インタビュー

伝統工芸からサッカー界へ。中川政七の「学びの型」で、クラブと選手はどう変われるか

学びには、どんなジャンルにも共通した「型」がある。奈良クラブ社長・中川政七がいま、サッカーの指導以上に大切にするのが社内教育だ。選手も一緒に机を囲み、ブレストし、小テストに挑む。この異色の教育により奈良クラブは、着実に変わりつつある。

中川政七は、300年続く老舗企業「中川政七商店」の十三代目。業界初のSPAモデル導入で自社メーカーを再生し、「日本の工芸を元気にする!」を旗印に全国の工芸ブランドの経営再建に携わったことでも名を上げた。だが、昨年3月に突如として社長の座を後進に譲る。その経緯はBNLでもお伝えしたとおりだ。

43歳という若さで社長を退いた中川は、昨年11月に新たに株式会社化した奈良を拠点とするサッカークラブ「奈良クラブ」の代表取締役社長に就任した。中川政七商店には会長として引き続き関わりながら、サッカークラブの経営を通じて奈良のまちづくりに貢献するという新たな挑戦を始めた。

昨年末に都内で開催した記者会見では「サッカーを変える 人を変える 奈良を変える」というビジョンを発表。実現に向けた第一歩としてクラブ内で「学びの型」の教育に力を入れていくことを宣言した。中川は十数年の社会人経験を通じて、分野を超えて通じる普遍的で効率的な学び方=「学びの型」の存在に気づいたという。今回の記事のテーマはこの「学びの型」だ。

昨年末、東京で行われた、新体制&ビジョン発表会 N.PARK DAYにて。左から中川政七、副社長・NPO法人理事長 矢部次郎、GM 林舞輝 クリエイティブディレクター 幅允孝。(写真提供:奈良クラブ)

未来が不確実なビジネス環境下においては昨日まで有効だった知識やスキルはすぐに陳腐化する。「人生100年時代」とも言われ、今後職業人生が延びること確実な状況を鑑みると、ビジネスパーソンはいくつになっても新しいことを学び続ける必要がある。どんな分野にも通じる効率的な学び方があるというのなら、ぼくらがいま最も身につけなければならないのはこうした「学びの型」だ。「学びの型こそが現代の最強スキル」と中川は言い切る。

「学びの型」とはどんなもので、どうすればそれを身につけることができるのか。2019年サッカーシーズン開幕を前に、中川の元を訪ねた。

上達しない人は「学びの型」を踏み外している

「何かを学ぶのには必要な手順があり、その手順はジャンルが違っても基本的には同じ構造をしているのではないか。勉強ができるようになるのも、サッカーが上達するのも、仕事が上手になるのも基本的には一緒。富士通から中川政七商店に入り、また今回新しいところへ移ったわけですが、20年近く社会人をやってきて、最近すごくそう思うようになりました。これがぼくの言う学びの型です」

経営者仲間などと話していても、言語化する・しないは別にして、一流の人は型にのっとって学習していると中川は言う。なかなか物事が上達しない人は、この学びの型を踏み外しているのであり、型にのっとって学べばもっと上達できるのではないか、と。

学びの型は、言語化していないだけで優れた人材や経営者は皆、無意識のうちに自分で気づいて取り入れているという。

「日本の学校教育はこんなに大事なことをなぜか教えることをしないし、いろいろな分野でやたらとブラックボックス化したがる。例えばすし職人は、弟子入りして何年も下積みをして、先輩職人の背中を見て学ばなければならないものとされてきました。でも、すし学校で1年半勉強した人がミシュランの星を獲得するということが、現実に起きているわけじゃないですか」

奈良クラブの選手がJFLという非常に微妙なレベルにとどまっているのも、この学びの型を踏み外しているからという可能性がある。このように考えて、中川は学びの型の教育に力を入れていくことに決めた。

「足りないを知る」ことから始める。一流との差を知ってフォーカスを絞り、練習に落とし込む

具体的に学びの型とはどのようなものを指すのか。まず「足りないを知る」ことから始めるのが基本ではないか、と中川は言う。

「まず一流との差を知る。その差はいくつもあるわけですが、その中から一つにフォーカスを絞る。それを日々の練習に落とし込む。実践からフィードバックを得て、また練習する。これを繰り返すのが、何を学ぶにしても共通した基本的なやり方であるはずです。ところが、うちの選手はそもそもサッカーを見ないらしいんですよ。同年代の一流サッカー選手の書いた本を読むこともしない。クラブハウスにライブラリーを作るにあたってヒアリングした際、そのことを知って衝撃を受けたんです」

