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過酷な低賃金ビジネスはもうやめよう──『僕たちはファッションの力で世界を変える』

消費者も生産者もブランドも、みんなが幸せにならなければ意味がない。これは「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の、愛に溢れたビジネスと生き方の提案書。

出会いの一つひとつが、ブランドの原動力になっている──BNL編集部の選定理由

地球環境に負担をかけず、生産者に過酷な労働を強いないエシカル(倫理的な)ファッション、それが「ザ・イノウエ・ブラザーズ」というブランドだ。

彼らの製品は、最高級のアルパカ繊維を使用している。中間マージンを極力カットし、よりリーズナブルな価格に、そして生産者にはより多くの賃金を支払うビジネスモデルだ。決して安価とは言えないが、ブランドの名前を守るためだけの高価な価格設定ではない。

ビジネスのきっかけは、知人のすすめで訪れたボリビアで、過酷な労働環境を目の当たりにしたことだった。

靴磨きをする子どもや工場で働く女性労働者たち。2人は、貧しくとも逞しく生きる人々の暮らしに触れ、その出会いの一つひとつに思いを寄せる。

僕たちは空っぽの工場や誰も来ないスポーツセンターを見てきた。ビジネスが成功すれば継続できるが、チャリティーだと継続できないこともある。ビジネスの仕組みをきちんと作って、ボリビアの人々の力になりたいと考えた。

中略

エシカルビジネスはヒューマンビジネス。自分がいいと思う行動を取り、それと関連して周りの人々がよい人間性を発揮していくことでもある。そしてそれはみんなができることだと思う。

僕たちが取り組んでいることは、貧しく苦労している人々を主役にマーケットを作ること。そのときに重要なことは、貧しい人は悪い人間ではないということ。貧しい人が犯罪を起こすと思い込まないこと。そして、貧しい国は危険だと思い込まないこと。

WWD JAPAN 「着る人、作る人、売る人、すべてを幸せにしたい」 「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の挑戦

彼らのブランドの裏側には、情熱だけでなく、亡き父への敬意、たくさんの出会い、そして生産者の苦労や力強い人生が織り混ざった深いストーリーが存在していた。

もし机上で「これから何をやるべきか」と悩んでいるのなら、彼らのようにまずは行動を起こしてみるといい。行動を起こせば、必ず出会いがある。コミュニケーションを大切にすることで信頼がうまれ、ビジネスのチャンスへとつながっていく。

この本は、現状にくすぶるビジネスパーソンに向けた、生き方の指南書にもなるだろう。読み終えたいま、気づけばすっかり「ザ・イノウエ・ブラザーズ」のファンになっている。

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要約者レビュー

異国の地デンマークで外国人として育った井上聡・清史兄弟。2人は2004年、「ザ・イノウエ・ブラザーズ」というアートスタジオを立ち上げた。ファッション業界にいながら大量生産・大量消費社会に反旗を翻し、利益よりも社会貢献を追求。妥協しないものづくりを志向しながらも、生産から売り場まで、関わる人すべてに敬意を払う。そして貧困や環境問題を引き起こすこれまでのやりかたに全力で抵抗し、世界一のファッションブランドを目指す。そんな彼らの情熱は、一体どこからくるのだろうか。

本書では井上兄弟の生い立ちや考え方が赤裸々に綴られる。2人の情熱の原点となったのは、幼少時代に経験した差別や不条理、そして本当の正義について教えてくれた亡き父への思いだった。

また2人の考え方の指針となったガンディーやモハメド・アリらの言葉が、本書では何度も引用される。偉大な先人たちの言葉は短いながらも、兄弟の強い覚悟を表すのに十分な力強さをもつ。

信念にあふれながらも楽しんで仕事をする井上兄弟の生き方は、同じ時代を生きる私たちにとっても輝いて映るはずだ。もし社会に対して少しでも違和感をもっているなら、ぜひ本書を手に取ってみてほしい。「気持ちさえあれば、どんなやり方であってもチャレンジできる」という2人の信念は、きっとあなたの心を奮い立たせてくれるにちがいない。


