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BUSINESS INSIGHTS

優れた広告は「愛と尊敬」から生まれる──クリエイティブディレクター・原野守弘、世界標準のブランディングを語る

Eightのプロモーション動画を手がけ、広告賞カンヌライオンズでブロンズライオンを受賞した原野守弘。彼のことを『広告批評』元編集長の河尻亨一は、日本の広告業界における"変人"だと称する。優れた広告は、必ず「愛と尊敬の連鎖」の中に成立していると言う彼の真意に迫る。

「見る人の感性を信じて、愛と尊敬でつながるためにコミュニーケーションをする。それが広告というものだと思うんですよね」

こう語るのは原野守弘。広告キャンペーンを手がけるだけでなく、製品開発からメディア企画、さらには経営戦略や事業計画の立案にも携わるクリエイティブディレクターだ。

原野が手がけたコンテンツは、日本だけでなく海外で高く評価されるものが多い。NTTドコモ「森の木琴」やOK Go「I Won't Let You Down」といった映像を見たことがある方もいるだろう。

間伐材を使ったケータイで、NTTドコモは森の保全に貢献していることを伝えて欲しい。そういうオリエンに対して原野は、ケータイの機能を細かく説明するのではなく、森や木を愛してる会社だということを伝えるよう心がけたという。

好きになってもらうアドバタイジング

それにしても彼が言う「愛と尊敬のための広告」とは、どういうものか? もう少し話を聞いてみよう。

広告のゴールは、ブランドに対する愛と尊敬を獲得すること。でも、その価値を軽視している人は多い

「ぼくの定義で言うと、広告というのは商品やブランドを好きになってもらうことを目的として行うもの。基本的にはそう言い切ってしまってもいいんじゃないかと。広告のゴールは、ブランドに対する愛と尊敬を獲得すること。でも、その価値を軽視している人は多い気がするんです。日本では広告と販売促進がごちゃまぜになっているケースがよく見受けられますが、ぼくは両者を厳密に区別しています。欧米ではそこの区別がはっきりしていて、広告会社はセールスプロモーションをやりません。販促は販促、PRはPRの会社がやるというふうに分業化されているんです」

原野が言う通り、欧米圏では一般的に広告のコンテンツ(表現)は、それを専門に手がけるクリエイティブ・エージェンシーが企画する。テレビや新聞といったメディアのバイイングは、それとは別のメディア・エージェンシーが行う。

一方、広告産業が独自のガラパゴス進化を遂げた日本では、いわゆる「総合広告代理店」の力がいまなお巨大で、広告に関わるありとあらゆる業務を行っている。実はこの状況は1980年代半ば以降に特に顕著になったもので、日本でもそれ以前はもう少し「ゆるやかな分業体制」も存在したのだが、広告の大型キャンペーン化と業務メニューの多様化が進む中で、スペシャルなスキルを提供する"頑固職人さんの専門店"より、なんでも一気に買えて便利な"おしゃれ百貨店"の影響力が増したという経緯もある。

それにしてもなぜ原野は「売るためのプロモーション」ではなく「好きになってもらうアドバタイジング」を強調するのだろう? そもそもの話だが「売れる」ことは広告主にとって最優先なのではないだろうか。

「売上を伸ばす販売促進はもちろん大切です。ただ、その施策に偏りすぎたり、KPI至上主義に陥ってしまうのはどうだろう? と。短期的な売上を狙ったセールスプロモーションを連打することで、商品のライフサイクルが短くなってしまうケースも多いと思うんです。消費者に飽きられ価値が低いプロダクトだと思われてしまうと価格を下げざるを得なくなり、最終的には利益率が落ちていくことにもなりかねない。そう考えると、もっと長期的な視点をもつことも大事だとぼくは思うんです」

本来、販売促進と広告は根本的に異なる性質をもつ。原野は、はっきりと違いを意識して広告を制作している。

果たして計測できるものだけでビジネスを行うことが本当に合理的なのか? そのことで生じるデメリットも考慮すべき

「アップルやナイキといった企業が代表例ですが、彼らはブランドづくりに極めて長けている。人々に愛され尊敬されるプロダクト、そしてブランドの深いストーリーを感じさせるコミュニケーションを行うことでファンを増やしていきますよね。そうすることで、ことさらに販売促進をしたり、セールをしなくとも商品が売れ続けるだけでなく、ブランドの価値を一層高めていけるわけです。こういったブランディングによる効果は、KPIのように簡単に計測可能なものではありません。ゆえに『そんなことで商品が売れるのか?』といった批判を受けることも多々あるのですが、果たして計測できるものだけでビジネスを行うことが本当に合理的なのか? そのことで生じるデメリットも考慮した上で進めないと、単なる"盲信"にもなりかねませんよね? 見えないところで大きなビジネスチャンスを失っている可能性さえあります」

