これからのキャリアを考える

最近の三井住友銀行の新しい取り組みは、この人が推進していた──リテールIT戦略部・柳川朋子

情報サービス大手から三井住友銀行に転職してきた異色のキャリア。なぜ銀行を選んだのか。実際入ってみてどうか。そんなリアルな声を聞いてきた。

柳川朋子は三井住友銀行リテールIT戦略部でいつも名前のあがる社員の1人だ。

2016年6月に情報サービス大手から転職。前職での経験をフルに活かして、同行のリテールビジネスのデジタル化を牽引してきた。

リテールIT戦略部と言えば、Web制作やUI/UXデザインの専門家を内部に抱え、「お堅いイメージの銀行の中にあっては異色な、自由でフラットな組織」であるとは、同部部長・江藤敏宏の弁。

けれども、ただ自由でフラットな職場を求めるのであれば、なにも銀行である必要はないのであって、あえて銀行で働くのには、それだけの理由があるはずである。

柳川は数ある選択肢の中からなぜ同行を転職先に選び、いまどんなことを感じながら働いているのか。異分野からの銀行・金融業への参入が相次ぎ、既存の銀行の未来を危ぶむ声さえ聞こえるいま、「銀行で働くことのリアル」をテーマに話を聞いた。

リテールIT戦略部の現場で活躍している人、と取材を申し込んだところ、真っ先に柳川の名前があがった。

カルチャーの違いを越えて

──入社からの2年は主にどんなお仕事を?

本当にいろいろなんですが、大きく分けると、二つにまとめられるのかなと思います。

一つは、お客さまとの取引をデジタル化する施策の企画立案から実行、その後の運用まで。一般に、お客さまが銀行を訪れる機会が減っている中、お客さまとのデジタルの取引を増やすことは当行にとっての課題であり、リテールIT戦略部に求められた役割でもあります。そのための施策として、新機能の立案やデジタルマーケティング、Webサイトの刷新などを行ってきました。

──最近は主にどのようなプロジェクトを?

直近1年で取り組んだのは、LINEのチャットで手軽に残高照会や入出金明細が見られる機能の搭載です。当行のLINEアカウントには約1300万人の「友だち」がいたのですが、これはもともと当行のキャラクター「ミドすけ」のスタンプをダウンロードできるキャンペーンで集めたユーザーでした。こうしたユーザーに対して通り一遍のプロモーションを発信しても、ブロックされたり離脱されたりして思うように届かない。せっかく予算を使って獲得したユーザーをどう活かすかは課題でした。

一方で、インターネットバンキングのユーザーを増やすことはリテールIT戦略部の最重要ミッションの一つです。けれどもまだログインさえしたことがない人が多くいる中、いきなり「インターネットバンキングを使って」と言ってもなかなか難しい。であれば、こういう親しみやすいアカウントの中で簡単に使える機能を提供することが、インターネットバンキングの利用を促すきっかけになるのではと考えました。

LINEから直接インターネットバンキングと連携できる便利な機能を紹介。企画から実装そして改善まで、このサービスを推進してきた。

──なるほど。もう一つの主なお仕事は?

もう一つは、社内の業務効率の改善です。例えば、これまでは何かのWebページを改変しても、定量的に分析してその成果を振り返ることがなされていませんでした。そこで、部内でチームアップして成果を見える化し、レポートすることを始めたんです。まだ完璧ではないですが、これでとりあえずはPDCAサイクルを回していく下地が整ったと思います。

他にも、業務によってバラバラだったワークフローを整理・改善したり、これまで紙で行われてきたやり取りを一部デジタル化したりと、BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)のようなことにも力を入れてきました。

──これまでとまったく違うカルチャーで働く上で大切にしている姿勢はありますか?

