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初期の村上隆や奈良美智を見いだしたギャラリスト小山登美夫が、アートギャラリーとの付き合い方をご案内

タダで見られる。必ずしも買う必要はない。好きな作家の作品の詳細情報を教えてもらえる。作家本人に会える機会だって少なくない。出張や打ち合わせのついでに立ち寄るくらいの気軽な感覚で大丈夫。それだけで、現代アートはもっと身近に感じられる。

「壁が問題なんですよね。持ち家だったり賃貸だったりいろんなパターンがあるので、納品する前に壁チェックにうかがうんです」

作品の大きさにもよるけど石こうボードならなんとかなる、コンクリだと大変なんだよね──現代アートを手がけるギャラリスト・小山登美夫は、ニコニコと楽しそうに話す。

小山は24歳のとき、日本の現代アート画廊の草分けのひとつ、西村画廊でアルバイトを始めた。現在は東京・日本橋にギャラリーを構える西村画廊は、当時銀座にあって、イギリスを中心とした海外の作家を紹介するとともに、中西夏之、横尾忠則、舟越桂ら日本の作家の展覧会を行っていた。いずれも現代アート好きならキャー!と歓声を上げそうな「スター」である。

「大学出たての僕が画廊の地下室で、横尾さんと並んでラーメンを食べてるわけですよ。展示について話したりしながら内心、『横尾さんだ!』って(笑)」

独立して自らのギャラリーを開いてから20年あまり。初期の村上隆や奈良美智の展覧会も手がけた。世間ではオークションで作品が高騰し、「アートバブル」と呼ばれる現象が何度か起こったが、小山は常に作家と向き合い、現代アートの土壌を耕すことに力を注いできた。その原点には「アートは面白いし、アーティストはかっこいい」というシンプルな思いがある。そんな小山に、現代アートの魅力と、ギャラリーとの付き合い方を聞いてみた。

東京・六本木にある「TOMIO KOYAMA GALLERY」。この日は、菅木志雄展「広げられた自空」が開催されていた。

「作家像」を見せるのがギャラリーの役割

──まず、「ギャラリスト」とはどういう仕事でしょうか。

絵を売る仕事にはいくつか種類があって、画商やアートディーラーと呼ばれる人が古くからいます。有名なのはゴッホの弟のテオですね。彼はグーピル商会という美術商社で画商として働いていました。

一方、ギャラリストは、ギャラリーという場所を持っています。そこで「展覧会」というひとつの表現をして、その中で作品を売っていく。アーティストの作品を売ることは同じですが、1枚の絵を売ることと、展覧会を開いて作家の世界観を見せることは、ちょっと違いますよね。

展示のことをインスタレーションと言いますが、よく「現代美術ってわからない」と言われるのは、インスタレーションそのものが作品だったりするからではないでしょうか。「こんなのどうやって売るの?」というような作品を見たことがあるでしょう?

──はい、「どこからどこまでが作品なの?」みたいな。

それには、そのアーティストの社会性や歴史性、新しさといったことをアピールする狙いがあったりします。逆に買う側からすると、見たこともないようなものを買いたいというコレクターもいます。ものすごく大きい作品とかね。だから、ギャラリーという場所が、ひとつの表現する場所になるんです。

──小山さんのギャラリーでは、次にどのアーティストのどんな展示をするかは、どうやって決まるんですか?

こちらから「こういうのどうですか」と持ちかける場合もあるし、向こうから「こういうのをやりたい」と言ってくる場合もあるし、いろいろです。

桑久保徹さんというアーティストがいるんですが、1月にうちのギャラリーで展覧会を開きました。出展作品は、彼が2014年から取り組んでいる「カレンダーシリーズ」のうちの6点です。1枚の絵の横幅が2メートルを超える大きな作品です。そのときに彼が提案してきたのは、1枚1枚に音楽を添えたいということでした。それで、彼の友人の日高理樹さんという現代音楽家が曲をつくって、レコードにしてドローイングと一緒に展示したんです。

そういった面白い提案がアーティストからきたりして、それで展示ができあがります。オープニングでは日高さんがそれぞれの絵の前で演奏しました。つまり、ただ絵を見せて売るだけでなく、作家をどうプレゼンテーションするかということが大事になってくるんです。

