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要約『熱海の奇跡』:なぜいま、熱海に若者が集まるのか

熱量のある人と人が出会えば、新しいプロジェクトが生まれる。するとそこに人が集まり、共感し、さらに大きな活動へとつながる。こうして熱海は活気を取り戻していった。この本は、廃墟と化した観光地が面白い街へと変わっていた再生ストーリーである。 

熱海で生まれた出会いと再生の物語──BNL編集部の選定理由

いま熱海がどんな風に変わっているのかを知りたくて、なんとなく手に取ったこの本には、思いがけずたくさんの出会いが詰まっていた。

熱海再生を成功に導いたいくつものプロジェクト。その都度「あ、これだと思った」「大きく目を開かせてもらった」と著者が言うのは、いつも新しい出会いが生まれたときだ。

税金に頼らず自ら稼ぐ「ビジネスの手法を取り入れたまちづくり」は、ビジネスで取り組む地域再生や、公民連携のまちづくりなど、その道のプロフェッショナルのアドバイスがあったからはじまった。

出会い自体は偶然かもしれない。しかしそのチャンスを無駄にせず、仲を深めて新たな価値を生み出すヒントをもらう。この繰り返しが、熱海再生への道のりを確実なものにした。すべてのステップは、出会いをチャンスと捉えなければ、成し得なかったのだ。

これまでBNLが取り上げてきた伝統産業や中小企業などの「後継ぎ」たちは皆、積極的に人と会い、それをきっかけに新しい価値を生み出している。著者も、熱海という街の「後継ぎ」だ。

街を再生するには、空き店舗を単に潰して、新しいものをつくればいいという単純なものではうまくいきません。潰すのではなく、今あるものを使い、そこに新しい価値を生み出し街を再生していけばいいのです。

本書 第4章 「街を再生するリノベーションまちづくり」 より抜粋

古いものを活かしながら、外から新しいエッセンスを取り入れて、新しい価値を発信する。読み進めていくと、寂れた街が少しずつ息を吹き返し、そこで暮らす人々が活気づいていく様子が鮮やかに浮かんだ。これからどうなるんだろう、とワクワクする。

この本で描かれているのはビジネスの手法を活かした街づくりだ。しかし街を会社と見立てれば、ビジネスや組織づくりにも役立てることができるだろう。読み終えた後、著者の熱い思いに感化されて、変化の一歩を踏み出したくなるに違いない。

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本書の要点

── 要点1 ──
人口の減少、高齢化率の上昇、空き家率や生活保護率の高さ、出生率の低さ、未婚率の高さ、40代の死亡率の高さなど、熱海は日本がこれから直面する問題を先取りしながら衰退した。

── 要点2 ──
熱海再生の一歩としてまず重要視されたのは、地元の人が熱海の魅力を知ることと、熱海に対するネガティブなイメージを払拭することだった。

── 要点3 ──
ゲストハウスを経営し、宿泊者が自然と熱海の街に出て行く仕組みをつくった。それによって宿泊者と住人との交流が生まれ、ファン化を促進することができた。


本書の要約

衰退しつつあった熱海

Photo: "掛川の帰りに熱海寄り道" by yamauchi(CC BY-NC-ND 2.0)

熱海は50年後の日本の姿

立地に恵まれ、名の知れた温泉街であるにもかかわらず、熱海は多くの課題を抱えている。そして、熱海で起こっていることは、今後他の地域でも起こることが予想されている。

まず人口の減少である。熱海の人口は、1965年をピークに、50年以上にわたって下がり続けている。次に、高齢化率の上昇だ。日本の高齢化率は27%だが、熱海ではすでに45%に達している。毎年1%ずつ上昇を続けてもいる。

空き家率も課題だ。日本全国の平均は13%だが、熱海の空室率は24%に昇る。しかもこれはリゾートマンションの空き部屋や空き別荘を除いた数である。それらも含めれば、熱海の空き家率は50%を超えるだろう。

生活保護率の高さや出生率の低さ、未婚率の高さ、40代の死亡率の高さにおいても、静岡県内で1位2位を争う状況だ。熱海は、日本がこれから直面する課題を先取りしていると言える。

衰退の一途を辿った90年代

Photo: "掛川の帰りに熱海寄り道" by yamauchi(CC BY-NC-ND 2.0)
1960年代半ばから70年代前半にかけて、熱海は日本を代表する温泉観光地として栄えていた。しかしバブル経済が崩壊すると、街は急速に衰退していく。1990年代前半には伊豆半島の伊東沖で群発地震が頻発し、それが観光客の足を遠ざけるとどめとなった。やがて宿泊客数は半減し、人口も約3分の2に激減することとなる。

