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山中伸弥 × 羽生善治『人間の未来 AIの未来』──iPS細胞と将棋の世界からみた、Human&AIの最前線 

人間は将来、AIに支配されてしまうのか。生命科学の最前線から人工知能の限界と可能性、そしてこれからの人材の育て方に至るまで、日本の二大知性が未来を予言する。

ふなっしーは、人間にしかつくれない──BNL編集部の選定理由

将来、私たちの仕事の大半をAIが担えるようになるのは周知の通りだが、「人間的な創造」をAIが行うことは、まだ難しいという。ではその「人間的な創造」とは一体どのようなものなのだろう。

本書の中で羽生善治氏(以下、羽生氏)は、創造についてこう語っている。

AIがどれだけ進化しても、ふなっしーをつくることはできないと思います。

いくら過去のヒット商品のデータを集めても、初音ミクはつくることはできても、ふなっしーのように、あんな大雑把なデザインで大人気を得られる、突然変異種のようなものを生み出すことはできないでしょう。

AIはデータにもとづいて人が好むもの、選ぶものを予測することは得意ですが、とんでもないものを好きになる、意外性を愛する人間の可能性は予測できないはずです。 それこそ人間にしかできない創造的行為だと思います。

第3章「人間は将来、AIに支配されるのでしょうか」 より抜粋

これを受けた山中伸弥氏(以下、山中氏)は、「共感」が関わっていると語る。もしAIがふなっしーを作ったら、「AIはまだまだダメだね」で終わるが、人間がつくると「お、ちょっと可愛いね」という感覚になる、と。

個々の人間が肉体を持って生活してきた背景があるからこそ意味を成す、これがまさに「人間的な創造」である。私たち人間にしかできない仕事を手に入れるためのヒントも、ここに隠されているかもしれない。

本書は、生命科学や人工知能の発展によって、人間の暮らしがどう変わるかをテーマに、山中氏と羽生氏の会話で進んでいく。全体を通してわかりやすく語られているので、普段、科学やテクノロジーについて深く関わっていない人でも、楽しく、自分の未来と重ねながら読むことができる一冊だ。

なにより、山中氏と羽生氏の人柄の良さが伝わってくるところがいい。それぞれの専門分野において頂点を極めているにも関わらず、なお学び続ける姿勢と、時代の変化をおもしろいと感じ好奇心を抱く様子が印象的だった。

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要約者レビュー

iPS細胞という世紀の大発見が世界中から注目を浴びてから、はや10年。はたしてその研究はいま、どこまで進んでいるのか。

iPS細胞を発見した山中氏と、将棋の世界で前人未到の「永世七冠」を達成した羽生氏の、きわめて刺激的な対談本がこれだ。生命科学を大きく発展させた立役者と、「汎用人工知能」への関心から多くの現場取材を行なってきた史上最強の棋士。彼らがいったい何を語るのか、それに興味をもたずにいるのはいささか難しい。

iPS細胞に関する研究の進展や生命科学の世界、人工知能の特性、ビッグデータの真価など、本書で語られる話はとにかく多岐にわたる。そしていずれも、私たちの好奇心を存分に刺激してくれる。

とくに情報化社会である現代において、新しい発想を生み出すことの難しさについて触れた箇所は「なるほど」と考えさせられる。みんなが同じような思考パターンに陥ってしまえば、ブレークスルーなど起こりようがない。そのことは2人とも当然心得ており、そうならないための大事なポイントや工夫が本書では語られている。

生命科学の世界も人工知能の精度も、これからますます飛躍的に発展していくことだろう。世の中がより便利になり、生きやすくなることはいいことだ。しかし同時に、これまで経験したことのない未知との遭遇も増えるに違いない。そのとき想定外の事態を「おもしろい」と思えるように、本書を読んでおくことを強くおすすめする。


本書の要点

── 要点1 ──
iPS細胞の研究はいま、「再生医療」と「創薬」という2つの分野で進展している。

── 要点2 ──
生命科学の世界には研究成果をリアルタイムに共有する仕組みがない。それがいま問題視されている。

── 要点3 ──
AI導入を推進する際に重要な観点となるのが、AIの答えに人間が納得できるかどうかだ。なぜならAIが答えを導き出すプロセスはブラックボックスであるうえ、判断ミスを犯す可能性もあるからである。

── 要点4──
重要なのは情報の「量」を増やすことではなく、それらを「質」に転換し、遭遇したことのない新たな局面でもうまく対応することである。


要約

iPS細胞研究の現在地

Photo: "Foam Heads" by Steve Snodgrass(CC BY-NC-ND 2.0)

受精卵とiPS細胞

マウスからiPS細胞を製作することに、世界ではじめて成功したと発表されたのが2006年。ヒトiPS細胞の製作成功が発表されたのは、その翌年のことだった。当時はまだ動物を使った基礎研究の段階だったiPS細胞の研究は、この10年間でどこまで進化したのだろうか。

まずiPS細胞についておさらいしておこう。iPS細胞とはどんな細胞にもなれる能力をもった細胞のことで、日本では「人工多能性幹細胞」と訳される。このような能力をもった細胞は基本的に体内には存在しない。それを人工的に作りだしたため、こう呼ばれている。

