CAREER INSIGHTS

変革期にある銀行の静かなる改革者、インハウスデザイナーの意義と役割

組織の中にデザイナーがいることによって、いったい何が変わり得るのか。これまでデザイン業務を外注していた三井住友銀行に転職し、少しずつだが確実に、デザインの重要性を行内に浸透させている一人の声を聞いてきた。

いまメガバンクでデザイナーとして働くということ

三井住友銀行リテールIT戦略部にはデザイナーが在籍している。メガバンクがインハウスでデザイナーを抱える例は珍しいと言えるのではないか。事実、同行でも「デザインはすべての仕様が決まった後に考える後工程の仕事である」という捉え方が長い間の"常識"だった。こうした考え方が、徐々にだが変わりつつあるのはごく最近のことだという。

リテールIT戦略部デザインコンサルタントの金子直樹は2017年4月、同行2人目のデザイナーとして入社した。急速にデジタル化を推し進めるリテール部門の各種UI/UXデザインはもちろん、社内の顧客管理システムのUI全面刷新や、組織の垣根を超えたグループ各社のプロジェクトなども担当。同時に、デザインに関する正しい考え方を行内に浸透させるべく、地道な"布教活動"も続けてきた。

この5月には経済産業省・特許庁が「デザイン経営」宣言を発表するなど、ビジネスにおけるデザインの果たす役割を見直す動きが日本でもようやく広がりつつある。メガバンクで働くデザイナーの声を通じて、比較的まだデザインの重要性が浸透していないと言われている金融機関において、これからデザイナーが果たせる役割について考える。

普段仕事で使っているというMacBook Pro。三井住友銀行の行員として、初めて支給されたものだという。

Macさえない。自らの働く環境をデザインするところから

──三井住友銀行に入るまでの金子さんのキャリアについて教えてください。

もともとはいまのようなクリエイティブな仕事はしていなくて。大学卒業後、最初は求人広告の会社に営業として入りました。就職活動をしていても自分のやりたいことがまったく見つからず、でも働かないままいるわけにもいかない。求人広告の営業であればいろいろな仕事を見て回れるし、その後につながるだろう、くらいの気持ちでした。

──そこからどうしてデザインの道に?

当時の僕は営業をして仕事を取ってきて、それを媒体に落とし込むまでのディレクションを担当していたんですが、お客様の要望を元に「こういうイメージを作りたい」っていうラフをなんとなくで描いて社内のクリエイターに渡すと、パッとかっこいいものが上がってきて。クリエイティブといっても求人広告なので、そこまでいろいろなことができるわけじゃないんですけど、でもそういうところに魅力を感じるようになりました。

それに、元をたどれば小さい時から絵を描くのが好きだったっていうのもあります。祖母が画家だったので、アトリエに行くといつも油絵の匂いが漂っていて。そういう環境で育ったので、ゼロから自分で何かを作り出すことには昔から憧れがありました。

それで、短期のデザインスクールに通って基礎的なことを学んだあと、デザイン事務所を経て、友達と一緒に会社を作りました。ECサイトを運営して家具を売る会社だったんですけど、デザインからコーディングまでを全部自分たちでやっていたので、そのスキルを活かして、よその会社さんのサイトのちょっとしたデザインなんかも請け負っていました。

その後は、もう少し規模の大きな、多くのユーザーさんを相手にする事業会社の仕事がしたいと思って、いろいろな転職先を探しました。でも、当時の僕のキャリアとかスキルではいきなりは難しくて。それで一回代理店で経験を積もうと思って、大手広告代理店のデジタル部門に就職して、Webディレクターの業務をメインに約3年半勤めた後、いまの場所にたどり着いたという経緯です。

──銀行がデザイナーを探していると聞いてどう思いました?

