日本茶特集の導入編として取材したブレケル・オスカルが「日本茶の師匠」と慕うのが、日本茶ソムリエの和多田喜である。13年前から経営するカフェにて、オフィスでの来客時にお薦めの淹れ方を教えてもらった。
日本茶特集の導入として取材したブレケル・オスカルは、かつて本当においしいお茶を探し求めて来日した時、最終的に辿り着いたのが日本茶専門カフェ「表参道 茶茶の間」だった。そこの店主であり、オスカルが「日本茶の師匠」と慕う和多田喜を訪ね、ビジネスの出会いの場にふさわしい淹れ方を教わった。
状況設定としては、会社の会議室でカジュアルにビジネスの話をする時に、「おもてなし」として担当者自らが、来客に対してお茶を淹れるというもの。営業やビジネスの真剣な交渉の場というよりは、まずは名刺交換をして、互いにアイデアを交換しながら何か一緒にできることはないか話し合う場を想定している。
その状況に合わせて、最適な茶器や茶葉を選んでくれた。
「私のお店で扱っている茶葉は『シングルオリジン』でして、ひとつの畑・ひとつの品種のものになります。なかでも、今回は会議室なので、特に畑の香りや風味を強く感じられるものを選びました」
茶葉は、摘まれたあと丁寧に揉みながら乾燥されている。お茶を淹れるというのは、いわばそのプロセスを巻き戻していく行為である。熱湯で一気に戻すこともできるが、温度を調整しながら三煎続けて浸出することで、少しずつ葉っぱを乾燥する前の状態まで巻き戻していく。そうすると、茶葉のより繊細な味わいを楽しめるという。
「お茶をいれることによって、どこにいても畑の環境を再現できて、山の中にいるような気分になれる。そういった特別な時間と空間を共有することで、少しずつ互いの距離も近づいていけると思います」
訪問客に最初に提供する一煎目は、氷水を用意して、茶葉の旨味と甘みをじっくりと浸出する。
2人前で茶葉は約8g。40ccの氷水で3分間ほど待つ必要がある。いきなり本題に入るのではなく、アイスブレイクをして場が和ませるには、ちょうどいい時間だ。
会話を進めていると、途中で少し違う方向へ展開したいと思う時がある。それが二煎目を淹れる合図となる。
今回は一煎目の2倍にあたる80ccのお湯を注ぐ。すでに茶葉は開いている状態なので、すぐに茶碗に注ごう。
三煎目は一気に茶葉が開き、摘みたての状態に戻る。そうすると、畑の「テロワール」、つまり生育環境を楽しめるようになる。
ただ、どうしても茶葉が開いてくると渋みも出てきてしまう。そこで、氷を使って冷やすことで、渋みを抑える効果を狙う。
2人分は、50ccのお湯を注いだ茶葉の上に50gの氷を置く。そして1分ほど浸出する。
「本当は水と氷だけでもおいしいのですが、今回は香りがより引き立つように、お湯と氷を組み合わせています」
今回紹介した淹れ方は、日本茶の歴史においてもまだ新しい「シングルオリジン」の茶葉と向き合うなかで、和多田さんが自ら辿りついた方法である。
これまでは、市場に安定して供給するために茶葉はブレンドされたものが主流だった。でも近年ペットボトルのお茶が普及したことによって、急須で淹れる茶葉の売り上げは落ちている。
「ペットボトルのお茶を買ってきたほうが手軽でおいしく、わざわざ日常用に茶葉を買う必要がなくなったからです。そのおかげで職場でも"お茶汲み"の仕事はなくなり、来客用の冷蔵庫にペットボトルが常備されるところが増えています」
今回のBNLのお茶特集は、まさにそうした社会状況に応じて企画したものである。これまでのような安定した味のブレンドされた茶葉を選んで急須で淹れても、普段飲んでいるペットボトルのお茶と大差なく、味の変化を楽しむことはできない。それぞれ味や香りに特徴のあるシングルオリジンの茶葉なら、訪問客へのおもてなしとして急須で淹れるお茶にもお薦めだという。
「もうこのお店を13年間やっていますけれど、始めの頃は『お茶なんか...』って何回言われたかわかりません。テレビや雑誌でお店が取り上げられて、スイーツだけがクローズアップされてそれを目当てのお客様がいらっしゃると、お茶がセットになっているメニューを見て『お茶なんか飲みたくない。家でタダで飲めるし』って言われたりもしていました」
でも、最近状況が変わってきたのを実感しているという。
「この4・5年で日本茶目当ての注文が増えています。特にここ1・2年は、むしろ『シングルオリジンのお茶を楽しみにして来ました』と仰って来ていただけるお客様が増えました。理由を伺ってみると『急須で淹れた日本茶を飲んだことがない』と仰る方が多いのです。そもそも急須がないご家庭も増えているようです。だから家でお茶を飲みたくても飲めない。お茶を飲みたかったらペットボトルを買うしかない。ペットボトルのお茶はおいしい。ならば、飲んだことのない急須で淹れたお茶はもっとおいしいに違いない。というのが最近のお客様のイメージなんじゃないかと思います」
ここ数年、シングルオリジンのコーヒー専門店や、「Bean to Bar」チョコレートの専門店など、嗜好品に対する意識が高まるなか、急須で淹れた日常のお茶が家庭から消えたことで、あらためて急須で淹れられた日本茶の価値が高まってきている。特に日常的に触れる機会がなかった、いまの若い世代にとって、急須で淹れたお茶は憧れを抱くような対象になっているのだ。
そして、その感覚に応えられるのが、まさにシングルオリジンの日本茶であるといえる。いままで日本人が慣れ親しんだお茶とは少し違う、飲めば山や茶畑を感じられる、そんな新たなお茶の体験をさせてくれる新しい飲み物といえるだろう。
13年前から始めて、今日まで先導を切って開拓してきたシングルオリジンのお茶に、ようやく共感を集まり、注目されるようになってきた。
きっとお茶の歴史に新たな1ページを加えることになるであろう新しい文化が、この表参道エリアの一角から始まっていた。