来客には急須で日本茶

日本茶のおもてなしを、その道のプロに学ぶ──名産地に構える「星野リゾート 界 遠州」より

国内外でリゾートや温泉旅館を展開する「星野リゾート」の中に、日本茶に特化したサービスを行う施設がある。おもてなしのプロは、どのような方法でお茶の魅力を引き出し、来客の心を満たすのか。BNL日本茶特集、おもてなし編は「星野リゾート 界 遠州」からお届けする。

非日常空間でお茶のおもてなし

訪れたのは、日本を代表するお茶処のひとつ、静岡、遠州。舘山寺温泉に位置する「星野リゾート 界 遠州」では、その土地や季節の魅力を取り入れた独自のおもてなしとして、お茶を取り入れたサービスを提供している。

「非日常の空間へとお進みください」。そう案内され、真っ直ぐに続く細い通路を進む。ほんのりと、茶葉を燻した清々しい香りがした。この先に広がる世界に胸が高鳴る。

ロビーへと抜ける通路は、非日常感たっぷり。でもそれでいて、どこかホッとした気持ちにもさせてくれる。

ロビーのソファーに座るとすぐに「お疲れでしょうから、ゆっくりなさってください」と、ウェルカムドリンクが運ばれる。涼しげなグラスに注がれた冷たい日本茶には、地元の三ヶ日みかんを使ったサブレが添えられていた。

さっそくお茶に手を伸ばす。独特の甘みと爽やかさが口いっぱいに広がり、乾いた喉を潤してくれた。一口飲めば、たとえお茶に詳しくない人でも、それがペットボトルから注がれたものではないことがわかる、特別な味。

「静岡の天竜川上流で採れる天竜というお茶です。渋みが弱く、さっぱりとして飲みやすいのが特徴です。三ヶ日みかんのサブレとの相性も良いので、ぜひ一緒に召し上がってください」

こう話してくれたのは、サービスチームマネージャーの竹野晋平さんだ。その日の気温に合わせたお茶に、地元の特産物を使ったお菓子。竹野さんの穏やかな口調にも、おもてなしの心がうかがえる。

薄く色づいた冷たいお茶は、その見た目から想像するより、しっかりと味を感じることができる。到着直後の疲れた体を癒してくれた。

竹野さんは無類のお茶好きだ。多くの人にお茶の持つ味わいやおいしさを再発見してもらいたいと、同社の他の施設から「界 遠州」への異動を希望し、いまに至る。

全国15箇所に展開する「星野リゾート 界」は、地域の特色と四季の美しさを意識したサービスが特徴の温泉旅館ブランドだ。その土地、その季節でしか出会えない日本の魅力を「ご当地楽」のおもてなしを通して感じることができる。

ここ「界 遠州」では「美茶楽」と呼び、日本茶をテーマにさまざまなサービスを提供している。

「この施設で働くスタッフは皆、お茶の魅力に取り憑かれた、お茶好きばかりです。普段から急須を愛用しているスタッフが多く、新茶の季節はスタッフみんなで茶園に見学に行きます」

お茶を飲む習慣がついてから何が変わったかを聞くと、「生活にメリハリがつくようになった」という。朝、昼、晩とお茶を選び、急須で淹れる時間を設けることで、心身ともにリセットしやすくなったのだという。

ゴクゴク飲むより、旨味を楽しむ

さっそく「美茶楽」の体験をさせてもらう。まずは煎茶から。

「煎茶を淹れる時のポイントは3つ。葉の量、お湯の温度、待ち時間です。この3つを大切にするだけで、格段に味が変わります」

奥から、煎茶、碾茶、抹茶と並ぶ。全て「おくみどり」という一番茶で、碾茶や玉露にすることもできる貴重な品種。高級茶である碾茶は黒い布や藁で太陽の光を遮り、じっくり育てることで独特の風味が生まれる。

茶葉は一人分で2g(ティースプーン1杯分)、お湯の適温は70度。お湯は器を移すごとに温度が約10度下がるから、熱い場合は湯冷ましに移す。温度が下がったら、茶葉を入れた急須に移し、1分間蒸らす。