こうした衰退は熱海だけに限ったことではない。では、なぜ日本の温泉観光地がどこも衰退していったのか。

その原因は、従来型の観光が行き詰まったということにある。熱海の全盛期である1960年半ばには、慰安旅行に訪れる首都圏の企業が宿泊客の中心だった。熱海にやってきて、旅館で温泉につかり、宴会をして帰って行くという旅行である。

ところが、2000年代に入ったころから、旅行客のニーズに変化が見られるようになった。団体で宴会をすることではなく、個人や家族で旅行に出かけ、体験・交流することを重視することになったのだ。温泉観光地は、このようなニーズの変化に対応できず、衰退の一途を辿ることになった。

【必読ポイント!】街のファンをつくる

熱海再生の最初の課題

熱海を再生するにあたってまず問題となったのは、地元の人が熱海に抱いている感情だ。2010年のアンケート調査によると、熱海在住の地元の人の43%が熱海に対してネガティブなイメージを持っていることが明らかになったという。

これに対し、別荘などを持っている二地域居住者のうち熱海にネガティブなイメージを持っている人は18.8%、観光客では26.3%であった。地元の人が抱いているネガティブなイメージを変えることが、熱海再生の最初の課題となった。

チーム里庭の活動

Photo: "熱海旅行 2018年10月28日~29日" by Masaki Tokutomi(CC BY-NC-ND 2.0)

地元の人に地元を知ってもらうために始めたのが、「あたみナビ」という取り組みだ。地域で面白い活動をしている人や地域の課題を取材し、それを発信するWEBサイトを作った。地元の人にもっと熱海を知ってもらいたいという思いがあった。

「あたみナビ」の取材をきっかけにして始まったプロジェクトが、「チーム里庭」だ。南熱海の農地のオーナーである山本進さんは、田んぼを再生し、地元の小学生に農業体験をさせている方だ。著者と山本さんが出会ったことをきっかけに、南熱海の荒れた農地を再生する「チーム里庭」が発足した。

市役所にあった部署「ニューライフ支援室」の協力もあり、「チーム里庭」は農業体験イベントを実施し、畑で作物を育てていく。このプロジェクトは、熱海に移住してきた方や別荘を所有して熱海を第二の居住地としている人たちにとって、地方ならではの暮らしをしたいというニーズを満たすものとなった。

「オンたま」による意識改革

次に展開したのが、地元の人に地元を楽しんでもらうツアー、「オンたま」である。これは「熱海温泉玉手箱」の略で、地域の人がガイド役を務めるツアーを短期間に多数開催するイベントだ。観光客ではなく、熱海や周辺地域に住む人たちに街の魅力を伝え、熱海ファンを増やすことに重点を置いていた。例えば「路地裏昭和レトロ散歩」と題した街歩きツアーでは、レトロな街並みを歩き、路地裏に佇む喫茶店などを紹介した。

反応はかなり良く、地元の新聞やメディアにも好意的に取り上げられ、別荘を持つ人や移住してきた人が多く参加した。オンたまによって地元の人々の熱海に対するイメージは激変し、オンたま参加者の満足度の高さが熱海のイメージアップに連動したと分析されている。

変化を起こす

Photo: "三連濾(誤)" by 小帽(Hat)(CC BY-NC-ND 2.0)

CAFE RoCAをオープン

熱海市の中心エリアの入り口に、熱海銀座通りという小さな商店街がある。かつてこの通りは、熱海の人たちにとって憧れだった。

しかし近年では、熱海銀座はすっかり寂れ、シャッター街と化していた。2011年には、商店街の3分の1に当たる10店舗が空き店舗になっており、熱海のイメージダウンに加担している状況と言えた。

そこで著者たちは、熱海銀座の活気を取り戻す計画を立てた。空き店舗をリノベーションして「CAFE RoCA」というカフェをオープンさせたのだ。コンセプトは、「家でも職場でもない第3の居場所をつくる」。こうした場所があってこそ、新たなコミュニティが生まれるはずだという思いがあった。

しかし、オープン当初は賑わっていたカフェも、やがて閑散とするようになってしまう。立ち上げから店長をやっていたスタッフが出社しなくなったことを皮切りに、職場の雰囲気が悪くなり、サービスが低下してさらに客足が遠のくという悪循環に陥ってしまった。

不安にさいなまれた著者は、半年で経営を立て直すことを決める。収支を明確に把握するようにしたり、産休に入っていた妻が復活したりしたことが功を奏し、だんだんと人が戻ってきたという。