あまり銀行に染まらないようには気をつけているつもりです。というのも、銀行・金融のことがまったくわからないところからスタートした私だからこそ、一般の人にとっても親しみやすい方向に銀行を変えていける可能性があると思っているので。銀行に入って、それが当たり前になってしまうのではなく、これからも「わからない」という視点を保ち続けて、サイトのUIやプロモーションを考えていきたいと思っています。

とはいえ、銀行の歴史や文化、社会的責任といった「中の事情」を完全に無視してしまってはうまくいかないというのが難しいところでもあります。銀行の外から見ると煩雑な手続きをやっているように見えても、2年間働く中で、そこにはちゃんと理由があることがわかってきました。例えば、紙と印鑑を使ったやり方が残っているのも、銀行には、その社会的影響力が大きいゆえに必ず守らねばならないルールがある、というようなことが、背景としてあったりします。

これまでの常識を持ち出して銀行の事情を全否定するのでは、物事は前に進んでいかない。スピード感を持って施策を打つには変革は不可欠ですが、銀行ならではの事情を踏まえた上で進めていかなければなりません。簡単ではないですが、そこはこれからも頑張っていきたいと思っているところです。

もともと銀行には家族を大切にする文化がある。安心してチャレンジできる職場だという。

ワーキングマザーもチャレンジができる場所

──ところで、柳川さんはなぜ銀行に転職したのでしょうか?

うーん、実は「銀行に行きたい」と思って転職したわけではないんですよね。転職するにあたっては三つの条件を軸にいい会社を探していたんですが、結果として当行がそれに当てはまったということで。

──三つの条件というと?

一つめは、社会インフラに近い領域で仕事ができる会社かどうか。前職時代は自分が楽しければいいという感じで仕事をしていたのですが、出産を経て、子供を預けてまで働いているからには、もっと社会に貢献できる仕事がしたいと思うようになりました。

二つめは、子供がいても長きにわたって働ける会社かどうか。いわゆるワークライフバランスや、ワーキングマザーでも働きやすいかどうかということです。

そして三つめは、前職で培ったWebの企画や開発のスキルを活かして、なおかつ新しいことをやれる会社かどうか。転職エージェントにこの三つの条件を満たす会社をいくつか提案された中に、当行の名前があったんです。

──銀行と聞いた時の第一印象は?

最初は「え?」という感じでした。でもエージェントは、ワーキングマザーの働きやすさ、新しいことに挑戦するという点を加味すると、ここが一番のオススメだと言うんですね。実際、面接を進める際にはワーキングマザーゆえの時間的な制約がかなりあったのですが、他の候補企業と比べて最大限に配慮してもらい、女性でも働きやすい会社だというのが伝わってきました。

また、これまでの経験が活かせるという点でも申し分ありませんでした。前職でも既存のWebサイトを磨いていくような仕事が多かったので、現状の銀行の業務やインターネットバンキングの仕組みを理解しながら、それをより良いものにしていくリテールIT戦略部のスタイルは、扱うものこそ違えど、前職の経験が非常に活きると感じました。

──実際に入ってみてからはどうでした?

まず、女性ならではの難しさを感じたことはないですね。むしろこれまで以上に働きやすい。というのも、女性が働きやすい文化や雰囲気、土壌があるんです。ワーキングマザーならではの時間の制約や難しさは変わらずありますが、それを当たり前のこととして受け止めてくれる組織だと感じます。子供が風邪をひいたために帰らざるを得ないなど、迷惑をかけることは多いのですが、嫌な顔をされたことはないですね。前職と比べても、家族を大切にしている人が多い印象で、男性の上司も同じように、子供の病気のために早退することがあります。

「ママでも働ける」という会社自体は他にもあるとは思います。しかし、前職もそうでしたが、他の社員と同様に最前線で働けているかというと、必ずしもそうではなく、重要な仕事を任せてもらえなくなったり、同じ仕事をしていても評価に差がついたりしたこともあると思います。その点、ここではワーキングマザーであっても同じように扱ってもらえます。それは、同じように厳しく成果が問われるということでもありますが。それでいて働き方に対する配慮もあるという感じです。実際、リテールIT戦略部にはワーキングマザーで活躍している人が多いです。

