職場再考

米ピーター・F・ドラッカー大学院の人気講座「セルフマネジメント」が、21世紀のビジネスに不可欠な理由

いかに最高のパフォーマンスを個人でも集団でも発揮できる状態を作れるか? 望む成果を得るために、どのように自分をマネジメントすればいいか? 学校では誰も教わっていないが、現代のビジネスには必要不可欠だという学びに注目してみよう。※3月15日(金)15:15〜「Sansan Innovation Project」に登壇予定。

世界中のビジネスリーダーに思想的影響を与えた経営学者ピーター・F・ドラッカーは、かつてこう語った。「まず自分をマネジメントできなければ、人をマネジメントすることなどできない」。

単純明快な答えなどない現代。複数の専門性を持ち寄り、複雑なビジネス課題にチームとして取り組む重要性が増すなか、「いかに最高のパフォーマンスを個人でも集団でも発揮できる状態を作れるか?」、あるいは「望む成果を得るために、どのように自分をマネジメントすればいいか?」といった学びは、ますます重要になってくるだろう。

しかし、ジェレミー・ハンターによると、そうしたことは学校ではほとんど教えられていないという。脳科学、神経科学、心理学等の最新研究と、ドラッカーのマネジメント論をベースに設計された「セルフマネジメント」のプログラムは、最近アメリカでは企業の研修としても積極的に導入されている。

BNLの最新特集「職場再考」では、新しいオフィスを有効活用するためには、そこで働く人間や組織のあり方も同時に変わるべきではないかという仮説を立てている。そうしたBNL編集部の問いを教授に当ててみることからインタビューは始まった。

1999年から本格的にセルフマネジメントの研究をスタートし、2003年から大学院で教え始めた。いまでは、その領域における第一人者として知られる。昨年、東京で新会社「Transform」を立ち上げ、定期的に来日して日本のビジネスパーソンにも教えている。

──いまBNLでは「職場再考」という特集を組んでいまして、単にオフィスの目に見える部分だけを変えるだけではなく、そこで働く人のマインドも同時に変わっていくべきではないかと提案しています。

目に見えるものだけがオフィスではないというのは、とても美しい表現ですね。

もちろん、物理的な環境がマインドを形づくる要素はあるわけでして、デザインは重要な役割を果たしています。例えば、いまあなたと私の間には真っすぐな机があって、向かい合って座っていますが、もしこれが円形の机を囲んでいたとしたら、また別の対話の形が生まれていたはずです。

でも一方で、どのようにマインドとマインドが交わるか、という問いもあるわけでして、ドラッカーが晩年まで50年以上にわたって研究していた「(工場労働者と比べて)知識労働者の生産性を上げるために何ができるか?」というテーマは、まさにそこにつながるものです。

──「マインドとマインドが交わる」とは?

知識労働者の生産性について、私は人間関係の「クオリティー(質)」を中心に考えます。その質が低下する一例として「怒鳴る社長シンドローム」と呼んでいるものがあります。社長が従業員を怒鳴ると、従業員は社長の反応におびえてしまい、オフィスの中を飛び交う情報の質は低下します。従業員が難しい情報を社長に話すことを躊躇してしまう状況になれば、経営判断の質まで低下します。

──知識労働の時代には、人間関係の質がポイントになるのですね。

企業の生産性に関わる要素は、すべて貸借対照表で測れるわけではありません。集中は十分に保たれているか。同僚との会話の質はどうか。気兼ねなく何でも話せるような関係は築けているか。難しい状況について上司に相談した際に、逆上されたり責められたりする心配はないか。厳しい時にも互いに信頼し合えるか。その信頼はどうすれば測れるか。信頼がないために抜け落ちているものはないか。それらが組織全体のパフォーマンスにどう影響しているか。

──それらを計測できるようになることが大切だと?

もちろんこれらを計測するのはチャレンジングだと思いますが、私が言いたいのは、これらが知識労働の時代には欠かせないものであり、決して無視してはならないということです。ちなみに、あなたはなぜセルフマネジメントに興味を持たれたのですか?

