職場再考

集団で学ぶ力、「コレクティブラーニング」にいま注目すべき理由

革新的なプロダクトは複雑な知識から生まれる。ただ個人が習得できる知識量には限界があるため、おのずと集団に蓄えていくことが求められる。MITメディアラボの最新研究によると、データを分析して知識の流れを可視化することにより、集団で学ぶ力は進化できるという。

リモートでも働ける時代に、オフィスはどう進化できるか?

特集「職場再考」導入編で掲げたその問いを探るうえで、そもそも「物理的に人と人が近くにいることでしか得られないものは何か?」について考えてみたい。

マサチューセッツ工科大学のセザー・ヒダルゴによると、それは「複雑な知識やノウハウ」だという。ヒダルゴがMITメディアラボで主導するコレクティブラーニング・グループでは、さまざまなデータを分析して集団における知識の蓄積を可視化し、チーム、組織、都市、さらに国家がどのように学習を行うかを研究している。

国ごとに蓄積された知識を計測する手法として、ヒダルゴらが開発した「経済複雑性指標」では、なんと日本が1984年より世界ランク1位の座を守り続けている。しかし、近年ビジネス環境が急激に変化するなか、その地位を今後も維持できるかどうかは疑わしい。集団において蓄積されている知識を可視化して計測することで、果たして新たな成長の可能性は見えてくるのだろうか。

「経済複雑性指標」の国別ランキング。日本は1984年から最新データの2017年まで首位を維持しているものの、経済複雑性指標の数値遷移を表すグラフは下降傾向にある。Image Captured from OEC-Economic Complexity Rankings (ECI)

日本は1位を維持できるか

──「経済複雑性指標」において、日本は1984年から1位を維持しています。しかし一方で、日本経済に対する悲観的な見方が多いなか、今後も首位を維持していくためには、どう対応するべきだとお考えでしょうか。

この指標は、集団に蓄積されていく知識を測ることを目的としたものです。そして、知識が国の経済成長という文脈において、どのような意味を持つのかを理解しようとしています。

日本は、機械や化学など洗練された産業が集積している国です。そのため経済複雑性指標が非常に高い値になっているわけですが、一方で適応しすぎることに対しては、十分注意が必要です。

──「適応しすぎる」とはどういう意味ですか?

特定の経済環境において理想的な状況であるということです。例えば、1990年代の日本経済は、電気製品や自動車など、20世紀を代表する産業を生み出し、時代に適応していました。しかし、必ずしもそれが次の時代においても最適な設定であるとは限りません。変化の激しい環境においては、「適応性(adaptation)」と「進化性(evolvability)」はトレードオフの関係になるからです。つまり、適応しすぎていると進化する機会を逃してしまうということです。

ここで問うべきは、これまでの日本の経済的成功が、結果的にどのような最適化された構造を築いたのか。そしてその構造が、次の時代に適応するうえで障壁となる可能性はあるかということでしょう。

2017年の日本の輸出品を可視化した図。経済複雑性は、ある地域が生産し輸出する製品の構成を調べることで近似できる。製品はその地域に知識やノウハウが存在することを物語るからだ。Image Captured from What does Japan export? (2017)

多様な組織の集合体へ

大組織どうしのやり取りは、それがどんなに単純なやり取りでも、りんごの木からりんごを摘んだり、カタログから新型のプリンターを選んだりするほどスムーズではない。(中略)極端なお役所主義は、大人数を結ぶ巨大なネットワークこそ生み出すが、パーソンバイト(ひとりの人が保持できる知識やノウハウの最大量)はほとんど生み出さない。(中略)ネットワーク自体は巨大なのに、たいした知識もノウハウも生み出したり蓄えたりできなくなるのである。

『情報と秩序 原子から経済までを動かす根本原理を求めて』早川書房、2017年

──日本でよく構造的な問題として挙げられるのは「官僚主義」とも呼ばれる、階層的な組織ですが...。

製造業による大量生産が経済を動かしていた時代には、なるべく再現なく拡大可能な事業が大事にされてきました。つまり、長い年月にわたり市場のニーズが約束されているものです。その場合、やはり効率がよくて管理しやすい階層的な組織構造が最適だったわけです。

しかし、いまや製造業だけが世の中を動かす時代ではなくなりました。変化のサイクルは加速していて、より高い創造性が求められています。この時代に勝利できる組織は、さまざまな分野に精通するビジネスネットワークを構築し、より早く新しいアイデアに到達して、資源を適切に再配分できるところです。一つの大きな企業よりも、複数の企業からなる流動的で多孔質な集合体のほうが適していると言えるでしょう。

──企業どうしで、もっと連携を加速するべきだということでしょうか?