転職エージェントから最初に紹介された時は、ちょっと想像がつかなかったんですね。でも、転職先を探す上で第一条件に考えていたのが、自分が昔から馴染みのあるサービスというもので。自分自身が使うようなサービスじゃないと、サービスを提供する側としてもいいものは作れないし、何よりやっていて楽しくないだろうと思っていました。その点で言えば、銀行は何も問題がなかった。

加えてリテールIT戦略部というのは、これまで銀行がやってこなかった新しいことをやる部署であるというじゃないですか。なおかつ募集しているのはこれまでにない、まったく新しい職種。すごくチャレンジのできそうな、おもしろそうな職場だなと思いました。

──実際に入ってみてどうだったんですか?

具体的に何をやるかは何も決まっていない状態で入ったんですけど、いざ入ってみたらMacもないような環境で(苦笑)。デザイナーの僕からすると「デザインをするんだから、当然Macでしょ」って感じで、入るまであえて聞くことはしてなかったんですけど、それくらい、デザイナーが何を必要としているのかもわかっていなかった。

入社初日に「僕のパソコンどこですか?」って聞いたら、「これ(Windows)です」「いやいや」って。そこがスタートだったんです。だからそれをどうするかってところから考えて。

──入るところを間違えたと思いませんでした?

いや、思わなかったですね。これ(MacBook Pro)を買うときも、新しい取り組みなのだからということで、ちょっとスペックのいいやつをお願いして(笑)。Adobeのデザインツールもそうだし、最新のものを揃えてもらいました。

──むしろラッキーだった?

そうですね。その辺はフレキシブルに対応してくれる人がいたので、要望をちゃんと伝えることで徐々に環境を変えていくことはできました。もちろんバリバリのITスタートアップと比べたらまだまだかもしれませんが、いまから入る人はかなりやりやすい環境になっていると思いますよ。

外注ではなく行内にいるデザイナー、いわゆるインハウスデザイナーだからこそ、お客様の利便性を第一に考えられる。

デザイナーの役割は「難しいことを解釈し、わかりやすく表現すること」

──デザインがビジネスに与える影響について、どのように考えてらっしゃいますか?

そうですね......デザインって本当に幅広いので、与える影響も一から百までいろいろあると思うんです。その中でいまの仕事に限って話せば、何かを大きく変えてすごいインパクトを与えるというよりは、伝えるべきものをちゃんと伝えたりだとか、ふとしたことでちょっとした気づきを与えたりだとか。人の行動をちょっとでも変えることができるっていうのは、デザインの力なのかなと思います。

入行するまでは僕自身、金融の知識をそんなに持っていなかったんですよ。サービス自体はよく使っていたんですけど、どうしても難しいイメージがあったんです。結婚を機にいろいろ勉強しようともしたものの、なかなか頭に入ってこないところがあって。今回銀行に就職する際には「銀行で働くことで金融リテラシーを上げたい」っていう裏テーマを掲げていたくらいで。

だから、実際に働く上では、その難しいものを自分なりに解釈して、柔らかく、易しく噛み砕いて表現したいと思っています。「難しいものをわかりやすく伝える」のが、銀行で働くデザイナーとしての役割なんじゃないか、と。

──これまでの銀行は伝えようとする努力が不足していた?

いや、昔から「しっかり伝えよう」というところはあるんです。銀行ってお客様の大切なものをお預かりする立場だし、間違って伝わっちゃうことがあったら大変なので。ただ、実際にそれを受け取るお客様側の視点がまだまだ足りていない、というか。

本当にそれで伝わるのかとか、そもそもその情報を欲しているのかとか。そういうお客様の視点がちょっと足りていないので、そこは僕らが指摘して、ちゃんと理由をつけて説明する。そこは一つひとつ丁寧にやろうと心掛けているところです。

──「難しいものをわかりやすく」という課題を解決するのが銀行の働くデザイナーの役割だとすると、逆にいままで金融の世界にデザイナーがいなかったのはなぜだと思いますか?