その時点ですでに学びの型を踏み外している。だから伸びないのだと中川は言う。そう聞くと確かに、「サッカーを見ないサッカー選手」というのは奇妙に思える。だが、これはサッカー選手に限った話ではない。中川は続ける。

「中川政七商店にはプロダクトデザイナーと呼ばれる人たちがいます。ある時、彼らに『日本で一番のプロダクトデザイナーは誰か。その人と自分の差は何か』と尋ねたんです。すると彼らは『そんなこと考えたこともないです』と。その時点でダメ。伸びない。だって、その差と向き合うことから全ては始まるはずじゃないですか。だから中川政七商店のデザイナーやその他のスタッフにも、学びの型を身に着けるべきだという話をしてきました」

中川政七商店ではプロダクトのデザインは全て社内で行っている。写真は本社にあるショーケースの中にある麻の生地。

こういうことが起こるのは、日本の学校教育がある意味においてよく出来過ぎているからではないか、と中川は考える。学生時代は試験などにより常に自分の順位が可視化されるし、何を勉強すればその差が埋まるのかが示される。だから本人はそういう構造的なことを一切考えることなく、ひたすら頑張れば成長できる。

社会に出たら、学び方がわからず、成長が止まってしまうことが多い

だが、社会に出てしまえば自分と同じ職種で働く人の仕事ぶりを目にする機会はほとんどないし、便利な教育システムも存在しない。給料を払う側の企業がそれを提供する道理もない。その結果、突然放り出される形になった人は学び方がわからず、成長が止まる。そういうことが起きているのではないか、と中川は言う。

学びの型を伝授する勉強会「N.ROOM」

効率よく何かを上達するには踏み外してはいけない学びの型がある。だが、日本の教育機関はそのことを教えてくれない。だとすると、実際にどうやって学びの型を身につければいいのか。奈良クラブではどのようにそれを教えているのか。

「N.ROOM」という社内勉強会がある。選手、トップチームのスタッフ、育成部門のスタッフが全員参加し、月3回、1回1時間半の講義を通じて上記のような学びの型の定着を目指す場だ。

一般的に言って、サッカー選手は午前中にチームで練習をしたら、午後は丸々自由時間という生活サイクルを過ごす。平日夜に座学の講義を行うこと自体が極めて異例だ。しかも、目指す学びの型は分野を問わない普遍的なものだから、N.ROOMで教える内容はサッカーに関するものに限らない。講師は交代制で、中川はビジネスのアプローチで、GMの林舞輝はサッカーのアプローチでそれを教える。もう1回はそのどちらでもない視点を入れるため、まったく他のジャンルから外部講師を招く。

1月末に開催した中川担当の第1回は、パーソナルブランディングがテーマだった。試合出場時などにアナウンスされる選手のタグライン(異名)を自分たち自身で考えるという課題を設定、3人一組のワークショップ形式で行った。

奈良クラブの選手の集合写真(2019年2月撮影/写真提供:奈良クラブ)

最初は特に指示することなく10分間自由に考えさせたが、いい案は出てこなかった。でも、これは想定内だ。ここで中川が、そもそもブレストとはどういうものかを説明する。また、「他から学ぶ」「構造を見極める」といった実践する上でのコツを伝授する。その上で再チャレンジ。すると今度はアウトプットの質がぐんと上がる。中川が伝授したコツとは、言い換えれば何かを考える際の型だ。このような体験を通じて、選手らは型の威力を体感する。

アメリカには学習学と呼ばれる研究分野があり、「こうすれば効率よく学べる」という科学的な裏付けを持った学習のコツがいくつも見つかっている。例えば「講義を受けた後に2、3の質問に回答するだけで、知識の定着率が数倍にアップする」、あるいは「一つの分野だけ集中して学ぶよりも、複数のことを並行して学んだ方が成果は上がる」など。

講義の最後に必ず小テストを設けるなど、N.ROOMではこうした大小さまざまな学びの型を用いて学習効果の最大化を図っている。学びの型を学ぶためにも学びの型を用いる。そんな入れ子構造になっている。

勝負は学び始める前に決まる!

