職場再考

リモートでも働ける時代に、オフィスはどう進化できるか──特集「職場再考」導入編

オフィスは本当にもういらないのか? みんなが喜んで通いたくなるオフィスは作れないものだろうか? 4月の「働き方改革関連法」の施行に合わせて、新特集「職場再考」を始める。まずは、20年前にドイツの医療機器メーカーが作った、未来オフィス構想から紐解いてみよう。

リモートワークが広がる時代に、オフィスが生き残る道はあるのだろうか。

ノートパソコンやスマートフォン、クラウドサービスが普及し、フリーランス人口も増えていくに従って、「オフィスはもういらないんじゃないか?」と発言する人たちが増えている。

ジャーナリストの佐々木俊尚が2009年に出版した新書『仕事するのにオフィスはいらない』がきっかけとなり、「遊牧民」的働き方を意味する「ノマドワーカー」という概念が広まった。実際、スターバックスでコーヒー片手に働く彼らは、いまや世界各地でお馴染みの光景である。

昨年は、Mistletoe社長兼CEOの孫泰蔵が自社オフィスをなくしてみた理由について、日経ビジネスのインタビュー記事「オフィスと社員はもう要らない」で語っている。

「そうは言っても、リアルなコミュニケーションには勝てないでしょ?」と疑う人は多いかもしれませんが、技術面の現実的な予測として、5年後にはリモートワークのストレスはほぼゼロになります。

しかし一方で、オフィスの進化に期待する声も年々高まっている。不確実性の高いビジネス環境の中で、クリエイティブで柔軟に対応していくことが求められる現代の企業にとって、対面で議論を重ねていく方がいい結果に結びつきやすいという考え方もある。米ヤフーが在宅勤務を禁止にした時は、日本でも大きな話題になった。

Top Photo: Courtesy of Steelcase

データが裏付ける職場の不自由

アンケート調査や大学の研究からは、従来のオフィスデザインがもう機能しなくなっていることが指摘されている。

世界最大のオフィス用家具メーカーSteelcaseと、グローバル・リサーチ会社Ipsosが世界17カ国のオフィスワーカー12,480人を対象に行ったアンケート調査の結果、仕事になかなか身が入らないと答えた人は、職場環境にも満足できていない人が多いことがわかった。また、オフィスの中で働く場所を自由に選べないこととも強い相関関係があった。

上)オフィスの満足度と従業員エンゲージメントには相関性が見られたが、どちらも高いと答えた人は、全体の13%しかいなかった。下)従業員エンゲージメントは、働く場所を選べる自由度と強い相関性が見られた。Data retrieved from Steelcase Global Report - Engagement and the Global Workplace

また、カリフォルニア大学アーバイン校の研究によると、オフィスワーカーは平均3分5秒ごとにタスクを切り替えていて、再び元のタスクに戻るまでには、平均23分間15秒もかかっていることが明らかになった。タスク切換えの約半分の要因は自己意識にあるそうだが、残りの半分はオフィス環境から影響を受けたものだという。

それなら、より集中できる家やカフェで働きたいと訴える人がいてもおかしくはない。実際、研究を主導したグロリア・マーク教授は、長時間集中したい時はなるべく家にこもって仕事をするように心がけていると、2008年当時のファストカンパニーのインタビューで答えている。

仕事内容によって場所を変えてみる

「何か抜本的な対策を講じなければ!」ということで近年オフィス用家具メーカーがこぞって採用している設計思想が「ABW(Activity Based Working)」である。

ずっと自分の固定席に座って働くのではなく、1人で作業に集中したい時、2人で頭を突き合わせて話し合いたい時、3人のチームで議論したい時など、仕事の内容に応じて一人ひとりが最適な環境を自由に選択できるというものだ。

SteelcaseはABWを家具だけで解決しようとは考えていない。昨年マイクロソフトとの業務提携を発表し、画面の大きさやパソコンの種類も用途に応じて変えていく提案を始めている。Photos: Courtesy of Steelcase

Steelcaseが自社で発行している雑誌「360 Magazine」では、デザイン部門のグローバルヘッドを務めるジェームズ・ルドウィッグが次のようにコメントしている。

「統一されたスタンダード規格のオフィスに対して、人々は反対運動を起こし始めている。発想力と創造性、そして暮らしを楽にしてくれる人間中心のテクノロジーを仕事に求めている。デザイナーたちは、このシフトが起き始めているのを何年も前から認知していた。でもいまや進化は加速し、そのアイデアは驚異的なスピードで受け入れられ、採用され始めている」

進化の加速は、4年前の時点ではまだ起きていなかったようだ。同社の社長であるジム・キーンは、2015年の英国版「WIRED」のインタビューで、オフィスの課題についてこう語っている。

