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データを鵜呑みにしない。本質を見抜く審美眼を手に入れる『センスメイキング』

ビジネスにおいて何かの決断をするとき。つい目の前にある膨大なデータを頼りたくなる。そこをぐっと我慢して、もう一歩奥に踏み込んでみよう。本当に必要なのは、データではなく、データの奥にある文化や歴史、哲学なのだから。

本当に重要なものを見極める力とは━━BNL編集部の選定理由

現代の人々は、STEM(科学・技術・工学・数学)の知識一辺倒になっているという。まさに、世の中を数字やモデルだけで捉える社会だ。本書はそんな世の中に対し、このままでは、人間は「物事の本質を見極める力」を失うと警鐘を鳴らす。

結局のところ、定量的なデータをどのくらい用意するのか、コンピュータの画面上でどれほど多くの脳のスキャン画像を確認すればいいのか、市場をどれほど多くの方法で細かくセグメント化すればいいのかといったようなことは、大きな問題ではない。

そこに関わってくる人間の行動について確固たる視点がなければ我々の洞察は何の力も持たない。

はしがき 思考の終焉より

技術が進化したいま、一秒間に何兆テラバイトもの膨大なデータが処理される。しかし著者は、そのデータを「抽象的」と表現する。

ではどうすれば具体性を伴うのか。その鍵を握るのが、文化的探求であり、人文科学に根ざした実践的な知の技法「センスメイキング」である。

目の前のデータだけで判断せず、その「奥行き」を探る。データがあらわれた文脈や意味、そして人間の行動を知るのだ。この本のテーマは一貫して「人」なのである。

例えば食品を扱うビジネスは、市場参入計画、設備投資、商品のポジショニングさえできていればいいというわけではない。人々が食べ物とどう向き合っているのかを、文化という文脈で理解していくことも大切だ。どのように食べ、どのように分け合い、人々にとって食べ物がどのような意味を持つのかを知らなければならないのである。

第一章 世界を理解するより

最近、ビジネスパーソンに対して「教養」を身につけることが推奨されている。しかしその重要性が理解できないと、忙しい毎日の中でわざわざ教養を身につけるために時間を割くことはしないだろう。

だからこそこの本をおすすめしたい。文化的探求が目の前のビッグデータ以上に大切である理由が詰まっている。本書を読めば、「教養」は二の次、なんて言ってはいられなくなるはずだ。

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要約者レビュー

このところAI(人工知能)という言葉を聞かない日はない。なかにはポジティブな話題もあるが、どちらかというと「人間 vs. AI」「AIの出現によりなくなる職業」という風に、私たちの危機感をあおるような報道が目立つ印象だ。

AIは今後、ますます身近なものになっていくだろう。しかし思い出して欲しい。1990年代半ば、それまでは一部の人しか使えなかったPCが、Windowsの登場とともに一般化されたときのことを。そして当時の大人たちが、「コンピュータという機械に仕事を奪われる」と戦々恐々としていたことを。

あれから20余年、たしかに誰もがPCを持つようになったし、ほとんどの仕事にPCは不可欠だ。だが仕事の出来はPCの性能ではなく、いまも変わらず「人間」に委ねられている。そして高いクオリティを求められる仕事であればあるほど、人間の持つ総合的な力が重要になることは、誰もが感じるところではないだろうか。

本書は現代の「IT至上主義」に一石を投じる。古典文学や哲学に親しむこと。歴史を読み解き、文脈を理解すること。表面的なデータに捉われず、深くにある真意を読み解くこと。そんな地道で泥臭いアナログな道こそが、真の実力者への道だ――。具体例をあげながら、著者はそのことを繰り返し丁寧に説いている。