ただしiPS細胞のような能力をもった状態が、人間の体にたった一度だけ現れることがある。それは受精卵のときだ。200種類以上もの体の細胞は、すべて受精卵からできている。受精卵は「多能性幹細胞」であり、「万能細胞」とも呼ばれている。

山中氏らは、大人の皮膚の細胞や血液の細胞に手を加えることで、受精卵の状態に戻すことに成功した。それがiPS細胞である。

進化するiPS細胞の研究

京都大学iPS細胞研究所「サイラ」(CiRA)では、iPS細胞を医療の分野に応用することを目的に研究を進めている。大きくは「再生医療」と「創薬」という2つの分野に分かれる。

「再生医療」分野では、iPS細胞を体のさまざまな細胞に分化させ、患者に移植することをめざす。「創薬」の分野では、患者の細胞からiPS細胞を作り、そこに病態を再現させることで病気のメカニズムを解明。薬の開発に役立てる。

こうした臨床応用の研究は、人間への応用にあと一歩という段階にまでさしかかっている。2014年に理化学研究所のチームが、iPS細胞から作った網膜の細胞を、加齢黄斑変性の患者に移植する手術を成功させた。これは世界ではじめてのことだ。

また2013年にも、横浜市立大学のグループが、iPS細胞から"ミニ肝臓"を作ることに世界ではじめて成功している。"ミニ肝臓"というのは、肝臓のいわゆる「芽」のことだ。これを患者に移植して、患者自身に臓器まで育ててもらうというアプローチである。

さらに動物の体内で人間の臓器を作る「キメラ技術」の研究も進んでいる。この研究には、臓器提供者不足が深刻な臓器移植の現場から、大きな期待が寄せられている。


世の中をよりよくするデータの使い方

Photo: "Paper and typewriter_L" by Jason Truscott(CC BY-NC-ND 2.0)

オープンソースで進化する将棋ソフト

将棋ソフトの進化は、チェスや囲碁とは異なっているという。チェスや囲碁はグーグルなどの大企業が参入し、ハードとデータ量を重視して開発が進んできた。その一方で、将棋ソフトの世界には巨大資本が入ってこなかった。というのも将棋ソフトがあまりにも強すぎて誰も買わなくなり、マーケットがなくなったからだ。

利害関係が消滅した将棋ソフトは、そのほとんどがオープンソースとなり、誰でも自由に分析や研究ができる環境が整った。ソフト開発の共有ウェブサービス「ギットハブ」(GitHub)で、多くの人が寄ってたかってバグや修正ポイントを次から次へと共有。こうして将棋ソフトの開発レベルは飛躍的に伸びた。

生命科学の知見共有を阻むもの

オープンソースをベースに進化してきた将棋ソフトとは逆に、生命科学の世界では論文発表まで研究内容をひた隠しにする。

論文を発表する際は、まず『ネイチャー』や『サイエンス』というジャーナル編集部に自分の論文を送付し、匿名の研究者数人に「ピアレビュー」(査読)をしてもらう。もっとも多いのが、この時点で低評価を受け、論文発表を拒否されるケースだ。そうでなくとも修正や改善、追加実験の必要性を指摘され、1、2年かけて対応することもしばしばである。このように生命科学の世界では、研究成果がリアルタイムで世間に公表されることはめったにない。

一方で物理学や数学の分野では、以前からリアルタイムで発表されるようになっている。論文発表はあくまで付け足しにすぎない。リアルタイムで評価できるため、間違いがあっても誰かが指摘してくれる。もちろん重複して研究するようなこともない。

近年は生命科学の世界でも、ビッグデータを共有し、リアルタイムに成果発表できる仕組みが必要だと考える人が増えている。


将棋とAI

Photo: "shogi" by André Ferreira(CC BY-NC-ND 2.0)

一貫性という美意識と可能性の幅

人間には継続性や一貫性、いわゆる「流れ」を感じる能力がある。そしてそこに安心や安定を感じる。そのため人間の棋士の場合、指し手の美しさや形によっては、有効な選択肢のひとつであっても、あえてそれを選ばないことがある。

一方でAIには、まだ人間の思考のような時系列処理はできない。「流れ」を読めないため、一手ずつリセットして考えている。だからコンピュータによる棋譜には不自然さが残る。つまり人間の美意識からすると、美しくないのだ。

しかしそれは逆にいうと、より多くの選択肢をもっているということでもある。だからこそAIは過去の指し手など関係なく、これまで誰も指さなかったような新手を指してくるのである。

人間は未知の出来事に、不安や危機感を感じてしまう。それはもしかすると人間が生き延びるために身につけた本能なのかもしれない。かたやAIには恐怖など感じるすべもないのだから、単に膨大なデータ量から最適解を導くだけのことである。人間が絶対に選択しない危険な指し手もいとわない。