これからの経済成長にとって、企業間のコラボレーションがますます重要になることは間違いないでしょう。なぜなら、同じ集団に属する人は似たアイデアを持っている傾向があり、世界の見方も似ていて、世界が動く仕組みの理解まで似ていることがあるためです。他社で自分とは異なるトピックに取り組む人と一度でも一緒に働いてみると、同じような課題に対して全く異なる解決策があることに気づけたり、そもそも全く考えたこともないような問題に出くわしたりすることだってあるはずです。

個人としても、これからは多種多様なスキルを持つ人たちとつながっていることが大きな価値になります。決して、全てのスキルを社内で調達しようとは考えない方がいいでしょう。核となる能力は身内にそろえつつ、同時に多様なビジネスネットワークを築き、アウトプットのレベルを引き上げることを目指すべきだと思います。

『情報と秩序 原子から経済までを動かす根本原理を求めて』早川書房、2017年

富の根源には学びがある

経済とは、人々が知識やノウハウを蓄積して物理的秩序(つまり製品)を生み出し、知識やノウハウ、ひいては情報をいっそう蓄積していく能力を増強するためのシステムなのである。

『情報と秩序 原子から経済までを動かす根本原理を求めて』早川書房、2017年

──いまのお話を著書『情報と秩序』のテーマである「情報が成長する」という文脈に沿って考えると、日本経済にはどんな成長が必要だと言えるのでしょうか?

この本では、多くの人が大切だと考える「富」の根源を探り、富を生み出すものについて解明しようと試みています。

富の概念は、経済そのものがなかった何百万年も前には存在しませんでした。大気がなかったとか、太陽が十分なエネルギーを届けてくれていなかったといった理由ではありません。「製品」がなかったからです。

──なぜ製品なんですか?

富は製品によって増大するためです。例えば、いい家に住めて、いい食品が買えて、いい自動車に乗れて、いい服が着られて、娯楽作品も自由に楽しめる人が増えると、社会全体の富が増えます。

では製品は何から生まれるかというと「知識」です。例えば、電気や通信など、パソコンはさまざまな複雑な知識を用いて生産されます。つまり大切なものを掘り下げていくと、実は富ではなく製品だった。でもさらに探っていけば製品ではなく知識だったというわけです。

──知識にも根源となるものはあるのですか?

あります。それこそが集団で学ぶ力。僕らが「コレクティブラーニング」と呼んでいるものです。どのようにすれば、より多くの知識を集団として学習し、蓄えられるか。究極的には、それが国という集団の富の増大につながると考えています。

──コレクティブラーニングは「Sansan Innovation Project 2019」の基調講演のテーマでもありますね。

日本では、コレクティブラーニングの3つの原理についてお話ししようと思っています。それぞれの原理の具体例を挙げて、実際のデータを用いて知識がどのように社会の中を流れているのかをビジュアライズして紹介します。

ひとり当たりGDP(縦軸)と経済複雑性(横軸)の関係を表した図。最も右端にある赤い国が日本。高い相関性だけでなく、過去のデータと照らし合わせてみると、ひとり当たりGDPの長期的な変化もこの図で説明できることがわかっている。Image Captured from OEC - How does complexity compare to GDP?(2017)

アイデア、製品、知識、ノウハウ

ノウハウが知識と異なるのは、行動する能力を含むという点だ。これは暗黙の能力である。たとえば、ほとんどの人は、どうやって歩いているのかは知らなくても、歩き方を知っている。(中略)それはノウハウがあるからだ。ノウハウとは、行動を可能にする暗黙の計算能力であり、個人と集団の両方のレベルで蓄積していく。

『情報と秩序 原子から経済までを動かす根本原理を求めて』早川書房、2017年

──講演とても楽しみにしています! ところで、著書の中では「知識(knowledge)」と「ノウハウ(knowhow)」を分けて使っていますが、どう違うのでしょうか?

私はアイデア、製品、知識、ノウハウという4つに分類して考えています。アイデアはとても早く伝達されます。例えば、「ブロックチェーン」というアイデアについて考えてみましょう。あるとき誰かが「これからはブロックチェーンだ!」って言い始めたら、あっという間に世界中に広がってみんなが話題にします。アイデアは需要を生み出します。ブロックチェーンを使った製品が世に出れば、購入に興味を持つ人はたくさんいることでしょう。需要が生まれて買う人がある程度いれば、売る人も出てくるわけですが、アイデアを広めたり、売買に関わったりする彼らが全員ブロックチェーン技術の具体的な知識を持っているかというと、そんなことはないわけです。実際にコードを書いて開発できるノウハウを持っている人となると、さらに限定されます。

──知識やノウハウをインターネットなどで学習することは難しいからですか?