本書の要点

── 要点1 ──
「ザ・イノウエ・ブラザーズ」は、利益追求や事業拡大ではなく、社会貢献を主軸としたファッションブランドである。「スタイルは大量生産できない」を合言葉に、より高品質なものづくりを通して生産地に利益を還元している。

── 要点2 ──
「大量消費社会というやり方しかない」という思い込みを取り払い、世の中に新たな仕組みを提示することが井上兄弟のミッションだ。

── 要点3 ──
つくる人から着る人まで、すべての人が幸せになれるものが本当のラグジュアリーである。


ザ・イノウエ・ブラザーズの誕生

Photo:"Avon Vally Country Park" by Lee(CC BY-NC-ND 2.0)

ソーシャル・デザインへの関心

人間のもつ創造力で社会課題を解決しようとする取り組みを「ソーシャル・デザイン」と呼ぶ。このアイデアに触発された兄・聡と弟・清史は、亡き父の教えをもとに、アートスタジオ「ザ・イノウエ・ブラザーズ」を設立した。

ただし最終的な目標は明確だったものの、当初は会社の方向性がなかなか定まらなかった。そんな2人を見て、古くからの友人であるオスカ・イェンスィーニュスが、ボリビアのアルパカを用いたビジネスはどうかと提案。これがその後の2人の行く先を大きく決定づけるものとなった。

2007年にオスカの案内でボリビア視察に飛んだ聡は、土産物として売られるアルパカセーターが本来の価値を伝えきれていない様子を見て、ビジネスの可能性を感じるようになる。なによりデンマークで外国人として育った聡は、いままさに貧富の差を超えようと改革しているボリビアという国に強く惹かれた。

現地で試作したセーターを携え、聡はパリで小さな発表会を開いた。結果は散々だ。だが来てくれたバイヤーは、「ザ・イノウエ・ブラザーズ」のコンセプトに強く賛同してくれた。聡はものづくりに妥協することなく、世界一のアルパカセーターをつくろうと心に誓った。

アンデス地方で幸せを学ぶ

オスカはNGOとして、アンデス地方の貧困問題に関わっていた。そのときの経験から、貧困問題を根本的に解決するには、期間が限られるボランティアだと限界があると感じていた。だからこそビジネスの力で課題を解決しようとする井上兄弟を、ボリビアへと案内したのだ。

あらためてボリビアを訪れた井上兄弟とオスカは、首都郊外にあるアルパカ製品工房や、アルパカを飼育する牧畜民たちのもとを訪れた。ボリビアの労働者は過酷な環境に置かれており、将来の展望が描けないままだ。その一方で伝統を守りながら、貧しくとも力強く生活している。物質的な豊かさや経済成長のみが幸せではなく、それぞれの土地に固有の文化があり、すばらしい生き方がある。清史は彼らとのビジネスを通じて、自分たちが忘れていた"生きる力"のヒントを見出した。

2人にはそれまでファッション業界での経験がなかったし、失敗続きや資金不足で言い争うことも多かった。そんな中にあっても、話し合うことをやめない。信じているものや正しいと思うものの根本が同じだからこそ、片方が道を逸れても、もう一方が軌道修正をして前に進んだ。

世界一へのプレッシャー

井上兄弟の父親はスタジオグラス作家として、ガラス作品で世界一の芸術家をめざしながら、44歳という若さで他界した。当時15歳だった聡は、父の遺志を引き継ぐこと、世界一であることに強くこだわるようになる。

だからこそ売り上げが伸び悩んでいた時期は、その焦りから他人につらく当たることも多かった。聡のプレッシャーを緩和するため、当初は資金面での協力に注力していた清史も、やがて活動そのものに深く関わるようになる。

"Style can't be mass-produced...(スタイルは大量生産できない)"というコンセプトを貫きながらも、売り上げは伸ばさなければいけない。2人の困難な挑戦は続いた。