──BNLではこれまで、積極的に社外に出て名刺交換をして知の探索を通して、新しいアイデアを交換することが大切だと伝えてきましたが、外に出る前に自身のマインドと向き合い、偏見や先入観をなくして物事をとらえることも大事なはず。また社内にアイデアを持ち込んでも、上司や同僚と忌憚のない意見を交換できる、良好な関係が築けていないと難しい。そういった時に、セルフマネジメントの有用性があるのではないかと考えたのです。

とても興味深い観点ですね。ちなみに「なぜセルフマネジメントを学ぶことが大事なのか?」と聞かれたら、私は「学校で教えられていないから」という点から説明します。

期待値や前提知識が違えば、たとえ同じような経験をしたとしても、人によって全く異なる経験として構築されていく。

──面白いですね。具体的には?

学校では基本的に一つの現実の見方しか教えません。でも実際、私たちは社会や組織における共通認識と自分自身の経験とを組み合わせて、それらの相互作用によって自らの経験を構築しているのです。

例えば世代が違うだけで世の中に対する見方は違ってきます。性別が異なれば、たとえ同じ体験をしたとしても、印象に残るものは変わるでしょう。自分の中でも、空腹だったり、寝不足だったりするだけで全く異なる経験になります。その時々において、セルフマネジメントは自分がどのような状態にあるかを理解するための道標となるのです。

私は日本でセルフマネジメントのプログラムを行う際、開始時間をわざと15分くらい遅らせます。そうすると、だんだん参加者は「どうしたんだろう?」ってそわそわし始めるんです。でもアメリカだったら多少遅れてスタートするのは普通ですし、ブラジルだったら、まだ誰も来ていないかもしれませんよね(笑)。

──日本人は基本的に時間に厳しいですからね。

でもそれは文化的に自分たちの頭の中で構築しているルールにすぎないわけで、そわそわするのは、そのルールが侵されたことで無意識に反応してしまうからなんです。

プログラムの内容としては、まず経験の構築方法が果たして望ましい結果を生み出しているか、あるいはそうでないかを一人ひとり見ていきます。セルフマネジメントは、ただ単に「瞑想(めいそう)をしたらいいことあるよ」と言っているわけではありません。もし何度も望んでいない結果が起きてしまっていたら、経験の構築方法に何らかの問題があるはずで、それを認識することから始めます。

──要するに結果を見て、もし何度も同じ問題が起きていれば、どうすれば改善できるか、システム的に考えてみようということですね。

その通りです。望んでいない結果の要因が不明な場合、たいてい「マインドレス」であることが多いのですが、その状態について私はよく「オートマチック・パイロット(自動運転)」と表現しています。これも学校では教えてくれないことですね。

セルフマネジメントは、決してケーキの生クリームの部分やトッピングの部分ではない。ケーキそのものであり、すべての基礎を成すものである。人生が豊かになる追加のオプションではなく、誰にとっても不可欠なサバイバルスキルであるという。

──「自動運転」状態とは?

人間は、現実を経験として構築する方法のうち、9割は無意識だとされています。

もう一度、怒鳴る社長の例に戻ってみると、社長はもしかしたら自分が怒鳴っていることを意識できていないかもしれないということです。あるいは、社長として怒鳴ることはいいことだと思っている場合もあり得ます。ちなみに「社長とはかくあるべき」というのも、思い込みの一種です。

ではこの場合におけるマインドフルな状態とは、無意識のうちにやっていることを意識できるようになることです。つまり、普段から従業員に怒鳴ってばかりいるせいで必要な会話が減ってしまい、望んでいない結果につながっていることを認識する。それができない限り、根本的な問題解決には至りません。セルフマネジメントによって、経験の構築プロセスを可視化していきます。いったんそれが見えてくれば変えることも可能になり、マインドフルネスはとても実践的なものになるのです。

──VUCAとも言われる、不確実性の高いビジネス環境においては、自動運転状態を脱することは、ますます求められそうですね。

VUCAの世界においては、一人ひとりが素早く状況に対応して変化していくことが求められます。望んでいない結果に至るプロセスが見えなければ、どう変化するべきか見当もつきません。だから時には当たり前だと思い込んでいることでも、もしかしたら間違っているかもしれないという視点が必要になります。ただここで大事な点は、セルフマネジメントが豪華なトッピングなどではなく、あらゆるものの基礎部分であるということです。

──限られた人たちだけが学べばいいものではないと?