IT時代を生きる私たちに、「本当に必要なことは何か」を考えさせてくれる良書だ。時代に取り残されそうで不安な人も、そうでない人も、目を通して損はないだろう。


本書の要点

── 要点1 ──
IT至上主義のいま、教育の現場でも理系ばかりが重視される傾向にある。しかし経営者や高い地位にいる高収入者、世界でイノベーションを起こすような人々には、文学、哲学、歴史学、政治学などの人文学系大学出身者が多い。

── 要点2 ──
知性、精神、感覚といった「人間性」をフル活用させ、人文科学に根ざした実践的な知の技法を「センスメイキング」と呼ぶ。

── 要点3 ──
シリコンバレーを中心にはびこる「何ごとも技術が解決する」「あらゆるものを数値化する」という態度は、センスメイキングの対極にある。


要約

【必読ポイント!】センスメイキング

Photo: "DSC_1164" by Andrea Balducci(CC BY-NC-ND 2.0)

本当に成功しているリーダーとは?

アマゾンやグーグルをはじめ、数多くの企業がビッグデータを各々のビジネスに利用している。いまや誰もが「データは多ければ多いほど、気づきやひらめきが増える」と信じている。そういった風潮のなか、教育の世界で工学や自然科学などの理系ばかりが重要視されるのは当然の流れだ。1960年代以降、人文科学系大学の学位数は半減し、助成金も減額の一途を辿っている。文学や歴史、哲学、芸術、心理学、人類学といった文化を探求する学問は、「社会的要請」に応えられないというレッテルを貼られているのが現状だ。

しかしここに「意外な」事実がある。2008年の『ウォール・ストリート・ジャーナル』で報じられた国際的な報酬に関する調査結果によると、理系専攻(科学・技術・工学・数学)の学生は、大学卒業後はたしかに良い職に恵まれている。しかし全米で中途採用の年収上位10%となると、政治学や哲学、演劇、歴史といった教養学部に強い大学の出身者が大半を占めるのだ。つまり経営を取り仕切るような地位にいる高収入者、ガラスの天井を突き破る力のある人、世界でイノベーションを起こすような人の多くは、人文学を学んでいるのである。

もちろん理系の知識も不要なわけではない。しかし本当に成功しているリーダーは、「好奇心旺盛で幅広い教育を受けていて、かつ小説も帳簿も読める」能力を持った人物ということである。

人間力をフル活用した知の技法

スターバックスは全世界に支店を持っている。同社の成功の背景には当然、最先端の技術と定量分析がある。最新型のコーヒーマシンや焙煎機、効率的なサプライチェーン、きちんと作りこまれた携帯アプリ。しかし彼らの成功の根幹は、「シンプルかつ深い文化的洞察力」にこそあるという。

35年前、北米のコーヒー文化はいまとはまったく異なるものだった。どの家庭にもあるような生ぬるいカップコーヒー程度しかなく、カフェ=コミュニティスペースという概念もなかった。

あるときスターバックスの中興の祖であるハワード・シュルツは、イタリアの言葉や文化を学ぼうと直感的にひらめいた。シュルツは早々にイタリアへ飛び、有名なバール(伝統的なカフェ)で学んだ後、当時コーヒー豆や紅茶の販売しかしていなかったスターバックスをカフェとして新たに立ち上げた。そしてシュルツはイタリアのコーヒー文化に手を加え、米国のライフスタイルに合わせた新しい文化を作ったのだ。これが成功したのは、シュルツが「文化的な知」を動員させたからに他ならない。

このように知性、精神、感覚といった「人間性」をフル活用させ、文化を調べ理解することを、著者は「センスメイキング」と呼んでいる。センスメイキングは、人文科学に根ざした実践的な知の技法だ。データ至上主義であるアルゴリズム思考の対極にあると言っていい。

1回のウィンクからわかること

Photo: "Wink" by Mr. Nixter(CC BY-NC-ND 2.0)

