。文具はあくまでも一例だが、同じようなことがさまざまな業界で起きている。

「でもその『短絡的な差別化』によって、本当にお客さんが欲しがるのかどうかよくわからないですよね。かえって選びにくくしているのではないか。製造や販売に関わる社内外のリソースも、材料やエネルギーといった地球の資源も、浪費しているのではないのか。果たして世の中のためになっているのだろうか......って」

多くのプロダクトが、より便利で使いやすいものへと進化した。それでも企業競争のために、ほんの少しの変化を加えながら、毎年新しいものを作り続けなければならない構造に疑問を感じていたという。

この問題意識は、「THE」の中心メンバーに共通するものだ。

「THE」は次の4人によって設立された。クリエイティブディレクターの水野学、中川政七商店会長で、プロジェクトマネジメントを担う中川政七、プロダクトデザイナーの鈴木啓太、そしてプロダクトマネジメントの米津。「THE」が動き出したきっかけを、米津はこう話す。

「『THE』というキーワードが生まれたきっかけは水野と鈴木です。クリエイターの2人が、『THE GLASS』と呼べるような、普通のグラスが欲しいよねと話し合ったところから始まりました」

未来の定番をつくる

「おもしろいとか、かっこいい、かわいい、は今の世の中にはたくさんの選択肢があります。でもそうではなくて、毎日当たり前に使って、当たり前に未来につながっていくものが欲しいよねという思いが2人にあったのだと思います」

「この7年間、近くで仕事をしていて感じるのは、水野も鈴木も、ちゃんと売れることに寄与しなくてはならないという意志や、ものを作っても使ってもらえなかったら意味がないという気持ちがすごく強いということです。自分たちがデザインした事象の結果に対して責任を負う。だったら自分たちで作ったものを自分たちで責任を持って売ろうというのが、彼らの起点にあります」

毎日当たり前に使って、当たり前に未来につながっていくもの━━すなわち「定番」だ。「THE」のブランドコンセプトである「定番をつくる」は、最初の商品である「THE GLASS」にすでに体現されていた。米津はこう言う。

「僕たちは『そのジャンルの基準値をつくる』ことを目指しています。基準値とは、市場の平均値ではありません。『そのものは本来こうあるべき』という絶対評価としての姿です。基準値と呼べる商品が存在しないジャンルは数多く残されています。それを生み出していく。すでに存在する場合は、僕らが新たに作る必要はないと判断してその商品をTHE SHOPで啓発していく。『ジャンルの基準値』を一つひとつ探り当てていった先に、『未来の定番』が生まれる。それが、僕たちが目指していることです」

「THE」のプロダクトとして最初に生まれたのが「THE GLASS」だ。現在は、野外で使用することや子供が使うことを考えて、踏んでも壊れないプラスチック製のグラス「THE UNBREAKABLE GLASS」も発売している。

1ジャンル1社としか組まない

米津を「THE」に誘ったのは鈴木だ。前述にある文具のヒット商品の開発で外部デザイナーとしてプロダクトデザインを担当したのが鈴木だった。米津はこう話す。

「当時、クリエイターの2人は、作った商品がしっかりと流通するために、経営ができる人や、ものづくりのマネジメントができる人を集めようと考えたのだと思います。それで、水野が中川に声をかけて、鈴木が僕に声をかけてくれた」

イメージの創出ではなく、もの自体の強度でものを売っていくことは、実は非常に難しい。立ち上げのとき、水野から「THE」の構想を聞いた中川は、こう言ったという。

「何の変哲もないもの、とらえどころのないものを普通はみんな作らないし、消費者にどう売るかが難しい。(中略)難しいはずのこのプロジェクトを、なぜいま自分が面白いと思っているのか、うまく説明できない。でも、きっと面白いことになる」(『デザインの誤解』)

水野学、中川淳、鈴木啓太、米津雄介の共著『デザインの誤解−いま求められている「定番」をつくる仕組み−』(祥伝社新書)。新しい定番をつくるために必要なデザインや経営とは、どのようなものか。製品開発の現場を通して紐解いている。

米津が担うプロダクトマネジメントという仕事は、デザイナー、メーカー、小売店、ユーザーなど、製品に関わるすべての人をつなぐ、扇のかなめの役割を果たす。

「僕たちは、パートナーと長期的な関係を築くことをとても大切にしています。例えば、商品開発では1ジャンル1社としか組みません。同じ製品を複数のメーカーに依頼し取引条件で比較するといった二社購買をせず、共同開発者として企業名を出してもらって長くお付き合いいただいています」

「液だれしない醤油差し」として知られる「THE 醤油差し」を共同開発したのは石塚硝子グループのアデリアという会社。子会社の北洋硝子(青森県)と研究開発し、製造も北洋硝子の工場で行われている。

液だれしないことで人気を博している「THE 醤油差し」。醤油切れが良く、容器が汚れない。

「北洋硝子さんにたどり着くまでに5社、断られているんです。『液だれしないガラス製の醤油差しをつくりましょう』と図面を持っていっても、『時間もかかるし難しそうだし、そんなの無理です』って。当たり前ですよね。そんなことしなくても醤油差し、売れるんだから。でも使う人も作る人もみんなが『醤油差しは液だれするもの』と思っている状況がおかしいわけです。本来醤油差しは液だれしないものであるべきだし、そういう商品が真ん中にあればそのジャンル全体のクオリティが上がっていくはずなんです」

断られ続けて、ようやく「面白いから一緒にやりましょう」と言ってくれたのが石塚ガラスグループのアデリアと北洋硝子だった。切れのよい注ぎ口や、傾けても落ちないふたなど、「これこそは」と思える醤油差しが完成するのに2年かかった。

