出会った後、アイデアはどう生まれるか

ムダから新しい発想、辺境から新しい合意形成は生まれる──博報堂ケトル・嶋浩一郎

博報堂ケトルの代表として、多種多様な企業のPR業務を手がける傍ら、大好きなものごとを掘り下げる雑誌『ケトル』や、ビールが飲めるブックストア「本屋B&B」を立ち上げ、自ら情報の発信地に立つ。その嶋浩一郎は語る。「一見ムダなことにこそ、真の価値はある」と。

「PRって、どっちかっていうとマインドなんです。もちろんテクノロジー(方法論)でもあるんですが。例えば、いかにパブリシティを仕掛けるか、というような。でもより本質的なことは、世の中で起きているさまざまな物事に対するスタンス、構えなんです」

嶋浩一郎は、クリエイティブ、編集、経営などあらゆる手段を駆使して、さまざまなかたちのコミュニケーションを世の中に駆動させていく仕事をしている。一見雑多に思えるが、共通するのは「パブリック・リレーションズ(PR)」の視点があることだ。

キャリアをスタートさせた90年代は、PRといえば企業広報や製品パブリシティが中心だった。しかし当時から既成の枠組みにとらわれず、ウェブサービスやコンテンツ開発に携わったり、雑誌を作ったり、従来の広告クリエイティブに飽き足らず新会社を設立したり、「ビールが飲める本屋」を始めたりなど、実践を通して自らの思考と手法を鍛えてきた。

嶋は、実践の中で蓄えた知見やノウハウを惜しみなく公開する。内容はアイデアのつくり方、企画力、編集術、ことばと社会の関係など多岐に渡る。

「アイデアを考える仕事をずっとしていますが、『こんなの役に立つのかな』『ムダかな』ことから思いついたモノのほうが新しい発想につながると思います」

嶋が語る、ムダをいとわない姿勢とPRのマインドとは。

「使える〇〇」など、コンテンツをコストパフォーマンスで選んでいるうちは、想定内のアイデアしか生まれないという。

あさっての方向から情報を得る

──私たちはどんどん効率を求めるようになっています。ビジネスでの出会いも、何か理由がなければムダと見なして積極的に人と会おうとしない、とか。でも嶋さんは徹底してムダを大切にされていますよね。

アイデアは、一般的にムダだと思われているものや、何の役に立つのか分からないことから生まれると思っているんです。すでにどのような価値があるか分かっているものからは想定内の企画しかうまれません。もはやみんながその価値に気づいているわけだから。

「破壊的イノベーション」を提唱したハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授は「21世紀のイノベーティブな経営者に求められる資質は、一見無関係なものごとを結びつける思考だ」と言っていますが、僕の経験上も、意外なところから来る情報のほうが課題解決につながりやすいと言えます。アイデアのヒントはあさっての方向からやってくるんです。

──あさっての方向、ですか。

そう。例えば「本が売れない」という課題を解決をするのに、出版業界を研究することは必要ですが、それだけではアイデアは生まれません。それよりも、地方自治体のまちおこし事例がヒントになったりする。あるいはバーガーキングのキャンペーンから何かを思いつくかもしれない。つまり、一見見当違いに思えるような、あさっての方向から来る情報がすごく大事なんです。

あさっての方向からの情報は、意識して環境をつくらないと入手できません。インターネットの時代になって情報は簡単に検索できるようになりましたが、大量の情報が流通する一方でネットの中は「フィルターバブル」と呼ばれる現象が起こります。自分にとって心地よい情報、好きな情報だけを見て生きていけるようになった。それは快適ではありますが、思いもよらない情報とは出会いにくい。そして、そのような環境ではケミストリーは生まれないんです。

──嶋さんはあさっての方向からの情報をキャッチするためにどんなことをされていますか。

打ち合わせを知らない町でやるとかね。「ダーツの旅」的に、「今回は御徒町でやろう」とか「赤羽でやろう」ということがけっこうあります。本も、もともと多読なんですが、5冊併読するとしたら3冊は自分が読みたい本を読むけど、2冊は興味のない本を読む。ガーデニングの本とか、野球のルールの本とか。会計学の歴史の本とか。あ、それは興味あるな。