時を同じくして、熱海銀座では、いろんな人がイベントを開くようになり、人が集まってくるようになった。赤字営業から抜け出せなかったCAFE RoCAは、閉店という結果になったが、街の雰囲気を変えることには成功したのだ。

ビジネスで人を呼び込む

Photo: "MG4889" by waychen_c(CC BY-NC-ND 2.0)

ゲストハウス「MARUYA」

チーム里庭やオンたま、CAFE RoCAといった取り組みは、熱海に住む人たちの意識を変え、地元活性化を進めるものだった。その結果、街の外に住む人たちも熱海に注目してくれるようになっていった。外から人を呼び込むタイミングがきていると、著者たちは感じたという。

そこで手がけたのがゲストハウスだった。著者が海外を旅していたとき、印象に残った街には良いゲストハウスがあった。一方熱海には、良い温泉旅館はあっても、良いゲストハウスがないという課題に気付いたのだ。

著者たちがオープンしたゲストハウス「MARUYA」は、交流型の素泊まり宿だ。30人が泊まれる宿泊スペースと、座って話したりお茶を飲んだりできるラウンジスペースを備えている。

MARUYAでは、宿泊客が入浴するときは近所の温泉へ行ってもらう。朝食はご飯とみそ汁のみをMARUYAで用意しておき、宿泊客が干物屋さんで好みの干物を選び、テラスのグリルで焼く。ゲストハウスに泊まることで自然と街に出かけ、街との接点ができ、熱海のファンになるという仕組みだ。

人が街のディスプレイになる

ゲストハウスができ、外国人だけでなく若い女性も泊まりにきてくれるようになったことで、熱海銀座の風景は変化した。空き店舗だらけだった通りには飲食店と事業所が増え、多くの人が歩く通りになっている。

街の人たちが抱く印象も変わり、「ここにはいつも若い人や外国人がいる」というイメージづけができたようだ。街にいる人たちが楽しんでいる姿こそが街のディスプレイだと著者は言う。街の変化は、建物をきれいにすることで始まるのではない。人が集まることによって起こるのだ。

これからの熱海をつくる

Photo: "Atami City" by peaceful-jp-scenery (busy)s(CC BY-NC-ND 2.0)

起業家を生み出す

熱海では、熱海の2030年を作る起業家を生み出す取り組みとして、「創業支援プログラム99℃」を行っている。これは行政などで一般的に行われている、座学を中心としたプログラムではない。毎週木曜日の夜間、4カ月にわたって事業計画をブラッシュアップしていく。そのうえで、毎週のようにプレゼンテーションや事業相談を行うというものだ。講師やメンターは単なる専門家ではなく、自ら事業を立ち上げた人が担っている。起業のリアルな成功談や失敗談を聞き、アドバイスを得ることが可能だ。

このプロジェクトの目標は、2030年までに熱海に新しい企業を100社以上誕生させ、売り上げのトータルが数百億円を超える産業を作ることである。

2030年に向けて

現在、熱海は着々と事業所数を増やし、空き店舗が減って新規出店が増えるようになった。宿泊客数も増加し、街に賑わいが戻りつつある。街を引っ張る地域のリーダーの世代交代も順調に進み、著者たちのまちづくりが目に見えて変化をもたらすようになっている。

これから取り組まなければならないのは、観光地、リゾート地としての価値の向上である。例えば、観光地として重要なのは地域の食文化だ。熱海でも、良質な食のコンテンツを観光客に提供する必要があるだろう。伊豆半島には豊富な食材が揃っているため、熱海にはまだまだ食の可能性がある。そういった利点を活かして、熱海、伊豆、静岡ならではの食の魅力を見出し、食で選ばれる観光地にしていきたいと考えている。

また、宿泊、温泉、飲食のあり方を考えるとともに、地域に新たなサービス産業を生み出すことに、今後はチャレンジしていきたい。まちづくりとは街のコンテンツ作りであり、いかに新たな業態の商売を考えていけるかが要となる。そうした場によって熱海のファンを生み出すことができるし、熱海で働き暮らして行ける人を育てていけるだろう。

100年先も豊かな暮らしが送れる街、そして「何度でも訪れたい観光地」としての熱海をこれからスタートさせていく。


一読のすすめ

本書は熱海に生まれ、地元の再生のためにUターンした著者が実際に行ったプロジェクトを、詳細な経過とともに紹介している。通読することによって、衰退した観光地であった熱海を再生するまでにどれほどの人の尽力があったのか実感できるとともに、地方創生のロールモデル、そして地方ビジネスのひとつの在り方を学ぶことができるだろう。ぜひ本書を手に取り、要約では書き切れなかったエピソードからも著者の熱い思いを感じ取っていただきたい。

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