うーん......僕の知る限りの話ですけど、それは文化というか、そこまでデザイナーが重要視されていない風潮があったような気がします。何か外に伝えるべきことがあった時にも、社内でどうにかするというよりは、外部の業者に依頼して作ってもらうことがやっぱり多かったようなので。デザイナーを自社で抱える必要性について、まだそこまで浸透していない部分があったのだと思います。

──それがいまは少し理解され始めている?

そうですね。実際にリテールIT戦略部が僕のような人材を採用しているというのはその表れだと思いますし。経産省が「デザイン経営」宣言をしたり、「デザイン思考」って言葉がちょっとずつ広がってきたりという、世の中的な流れも影響している気がします。

ただ、組織自体がとても大きいですし、まだまだ伝わりきっていない部分は大きいと感じるので、そこは時間をかけて地道に広めていきたいです。

──外注ではなくインハウスでデザイナーを抱えることの意義を言語化するとすれば、一番大きな違いはなんでしょう?

インハウスのデザイナーは、そのサービスを提供する側であり、同時にユーザーでもある。その二面を持っているのは、やっぱり僕らしかいないと思うんです。

僕自身、大手広告代理店のグループ会社にいた時に強く感じていたジレンマだったんですけど、代理店って、お客様にサービスを提供している立場であるとはいえ、やっぱり「クライアントを満足させる」っていうところが強くあるので。「お客様のため」と思いつつも、最終的なゴールのところでクライアントの方を向かざるを得ないところがある。僕が事業会社に転職したいと思ったのも、そこに違和感を抱いていたからで。

──もっと直接お客様と向き合いたい?

そうです。そこがデザイナーという仕事の一番おもしろいところというか。お客様のためを考えて、またその反応を肌で感じられてっていうのが、一番の醍醐味だと思うので。インハウスでデザイナーを抱える意義というのも、そうやってちゃんとお客様と向き合えるところにあるんじゃないかと思っています。

お客様の視点をプロダクトに反映できるデザイナーの重要性を、今後もっと行内に浸透させて、企画が立ち上がるところから一緒に取り組みたい。

デザインを重んじるカルチャーを社内に浸透させるために

──先ほど「行内でもまだまだデザイナーに対する正しい理解は浸透しきっていない」というお話がありました。どんなところでそれを感じますか?

僕らの仕事の関わり方というか、業務フローに如実に表れていると感じます。これまで多かったのが、まず企画担当者が企画を立ち上げて、プロジェクトが走り出す。いろいろと内容が詰められていき、ワイヤーフレームに落とすくらいのところまで施策の内容が固まって、あとはそれをどう画面に反映するかという段階になってようやく僕らに声がかかる、というパターン。でも、これではいまさら僕らのできることってそんなに多くなくって。できる範囲で改定するという形になってしまいます。

いまは少しずつそれが変わってきていて、もう少し早い段階から入ってもらおうかと言われる案件が増えてきています。企画が立ち上がった時点でデザイナーが一回入って一緒に考える、というように。

もちろん僕らデザイナー自身も変わっていかないといけないところはたくさんあるんですけど、それだけじゃなくて、もっとデザインの重要性を行内に広めていきたい、浸透させていきたいということは常に思っています。

──そのために何かしていることはありますか?

うちの部に入ってくる人たちに対してガイダンスを行なっているのと、あとは一緒に仕事をした人たちに対して、地道にそれを伝えるようにしています。というのも、言葉だけで言ったところでそれは伝わらないので。

先ほども言ったように、僕のところに相談が来るころにはすでにある程度プロセスが進められいて、いまさらそんなに変えられないってことも多いんですけど、そんな時に「このまま進めるとこういう課題がありえますよね?」とか、「こういう問題を起こらないようにするにはプロセスをこう変えるといいですよ」とかっていうのを毎度説明して。

そこで理解してもらうと、「いますぐにそれはできないですけど、次からはそうします」と。そう言ってもらえる機会がやっと増えてきたのがいま、という感じです。

──そこは地道にやる以外にないんですね。

例えば全社的にセミナーをやってみようとか考えたりしたこともあったんですけど、多分興味を持ってくれないというか(苦笑)。細かい話をしたって伝わらないでしょうし、みなさん忙しいので。

