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あなたの仕事に、愛と尊敬はありますか? 原野守弘が行き着いた、人の心を揺さぶる根本原理

BNLは、働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」で、Eightのプロモーション動画を手がけたクリエイティブディレクター・原野守弘をメインゲストに迎えてトークイベントを開催した。次々と話題作を生むクリエイターが「愛と尊敬」をテーマに語った、注目の講演をリポート。

世界的な広告賞の常連である原野守弘は先日のBNLのインタビューで、「広告とは見る人の感性を信じて、愛と尊敬でつながるためにコミュニケーションすることである」と語った。

仕事をする上で「愛と尊敬が大切である」と言われれば、「それはその通りだ」と多くの人が答えるだろう。あるいは「その通りだ」と思いつつも「愛と尊敬」以外のもの、例えば数値目標の達成が優先される日々に、忸怩たる思いを抱いている人もいるかもしれない。

しかし原野が「愛と尊敬」という言葉で意味するところは、このようにして多くの人が使う場合とは少々異なるのだという。原野が広告の原理だとまでいう「愛と尊敬」とは、いったいどのようなことを指すのだろうか。

BNLは、11月に開催された働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」内のひと枠を借りて、昨年に続いてトークイベントを開催した。「あなたの仕事に、愛と尊敬はありますか?」と題して、再び原野の仕事哲学に迫った当日の模様をダイジェストでお届けする。

映画『2001年宇宙の旅』で、猿が道具を発明するシーンを紹介。「愛と尊敬」の原理は、人類にプログラムされていると説く。

人類を人類たらしめた2つの要素

映画『2001年宇宙の旅』の冒頭に、2つの猿の集団が水飲み場をめぐって争うシーンがある。この時、片方の集団のリーダーが武器として用いた骨は宇宙へと舞い上がり、やがて宇宙船に姿を変える。「人類の進化を2秒で描いた」と言われるこのシーンはあまりに有名だ。

ここで監督のスタンリー・キューブリックが伝えたかったメッセージは何かと聞かれたら、おそらく多くの人は「道具を使い始めたことにより、人間は人間になった」というようなことを答えるのではないだろうか。だが、原野の見方は少し違うのだという。

「あそこに映っているもので何が一番重要かと考えたら、それはそれぞれが集団になっていることだと思ったんです。1対1ではなく、集団と集団が争っている。なおかつ、その集団にはリーダーがいるんですよ。集団のメンバーは後ろで見ているだけで、出ていったリーダーの優劣で勝ち負けが決まり、負けた集団は水が飲めなくなってしまう。その結果、負けた方の猿の子孫はおそらくいないんですよね、餓死して。つまり何が言いたいかというと、人間ってジャングル最弱の動物じゃないですか。ライオンと戦っても絶対に勝てないし、鹿が食べたくても走っても追いつけない。その中でどうにか生き残れた人たちは集団を作って狩りをした。人類はそういう人たちの生き残りなんですよ。そもそも集団を作れなかったら、なおかつ優れたリーダーを選べなかったら、もうこの世に存在していないってことなんです」

集団を作ること、そしてその中から優れたリーダーを選ぶことができたからこそ、人類は人類として今日まで生き延びることができた。では、そうやって人類を人類たらしめた集団とリーダーはどのようにして生まれたのか。その原理が「愛と尊敬」であると原野は続ける。

愛と尊敬を抱くと付いていってしまう。人間はそうプログラムをされているんです。

「愛っていうのは要するに同じものが好きってことです。本来、人間は多様なものだから、好きになるものはバラバラなんですよ。ところが、何%かの確率で稀にシンクロすることがあって、そうするとそれが集団になるんです。ただ、集団ができてもリーダーがしょぼいと生き残れない。生き残れた集団っていうのはリーダーを決めるプログラムも優れていたんですね。では、そのリーダーは何で決まっているかっていうと、それがこの尊敬って感情なんじゃないかなと。多くの場合それは、勇敢さとか、大胆さとか、シンプリシティとか一貫性っていうものに表れるんですけど。だから簡単に言っちゃえば、愛と尊敬を抱くとその人についていってしまうという、そういう風にプログラムをされた動物だというのが、僕の人間観なんですよ」

イギリスの広告代理店サーチ・アンド・サーチのCEO、ケヴィン・ロバーツが提唱する「Lovemarks」モデルを紹介。左上の尊敬されるブランドは多い。そこから、右上の愛されるブランドに育てていくことが広告の醍醐味だと説く。