20世紀では読み書きと算数が教育の基本でしたが、21世紀は、いかに素早く状況に適応できるかが求められます。でもそれは自分のマインドがどのように動いているかを知らない限り不可能です。これからの時代において教育に求められるのは、一人ひとりが自分自身のマインドを深く理解し、トランスフォーム(変容)するための方法を学ぶことです。かつてドラッカーも、このことを「決してラグジュアリーではない、不可欠なサバイバルスキルである」と言っていました。その必要性は、近年ますます高まっているように思います。

自分の思考の癖を知り、感情と行動の結果の構造を理解すること。身体感覚の大切さを知ること。例えば、どういう時にストレスを感じやすいか、その時、身体にはどのような変化が起きているか。自分のパターンを知ることができて初めて、いままでとは違う行動と成果を生み出せるようになるという。

──セルフマネジメントの必要性を実感する機会は最近多いですか?

このあいだ日本人の教え子が大学に訪ねて来てくれたことがありまして、その時、彼の会社の社長も一緒だったんです。「いま日本にはどんないいことがありますか?」と私はその社長に訊いてみました。すると、とても長いあいだ床を見つめ続けた後、ようやく顔を上げたかと思うと、「いまの日本には何もいいところはない」とおっしゃったのです。

その方は非常に視界が狭くなっていて、他のオプションが見えなくなっていました。重要な判断をしなければならない責任ある立場でありながら、かわいそうなことに、自分のマインドセットにとらわれてしまっていたのです。セルフマネジメントの目的は、感情をマネージするだけではありません。暗闇の中、わずかな光を追って、新たな可能性を見いだしていくために、自分のマインドセットをマネージすることも含まれています。

あなたが言ったように、会社の外で生まれる出会いにばかり、変化を生み出す答えが潜んでいるとは限りません。自分の経験構築の癖を理解することで、マインドセットを変えてくれるような気づきにたどり着ける可能性だってあるのです。

前提としているバイアスは何か。信じているシステムは何か。特定の言動を妨げる要因として、何か子どもの頃のトラウマ(心的外傷)は影響していないか。自分自身の人間性の質が周りの人間関係にどのように影響しているか。それによって、どんな可能性が開いているのか。あるいは、逆に閉ざされてしまっているのか。

そうやって自分自身をより深く理解していけば、やがて自分のバイアスや思い込みを手放せるようになります。そうすると次に新しい人と出会った時に、相手が提供できる価値を十分に認められるようになり、より充実した会話が生まれることでしょう。

──昨年、日本で新会社「Transform」を立ち上げて、個人や組織を対象にセルフマネジメントのプログラムを実施されていますが、多くの日本人と接する中で、いまこの国にはどんないいところがあると感じていますか?

日本文化のDNAには、何か本質的に世界に提示できるものがあるような気がしています。例えば、華道、茶道、弓道、剣道、書道といった伝統芸術にすべて共通しているように思うのは、「アテンション(注意)」を開発することです。それは、私に言わせれば、日本独自のセルフマネジメントのようなものなんです。

これはいま世界が求めている「宝箱」です。少し油断するとスマートフォンによって注意が奪われてしまう現代の"デジタル世界"において、日本の文化がどのような役割を提示できるか。私はここに大いなる可能性を抱いています。

ピーター・ドラッカーも、日本は「パーセプチュアル(知覚的)」な国だと言っていました。対するアメリカは「インテレクチュアル(知能的)」な文化をずっと大事にしてきました。日本を訪れるといつも思うのですが、あらゆる物事に「ビューティー(美)」が備わっています。日本に最近多くの外国人が訪れている理由も、きっとその辺りにあるのでしょう。文化の中心にアテンションを据えて、日々の暮らしにビューティーが大きな影響力を持つと、いったいどんな国になるのか。外国人は、それを実際に見て体験してみたいと思うのです。