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「もの売り」から「ブランドづくり」へ━━中川政七商店に学ぶ、中小企業の経営術『日本の工芸を元気にする!』

ブランディングで伝統産業を立て直し、自社ブランドの全国展開も実現させた15年間。その記録の中には「地方の中小企業」のあり方や「ビジネスモデル」の作り方、そして「組織」の育て方まで、私たちのビジネスの参考になる要素がたくさん詰まっていた。

名経営者ほど、積極的に「出会い」をつくる──BNL編集部の選定理由

「この人との出会いがなかったら、中川政七商店は今とは少し違った形になっていたかもしれない」

著者の中川政七が本書の中でそう語るのは、クリエイティブディレクター、水野学との出会いのこと。

二人の出会いは、偶然や誰かの紹介などという幸運ではない。中川自身が、デザインに関する本を読む中で目に止まった人物にメールを送り、自ら会いに行く。その相手が水野だった。中川自らがアポイントを取ったというから驚きだ。

いまでこそ中川と水野はビジネスパートナーとして対等だが、当時の水野はすでに大きな仕事を手がける有名人で、中川にとっては身の丈を超えた存在だったという。しかしそんなことはおかまいなしにコンタクトを取り、熱心に思いを伝えた。だからこそ、いまの中川政七商店がある。

300年という歴史を背負い、企業の成長を実現させた敏腕経営者は、社外に出て、様々な人に意見を求め、知恵を借りる。それが、ビジネスにとってどれほど意味のあることかを、本書が教えてくれた。

新たな価値を生み出すヒントは社内を見渡しても見つからない。積極的に外に出ていくべきだと。

ということは、Eightのネットワークもビジネスのヒントの宝庫だ。出会うことで自分だけでは思いもつかなかった面白いアイデアが生まれるかもしれない。臆さず、厭わず、会いたい人に連絡してみる。きっと、新たな価値創造の第一歩になるはずだから。

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要約者レビュー

日本は、世界でも類を見ないほど長寿企業が多く残る国である。2016年に創業300年を迎えた奈良の老舗、中川政七商店もそのひとつだ。中川政七商店は、手績み手織りの麻織物をつくり続けてきており、いまでは日常生活でも気負わず使える生活雑貨ブランド「遊 中川」などがよく知られている。本書では、十三代 中川政七自らが、家業に携わるようになってからの中川政七商店を振り返り、長い歴史を背負った同社のこれからの100年を語る。

中心となるビジョンは、「日本の工芸を元気にする!」というもので、その実現のために様々な取り組みがなされている。自分の会社の利益のためだけではなく、日本全国の工芸メーカーがともに元気になれる方法を模索しているのだ。 いまでこそ知名度があり、工芸業界をリードしているように見える中川政七商店だが、ここに至るまでは経営者の奮闘があった。そもそも、旗振り役となる中川政七商店が「元気」になったのは、著者の大胆な業務の改革とブランディングによるといえる。

決して順風満帆ではなかったその道のりから、地方の中小企業のあり方、企業がビジョンを持つことの大切さや、ビジネスモデルなど、企業の経営を行う上で大切なことを学び取ることができるだろう。

「これから生まれてくる多くの会社も、100年経てば老舗企業」と著者は語る。企業のミッションの1つは継続することだという。未来の老舗を生み出したい経営者必読の1冊だ。


本書の要点

── 要点1 ──
中小メーカーは、もの売りからブランディングへシフトすべきだ。限りのある営業力に頼らず、ブランド力を高めることで、商品に「下駄」を履かせ、勝手にものが売れる状況をつくるのである。

── 要点2 ──
経営者は「事業を通じて何をしたいのか」というはっきりとしたビジョンを持つべきだ。それを社員一人ひとりと共有し、社員全員のベクトルをそろえる。

── 要点3 ──
日本の工芸メーカーと産地が元気になり、自立してものづくりに取り組めることが、中川政七商店の生きる道につながっている。工芸大国となれば、日本も世界にプレゼンスを示せる。


本書の要約

工芸大国日本をつくる!