奈良クラブの選手には「何かを勉強すること自体が中学生以来」という選手もいた。教える側の中川も「選手の集中力が30分も持たないのではないか」と心配していた。だが、実際は自ら居残りを志願する選手も現れるほどの盛況だった。

何のためにそれを学ぶのか。目的・目標を具体的にイメージする

選手が高いモチベーションを維持して臨めたのには、講義1週間前のオリエンテーションに秘密があった。ここで中川は、徹底して目標の具体化、すり合わせをした。高いモチベーションで何かを学ぶため、また学習の効果を最大化するためには、「他ならぬ自分は、何のためにそれを学ぶのか」が腹落ちしていなくてはならない。そこで必要になるのが、目的・目標を具体的にイメージすることだという。

中川政七商店の本社にある食堂に、奈良クラブのスタッフが集まり会議を行っていた。普段の業務でもスタッフは皆、今年2月に発表された新ユニホームと同デザインのウェアを着用しているという。

サッカークラブには、上のカテゴリーに昇格するという明確な目標がある。現在JFLにいる奈良クラブの場合、一つ上のカテゴリーとはJ3を指す。だから選手に目標は何かと尋ねれば、決まって「J3昇格」と答える。だが、そんな彼らに向かって中川は問いかけた。「本気でそう思っているのか?」と。

「2015年にJFLで上位に入りJ3に上がった鹿児島は、その翌年にはJ3で即5位の好成績。3シーズンでJ3を卒業し、今季からJ2を戦います。つまり、実力的にはJFLとJ3にそこまで大きな差はない。だからJ3昇格どころか、クラブは最短2年でJ2に昇格する可能性があるんです。それはクラブとしてはもちろん幸せなこと。でも、選手にとってもそうとは限りません。

なぜなら、いま所属している選手が、2年後にJ2でレギュラークラスの実力を身につけていなければ、居場所がなくなることを意味するからです。そう考えれば個人の目標は『昇格』では足りないのです。2年後にJ2レギュラークラスと思えば、日々の練習からして取り組み方が変わるはずです」

「2年後にJ2レギュラークラスになる」が目標なら、腐っている暇はなくなる

サッカーは11人で行うスポーツだから、途中交代で出場する選手を含めても、1試合に出られるのはわずかに14人。単純計算すれば、約30人いる奈良クラブ所属選手のうち、レギュラー争いに敗れた半分の選手はシーズン途中に出番を失うことになる。漠然とチームのJ3昇格を目標に置いていただけでは、いくらチームが好調であろうと、その時点でやるべきことがなくなってしまう。だが、それを「2年後にJ2レギュラークラスになる」という自分ごとの目標に落とし込めていれば、腐っている暇はなくなるというわけだ。

「オリエンテーションでもう一つ話したのは、お金に関することです。プロのサッカー選手を名乗るからには、彼らはサッカーをすることでお金を稼いでいることになる。そこで尋ねました。『クラブの年間売り上げ2億円のうち、あなたたちの試合を見るためにお客さんが払ってくれる、いわゆる入場料収入はどれくらいあるだろうか』と。みんな思い思いに答えましたが、正解はたったの300万円です。選手30人で割れば1人当たりはたったの10万円です。ホームゲームを15試合やってたったの10万円しか稼げないというのは、どう見てもプロ失格でしょう。そのように具体的に考えれば、ピッチ外にも自分のやるべき仕事があり、学ぶべきことがあるということが、自然と腹落ちするはずなんです」

仕事も学びも、大事なのは段取りだと中川は言う。何かを学ぶためには、学び始める以前にまずマインドセットを変えるところから始めなければならない。勝負は学び始める前に決まっているのだ。

「僕はサッカーを教えることはできない。だからサッカーはプロに任せて、僕は仕事っぽいアプローチをするんです」と中川。奈良クラブでは、選手がいつでも本を手にとって学べるように、ライブラリーも併設した。

24歳GM抜てきの理由は「体系立った知識」

効率よく学ぶ上でもう一つ、中川がとても重要だと考えていることがある。それは、これから学ぶことの全体像を体系として理解することだ。知識とはネットワークであり、互いの関係性が見えない情報は使い物にならない。「まず森を知ることが大事」と中川は言う。

GMに林舞輝を配した人事に、中川のこの考え方がとてもよく表れている。GMというのは、クラブとして目指すサッカーのかたちを決め、それを実現するための人事その他あらゆる責任と権限を持った、サッカークラブにおいて最も重要なポジションだ。日本では通常、選手や指導者として経験が豊富で、クラブにゆかりの人物が務めることが多い。林は24歳で、プロ選手としてのキャリアも日本での指導経験もない。にもかかわらず中川が林を抜てきしたのは、彼の体系立った知識に注目したからに他ならない。