センスメイキングのもとをたどれば、はるか昔のギリシャ時代、アリストテレスにたどり着く。アリストテレスは「フロネシス」を提唱した哲学者だ。フロネシスとは、知識と経験を融合させた「実践知」のことである。熟練した有能な政治家がフロネシスを発揮すれば、自身の選挙区内で起きそうなあらゆる出来事を一瞬で想像できる。あるいはベテラン管理職であれば、組織内に漂う些細な変化も察知できる。豊富な知識と経験を併せ持つリーダーの多くは、社会や制度、組織を自身の延長だと捉え、自分自身もそれらの一部であると考えている。

センスメイキングは一朝一夕で身につくものではない。その世界にどっぷり浸かり、文脈や歴史まで踏み込んだ、深い理解が必要になる。1回のウィンク(目配せ)も、コンピュータ的な定義であれば「1ミリ秒間継続する目の痙攣」かもしれない。しかし実際には特定の含みがあることは、誰もが知るところだろう。センスメイキングにおいては、この文脈を読むことこそが重要であり、それはアルゴリズム的な薄いデータからは到底拾い出せないものなのだ。

ビッグデータは世界を変えない

シリコンバレーの教義

シリコンバレーの世界では「ビッグデータ教」がはびこっている。グーグルが「世界の情報を整理し、誰もがアクセスして使えるようにする」のを使命にしていることは有名だ。またフェイスブックのCEOマーク・ザッカーバーグは2013年、「世界を理解する」というビジョンを「(ユーザーの)交友関係を『グラフ』に反映し、明確なモデルづくりをする」という行動に移すと宣言した。

このようにシリコンバレーでは、「何ごとも技術が解決する」「あらゆるものを数値化する」という基本理念が流れており、そうすることが「世界を革命的に変える」とすら信じられている。これまでの流れを一度「破壊」し、従来のやり方を根本から覆そうとすることが良しとされているのだ。

だが著者はこのシリコンバレー的思想を、「かつてないほどセンスメイキングが欠けている」と指摘する。センスメイキングは、連綿と伝わる人文科学の手法だ。過去の経験や知識を否定せず、そのときどきに覇権を握った勢力や思想が積み重なり、現在の文化を形成したという過程を大切にする。

グーグル・インフルトレンドの失敗

Photo: "Cough cough cough" by Sarah-Rose(CC BY-NC-ND 2.0)

ではビッグデータのみを使うようになるとどうなるのか。「グーグル・インフルトレンド」を一例として取り上げよう。2008年、グーグルの研究者たちは「(グーグルの)検索結果を取り出して追跡調査したら、インフルエンザの流行を米国疾病予防管理センター(CDC)よりうまく予測できるのではないか」と仮説を立てた。そしてこの仮説にもとづいたデータが科学誌『ネイチャー』で発表されると、大きな反響があった。彼らはCDCより2週間も早く、インフルエンザの流行を予測できたのだ。

しかしここからうまくいかなくなる。まず2009年の新型インフルエンザの世界的大流行を見逃した。さらに2012~2013年の予測においては、流行していないときまで警報を出しすぎた。この2年間におけるグーグル・インフルトレンドの発した予測は、全108週のうち100週が過剰予測だったのだ。

なぜグーグル・インフルトレンドは失敗したのか。まずインフルエンザの流行する「シーズン」と関係していても、実際は関係ない検索ワードがひっかかってきたことが挙げられる。たとえば「高校バスケットボール」や、風邪の時に好んで食される「チキンスープ」などだ。これらとインフルエンザの因果関係はない。しかしアルゴリズムはそれを「関係あり」と判断していた。ビッグデータは「理由」を重視せず、検索にひっかかったという「事実」のみで判断するからだ。

センスメイキングの極意

Photo: "Car" by Geof Wilson(CC BY-NC-ND 2.0)