意思決定するのは人ではなく「脳」

広告というものの目的が多くの人をある方向の意思決定に促すことであるとするのなら、この「愛と尊敬」こそが広告の原理であるというのはよくわかる話なのではないだろうか。

自らを「筋金入りの原理主義者」だと語る原野は、34歳という比較的遅い年齢でクリエイティブの世界に入ったこともあり、そこに自分の居場所を作るために徹底して広告の原理を追求した。古今東西の優れた広告作品を「ディープラーニング」し、一方では心理学や哲学、脳科学の本を貪り読み、紆余曲折と試行錯誤を経て行き着いたのが、この「愛と尊敬」の原理なのだという。

これだけの実績をもつ原野が言うだけでも十分に説得力のある話に聞こえるが、実は同じことを自分よりも前に言っている人物がいたと原野は告白する。ひとりは、イギリスの広告代理店サーチ・アンド・サーチのCEO、ケヴィン・ロバーツである。

ブランドはいかに愛されるか、尊敬されるかに注力すべき。

彼が示した「Lovemarks」モデルは、ブランドというものを「愛」と「尊敬」の有無により四つに分類する。もちろん「愛」と「尊敬」の両方を獲得しているのが最も良くて、ここに当てはまるアップルやナイキといったスーパーブランドを「Lovemarks」と呼んだ。一方、世の多くのブランドは尊敬されてはいても、愛されていない。あるいは尊敬すらもされていないこともある。だからそうした多くのブランドがやるべきはただひとつ、いかに愛されるか、尊敬されるかに注力することである。それがすなわち広告の仕事というわけだ。

原野がもうひとつ取り上げたのは、TEDxのスピーチで有名なイギリスのコンサルタント、サイモン・シネックが説く「The Golden Circle」という理論だ。

TEDで過去最も人気のトーク25にランクインしている有名な動画だが、「脳の三層構造に対応している」という部分に注目する原野の視点は新鮮だ。

シネックによれば、優れたリーダーや組織には共通するモノの考え方や行動の仕方がある。それは一般の人のやり方とは正反対だという。多くの人や企業はWhat(例えば自社の製品のどこが優れているか、など)を伝えるのに躍起で、Whyを伝えない。しかし、人の心を動かし意思決定を促すのに本来一番重要なのは、サークルの中心にあるWhyであって、HowやWhatはそれに付随して決まるものに過ぎない。アップルに熱狂的ファンが多いのはシンプルにWhyを伝えているためであるとシネックは語る。

しかし、シネックのスピーチが重要なのはその先だと原野は強調する。

シネックによると、脳の構造はこのゴールデンサークルに対応した三層構造になっていて、WhyやHowは大脳辺縁系という古い脳に、Whatは大脳新皮質という新しい脳に、それぞれ対応しているという。大脳辺縁系は動物的な本能に近い感情を、大脳新皮質は人間的な理性を司るといわれる。つまり、人がWhyに心を動かされるというのは、それが動物的な本能を司る大脳辺縁系を刺激するから、というのがシネックの主張だ。

みんなが気持ちいいと思うWhyを作れば、結果的に愛と尊敬で集団を作り、リードしていくことになる。

「人間の意思決定っていうのは、各人が自分で決めているようで、実際には自分の脳が決めています。だから人を動かしたいと思ったら、その脳が反応する方向にピンを刺さないと泣けないし、すごいなという風にはならないんです。彼(シネック)が言っていることを僕なりに解釈すれば、美しいWhyというのは、アップルの『Think Different.』のCMの例を見ても、みんながそれを聞いて『確かにその通りだ』という風に思うという意味ではそれは愛であるし、一方では一般に言われているのとは真逆の、大胆さを持ったメッセージという意味では尊敬であるともいえる。そうやってみんなが気持ちいいと思うWhyを作ることが、結果的に愛と尊敬で集団を作り、リードしていくことになるのではないかと思っています」

人間は「愛と尊敬」を抱くと「追従してしまう」ようにできている。これを利用しているのが、広告とエンターテイメントビジネスだという。

「愛と尊敬」の活かし方

では、原野の言うように人を突き動かす原理が「愛と尊敬」にあるとして、実際の広告を作る際にこの原理をどのように活かせばいいのか。原野の回答は明快だ。

「クリエイティブの表現を作るとか、デザインをするとか、そういうものづくりみたいなことをする際には、自分が愛と尊敬を抱いたものに、何かを加えて、その愛と尊敬を作ってきた人類の歴史にお返しするみたいなスタンスで作ると、結構いいものができるんです」