「20年前に自分と同じような仕事をしていた人と、ほとんど変わらない職場環境で未だに多くの人は働いている」

実際、この数年の間にオフィスを移転していない限り、多くの人にとって、社会人になってからオフィスの基本的な構造はほぼ変わっていないはずだ。各社員に固定席が与えられ、チームごとに席が並んでいる。執務エリアとそれ以外のスペースは明確に切り離されており、昼食時以外に飲食スペースを利用する機会はほとんどない。会議室はいくつかあっても、一人で誰にも邪魔されずに集中できる場所や、特定のチームメンバーで集中して共同作業をするための場所は、ほとんど用意されていないのが現状だ。

だが世界を見渡せば、90年代からオフィスに何か変化を起こそうと行動に起こしていた人たちは確かに存在していた。仕事内容によって場所を自由に選べる「ABW」は、決して真新しい概念ではなく、実は20年以上も前から提唱されていたものだった。

「コックピット」のあるオフィス

ドイツの医療機器メーカーB.Braunが、1998年に発表した資料「FUTURE WAYS TO WORK」は旧型のデスクトップコンピューター以外、全く色あせていない。その中で紹介されている「OFFICE CONCEPT 2010」は、以下の表現に集約できるというのだが、いま見ても十分に先進的である。

柔軟性と弾性/開放性と透明性/新しいマネジメントスタイル/生産性の新しいコンセプト/ゴール起点、成果起点、顧客起点の指標/自発性と自己責任/学ぶ意欲とチームスピリット/インフォーマルなコミュニケーションの向上/情報へのアクセスを容易に/ワークステーションや働く環境を選択できる自由

B.Braunの企業文化として「Go and Get it」があると記されている点にも注目したい。必要な情報があれば自ら取りに行くカルチャーが根付いているため、オフィスで居心地のいい場所も仕事内容に合わせて自ら見つけに行けるはず。その選択肢のある職場環境を整備することが、新オフィスのゴールとして掲げられていた。

B.Braunの旧本社。仕事内容に応じて自由に働く場所を選べる特徴がある。個室もフリーアドレスになっていて、一人で集中して仕事ができる環境が整っている。現在のABWのベースとなる概念を初めて考案したとされるオランダのVeldhoen+Companyがコンサルティングを手がけている。Photos by Kim Zwarts, Maastricht / Courtesy of B.Braun

「OFFICE CONCEPT 2010」では、主に以下6種類の環境が提案されている。

「コックピット」と呼ばれる部屋は、邪魔をされずに集中して働ける一人用の環境である。一見すると、役職の高い社員の個室のようにも見えるが、特定の個人に割り振られた部屋ではなく、誰でも利用できる。「チームルーム」は、4人までの社員が議論できる部屋だ。パソコンも設置されているので、サテライトのワークステーションとしても利用できる。三角形の角にある「カンファレンスルーム」は、より大きなチームでミーティングをする時に最適な場所だ。「リーディングルーム」は、印刷された資料を読んだり、静かな場所で過ごすことが目的の部屋である。「オープンオフィスエリア」では、スタンディングデスクも用意されており、業務に没頭するというよりはチームワークを大切にできる場所となる。「ラウンジエリア」は、インフォーマルな会話や、小休憩に適した環境が用意されている。

現在のオフィスはどうなっているのだろうか。本社の広報に問い合わせてみたところ、2014年11月に建設を開始し、2017年4月に移転したという新オフィスの写真を送ってくれた。「OFFICE CONCEPT 2010」をベースに社員一人ひとりの意見を取り入れて、さらに進化しているという。

B.Braunはドイツのビジネス誌『brand eins』より、医療機器製品部門において「Innovator of the Year 2017」として表彰されている。この受賞は、同社の画期的なオフィスが単に快適で業務効率がいいだけでなく、社員一人ひとりの創造性を刺激し、事業のイノベーションにもつながっていることを証明している。Photos Courtesy of Il Prisma(stair photo) and B.Braun Melsungen AG(others)

ルールは作る側であり続けたい

新設された「クリエイティブルーム」では、集まったメンバーの形態に応じて、その時々に最適な家具のセッティングが可能になった。「ワークプレイス」には最新の昇降デスクが完備され、フリーアドレスで自由に机を選ぶことができる。「クワイエット・ゾーン」は会話禁止の場所で資料を読む時など学びの時間に適している。営業電話をする時には、個別の「電話ボックス」を利用すれば、同僚の注意を削ぐ心配もない。逆に一人で集中したい時には、初期のコンセプトから入っていた「コックピット」を利用できる。

1998年に発表された「FUTURE WAYS TO WORK」の資料には、「ルールに従うのではなく、作る側であり続けたい」と記されている。そのイノベーティブな姿勢から、当時世界最先端のオフィスコンセプトが生まれ、いまや「ABW」として世界中のオフィスへと導入が進んでいる。

ただし進化しているとはいえ、ベースとなっているのは90年代に生まれたコンセプトである。これが現代の全てのオフィスにとって、最適解とは限らない。

働き方改革関連法が施行されるこの春は、仕事をする場のあるべき姿をあらためて問う、絶好のタイミングだ。「もういっそのこと、リモートで働きたい!」と会社に訴える前に、いまの職場で変えられる余地は何かないものか、本特集を通して一緒に考えてみよう。