林は高校卒業後にイギリスに渡り、スポーツ科学を専攻。その後もサッカーの本場である欧州に残り、最新のサッカー理論を学んだ。帰国後は、そこで得た知識と高い言語化能力を武器に、専門メディアで執筆活動などを行っていた。その文章が中川の目に留まった。

「彼の文章からは、一目見て体系を理解している人物だということが伝わってきました。選手や指導者としての経験がどれくらいあるかとか、日本サッカー界の常識に照らして異端であることは問題ではなかった。ヨーロッパでは実際に、10年以上前から選手経験のない指導者が現れています。当初は彼らも『ラップトップ監督』などと呼ばれてバカにされましたが、ラングニックやナーゲルスマンなど、いまでは確実に、その中から活躍する人たちが出てきています」

勘違いしてはいけないのは、体系に正解はないということだ。ドイツサッカー協会が信じる体系と、スペインサッカー協会が信じる体系はそれぞれ微妙に異なる。だが、それで構わないと中川は言う。ここで重要なのは、持っている体系が正しいかどうか以上に(当然明らかに正しくないというのでは困るが)、まず体系を持っているということそれ自体だからだ。

もちろん、体系を持っていることと、それを実際に落とし込み、結果を出せることは違う。24歳の林はその点で今後苦労することになるだろうと中川は言う。だが、そもそも体系がないことには何も始まらない。中川の見立てでは、日本サッカー界にはこうした体系を持った人材が不足していた。その点に関しては知りうる最高の人材だと確信したから林に声をかけた。

「体系立って考えられない」のは、サッカーに限らない

この「体系立って考えられない」のは、サッカーに限らない日本の課題だと中川は言う。中川が専門とするブランディングに関しても同じことが言えた。

「ブランディングは本来、経営という大本の目的から落とし込まれたものでなければならず、一つひとつのテクニックも互いに関係性を持ったものとして理解されなければならない。けれども、手前みそですが自分がそういう本を書くまで、体系立ったブランディングの本というのは日本には一冊もなかった。あるのは部分的な本ばかり。こうした問題意識があって書いたのが『経営とデザインの幸せな関係』です。思うに、同じようなことは日本のあちこちで起きているのではないでしょうか」

中川がブランディングを体系立てて一冊の本にまとめたのが『経営とデザインの幸せな関係』(日経BP社)だ。

結果が出ない時はプロセスが間違っている

型というのは、言い換えればプロセスを重んじることである。だが、中川は決して結果を軽んじているわけではない。「いいビジョンがあり、いい企業文化があれば、結果はおのずとついてくる」というのが中川の考え方だ。奈良クラブのビジョンは、「サッカーを変える 人を変える 奈良を変える」。そのビジョンが示す通り、キーワードは「変える」であり、人が「変わる」ためには学ばなければならない。

中川政七商店のビジョンは「日本の工芸を元気にする!」。以前BNLで取材した中川政七商店の社長 千石あやは、「ビジョンは『発明』だと思う。このビジョンがあるからみんながものづくりに真摯に取り組める」と語っていた。

「簡単に言えば、ビジョンとはこれから登ろうとする頂のことです。ぼくの言ういいビジョンとは、will・can・mustがうまく重なったものを指します。ただ、同じ頂に登るのでも、たどり着くための方法はいろいろとある。コツコツ登るやり方もあれば、エレベーターで一気に上るというやり方もあるでしょう。極論すれば、登り方には正しいも間違っているもなく、自分たちが美しいと思うやり方を選べばいいんです。ただし、組織内でその意識が統一されている必要はある。それが企業文化です。いいビジョンがあって、いい企業文化があれば、結果がついてこないということはない、というのがぼくの考え方。だから、いい会社なのにもうからない、いいサッカーなのに勝てないということは基本的にはありえない。結果が出ないというのは、プロセスがどこか間違っているから起こることなんです」

ただし、どんなにいいビジョンを掲げて、どんなにいい企業文化をつくったとしても、それを世の中の人に知ってもらわないことには始まらない。そこで2019シーズンは手始めに、開幕戦5000人動員を目指す「PROJECT5000」を掲げ、現在はその達成に向けて全力を注いでいる。ホームゲームに出店するキッチンカーのクラウドファンディングにも挑戦する。

奈良クラブの昨年のホームゲーム平均入場者数は2800人。J3昇格の要件は3000人。5000人は、いまの奈良クラブにとって高すぎる目標かもしれない。だが、それでいいのだと中川は言う。

「目標到達が見えてくると手前で勢いを緩め、失速するのが人というもの。目標を達成するためには、高すぎるくらいの目標がちょうどいいんです。そう、これもひとつの型なんですよ」