展覧会のオープニングにはアーティストが在廊することが通例だ。世界的な有名なアーティストでも「現代アートの人は普通に会える」。「ダミアン・ハーストだってオープニングにサイン会してますから」

──美術館の展示とはどう違うのでしょう。例えば、先日小山さんのギャラリーで新作を展示された菅木志雄(すが・きしお)さんは、国内外の美術館で大規模な個展が開かれるほどの著名な作家で、私も2015年に東京都現代美術館で開かれた展覧会を見に行きました。ただ、美術館には気軽に行けても、ギャラリーとなると「おそるおそる」という感じになってしまうんです。

そうですか。ドアが開いてるのに?(笑)

──「買わないかもしれないけどいいのかな」と思ってしまって。

確かに、慣れている人だと「作品がタダで見れる場所」として気軽に立ち寄っていかれますけどね。

美術館と違うのは、ギャラリーはアートマーケットの一部だということです。つまり、マーケットですから、美術館で見た作品や作家と同じ場所に立つことができるんです。もちろん、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロを売っているギャラリーはないですよ? でも、美術館はそういった巨匠だけでなく、現役の作家や若手アーティストの展覧会も開きますよね。その中で「あの人の絵、よかったな」と思ったら、名前を覚えておいてインターネットで検索すれば、扱っているギャラリーが出てきます。そのギャラリーに行って「この人の作品に興味があるんですが、いくらぐらいですか?」って聞けばだいたいのレンジを教えてくれます。例えば「ドローイングだったら30万円で、ペイントだったら500万円です」とかね。

──そんなにカジュアルに聞いて大丈夫なんですか。

もちろんです。興味を持ってくれているということが僕らにとっては大事なので。人気作家だと「今、在庫がありません」ということもあるし、「こういうものがあります」とお見せできる場合もあります。直接ギャラリーにいらっしゃれなくても、メールなどで「どこどこ美術館で見て大好きだったんですけど、買えますか。買えるとしたらいくらぐらいですか」と問い合わせをいただければうれしいし、実際そういう問い合わせはたくさんきていますね。

ミュージシャンや俳優などにも絵を描く人は多い。異分野からの参入は「大歓迎ですよ」と言う。「絵を描くことへのリアリティーがあって、それがきちんと表現できている人は、いい作品をつくると思います」

「好き・嫌い」と「いい・悪い」は別

──マーケットと言えば、最近では「アートフェア」もたくさん開かれるようになりました。小山さんのギャラリーもアートフェア東京をはじめいろんなアートフェアに参加されていますね。

アートフェアのいいところは、ある程度の数を一度に見られることですね。そこでいいなと思うアーティストを見つけることもあるし、このギャラリーが扱っているものが好きだなということもあるし。でも、好きな作品を見つけるのって実は難しいんですよ。むしろ嫌いな作品のほうが簡単なんです。「あ、俺これ嫌い」って。

──確かに。

「好き」って、「気になる」もあれば、「かわいい」もあるし、いろいろですよね? じゃあ自分は「気になる」ものを買うのか、「かわいい」ものを買うのか。

──それは、迷いますね......。

普通は、アートフェアでたくさんの作品を見て回っても、自分が好きだと思うものと値段的に買えるものが合致することはめったにないんです。でも、自分は何が好きかを発見するのは誰でもできるし、面白いですよね。

──小山さんのようなプロから見ても、個人的に好きなものと、売れるものや社会的に価値があるものは違ったりしますか。

それは違います。僕らの場合は仕事ですから、普通の人たちよりは情報量が多いし、経験値もあります。だけどやっぱり、「好き・嫌い」と「いい・悪い」は別なんです。「嫌いだけど、気になる」ということもあるんですよ。「嫌い」を超えようとする人もいます。

アートは科学とも無縁ではない。「(19世紀末から始まった)新印象派は、すべての絵をドットで描いていくんです。ドットがつながることによって画像ができるという発想は、テレビをつくる発想とつながっていますよね」

──「嫌いを超える」とは?