──(笑)。

みうらじゅんという人は、みんなが見向きもしなかったものに光を当て、「実は面白いでしょ」とプレゼンテーションすることで新しい価値を次々に世の中に打ち立てていったわけですが、彼が「修行」ということを言っています。好きなものを集めるのは趣味だけど、自分から遠いものや世の中で微妙だと思われているものを集め続けるのは「修行」なんだと。映画も、自分では選ばないようなものをあえて見に行くんだそうです。その話を聞いたとき、感銘を受けて。僕がやっていることも「修行」だなと。

いまも月に1回、自分の判断基準では見に行かないものを見に行くようにしています。演歌歌手のディナーショーとか、地下アイドルのライブとか、「KING OF PRISM」の応援上映とか。

──「キンプリ」まで。

そうやって見たものや、仕入れた情報をひたすら手帳に書いていって、それを折に触れて読み返します。僕の場合はそういうやり方ですが、ノート術なんかは自分に合っている方法でやればいい。言いたいのは、「ムダだと思っているもののほうが、宝の山だ」ということです。

バイオミミクリー(生物模倣)なんか完全にそうですが、蓮の葉がものすごく水をはじくところから、その構造を取り入れてヨーグルトがくっつきにくい蓋がつくられたりする。蓮の葉とヨーグルトの容器、全く関係ないですよね。でも関係ないことが役に立つし、余計な知識や情報を持っているほどアイデアが生まれる。情報の引き出しは多いほうがいいし、一見ムダなことこそ実は役に立つ。言い換えれば、ムダなことなんてないんです。

──それでも多くの人は、それをムダだと思うわけですよね。

コンテンツをつくったり本屋を経営したりしていて思うのは、「泣ける映画を見たい」とか、「企画のネタになる本が欲しい」というように、コンテンツに効果効能を求める人が多いということです。しかも早く結果を出したがる。でもコンテンツなんてつまらないものもあるし、いつ役に立つかどうか分からないけど見ておこうぐらいの気持ちで接するものと考えた方がいいですよ。寝かしておくと何年か後に意外なところでケミストリーが起きたりして、そうすると結果的に「役に立つ」わけであって。

──コンテンツをつくる立場としては、ムダと思われやすい世の中に対してどう発信しようと心がけていますか。

「ムダです」でいいと思うんです。残念ながらマーケティングしないと情報やコンテンツが売れない時代になってしまっていて、それには「このコンテンツは◎◎の役に立ちます」といって売ってきた側の責任もあります。ただ、ごはんを食べるのも映画を見るのも食べログやヤフー映画を調べて点数の高いところに行く風潮を見ると、「そんなに損したくないんですか?」とも思うわけです。「コストパフォーマンスでコンテンツを判断する時代はちょっとどうなんですか?」と。

──雑誌『ケトル』を始めた時も、そういう考え方が根底にあったのですか?

『ケトル』のコンセプトは極端です(笑)。できればムダな情報しか伝えない、いま世の中で役に立っている情報の伝達は他のメディアにまかせよう。有益だと分かっている情報は伝える人がいっぱいいるし、それはもはや検索で見つかるでしょう、と。

いまの時代、みんなが注目しているものはリアルタイムで可視化され、言語化されます。ビジネスとしては「みんなが注目しているのはこれです」と分かるのは便利なことだと思いますが、そこだけを追いかけているとフォロワーにしかなれない。

意外な掛け算の方がイノベーションは起きやすい。だからこそ、人付き合いにも「修行」が必要だと語る。

人の話を聞くのは、ドストエフスキーを読むのと同じ

──人付き合いにおいてはいかがですか。何か心がけていることは。

情報の質という点で言うと、やっぱり最も質が高いのは人との会話だと思うんですね。書籍も相当高いと思いますが、やっぱり人がいちばんの情報源です。だからビールはインターネット並みのメディアだと思っていて。インターネットとビールは同等に偉い(笑)。

──なるほど(笑)。

人付き合いの「修行」もしますよ。なるべく知らない人とビールを飲むようにしています。この本屋を「ブックス・アンド・ビア」にしているのもそのためです。知らない人と会うとその人の持っている情報を引き出そうとはしますが、やはりすぐに役に立てようとは思いません。人の話を聞くのは、ドストエフスキーを読むのと同じなんです。