一口飲んで、その香りと味に驚いた。「お茶って本当はこんな味なの?」「すごく爽やかでいい香り!」と声が上がる。普段、ペットボトルで飲むお茶とは、まるで別の飲み物だ。「お茶は本来、ゴクゴク飲むというよりも、旨味を味わうものなんです」

お茶の世界は奥深い。水が違えば味も変わるし、その茶葉が育った土地の土の特徴もお茶の味に出る。一番茶と二番茶でも大きく旨味が異なるし、急須の内側の網の部分に金具を使っているか否かで雑味が出てしまうような繊細さも持ち合わせているという。

次に、2018年夏限定の「美茶楽」も体験させてもらった。氷水を使って抹茶を点て、冷たい抹茶を嗜む「氷点抹茶体験」だ。ガラスの器を使い、冷たい水を注いで点てる。最後に氷を静かに落としたら、作法は気にせずに味わう。

「今日は作法を気にせず、好きなように飲んでください」と竹野さん。茶碗は「界 遠州」のオリジナルで、「遠州綿紬」の柄を再現している。

抹茶は食べるお茶とも言われる。通常は栄養分の7割が茶葉に残るが、抹茶は石臼でお茶の葉を粉々にするため全てを摂取することができる。だから非常に栄養価が高いのだ。

「抹茶と茶筅さえ揃えば、あとは何でも代用がききます。茶碗がなければご飯茶碗、茶杓もスプーンで大丈夫。抹茶というと敷居が高そうに感じますが、気軽に楽しめるんですよ」

氷水でじっくり時間をかけて出したお茶は、旨味が凝縮されている。自宅で水出しをする場合は、1ℓ程度のボトルに水と茶葉を入れて一晩置くと良い。茶葉の割合は、100ccに対して2g。

「待つ時間」で客人を知る

お茶を取り入れたおもてなしがなぜ良いのか、その理由を聞いた。

「急須を暖める。お湯を適温まで冷ます。茶葉を蒸らす。おいしいお茶を飲むまでの手順の中には、必ずこうした『待つ時間』があります。この時間がとても大切です。楽しみにお茶を待つ間に、何気ない会話が生まれるからです」

さらにこう続ける。

「私たちがおもてなしで最も大事にしているのは、一歩先のサービスです。お客さまに言われてから動くのではなく、お客様が大切にされていることや、まだ気づいていないニーズを知り、先回りしてサービスを提供する。ですから、お茶を待つ時間の何気ない会話や振る舞いの中でいかにお客さまを洞察できるかが、おもてなしの質を大きく変えるのです」

おもてなしの心を知るうえで、ひとつの例え話をしてくれた。千利休と豊臣秀吉の「朝顔の茶室」という逸話だ。

秀吉は利休の屋敷の庭に毎年咲き乱れる、美しい朝顔を楽しみにしていた。例年通りきれいな朝顔が咲いたある年、利休は秀吉を茶会に誘う。楽しみに屋敷を訪れた秀吉だが、見る限りどこにも花が咲いていない。秀吉は、おかしいと思いながら茶室をくぐる。するとそこに、たった一輪の美しい朝顔が飾られていた。

「利休は、他の朝顔を全て摘み取ってしまうことで、一輪の美しさを際立たせました。その美しさに秀吉がいたく感動したのは言うまでもありません。相手のニーズを先回りし、期待以上のサービスを提供する姿勢を、私たちも意識しています」

来客にお茶を淹れるおもてなしは、美味しいお茶を楽しんでもらうだけでなく、一歩先のサービスを提供するための効果的な手段にもなる。

「お茶にはリラックス効果があります。待つ時間に心を休めるということも含め、淹れている間も、飲んでいる時も、心を安定させるのです。そういう意味では、みんなが忙しい時代だからこそ、お茶は我々の生活に必要なものなのかもしれません」