不快だと感じる作品でも、この人は何かすごいことをやろうとしているんじゃないかと感じたら、あえて買ってみる。

──そうしたら新しい自分を発見できるかもしれない。

かもしれない。でもこれは上級かもしれませんね。やっぱりはじめは「好きだ」と思ったアーティストの作品を買うのが一般的です。そうすると、そのアーティストが次はどんな展覧会をするのかが気になってくる。一度買うと展覧会の案内がきたりするから、また新しい作品を見に行く。そうやって一人のアーティストを追いかける人もいます。そのアーティストが人気が出て作品の値段が高くなると、うれしいような、悲しいような。

──買えなくなってしまうから。

自分が持っている作品も値上がりしているだろうから、それを売れば次を買う資金になるんだけど、好きだから売りたくない。そうすると次が買えない。好きなアーティストが評価されるのはうれしいんだけど、やっぱり買えなくなるのは悲しい。というようなことはお客さんからよく聞きますね。

──ものすごく複雑な心境ですね。

そこがアートの面白いところですね。買ったあとに値段が上がるものって、他にないじゃないですか。一部、ウィスキーとかありますが。

──ワインとか。

でも飲んじゃうから(笑)。アートはずっとそこにあり続ける。もちろん値下がりすることもあるし、作家が活動をやめてしまうこともあるので、投資とみるならリスクもありますが、こんなに面白いものはないと思います。

オフィスビルやホテルなどの商業施設に展示するためのアート作品を依頼されることもある。「例えば、大手町にできたホテル、アマン東京には、日高理恵子、風能奈々といったアーティストの作品が展示されています」

──オークションで名画が高額で落札されたというニュースをときどき目にしますが、売り買いされるたびに値段が上がるのは、やっぱりアートって不思議だなと思います。

ゴッホは、生前に売れた絵は1枚だけで、値段は11万円ほどだったと言われています。それがだんだん高くなって、何億円になり、何十億円でも売れていく。それってよくわからないですよね。だけど、ゴッホという作家が歴史に残ってきたということは言えると思うんです。

中園孔二という1989年生まれのアーティストがいるんですが、東京芸大の卒業制作展で彼の作品を初めて見たとき、すごくいいと思いました。今までの絵にはない新しいイメージがあって、美しいだけでなく残酷さもある。「うちで展示しませんか」と声をかけて、彼が23歳のときに初めて展覧会をしました。絵を飾るだけじゃなく、植木鉢を持ち込んで土をこぼしたり、天井からテグスを吊して毛糸を巻き付け、そこに写真を飾ったり。本人が全部自分で考えて、友だちと何人かでやってきて作業をしていました。いい展覧会だった。

──面白そう。その展示、見てみたかったです。

今、神奈川県の横須賀美術館で彼の個展をやっているんですが、彼は3年前、25歳で亡くなってしまったんです。海の事故で。

──そうだったんですか。

彼は500点ほどの作品を残しました。生前に売れたものも多いですが、作品は残っている。でもそのままにしていたら中園孔二というアーティストの名前は残りません。美術館で個展を開いたり、それにあわせて画集を制作したりすることで、アーティストの名前を残すことをしていく。作品はどうしようもなく世の中に残ります。でもゴッホの例ではないですが、最終的にはその作家の名前というか、活動を残すことが大切なんです。

現在(2018年9月30日まで)横須賀美術館にて、「中園孔二展」が開催されている。この動画は、展覧会の主題として掲げられている「外縁────見てみたかった景色」に直接つながる「外縁」の意味について、生前に本人が語っていた貴重な記録である。

──アーティストにとってギャラリストがいかに大切かを感じます。

仕事柄、美大や芸大の卒業制作展などで若いアーティストの作品をたくさん見ることがありますが、大半は面白くないんです。その中で一人でも「こいつすごいな」というアーティストがいると、すごくうれしい。中園くんはそのようにして出会ったアーティストの一人でした。

アート作品って莫大なお金をかけてつくるのではなく、一人のアーティストが実際に手を動かして描くわけじゃないですか。そのアナログな作品の中に、いろんな発想が詰まっている。今は情報社会でみんなスマホばかり見ていると言われるけど、逆にリアルなものへの欲求はあると思う。撮影オーケーの美術館が増えてスマホで撮った画像が大量に流通しても、本物は一個なわけだから。リアルなものは絶対なくならない。そこがアートの面白いところだと思っています。