【必読ポイント!】 いかにして井上兄弟は生まれたか

『僕たちはファッションの力で世界を変える』(PHP) たとえ喧嘩になっても、ブランドのことは必ず2人で決める。仕事をするうえで大切なのはみんなを幸せにすること、そう教えてくれた亡き父に誇れる仕事がしたいという強い思いが、彼らを同じ方向へと導いている。

デンマークへの反発心

2人が大量生産や大量消費をよしとする社会に抵抗を覚えるのは、その生い立ちが関係している。

白人社会のデンマークで、2人は日系2世として育った。幼稚園時代からいじめや差別を経験したうえ、父親が若くして亡くなったことで家計的にも苦しんだ。だが苦肉の策として、清史が学校の授業でみずから着る服をつくっていると、その服が評判を呼んだ。

こうして2人は徐々にデンマーク人社会に溶けこんでゆく。修学旅行費用を工面するため、2人でつくった服を学校のイベント用に販売したことが、「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の原体験だ。

だがいじめや不条理に対する悲しみや苦しみは、その後も残りつづけた。1993年に考えられた"ジャンテ・ロウ"というコンセプトがある。これは平等を唱えるデンマーク人の人権意識をあらわしたものだ。だが白人至上主義に直面してきた2人にとって、それはまるで理解できないものであった。

「偽りの平等より一人ひとりの個性を尊重する社会に」という思いが、いまも2人を突き動かしている。

社会システムをつくり直す

大量生産・大量消費社会では、常に消費をするように急き立てられる。だが休みもなく必死に働き、物質的な豊かさを得ようとしても、本当の幸せは得られない。

そうした従来の社会システムとは逆の方法でもビジネスは成立するということを、2人は証明したいと考えている。「大量消費社会というやり方しかない」という思いこみを変えることが、彼らの強い願いなのだ。

2人の属するファッション業界は、地球環境に負の影響を与えており、課題も多い。だが矛盾を抱えながらもファッションにこだわるのは、人種や国籍を超えて人の心を動かすファッションに可能性を感じているからである。自己矛盾を超え、いまだ解決されていない難題に取り組むというやりがいが、そこにはあるのだ。


ビジネス拡大の転機

Photo:"2016FallTohoku_Ep1-2" by Scott Lin (CC BY-NC-ND 2.0)

チャリティではなくビジネス

より質の高い製品を求めて、2人は生産の主な拠点をボリビアからペルーへと移した。ボリビアの一部と取引がなくなることには心を痛めた。だが"チャリティではなくビジネス"という意識をもたなければ、社会貢献というスキームは回らない。

またこの機会に役割分担を明確にしようと、会社の法人登記をデンマークからロンドンへ移行。会社の運営は清史が担うことになった。

運命の人との出会い

経営の舵取り役となった清史の主導で、「ザ・イノウエ・ブラザーズ」は品質の高い、より売れるものづくりをめざした。このときペルーの取引先からの紹介で、高品質なアルパカ繊維を研究しているパコマルカ研究所のアロンゾ・ブルゴスさんに出会う。2人が後に師と仰ぐことになる人物だ。

アロンゾさんにとっても、井上兄弟との出会いは大きなチャンスだった。リーマンショック以降、それまで運営資金を頼っていた紡績会社からの支援が減り、研究所は経営難に陥っていた。しかも牧畜民の生活向上という研究所の目的は、井上兄弟とも共通している。

こうして世界一のアルパカ・コレクションをめざし、強固なパートナーシップが結ばれた。

日本での展開

パコマルカ研究所を訪れた翌月、日本では東日本大震災が発生。東北にある工場の多くも被災し、大企業からの注文がキャンセルされていた。

焦燥感にかられた2人は、遠くヨーロッパから福島の縫製工場を訪れた。生産もままならない状況だったが、「白いTシャツなら」と引き受けてくれた。白いTシャツから始まったこのプロジェクトは、"Made in Tohoku Collection"として、工場が従来の状態に戻るまで継続する予定だ。

またパリで発表した「ザ・イノウエ・ブラザーズ」のニット製品が、日本の大手小売業者の目に留まり、大量発注へとつながったのもこの頃である。アプローチする対象を限定することに可能性を感じた2人は、東北のプロジェクトで来日する機会を利用しつつ、日本での販売を強化していった。