Photo: "作並系こけし 全身" by Nobuyuki Kondo(CC BY-NC-ND 2.0)

中川政七商店の「100年の計」

著者は、2016年に、十三代 中川政七を襲名した。中川政七商店の社長※として、「日本の工芸を元気にして、工芸大国日本をつくる」という「100年の計」を立て、日々邁進している。

日本の工芸を取り巻く環境は厳しくなるばかりである。後継者不足、先が見えない業界の現状を苦にして、廃業する人が少なくない。工芸は、分業を基本として成り立つ。たとえば漆器なら、木地師、下地師、漆を塗る塗師など、何人もの手仕事が合わさり、器ができあがる。なので、1人か2人の作り手の廃業が取返しのつかない結果を招くことがある。「今、自分の周りで起きていることは、日本の工芸と工芸品とともにある豊かな感性が生み出した日本の暮らしの危機にほかならない。そう思ったら、日本の工芸を元気にしたいと心から思った。」と、著者は語る。

工芸の衰退は日本だけの問題にとどまらず、たとえば刃物の町として知られてきたドイツのゾーリンゲンも、深刻な高齢化により、産地としての存続が危機に瀕している。しかし、世界のこうした状況は日本にとってチャンスであるとの見方もできる。日本に、もし100年後にも300の工芸品の産地が残っていたとしたら、世界に工芸大国としてのプレゼンスを大いに示せるだろう。

このビジョンを掲げるまで、そして掲げてから、著者は、変化を恐れず、試行錯誤を繰り返してきた。

※本書が発行した2017年3月9日時点。 今年、十四代社長に千石あやが就任した。

【必読ポイント!】老舗を継ぐ

Photo: "奈良" by 【單格在顯影】(CC BY-NC-ND 2.0)

業務の効率化

著者が、富士通に勤めたのち、家業の中川政七商店に入社したのは、2002年のことだ。しばらくして麻小物を売る第二事業部をのぞいてみるようになると、著者の目に驚くべき実態が明らかになる。生産管理という概念があまり根づいておらず、売れ筋商品はつねに欠品していた。業務効率も課題であった。製品に使う麻ひも20メートルを切るために、パートの女性たちは50センチを40回折り返して切っていたのだという。

結局第二事業部をまかされることになった著者が、やり方を改めようとすると、批判は受けなかったが、社員が一人、また一人と会社を去っていった。

卸しから小売りへ

奈良の「遊 中川 本店」。

次に著者が取り組んだのは、売上と利益の増額だった。

中川政七商店は、卸売りを主としていたが、卸売りでは顧客との接点がないので最終的なコントロールがきかないし、取引先の売上げ次第のところがあり、限界が見えていた。そこで、同社は思い切って小売り事業に乗り出すことにした。小売り展開は、ブランドづくりに力を入れるという考えからも必須であった。

「中小メーカーこそもの売りを脱却して、ブランドづくりにシフトしなければならない」、というのが著者の持論だ。中小企業は、大企業のように広告宣伝費をかけるわけにいかないし、交渉で弱い立場に立たされることもある。また、そもそも少ない人員でやっているので、十分な営業力の確保も難しい。したがって、ブランディングによって、商品や会社そのものに「下駄」を履かせて、顧客や取引先から選ばれる存在になる必要がある。

そうして培った中川政七商店のブランドを顧客に直接伝える場が、小売りの現場、つまり店舗である。ブランドを構成する要素のうち、店の雰囲気やスタッフの接客が占める割合は大きい。小売店を持つことで、消費者とコミュニケーションをとり、中川政七商店の価値観への共感を抱く人を増やし、結果としてブランド力を高めることができるのだ。

