世界最先端のテクノロジーニュースまとめ

超キャッシュレス、脳波ヘルメット...。中国の最新テック事情──世界最先端のテクノロジーニュースまとめ

世界最古のテクノロジーメディア『MIT Technology Review』の日本版編集部がBNL読者のために、毎月注目のニュースについて分かりやすく解説。今月のテーマは「中国のテクノロジー事情」。驚くべきスピードでテクノロジーを受け入れている超大国の動向を紹介する。

『MIT Technology Review』は世界最古のテクノロジーメディアである。1899年の創刊当初は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の卒業生に読者を限定した雑誌で、論文誌に近く発行部数も少なかった。だが1998年に誌面をリニューアルしてからは、研究者だけでなくビジネスの世界にも読者層を広げていった。先進テクノロジーが経営の方向性を変えていく時代に、世界中で支持を得て現在は日本を含めて147カ国に展開している。

これまでビジネスネットワークについて探究してきたBNL編集部は、ビジネスの進化の可能性を探るうえで、テクノロジーニュースも紹介したいと考え、日本版のMITテクノロジーレビュー編集部にコンタクトをとった。BNLで紹介するうえでの課題は、普段テクノロジーニュースを読み慣れていないビジネスパーソンにも理解しやすい内容にすること。そこで、MITテクノロジーレビュー編集部が、毎月いま注目のテーマを取り上げ、ニュースの文脈を整理して紹介してくれることになった。

今月のテーマは、「中国のテクノロジー事情」。驚くべきスピードでテクノロジーを受け入れている超大国の動向を紹介する。この要約を読んでおけば、次に誰かと名刺交換したときにも、話題に事欠くことはないだろう。

Top Photo: "Arches in the Rain" by Jonathan Kos-Read (CC BY-ND)


写真はイメージ。Photo: MarkoLovric | PixaBay

中国のある工場で働く人たちが被っているのは、ただのヘルメットではない。頭皮の上から脳波を読み取るセンサーを搭載した、超ハイテクなヘルメットなのだ。

中国では最近、こうしたヘルメットの着用を従業員に義務付ける政府主導のプロジェクトが進んでいるという。脳波の変化を監視することで、従業員の不満やうつ病の兆候をいち早く発見するのがプロジェクトの狙いだというから、驚きだ。

脳波を測定してコンピューターを制御する「脳機械インターフェイス(Brain Machine Interface:BMI)」というテクノロジーは昨今、注目を集めているものの、まだ感情と脳波の関係は明らかになっておらず、本当にこのヘルメットで従業員を管理できるのかどうかは不明だ。それでも、中国なら脳波ヘルメットがいつのまにか実用化され、あらゆる企業に導入されたとしても、何ら不思議ではない。それくらい中国ではいま、先進的なテクノロジーが日常生活の中に急速に入り込んでいるのだ。

超キャッシュレスだけじゃない、中国の驚くべき日常

中国で普及しているテクノロジーとして有名なのは、QR決済に代表されるフィンテック分野だろう。コンビニやレストランはもちろん、街中の屋台まで、スマホアプリでQRコードを読み取るだけで支払いができるサービスが普及している。中国のスマホ決済市場は2016年時点で約550兆円。もはや、「都市部で現金を使うのは観光客ぐらい」と言われるほどの超キャッシュレス社会なのだ。

簡素な看板のQRコードで決済できる屋台。レジも現金の管理もいらない。Photo: Maciej Bledowski / Shutterstock.com

決済だけではない。車体の損傷部分をスマホアプリで撮影すると画像認識によって補償額が決まるネット保険、顔認証を利用して与信審査を実施する融資サービスなど、スマホをキーにしたサービスが続々と登場し、広まっている。上海の地下鉄の駅では行き先を券売機に音声で告げるだけで「おすすめ経路」に沿った切符が発券され、裁判所では音声認識テクノロジーが裁判記録を自動作成している。音声入力といえば日本では一部の人にしか使われていない印象だが、中国でもっとも人気の音声認識アプリ「アイフライテック(iFlytek)」の利用者はすでに5億人以上。外国人との会話やテキスト入力に音声認識を使うのは、すでに当たり前の光景なのだ。

アイフライテックの音声認識ソフトウェアはさまざまな製品や場面で使われている。Photo: Courtesy of iFlytek

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あまりにも桁違いのスケール

なぜここまで急速にテクノロジーが普及したのだろうか。理由はいくつかある。1つは、14億人という圧倒的な人口の多さだ。音声認識にしろ顔認証にしろ、精度が低ければ使われない。精度を高めるには大量のビッグデータを人工知能に与え、学習させる必要がある。そこで人口の多さが有利に働く。高精度なテクノロジーが利便性を高め、新たな利用者を呼び込む好循環を作り出しているのだ。

もう1つは、中国政府の強力な後押しだ。特にAI分野に関しては、中国政府は国家成長のための重点分野に位置付けている。2030年までにAI関連産業を160兆円規模に育て、「世界一のAI大国」を目指す野心的な目標を掲げているのだ。具体的には、資金調達の支援や教育の強化、関連法の整備などを進めているほか、およそ2300億円を投じてAI企業を集積する工業団地を北京に建設する計画も発表している。

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さらに、好調な中国経済を追い風とした旺盛な投資意欲が、テクノロジー系スタートアップ企業の創業や成長を促している。2015年の中国のベンチャー企業への投資金額はおよそ2兆5000億円。米国の7兆1500億円とはまだ開きがあるとはいえ、日本の1300億円とは比べものにならない。2018年4月には顔認識技術ベンチャーのセンスタイム(SenseTime)が約660億円の資金調達に成功し、AI関連技術企業として世界トップクラスの時価総額に躍り出たのも印象的だ。

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課題はあってもこの勢いは本物だ

もちろん問題がないわけではない。テクノロジーが人々の暮らしを便利に豊かにする一方、あまりにも性急な発展は社会に歪みをもたらす。たとえば最近、中国のテック企業では30代以上の従業員の採用を拒否する年齢差別が横行しているという。「家族がいる人は仕事に集中できない」というのがその理由だというから、ダイバーシティを尊重しようという世界的な流れには明らかに反している。

顔認証や音声認識といったテクノロジーを活用する上では欠かせないプライバシーに関する問題も、最近になって浮上している。2018年1月にはユーザーの個人情報を同意なしに収集しているとして、消費者保護団体がバイドゥ(Baidu)を訴えた。中国市民のプライバシーに対する意識が変わりつつあることを象徴する出来事であり、裁判の行方によっては今後の法規制に影響を与える可能性もありそうだ。

いくつかの問題を抱えていたとしても、中国の勢いは当面止まらないだろう。問題と引き換えにそれを上回る圧倒的な利便性がもたらされることによって、中国市民は最新テクノロジーを受け入れてきたからだ。膨大なビッグデータ、豊富な資金、政府による強力な後押しは、先進技術大国としての中国の地位をますます確固たるものにするはずだ。