シンプルな知識についてはインターネットでも学習できます。例えば、家で何か簡単な修理をしたいときに、YouTubeで解説ビデオを見れば案外できたりするものです。しかし、複雑な知識やノウハウに関しては難しいでしょう。実際、私も日ごろから学生に文章の書き方を教えているわけですが、何度も添削しながら直接教えること以外に、いまのところ効果的な上達法は見つかっていません。

実際アメリカでは、インターネットが20年以上も前から存在しているにも関わらず、シリコンバレーの家賃は史上最高額を更新し続けています。他のチームメンバーと物理的に近くにいることが、以前にも増して重要視されているからです。もちろん、社会資本にアクセスできるといった側面もあると思いますが、そこでしか得られない知識やノウハウを学べるという期待があるからこそ、人は多くのお金を払って近くに住むと思うのです。

2017年に日本で生産された「製品空間」。ネットワークの各ノードは製品を表す。線は同じ国が輸出する傾向が高い製品どうしを結んでいる。最大のノードである「Cars(自動車)」の周りには、数多くの関連製品がリンクしている。Image Captured from OEC - What are the export opportunities of Japan? (2017)

ひとりで複雑な知識は蓄えられない

知識やノウハウの蓄積がどんどん難しくなっていくのはなぜなのか? それは、知識とノウハウの具象化に必要なネットワークを築くのが難しいからである。

『情報と秩序 原子から経済までを動かす根本原理を求めて』早川書房、2017年

──集団で複雑な知識やノウハウを蓄積するためには、物理的に集まらないと難しいということですか。

そうですね。われわれ学問の世界は例としてわかりやすいです。ここでは、あなたの指導者は誰か、あなたの指導者の指導者は誰か、といったことが大事にされる傾向があります。指導者とは少なくとも4〜6年くらいは近い関係性で研究をしていたことになるので、そこでノウハウの共有がされていると見なされるからです。私の指導者はラズロ・バラバシでしたが、彼の本や論文を読んだだけでは知りえないような、多くの学びが得られました。

ただし、あらゆる知識やノウハウを自力で習得する必要はありません。というか不可能です。

──習得が不可能とは、どういうことでしょう?

私だって持っているノウハウは非常に限られています。自分の研究分野について本や論文は書けます。プレゼンテーションもできます。ただ絵は下手ですし、プログラミングも最近は全くやっていません。でも私のチームやビジネスネットワークには、自分にはないノウハウがたくさん集まっています。

ひとりだけでオーケストラは成立しません。ピアノとバイオリンをひとりで同時に演奏することはできません。ビジネスにおいても同様で、一人ひとりは限られた知識やノウハウしか持てないため、革新的な製品を創造し、富の増大を促進するためには、集団の中でより多くの複雑な知識が必要になる。より多くの知識を蓄積するためには、集団で学ぶ力を高める必要があるのです。

つまり、私たちが必死で解決しようとしている社会や経済の問題は、いかにして人間のネットワークに知識やノウハウを具象化するか、という問題なのである。(中略)

しかし、なぜネットワークを形成する必要があるのか? (中略)個人の具象化できる知識やノウハウには限度があるからだ。この個人の限界と戦うためには、共同作業が必要だ。こうしたネットワークは、ひとりの人間に具象化しきれない知識やノウハウを必要とする製品を作るうえで不可欠だ。

『情報と秩序 原子から経済までを動かす根本原理を求めて』早川書房、2017年


3月15日(金)Sansan Innovation Project 2019で基調講演(イベントは終了しました)

「Sansan Innovation Project 2019」の基調講演では、コレクティブラーニングに関する、以下の3つの原理について具体例を交えながら詳しく解説する予定だという。

1.蓄積されていく経験としてどれほど学習できるか
2.一つの活動から類似する活動に、知識をどれほど移転できるか
3.知識の集約が、どれほど富、不平等、人口集中、経済活動の空間等に影響を与えるか

コレクティブラーニングの原理

チーム、都市や国家などは、どのように集積的学習を行っているのか?

本セッションでは、知識が生まれ、普及し、価値あるものとなる原理についてお話しします。この原理は、経験が知識として蓄積し、その知識が地理的、文化的そして認知的な壁を乗り越え社会に浸透することの根底に在り、さらに、知識の集結が経済成長(経済成長、所得やその不平等さなど)に与える影響にも関係しています。

ヒダルゴはこれらの原理に則り、最適に産業を多角化する戦略、マイクロメカニズムが知識の浸透に与える影響、そしてこの原理を産業政策に活かす方法について議論していきます。datausa.ioやdatachile.ioなど、国ごとのデータを統合・配信・可視化する総合的システムが開発されていく中で、政府の情報開示方法が高度になり、今後人工知能が政府の意思決定をまとめていく社会の実現化を可能にしていきます。

Sansan Innovation Project 2019 基調講演セッション概要より

予防医学研究者の石川善樹、法政大学経営学部の永山晋、そしてSansanの西田貴紀を交えた、最後のクロージング・セッションにも登壇する。