高級車リンカーンの復活

アメリカの自動車メーカー「フォード」の代表的なブランドに高級車「リンカーン」がある。リンカーンは1940~1960年代に一世を風靡した高級車で、1961年にジョン・F・ケネディ大統領(当時)が暗殺された時に乗っていた車として記憶している人も多いだろう。しかしその後キャデラックやメルセデスなどのライバルに顧客を奪われ、リンカーンの高級車市場におけるシェアは5.5%まで落ち込んだ。

ところが2015年、リンカーンは約10万台という6年ぶりの最高売り上げを記録した。フォードは「高級車とその利用者」「自社の文化」という、リンカーンという車を取り巻く世界そのものを理解することに取り組み、復活を遂げたのだ。

メインの顧客としたのは中国やインドなど新興国の人々だ。フォードは調査グループを作り、彼らにとっての車の位置づけや車内での過ごし方などを、半年間かけて約60名ずつの被験者を対象にリサーチした。そしてその結果、運転するという体験は、自動車の未来にほとんど関係しないという驚くべき事実がわかった。全時間の95%は駐車場や車庫に眠っていて、5%の運転時間も渋滞などに巻き込まれるからである。

フォードはこれまで走りにばかり注目し、消費者の関心を置き去りにしていた。顧客対象になるであろう人々は、基本的に渋滞で身動きのとれない人々だったのだ。

関わりのなかに存在すること

では新興国の人々にとって、「車の価値」とは何か。モスクワに住む男性(37歳)は、「車内で音楽を大音量で聞きながらダッシュボードを手で叩く」ことが楽しみだと答えた。またムンバイに住む男性(31歳)は、顧客をもてなす「動くオフィス」だと語った。フォードはこうした調査によって「車とは何か」、「上質な体験とは何か」という消費者の根本的な価値観を学び、リンカーンの設計・製造に活かしていったのだ。

かつてフォードは「技術ありき」であった。しかしこの調査をきっかけに「技術を使って人々やその経験に寄与するにはどうしたらいいか」を中心に捉えるようになった。車は単体で存在しているのではなく、それを取り巻く世界が関わり合うなかに存在している。この文脈を読み取って理解することが、センスメイキングなのだ。

関心がひらめきを生む

Photo: "Balance" by Noodlefish(CC BY-NC-ND 2.0)

世界的に有名な建築家にビャルケ・インゲルスという人物がいる。2013年冬、彼のチームはスイスの老舗腕時計メーカー、オーデマ・ピゲ社の博物館の新設プロジェクトの入札を控えていた。オーデマ・ピゲ社は創業から150年間、創業者一家がオーナーを続けている、スイス唯一の会社だ。

インゲルスは入札にあたり、まずスイスの本社を訪れた。対象となる土地を肌で感じるためであった。そしてオーデマ・ピゲ社で長年働く時計職人と話をした。その職人は歴史に残る名品を数々手がけてきた腕利きで、インゲルスに時計作りのプロセスを伝え、実際にその作品や技を見せてくれた。インゲルスはそのとき「ハっとひらめいた」という。まさに天啓とも呼べる、アイディアが降りて来た瞬間だ。「自分が設計する対象物に惚れ込むことが大切。その愛情さえあれば、あとはそれをうまく導き成果物に反映させるだけ」とインゲルスは語る。

インゲルスが目をつけたのは時計のゼンマイだ。ゼンマイからインスパイアした二重螺旋構造を建物の随所に取り付け、さらに月の満ち欠けやカレンダーといった時計の機能を盛り込んだ、壮大なデザイン設計を披露した。これを見たオーデマ・ピゲ社の関係者からは驚きの声が上がり、インゲルスはライバル5社を抑え、見事プロジェクトを勝ち取った。


一読のすすめ

本書ではこの他にも「センスメイキング」の事例が数多く紹介されている。顧客離れが止まらなかった保険会社の復活劇、拘束された女性ジャーナリストを救出したFBI捜査官の見事な機転など、ワクワクさせてくれる話ばかりだ。「薄いデータ」の羅列ではない、厚く芳醇なストーリーを楽しんではいかがだろうか。

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