周囲を巻き込みながら思いを遂行する

日本のマーケット調査でわかったのは、世界中から一流品を集めてくる日本人バイヤーの審美眼のすごさだ。「売れる」ものに対してシビアな彼らに学べば、もっと成長できると2人は確信した。

さらにこの年のパリの展示会では、日本の有力地方店舗のオーナーたちとも知り合うことができた。規模の拡大をめざさず、大量生産や安売りをしないという彼らの価値観は、井上兄弟とも共通している。

少数の理解者との深く親密なつながりができたことで、それまでたった2つだった日本での取引先は、展示会のあと13に増えていた。


「ニュー・ラグジュアリー」という概念

ザ・イノウエ・ブラザーズのブランド紹介ムービー。広告や宣伝はせず、ムービーの制作に力を入れている。WWD JAPAN 「ザ・イノウエ・ブラザーズ」の"世界を変えるコットン"の凄みより動画転載。

父の教え

2人は"ダイレクトトレード"をモットーとしている。中間マージンを抑え、消費者にはより安価な製品を、生産者にはより多い利益を提供する。中間業者を介在させないことで、生産過程で起こりがちな貧困問題や環境問題に配慮するというわけだ。

このとき相手の"言い値"に従うことも2人は重要視している。「まず自分たちが与えなければ手に入らない、感謝できなければ幸せになれない」という父の教えがそこには生きている。

高品質ではあるが、紛争を呼ぶような宝石はラグジュアリーとは呼べない。つくる人から着る人まで、すべての人が幸せになれるものが本当のラグジュアリーだ。こうした信念を2人は "ニュー・ラグジュアリー"と表現している。

世界一の糸の完成

アロンゾさんの尽力で、最高級ニット糸の「ロイヤルアルパカ」を超える原毛の生産にメドがたった。ただし糸にするには、研究所に出資する紡績会社の許可が必要だ。これまでは大量に生産できないという理由から、許可が下りなかった。

だが事前の根回しと井上兄弟の直接交渉によって、世界一の糸を作る重要性を訴えたところ、なんとか許可を得ることに成功。この糸は「最高の、最上の」という意味をもつsupremeを冠して、「シュプリーム・ロイヤルアルパカ」と名づけられた。

小さな変化

染色されていない、ナチュラルな黒色のセーターを2人が構想したときのことだ。黒色のアルパカは非常に少なく、製品化できる原毛がわずか50キログラムしか集まらない。しかし出資元の紡績会社は、ふたつ返事で新しい糸の開発を受け入れてくれた。

シュプリーム・ロイヤルアルパカの成功によって、紡績会社はパコマルカ研究所の評価を上げていた。また会社の幹部たちも、「複雑化した市場の変化についていかなければ取り残されてしまう」という危機感を抱き、少しずつ変わってきている。

会社から長く不遇の扱いを受けていたアロンゾさんは、「こうした会社の変化は井上兄弟の力によるものだ」と2人に感謝を述べた。

答えはひとつじゃない

井上兄弟のビジネスはいまだ道半ばだ。

彼らには「自分たちのもつ姿勢を若い世代にも広めていきたい」という野望がある。だが講演という形でノウハウを伝えることはしない。自分で問題が何かを考え、答えを見つけ出さなければ意味がないと感じているからである。やり方も十人十色であっていい。重要なのは考えつづけることなのだ。


一読のすすめ

井上兄弟の考えが直接語られている書籍は、いまのところ本書だけだ。ソーシャル・デザインとしてのファッションに関心があるのであれば、まちがいなく読むべき一冊である。

また要約では取りあげていないが、本書では昔から2人を見守っていた母・さつきの回顧録がいくつも挿入されている。「ザ・イノウエ・ブラザーズ」がいかにして生まれ、そしてこれからどこへ向かっていくのか。その手がかりを知るうえで、これ以上の資料はない。少しでも内容にご関心があるのであれば、ぜひ本書を最初から最後まで読んでいただければと願う。心を揺さぶられる読書体験となるだろう。

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