人を突き動かす原理が「愛と尊敬」にあるとするのなら、過去に人の心を動かしてきた名作には、すでに「愛と尊敬」が備わっているはずである。一方で、何かを創作する際にまったく何もないところから発想するということはありえない。であれば、モノの作り手たる自分自身が「愛と尊敬」を抱き、心を動かされたモノからエッセンスを借りない手はないだろうと原野は言う。

原野の代表作のひとつに、アメリカのロックバンドOK Goのミュージックビデオがある。「I Won't Let You Down」という曲のビデオは世界で3600万回以上再生され、大きな反響を呼んだ。

ドローンで撮影した万華鏡のような演出は、尊敬する振付師・映画監督バズビー・バークレーの作品を参照している。

「このムービーは全てワンカット映像で撮影しているので、途中で失敗したら最初からやり直し。その『どれだけ大変なんだ!』っていうところに共感する人が多かったから、これだけ反響があったんじゃないかと思うんです。最初にOK Goから頼まれた時に、僕の中にはこういうものを作ればきっといいだろうということが直感としてあったんですが、実はこれには元ネタがあります。バズビー・バークレーという人の映像がそれで、みんなでこれを見て、同じことを現代的にやったらいいのではないかという話になった。要するに『愛と尊敬』というか、『これすごいな、こういうのを作ってみたいな』というクリエイティブとしての気持ちがあったんですね」

原野は「自分が『愛と尊敬』を抱くものであれば、おそらく見ている人の8割くらいは同じように『愛と尊敬』を抱くはずと信じて作っている」と言う。信じた通りにうまくいくかどうかは作り手としての審美眼が試されることになるのだが、いずれにせよ、原野が企画においても「愛と尊敬が重要」というのはそういうことのようだ。

なおかつここで重要なのは、自分が「愛と尊敬」を抱いたアイデアをそのまま拝借するということではもちろんなくて、そこに何かを加えて、そのことによって何か新しい価値を生み出し、人類の歴史にお返しするというスタンスがあることだと原野は続ける。作り手であっても受け手であっても、それぞれひとつの個体であると同時に、時空を超えて種として一体であるとイメージするとうまくいくという。

人類の歴史を豊かにしていると感じられるものに仕上げることができれば、アイデアを盗んでも炎上はしない。

「ピカソが『すぐれたアーティストは真似をする。偉大なアーティストは盗む』と言った時の『盗む』というところに行くためには、バズビー・バークレーがやっていなかったことで、いまこの21世紀じゃないとできないことは何かと考えなければならない。そのことによって天国にいるバズビー・バークレーに初めて報告できるみたいなことかなと思っていて。それでドローンを使うことに決めたんです。ドローンを使うことで難易度はすごく上がるんですけど、自由度も上がる。バークレーの時代は、素晴らしいカットなんですけども、カメラは固定で動かせないんですよね。このカメラの動いたものを作ったら、それはすごくいいんじゃないかっていう風に考えて」

世の中にはいわゆる炎上する広告とそうでない広告があるが、その大きな違いもここにあるのではないかと原野は言う。

「いままでにいろんなものを作ってきた詩人とか音楽家とか、そういうのを借りて広告を作るわけじゃないですか。炎上するようなものって、その最後のところでどこかチャラいというか、資産を窃盗したようになっている。そういうものには、やっぱり見ている人も怒るんですよね。でも、そこにその作品にしかない何か新しいものがあって、これで人類の歴史が豊かになっているみたいなものに到達していると、人はあまり怒らないんじゃないかな」

ほかにも「愛と尊敬」を込めた作品としてEightの動画を紹介し、このアイデアを考えた時に参照した2つの作品について語った。詳しくは8月に公開したBNLのインタビューでも紹介している。

ちなみに原野は「この原理を利用して成立しているのが広告というビジネスと、もうひとつあるとすればそれはエンターテインメントビジネス、例えばロックバンドとか映画監督とか」と話しており、「愛と尊敬」があらゆるビジネスの根本原理であるとまでは言っていない。

しかし、「愛と尊敬」が人間の脳に直接働きかけて意思決定を促す原理であるとすれば、それがあらゆるビジネスにおいて重要であるというのは間違いないことのように思える。セッションタイトルが「あなたの仕事に、愛と尊敬はありますか?」と幅広くビジネスパーソンに呼びかけるものになっているというのは、そういうわけだろう。