それよりは、相談に来てくれたりだとか、何かしらの案件に携わったりだとかする際に、これまで担当者が見てなかった視点で物事を見て、それを一つひとつ丁寧に伝えることで、「ああ、やっぱりデザイナーの目を通すといままでと違うね」とか、「こういう風にするとこんないいことがあるんだ」とか、そう思ってもらうことが、結果的に早くに、デザインの重要性を感じてもらえることになるんじゃないかと思っています。

メガバンクには10代からシニアまで、幅広い層のお客様がいる。彼らの利便性を、自分たちのデザインによって変えられる可能性がある。そこに、大きなやりがいを感じているという。

ただ新しい、ではダメ。幅広い世代をどう満足させるか

──今後やっていきたいと思っていることについて、いまいるデザイナーの間ではどんな話をされているんですか?

僕らがいまいるのはリテールIT戦略部というところなので、主にBtoCのデジタル施策をやっているんですけど、ただ、それ以外にも仕事の幅は広くて。リテール以外の、例えばBtoBのビジネスだったり、グループの別の会社のUIを見たりという仕事もしています。

今後もそうやって少しずつ幅を広げていきたいということは話していて。現状はまだ人数も少ないので、そのためには何か一つの専門領域に特化するのではなく、それぞれがいろいろな業務に関わることで、少しずつやれることの幅を広げていく必要があると思っています。

──銀行にまつわる顧客体験を幅広くデザインするということになると、デジタル以外のこともやる必要が出てくる?

そうですね。僕らとしては別にデジタルにこだわっているわけでは全然なくて。いまもアプリとかWebページ以外に、チラシを作ったり、店頭に置くようなツールを作ったりということもやっているんです。デジタルを中心に置きつつも、例えば店舗を見ているような部署とも連携して、デジタルと店舗をどうつなげるか、それによってお客様の体験をどうデザインするかというのは引き続き今後もやっていきたいし、やっていかないといけないことだと思っています。

いまは変革期なので、銀行はまさにこれから変わっていこうとしているじゃないですか。FinTechも盛り上がって、スタートアップもどんどん参入している。メガバンクにも、テクノロジーを使った新しい取り組み、新鮮なところは絶対に必要だと思うんです。ただ一方で、お客様は決して若い人たちだけじゃない。10代の方からシニアの方まで、幅広い層にスムーズな体験を提供するには、新しいものを取り入れることと古いものを残すこと、そのバランスが重要だと思っていて。

それはとても難しい挑戦なんですけど、そのバランスをうまく作っていけるのがまさに僕らインハウスのデザイナーなのかなと思っていて。そこは僕らとしてもやりがいを感じるところでもあるんですよ。

──今後どんな人に入ってほしいと思いますか?

僕が一緒に仕事がしたいなと思うのは、何が問題なのかをちゃんと考えて仕事をしている人ですね。デザイン的なスキルがあるに越したことがないのはもちろんなんですけど、でもそれは頑張って覚えれば身につくことなので。それよりも「いま携わっているこの仕事はなんのためなのか」というようにちゃんと目的を持っていて、そのためにはどうすればいいかを自分で考えて動ける人。

銀行に入ってみてつくづく思うのは、社会に与えるインパクトがものすごく大きな仕事だなということなんですけど、クリエイターの人って、やっぱり自分の作ったもので人の心を動かしたいと思ってやっている人が多いと思うんです。その意味では、単純にユーザー数ってところを考えてもインパクトが大きいですし、これから金融業界は変革期にあって、その中でメガバンクという第一線でやれるのは、何よりの醍醐味と感じます。

そこに醍醐味を感じて、ダイナミックに仕事がしたいという人には、ぜひ来てもらって、一緒に銀行の未来を変えていきたいですね。