──先ほど転職の条件のひとつに挙げられていた「社会インフラに関わっている」という実感はありますか? 見方によっては、やっていることは普通のITサービスと変わらないようにも思えるのですが。

正直にいえば、社会のインフラに関わっている実感が十分に得られているかというと、そうではありません。それはまだ本当の意味で何かを大きく変えるようなことができていないからだと思います。今後、銀行がデジタル中心になり、いままで店頭に来ていただけなかったお客さまが普通にインターネットバンキングを利用していただける状況になれば、その実感を得られるのだろうな、と。

ただ、メガバンクはお取引いただいているお客さまの数が膨大なので、ちょっとしたサービスのリリースやわずかなミスに対してもものすごく大きな反響があるんです。そこは社会インフラとしての銀行の存在の大きさを実感するところですし、やりがいを感じるところでもあります。思うに、行内のルールが厳しく、一つひとつに慎重にならざるを得ないというのには、そうした理由もあるのでしょう。

──では、この先はどんなことに力を入れていきたいですか?

いまはとにかくインターネットバンキングを使っていただけるお客さまの数を増やすフェーズなので、そのことに注力したいですね。LINEにもユーザーにとってメリットのある機能をもっと増やしたいです。また、他のデジタルのチャネルも増やしていきたいと思っています。

その先には、そうした当行の個々のチャネルでのお客さまの情報を連携して、より適切にセグメントした上で情報を配信することにもつなげていきたい。究極的には、one to oneでお客さまが欲しい情報を配信できるところまで持っていきたいですね。

自分の力で何か変化を生み出せるところで働きたいと語る柳川にとって、リテールIT戦略部はぴったりの部署のようだ。

銀行の未来に不安はある。でも......

──さまざまに選択肢があるなか、あえて銀行の中でリテールIT戦略部で働く面白さをひとことで表すなら?

リアルタイムで日々様々なことが変わっていくところに身を置く面白さ、でしょうか。社内の仕組みもそうだし、デジタル施策という面でも他の業界と比べてできていないことがたくさんある。それは逆に言えば、やれることがたくさんある面白さということですよね。

──いろいろなプレーヤーが参入し、既存の銀行の存続を危ぶむ声もありますが、業界や会社の未来に対して不安はないですか?

業界としてどうなっていくかは正直わからないと思っています。ただ、その中で何か変えていける可能性があるとしたら、いまいるデジタルのところだろう、と。銀行を選んだのは、決して安定や安心を求めてのことではありません。未来に対しての不安はもちろんあります。でも、そうした未来を変えていける可能性もあるから、挑戦したいと思ったんです。

先ほど「長く働ける文化があるかどうか」も転職の基準になったとお話ししましたが、それも決して安定を求めてのことではなくて。そうやって地に足をつけて働ける基盤があるからこそ、大きなチャレンジができるものだと思っています。子供を産んで、制約が多いからなんとなく働くというのではなく、制約の中でもやりたいことを諦めたくなかったんです。

──どんな人がここで働くのに向いていると思いますか?

銀行=安泰と思っている人には向いていないですし、働く環境としても安定を求める人には向いていないと思います。この2年の間にも、戦略もKPIもどんどん変わりました。そうした変わっていく中で新しいことに挑戦できる必要がある。変化が好きな人、新しいことにチャレンジするのが好きな人、混沌とした状況をストレスに感じない人には向いているんじゃないかと思います。

──ある意味、スタートアップ的なマインドが必要ということ?

それは間違いなく必要だと思いますね。ただ、繰り返し言っているように、銀行ならではの手続きや伝統が山ほどあるのも事実です。そういうものをすべて無視して「俺がルールだ」みたいな人には難しい。スタートアップ的な気質はあっても、同時に、現状をちゃんと見据えられる視点や忍耐力も併せ持っている必要があるだろうと思います。