多くの人はすぐに結果が欲しいと思うから、想定の範囲内でアイデアをつくろうとします。アイデアは基本的に既存の知識の組み合わせですが、意外なかけ算のほうがイノベーションは起きる。そして、意外性は辺境から来た情報によってもたらされます。次に起きる変化や新しい価値は絶えず辺境からやってくる。そこに関わるほうが仕事としては面白いと思うから、「修行」もするし、雑誌もつくるんです。

これまで以上に企業の人格が意識されるようになっている。商品よりも、何者がそれをやっているのかというストーリーを、しっかりと作れる人を経営はもっと大事にすべきだという。

新しい合意形成は辺境から生まれる

──嶋さんは博報堂に入社後コーポレート・コミュニケーション局に配属され、企業のPRや情報戦略に携わるところからキャリアをスタートされました。そのころと比べてPRの概念は変化しているのでしょうか。

まず、PRはパブリシティを行うことと思われがちですが、PR=パブリック・リレーションズとは世の中に新しい価値を示し、合意形成を行う仕事です。それは簡単にできることではないし、それこそ、新しい合意形成は辺境から生まれます。

例えば、いまでこそ「歴女」という言葉は定着していますが、「歴史は男性が好きになるもの」が常識だったところに「私は女だけど歴史が好きだ」と表明した勇気あるファーストペンギンがいたわけです。

──そこは辺境だった。

そのときは。世の中の違和感でしかなかった。PRパーソンにとって大事なのは、そこで「歴史の好きな女性は他にもたくさんいるかもしれない」と気づけるかどうかです。そういう世の中の新しい価値の胎動を見極めて、それこそパブリシティをするとか、学会をつくるとかカンファレンスを開くとか、いろんな手段で第三者を巻き込んでその価値観を定着させていくプロフェッショナルがPRパーソンです。定着していくと、女性誌で歴女のための特集が組まれ、イケメン戦国武将のソーシャルゲームが誕生し、全国の観光地が歴女のためのプロモーションを行い......というようにビジネスが生まれていく。

スタートアップの経営者も、いま世の中がこう変わっているからこういうサービスが必要に違いないと考えてビジネスを始めるわけじゃないですか。既成の概念とは違う新しい価値観を打ち立てようとする。

──そうですね。

だからPRパーソンが必要なんです。広告よりもPRの役割が重要だからです。ビジネスに限らず、「男性も子育てに参加しよう」という合意形成もそうだし、「LGBTの権利を認めよう」という合意形成もそう。そういう世の中の大きな流れを嗅ぎ取り、同時にコミュニケーションテクノロジーを発動して第三者を巻き込んでいく。

企業側は、勝手に商品の新たな価値を世の中に定着させようとする。でもそう簡単にはうまくいかない。だから、そのメカニズムがわかっているPRパーソンこそ、経営者の隣なりにいるべきだと語る。

──先ほどの例で言うと、「歴史が好きな女子」というファーストペンギンの情報を見逃さずにキャッチするためには、どういうことを心がければいいでしょう。

違和感を大事にすることです。人と違う行動をしている人がいたらとにかくメモる。ペットをバギーに乗せて散歩している人をよく見るとか。なんでインスタに足の先だけの写真を載せる女性が多いんだろうとか。なんでハッシュタグで文章をつくるんだろうとか。

それは何かの欲望があるからそうしているわけです。人の欲望は次々に変化します。Facebookができれば承認欲求が生まれるし、Instagramができればリア充になりたいという欲望が生まれる。そういう欲望を持つ人がある程度のボリュームになると、新しい価値観へと変わっていく。その変化に敏感になれているかどうか。それはやっぱり、日常風景の中に現れる違和感をどれだけキャッチして、言語化できるかだと思うんです。

いまのエスタブリッシュな企業が提供している商品も含めて、全てのものが初めは辺境だったんです。「そんなの必要ない」「流行らない」と言われた商品だったかもしれない。それをみんなが「いいよね」と思うところにまで持っていくのは、商品の認知度を上げることも必要ですが、「それがある生活がいいよね」という合意形成のほうが大事な気がしています。その合意形成のテクノロジーであるPRは、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。