折しも、東京、玉川高島屋ショッピングセンターと伊勢丹新宿店のオファーが舞い込み、著者は出店を決断した。中川政七商店は、製造小売りに対応するシステム構築に長い時間をかけて取り組むことになるが、工芸の分野でSPA業態を確立した先駆者とみなされることになった。

ビジョンと価値の共有

著者は、自分が描いた地図の上で社員各人が力を発揮すれば、それが組織の力につながると考えていた。そのため、具体的な指示は出すものの、それによって得られる成果を伝えるということはしてこなかった。しかし、会社を成長させていく過程のなかで、あるとき、スタッフに「社長が考えていることがわからない」と言われてしまう。

そのできごとをきっかけに、中川政七商店が何を成し遂げようとしているのかというビジョンと、それを実現する上で重視する価値観をわかりやすい言葉で伝えて共有しなければならないと考えるようになったという。

ビジョンを社員一人ひとりに納得してもらい、同じ方向へ進んでゆくための仕掛けとして考え出されたのが、「こころば」と「しごとのものさし」である。「こころば」は、「正しくあること」などの10項目の仕事の心構えを表したものだ。折に触れて社員に向けて説明するようにしているそうだ。「しごとのものさし」は、普段の業務における判断基準を示したもので、オリエンタルランドの行動基準を参考にしているという。他社に対する「心配り」、常にもつべき「美意識」、いまの仕事を次につなげる「積み上げ」が、その内容だ。

また、年1回、「政七まつり」も、ビジョンを社員の中に落とし込むための方策のひとつだ。全社員で集まる会を開催し、1つのテーマをもとにディスカッションやグループワークを行う。

日本の工芸を元気にするために

長崎県東彼杵郡波佐見町にある波佐見焼の窯元。 Photo: "kilns of hasami" by Joel(CC BY-NC-ND 2.0) 

ビジョンが生まれた

日本の工芸のメーカーと産地が、自立してプライドを持ってものづくりに取り組めるという状況が、そのまま中川政七商店の生きる道につながっている。そうした思いを、著者は、家業に携わるようになって2、3年過ぎた頃から抱くようになった。

「日本の工芸を元気にする!」というビジョンが固まったのは、中川政七商店のクリエイティブディレクター、水野学氏と話しているときだという。水野氏は、著者がこの人しかいないと見込んで、中川政七商店のデザイナーになってもらったという経緯がある。遊 中川のブランドシンボルとなっている二頭の鹿を配したロゴマークは、水野氏のデザインである。デザインの仕事以上に、水野氏は著者にとって、経営に関する右脳的、クリエイティブ的な示唆を与えてくれる存在でもある。

著者は2008年に中川政七商店の代表取締役に就任し、ビジョン実現に向けてさらに積極的に動き出すようになる。

工芸メーカーのコンサルティングに乗り出す

ビジョンを掲げ、工芸メーカーや小売店に対して実際に何ができるのかを考えた著者は、相手の側に入り込んで中から変えていく方法、つまり工芸業界に特化したコンサルティングを行うというアイディアにたどりつく。

コンサルティングの経験はなかったが、自社でやってきたようなことを行なえば、必ず他の工芸メーカーも立ち直ることができる、という確信があった。地方の中小企業の多くは会社として基本的なことができておらず、経営自体がない状態にあることが少なくない。それだけに、当たり前のことを当たり前にできるようになるだけで状況は大きく変わるのだ。

初めにやってきたコンサルティング依頼は、長崎県にある、波佐見焼の産地問屋、マルヒロからであった。新ブランドの立ち上げと売上げアップが要望として出された。のちに、工芸メーカーのコンサルティングを続けていくなかで、「新ブランドの立ち上げ」という要望がとても多いことがわかったが、新ブランドの立ち上げは業務改善の次に行なうべきものと著者は位置づけている。業務や財務の改善には不確定要素が少なく、しかも一度改善すれば経営を支え続けてくれるからだ。