AIの考え方を人間がならうようになれば、人間の可能性はもしかするともっと広がるのかもしれない。

AI導入のポイント

AIを導入する際に重要なこと、それはAIが導き出した答えに、人間が十分納得できるかどうかだと羽生氏はいう。なぜならAIが答えを出すまでのプロセスは、ブラックボックスに包まれているからだ。何十層もの膨大なプロセスのなかで、なにがどうなってうまくいったのかは、開発者ですらまったくわからないそうである。

また「AIは判断ミスをしない」と思っている人は多いが、じつはそうとも限らない。AIは単に正しい確率、あるいは成果が出る確率がもっとも高いことを実行しているにすぎない。万が一AIがミスをしたとき、なぜ失敗したのか、その原因や理由をきちんと説明できるかどうかもカギとなる。

このことは医療現場を例にとるとわかりやすい。少なからず判断ミスをする可能性のあるAIが、理由はわからないが最適な治療法を導きだしたとする。医師から「AIがそういっているから」とだけ聞かされて、あなたは自分の命を預ける気になるだろうか。

将棋の世界でも同じだ。AIが生み出した新手が受け入れられるかどうかは、そのプロセスが解明され、納得できるかどうかにかかっている。


【必読ポイント!】 情報化社会における思考法

棋士の思考法

将棋において、ひとつの局面の選択肢は平均すると80通りほどある。そのためまずは「直感」で、これだと思う2、3手に絞りこむ。ただし直感といっても、単なる当てずっぽうではない。それまで積み重ねてきた経験や学習が下地となり、そこから閃いたもの、それが直感だ。

次に先の展開を、頭のなかでシミュレーションする。いわゆる「読み」というやつだ。論理的にひとつずつ考えると、一手につき3通りずつだとしても、十手先だと3の10乗で約6万通りになってしまう。仮にそれが可能だったとしても、現実には自分が予測していなかった手を指されると、結局は最初から考えるはめになる。そのため対局中は、常に手探りで進んでいくしかない。

最後に使うのが「大局観」だ。どの駒を動かすかという具体的な手ではなく、対局全体の流れをとらえて戦略を立てる。守りに徹するという方向性を決めれば、それを実現する選択肢のみに集中でき、思考のムダを省ける。

独創的なアイデアをもたらす方法

Photo: "Vivid Elephant" by skagitrenee(CC BY-NC-ND 2.0)

将棋でも研究でもそうだが、「いいアイデアを思いついた!」と思っても、たいてい他の人に先を越されているものだ。いまはインターネットを通じて、簡単に情報が手に入る時代だし、リアルタイムで情報共有することもたやすい。そういう環境のもとでは、人と違うことや人がやっていないことをするのがとても難しくなる。

山中氏によると、人と違う独創的なアイデアをもたらすものは、次の3つのパターンしかないという。

1つ目はアインシュタインのような天才タイプであること。これに該当する人は少ないだろうから、実質的なパターンは2つということになる。

2つ目は、とりあえず思いついたことを実験で試してみて、思わぬ結果が出たときだ。自然はまだまだ解明されていないことが多いため、予想外のことが起こる。大切なのはそのとき「おもしろい」と思えるかどうかだ。興味と疑問をもち、なぜそれが起こったのかを突き詰めていく。すると誰も思いつかなかったところにたどり着けるかもしれない。

3つ目は、「実現できたらいいが、そんなことはムリに違いない」と誰もがあきらめているものにチャレンジすることだ。 山中氏によると、いちばん大切なのは2つ目であり、ほとんどの研究はこのパターンだった。唯一iPS細胞だけが、3つ目に該当するという。

「量」を「質」に転換せよ

年齢を重ねると知識や経験が積み重なり、物事がよく見えるようになる。するとそこそこの方法がわかるようになるため、あえてリスクを犯すことをしなくなる。無知であるほうが、新しいことにはむしろ挑戦しやすいといえる。

また情報が増えると、先入観や固定観念が生まれてしまう危険性もある。それを打ち破り、自由に思考することは容易ではない。思考が固定化するのを防ぐには、答えのない問題や場面を積極的に経験するべきだ。

将棋にも、はっきりした答えがある局面とそうでない局面があると羽生氏はいう。重要なのは、知識や過去の経験が役に立たない新しい局面において、速やかに対応できるかどうかである。羽生氏は普段から、いつもと違った行動を取るよう心がけている。ある目的地へ行くのに、わざと普段と違うルートを通ったり、行ったことのない場所に行ってみたりしているのもそのためだ。

情報の「量」をただ増やすだけではなく、それらを「質」に転換できるかどうか。これからの人に意識してほしい、大きなテーマである。


一読のすすめ

要約では主にiPS細胞や人工知能の話を取りあげた。本書では他にも、アメリカ人と日本人の思考パターンの違いや不老不死の可能性、バーチャルリアリティの行方など、さまざまなトピックが登場する。

また本当に充実した人生を送るためのヒントも、本書にはふんだんに盛り込まれている。なかでも「一度これと決めた道を変えたっていい。おもしろいと思うことを自由にやればいいじゃないか」というメッセージは、きっと私たちの背中を押してくれるに違いない。珠玉の一冊である。

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