ポタポタと少しずつ落ちる水が氷で冷やされ、時間をかけてお茶を出す。飲んでみると、なんとなくとろみを感じられるような濃厚な旨味と甘味が口いっぱいに広がった。

甘み、渋み、苦み。お茶は変幻自在

竹野さんの話は、お茶へのさらなる好奇心を誘う。これもまた、おもてなしの心が成せる技なのかもしれない。例えば、お茶は水の温度によって味が激変するという話。

お湯の温度を下げれば甘みが強調される。「氷出し」などとも言われる冷たいお茶は、トゲトゲした渋みや苦みがない。実際に飲んでみると、甘い出汁にも似た味がした。

逆に80度、90度とお湯の温度を上げると、渋みや苦みが強くなる。最も甘み・渋み・苦みのバランスが良いのは、70度のお湯で淹れたお茶だという。

お茶の主要な成分は、カテキン、カフェイン、テアニン。味で分けると、カフェインが苦み、カテキンが渋み、テアニンが甘みだ。低い温度のお湯で入れたお茶は甘みが強くなり、カフェインやカテキンが抑えられる。もちろん個人差はあるが、熱いお茶を飲むよりも、睡眠への影響が少なくなるといわれている。逆に朝の眠気覚ましには熱いお湯で茶葉も多めにするといい。

「先ほどウェルカムドリンクでお出ししたのは、さっぱりとした甘みを感じる、冷たいお茶ではありませんでしたか? ご到着した時は疲れていらっしゃるかもしれませんので、濃くて渋いお茶よりも、冷たいお水で入れた、後味のすっきりするお茶をお出ししています」

富士山の梺の土と浜松周辺の土とでは、採れる茶葉の味が全然違うという。こうした茶葉の個性を知るのも、お茶の楽しみ方のひとつだ。

お茶の苦みや甘みをどう選ぶかは、一緒に出す茶菓子との相性も大事だ。例えば羊羹のような甘さの強い茶菓子の場合は、80度くらいのお湯で渋みを立たせて、茶菓子の甘みを引き立てるような飲み方がおすすめだ。

ひと手間に「人となり」があらわれる

日々のビジネスのシーンの来客時でも、お茶を活用することはできるのだろうか。

「来客があるときは、目の前でお茶を淹れて、待つ時間も飲む時間も同じように過ごすと良いと思います。おいしいお茶は、話も膨らむものですよ」

一煎目、二煎目、三煎目と、味の違いを感じるのも楽しい。来客との会話のきっかけにもなるという。

お茶を淹れる作業には、ある程度の手間がかかる。その手間の中に、淹れる人の「人となり」があらわれるという。ビジネスのシーンで一杯のお茶に対して細部にまでこだわる姿勢は、相手に対する心遣いとなって伝わる。

「今日の来客は年配の方だから、少し渋めの方がいいかな」「若い方だからすっきりしたお茶の方が喜ばれるかな」「歩いていらっしゃるから、すっきりした味のお茶を水出ししよう」。そんなふうに、相手に合わせてお茶を選び分けるのも楽しい。

最近になって生まれ故郷の奈良県においしいお茶があることを発見したという竹野さん。ご当地お茶を探して飲んでみるのもまた、お茶の楽しさだという。

「日本全国で約50品種のお茶があると言われています。静岡県内だけでも、山側、平野部、富士山寄り、浜松寄りとでは、土が違うので、採れるお茶の味も大きく異なります。いろいろなお茶に触れて自分の好みを見つけ、相手に合わせてお出しするのもいいですね」

静岡の茶畑は山なりに作られていて機械が入りにくい。人の手で選別しながら摘むため、効率は悪いがその分、茶葉の状態を見ながら選別できる。この手間が静岡のお茶のおいしさにつながっている。

例えばそんな話を、一杯のお茶と一緒に楽しむことができれば、緊張感のあるビジネスの場でも、空気が和むかもしれない。お茶は、自分なりのおもてなしの心を表現するのに、もってこいのツールである。

到着時、夜、朝、と時間に合わせてお茶と茶菓子を楽しむことができる茶処カウンターとリビングを設えた新客室。茶葉に合わせた茶器、お湯を沸かす南部鉄器にもこだわりが詰まっている。

竹野さんのおもてなしは最後まで抜かりなく、帰りも車から見えなくなるまで手を振る姿が印象に残った。また来よう、素直にそう思う。

ひと手間を惜しまず、相手に合わせて自分でお茶を淹れることで「また会いたい」と思ってもらえる、おもてなし。さっそく次の来客時に取り入れて、相手の印象に残る出会いにつなげてみてはいかがだろうか。