また、最も大事なのは、経営者が事業を通じて何をやりたいのかというビジョンを持つことである。それを会社全体で共有しない限り、その会社に存在意義はない。マルヒロの若き後継者、馬場匡平氏に、やりたいことを徹底的に聞き、波佐見に人の集まる場所をつくりたいという夢が出てきたことで、地元の文化を背負って立つブランドを立ち上げるという目標を定めた。

そうしたやり取りを経て、HASAMIという、スタッキングできるマグカップをメイン商品とした新ブランドがつくられた。HASAMIは、資金繰りや生産管理などの難問を乗り越えつつ、二年目には確実に売り上げをつくることができた。

合同展示会「大日本市」を主催する

2018年8月に行われた大日本市の会場。日本全国からさまざまなメーカーが集結した。

中川政七商店に入社したころ、販路開拓に苦労した経験を持つ著者は、工芸メーカーを元気にすると決めたとき、流通の出口をサポートしようと考えた。

そうした考えから、中川政七商店単独で始めていた商品の展示会に、先に登場した波佐見焼のマルヒロや、そのほかいくつかのメーカーが加わり、2011年6月から「大日本市」が始まった。この展示会では、一般によくある展示会と異なり、積極的に商品の売買がなされる。中川政七商店は主催者であるが、展示会をビジネスにしようというつもりではないので、出展料は取らない。代わりに、各メーカーから売上げの一定割合を徴収している。

特に、出展者に売ることを意識してもらえるよう、期間中は出展者全員が朝礼に参加し、前日の成約実績と当日の目標を発表することになっている。小規模な工芸メーカーには、良いものをつくれば誰かが評価してくれるはずと考える傾向が目立つが、その姿勢が現在の工芸をめぐる厳しい環境の一因となっているともいえる。ものづくりは、人の手に届いてはじめて完結するのだ、と著者は考えている。

経営の心得

Photo: "Japan Nara Sunburst" by emmett anderson(CC BY-NC-ND 2.0)

「適正利益」を守る

著者は、「適正利益」を大切にしている。利益は事業を通じて社会に何らかの価値を提供している証であり、企業が存続していくために欠かせないものだ。しかし、だからといって利益を最大化することを経営の目的とはしていない。理想とするのは、買い手(お客様)、つくり手(工芸品メーカー)、売り手(中川政七商店)がそれぞれ適正な利益を得て、そして社会にも貢献する、三方よしならぬ「四方よし」だ。現在の中川政七商店にとっては営業利益率で10%程度を適正としている。

中川政七商店の資本の入ったメーカーを増やしたり、そうしたメーカーが中川政七商店らしい商品をつくったりする、という未来を追求しているわけではない。つくり手を下請け企業として扱うのではなく、自立化の道のりをサポートする。メーカーや産地とつながりながら、工芸業界全体が活気づくことを願っているのである。

経営は行き先とスピードを決めること

経営とは、どこに行くのかということと、そこに向かうスピードを決めることである、と著者はいう。「どこに」は企業や経営者によっても異なるが、スピードに関しては、「倒れないギリギリの速さ」の見極めが大切になる。スピードを上げすぎると制御しきれないが、遅すぎては話にならない。倒れるか倒れないかのギリギリのスピードを見極めるのは、経営者にとって重要な仕事だ。

不思議なことにスピードを追求していくと、組織もそれに呼応するように力をつけてくる。中川政七商店では、新卒採用が始まり、中途採用も積極的に行うようになると、元からいた社員もそれに刺激を受けてさらに力を発揮するようにったという。


一読のすすめ

ここで紹介した内容のほかにも、著者である十三代 中川政七は、全国の土産物メーカーと地元の土産物屋さんをつなぐプロジェクトを手がけたり、300周年記念プロジェクトに合わせてポーター賞を獲ろうと動いたり、とにかくエネルギッシュに活動している。その全貌はぜひ本書を手に取って読んでいただきたい。経営に対する考えが経営者自身の力強い言葉で語られることも、本書の大きな魅力である。

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