この話を聞いていて「なるほど」とうなづけるものがあった。ご存知のように日本はバブル崩壊後「失われた20年」とも言われる長い景気停滞期に突入している。さまざまな経済・金融政策が実施され、一時的に回復したかのように見える局面もあるのだが、根本的には「デフレ化」という名の価値毀損の波から逃れられないでいる。

それはさまざまな複合的要因から生じるものではあるが、企業の宣伝活動という面から見ると、原野が指摘する「セールスプロモーションへの盲信」もひと役買っているのではないだろうか? そこへの過信は長い時間を経てボディブローのように効いてくるものかもしれない。つまり、商品やサービスにそそられるストーリーや未来への希望がないから、買う気が起きないのだ。人は機能や価格だけでその商品を選ぶわけではない。

かつてはグローバルブランドとしてもてはやされた日本の家電・電機メーカーの凋落ぶり。10年前には想像もしなかったことが、現に起きてしまっている。

一方、グローバルでブランディングに成功した日本企業もある。その代表格が2000年以降のユニクロだ。同社のプロダクトは高い機能性、リーズナブルな価格もさることながら、広告も圧倒的に優れていた。世界進出を本格スタートさせた2000年代半ばには、世界最大の広告クリエイティブ祭「カンヌライオンズ」のグランプリなど、名誉ある広告賞をいくつも受賞するようになっていた。

オフィスの一角には、これまで受賞した広告賞のトロフィーが数多く飾られている。

日本メーカーではないが、サムスンと言えば「安売り」というイメージもあった中、やはり世界戦略を成功させる2010年前後から同広告祭で大量受賞を果たすようになっていた。グーグル、フェイスブックもまた然り。グローバル企業はその伸び盛りのフェーズで、カンヌの賞を獲りまくる傾向があるようだ。

そういえば、10年前に筆者が原野と初めて知り合ったのも、毎年南仏カンヌ市で開催されるこのフェスティバルにおいてであった。原野は毎年のようにカンヌで受賞している日本人クリエイターのひとり。それができる日本人は決して多くはない。

この6月にも、原野がクリエイティブを手がけたEightのプロモーション動画「Eight: Business Cards」がカンヌライオンズのフィルム部門でブロンズライオンを受賞している。これは通常1対1で行う名刺交換を3人、4人、5人、さらには20人で一斉に行うとどうなるか? というチャレンジを映像化したもの。YouTubeでは170万回近く再生される動画となっている(2017年8月現在)。

2016年6月に公開したEightのプロモーション動画。今年、世界三大広告賞と呼ばれる賞のうち、2つを受賞した。(The One Show:シルバーペンシル/カンヌライオンズ:ブロンズライオン)

このコンテンツにおける「愛と尊敬」はどこにあるのだろう? 原野に制作のバックストーリーを聞いた。

「いや、ずっと前から思ってたんですよ。大企業に打ち合わせやプレゼンなどで行くとたくさん人がいて、10人くらい並んだり、円になって名刺交換していくんだけど、それって日本独特の儀式みたいなものでなんだか滑稽だなと。だったら儀式化されているものをさらに儀式化して、盆踊りみたいに名刺交換するのはどうだろうと(笑)。Sansanの社長さんのオリエンテーションを聞いてる途中で、おおまかな企画の骨格はできていましたね。Eightの機能を説明する映像を作ろうとするのではなく、誰もが感じている名刺交換そのものの不合理さを表現する映像をつくる。それを見てみんなが共感したところで、新しい解決策としてEightを提示する、という構造です。それをまじめに、徹底的に、ユーモラスに、そして、センスよくやる。じゃないと、Eightを好きになってはもらえませんから」

メイキング映像で「振付稼業air:man」が指導している様子を見ることができる。

「ただ、ぼくの仕事が評価いただけているのは、スタッフの力が大きいです。最初のアイデアはもちろん重要ですけど、最後に形になったときのレベルがもっとも重要。アイデアだけでは届きませんから。例えばEightの動画で言うと、『振付稼業air:man』にダンスの振り付けをお願いしたことが大きい。結局チーム力が大事なんです。自分で言うのもなんですけど、スタッフを見る目はあると思います」

意味に対する企て、驚きを含む正解

さらに原野はこう続けた。

「やっぱり広告はインサイトに基づいてないと。つまり『意味に対する企て』が必要なんです。例えばP&GのオリンピックCM『Thank You,Mom』。あのCMは『オリンピックの選手って世界でいちばん大変だよね』といったみんなが前提としている常識に、別の意味を加えている。『とはいえ、選手たちを子供の頃から支え続けているお母さんはもっと大変じゃない?』っていう。見る人はそこにハッとするんです」