「1ジャンル1社と決めて長く付き合っていくと、原材料の段階からお客さんの手元に届くまで、すべてのことを共有できるんです。だから僕らは自信を持ってお客さんにおすすめできるし、メーカーさんに『お客さんからこんなこと言われたよ』とフィードバックすることもできる」

「THE」がこれまでに開発した商品は50ジャンルを超える。グラスや醤油差しのほかにも、吊り編み生地で何十年も着られる「THE Sweat」、1本でどんな素材でも洗えて100パーセント自然にかえる「THE 洗濯洗剤」、水だけで磨けて自立する「THE TOOTHBRUSH by MISOKA」、飯茶碗の普遍的な形を追求した「THE飯茶碗」など。どれも、なぜこの形状なのか、なぜこの素材なのか、なぜこの価格なのか、考え抜かれている。

吊り編み生地という、丈夫で極上の柔らかさを持つ生地を採用したスウェットシャツ。JAXAの宇宙船内被覆に選定されている丸和繊維工業との共同開発により、動いても着崩れが起きない着心地を実現している。

THEの商品の中では珍しく、五つのバリエーションがある飯茶碗。形と大きさは同じだが、産地が違う。日本には焼き物の産地が多く、「飯茶碗の定番といえば〇〇焼」と決めることはできない、そんな思いがあり、五つの産地の窯元と同時に開発を進めたという。

商品には自信がある。一方で米津は「変えていきたい面もある」と言う。

「僕らのブランドとしての評価は、製品起点が多い。『これはすごいね』とか『こんなのあるんだね』とか。でもそれだと『THE』を全体として見たときに、何をやっているブランドなのかがわかりにくかった」

立ち上げから7年、米津はいま改めて、なぜ自分たちがこういうものづくりをしているのか、その根底にある考え方を言葉にして、伝えることに力を入れている。

「歴史を振り返ると、近代のものづくりや消費の在り方を大きく変えた事件は二つありました。一つは18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命。もう一つは20世紀の世界的な高度経済成長です。高度経済成長において日本はその筆頭でした。需要が供給を上回り、作れば作るだけ自分たちが豊かになる時代が100年近く続いた。メーカーから流通主導になり、『規模の経済』ということが言われるようになりました。でも、たくさん作っても安くならない部分もあるわけです」

例えば、職人が一つひとつ作っているようなものは製造原価の下限が明確で、日給1万円で10個作れたら1個1000円。もし100個作って安くなるとしたら、それは単にボリュームディスカウントだ。何かしら仕組みの改善がない限り本来の製造原価は変わらない。工程別に差はあるが、機械加工や自動化された部分でも同じことが当てはまる。

「しかし20世紀の経済は、製造工程も含めてメーカーにチキンレースを強いてきました。いま生き残っているのは、我慢競争に勝った人たちか、そこから抜け出して自分たちにしかできないことを磨き上げてきた人たちです。この二極化の状況は、実はよくないことだと思っています。普通のものを普通につくれる工場が少ないんです」

こうした経済面における作り手への負荷のほかにも、世界的な環境汚染や資源の枯渇、ものづくりの文化における前述の「差別化問題」や知的財産に対する旧態依然とした考え方など、問題はいくつもある。しかし、20世紀のものづくり産業があまりにも巨大だったために、そこから変われないでいる。

「一見バラバラに見える『THE』の商品群に共通するのは、こういったものづくり産業が抱える社会的課題を解決するためのものであるということです」

環境、経済、文化のすべてに最適であること

ブランドの根幹を語る米津の、その穏やかな口調の中に、ものづくりの現状を変えたいという強い信念を感じられた。

例えば、「THE SCISSORS」をすべて金属にしたのはリサイクルを想定していることも理由の一つだ。

「ハサミって捨てたことありますか? たいていみなさん小学校のときに使っていたハサミがそのまま実家のどこかにあったりするんですよね。切りにくくても捨てないし、捨てようと思ってもプラスチックと金属がくっついているのでどうやって捨てるのかわからない。資源としての回収方法が自治体ごとに違うんです。でも100パーセント同じ金属でできていれば、100パーセント資源として再生できます」

便利に使うことだけでなく、使わずに置いてある姿も様になり、使い切って処分するときは100パーセント資源になる。購入から手放すまでのことを考え抜かれたプロダクトだ。

まず「定番」として長く使えるものを作る。そのために、高品質な材料を利用し、それをできる限り再利用を含めた循環サイクルに落とし込む。将来的に材料の無限利用に少しでも近づければ、社会全体としての製品コストも下がるはず。その姿勢は、大量に作って大量に捨ててきた20世紀のものづくりとは異なるものだ。

「商品がどう素晴らしいかは、むしろわかりやすいんですね。だけど僕たちは、いいものを作るだけでなく、それによってものづくりの経済のあり方や環境のあり方、そして文化を変えたいと思って、一つひとつの商品を作ってきました。

ものづくりの会社として、僕らはどんな未来を目指したいのか。僕らが感じている課題を、どうしたら解決できるのか。その道しるべとして『最適と暮らす』というビジョンを設定しました。環境、経済、文化のすべてにおいて最適な暮らしを、ものづくりを通して実現したい。ものづくりのプロセスにおいてもその姿勢を貫きたい。

難しいことだとは思いますが、僕は『難しいよ』『できないよ』は言われ慣れていますから(笑)。ものづくりは、チャレンジしなければ始まりません。課題は変革のチャンスです。ものづくりにも新しい考え方が必要だと思うし、それをビジネスとして実現していきたいと思っています」