2012年のロンドンオリンピックに向けて制作されたP&Gのコマーシャル。オリンピック選手を育てる母親をフィーチャーしている。

「別の言い方をすると、広告には『驚きを含む正解』がいるんですね。人は感情が動くとき、笑ったり泣いたりする前にまず驚くんですよ。その驚きをどう生み出すかがクリエイティブの技術なんだと思います。で、その技術を高めるためには、これまで人類が創造してきたものに対する愛と尊敬が必要なんです。それはシェークスピアだったりモーツァルトだったり、歴史上のあらゆるクリエイティブの成果ということなんですけど。例えばぼくが名刺交換を極端に滑稽にしようと思って、どういうやり方がいいだろうか? と考えたとき、まず頭に浮かんだのは『アルゴリズム体操』の元ネタとも言われるノーマン・マクラレンの『Canon』。あるいは10年前にカンヌでグランプリを獲ったユニクロの『UNIQLOCK』。自分が解決しなきゃいけないテーマの向こうに、そういった過去の名作アーカイブが垣間見えるんです。『Canon』へのリスペクト、『UNIQLOCK』へのリスペクト、そして『UNIQLOCK』の振付も手がけたair:manへのリスペクト。それらが一体となったところに新しい答えがあるわけです」

「Canon」と「UNIQLOCK」へのリスペクトから、EightのPR動画の構想は生まれたという。

「ピカソが『すぐれたアーティストは真似をする。偉大なアーティストは盗む』って言ったけど、最初に尊敬の念があるからこそ、それを盗んで"自分のもの"にまで高められるんだと思います。"新しさ"というのはそういうもので、芸術や科学はそうやって発展してきたんでしょうね。それを見た人が驚くのは、自分が目にしたものが、人間の愛と尊敬の連鎖につながる何かだと直感的に気づくからじゃないでしょうか? 元ネタの知識自体はなくとも。そうやってコミュニケーションをしていくのが広告の醍醐味だとぼくは考えています。カンヌに行くとそういった意味でのサプライズにたくさん出会えて、自分をアップデートできるのがいいですね」

リスペクトがあるから、盗んでも自分のものにできる。これは広告に限らない話ではないだろうか。

日本の広告業界における"変人"

原野は日本にはちょっと珍しいタイプのクリエイターかもしれない。「理性と感性」「ビジネスとアート」「日本と海外」といった、ある種対極とも言えるふたつの土俵の上に絶妙なバランス感覚で立つことができる人物である。

まず経営者に対してクリエイティブをビジネスの言葉で説明できる。一方で、自己表現が仕事でもあるクリエイターやスタッフたちに対して、企業のミッションが過度の負担にならないようなもっていき方もできる。クリエイティブディレクターという職種は本来そういう仕事なのだが、実際にはなかなかお目にかかれないのが現実だ。

クリエイターの中にはそのどちらかへの偏りが魅力的な人も多いが、原野は、経営者目線で広告を語っていたかと思うと、現代アーティストのような感想をふと口にしたり、かと思えば研究者的な視点からいきなり広告を分析したりする。聞いているこちらも刺激的である。

想像するにそれが彼の仕事のスタイルであり、キャラクターなのだろう。あらかじめ答えが読めてしまうような販売促進の施策が花盛りの日本の広告業界において、それ以外のアプローチで仕事を成功させている、数少ない"変人"のひとりだ。

しかし、1990年代のアップルのCM「Think Different」で描かれていたように、世の中を変えていくのは、"変人たち"なのである。

スティーブ・ジョブスも大いに気に入り、自らナレーションを担当するバージョンまで作ったという伝説のCM。そこから言葉を引用しよう。

クレイジーな人たちがいる。反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。四角い穴に丸い杭を打ち込むような人たち。物事をまるで違う目で見る人たち。彼らは規則を嫌い、彼らは現状を肯定しない。彼らの言葉に心を打たれる人もいる。反対する人も賞賛する人もけなす人もいる。しかし、彼らを無視することはだれもできない。なぜなら、彼らは物事を変えたからだ。彼らは人間を前進させた。彼らはクレイジーだと言われるが、私たちは天才だと思う。自分が世界を変えられると、本気で信じる人たちこそが、本当に世界を変えているのだから──Think different.

人と違うことを考えよう。過去の名作アーカイブからインスパイアされたり、ピカソが言うようにそれらを換骨奪胎して"盗む"ことはできるかもしれないが、その人のスタイルや人柄はだれにも真似できないし盗めない。だからこそ、仕事というもの、人間というものは面白い。

筆者、河尻亨一が案内する、今年のカンヌ受賞作品30選はこちら