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ビジネスネットワークの思想と哲学

正解を探すな。まずは苦労を語れ。経営学者・宇田川元一が説く、組織を変える「語り」の力

仕事で正解を探すのは、失敗したくないという感情が働いているため。それよりも信じられるものを見つけて、できることから実践してみて、その苦労を語ることから始めよう。苦労のないところからイノベーションは生まれない。それは、「語り」の中から生まれる。

"武器"で問題は解消できない

あるMBAの受講生に、宇田川元一は「なんでMBAを学ぶことにしたの?」と聞いてみた。

すると、「いまの上司に任せていたら会社はうまくいかない。MBAを取ったんだから、わたしの方が正しいことを証明したいんです」と返されて、とてもショックを受けたという。その学生は自分の会社を変えるための「武器(=正解)」を求めていた。それでは問題の核心には触れられないと、宇田川は指摘する。

「本当の問題は上司と自分との間でうまく接点が見つけられないこと。いろんな武器を集めても、根本的な問題の解消にはつながりません」

これは決してMBAの受講生に限った問題ではない。「成功する7つの法則」といった類いのわかりやすい"武器"を並べたビジネス書や経済誌の特集はたくさんある。そうしたコンテンツが必ずしも悪いわけではないが、読み手がその中に正解を求める心理状況はよくないという。

法則を教える「あっち側」と、自分の日常との間には大きな断絶がある

「多くの人は会社の中で困っていることに対して、なんらかの答えを探してしまうんです。いわゆるManagement Guru(経営の権威)と呼ばれる人たちの本はよく売れますし、講演会は大変人気がありますが、それによって実際に組織が変わっている実感はほとんどありません。つまり、あっち側(法則を教える側)の世界と、自分の仕事の日常とがつながらない。両者の間には大きな断絶があるように思うのです」

BNLでは、これまでビジネスネットワークを活用して活躍している人たちの話をお届けしてきた。前提として彼らの話に共通しているのは、イノベーションを生み出すには、多様なアイデアをもつ外部の人に会って話すことに価値があるというものだ。

しかし、改めて考えてみると自分の会社に戻って何かを変えられる状況でなければ、わざわざ外に出向く意欲も削がれる。そこで今回は、イノベーションを阻害する組織の問題について、経営学の視点から考えてみたい。

「正解を探すのは、失敗しないようにするためなんです」

正解を探すより、信じること

ある会社で社員のモチベーションが低いことが明らかな場合、「〇〇をすればモチベーションが上がる」という法則があるとする。いっけん普遍的な正解のように思えるかもしれないが、実際のところはひとつの参照点に過ぎないと宇田川は語る。

法則はひとつの参照点に過ぎない。いまの自分の状況とイコールであることは証明できない

「科学が基本的に目指すところは『y=ax+b』といった、なるべくシンプルな方程式・法則で世界を説明することです。ただし、個々の状況とイコールであることは証明できません」

法則が導き出された状況と、いまの自分の会社の状況がイコールであることを証明するのは難しい。自分の会社にとっての正解を探し続けることよりも、とりあえずその法則を道標に実践してみよう。そこから何か糸口が見えてくることだってあるかもしれない。そう宇田川は助言する。

信じて実践する重要性を説いているのは宇田川だけではない。彼は、ミシガン大学の教授、カール E. ワイクが1980年代の論文に記している、雪山で遭難したハンガリー軍偵察隊の生還ストーリーを例に挙げる。

それは、スイスでの軍事機動演習のときに起こったある出来事である。ハンガリー軍の小隊の若い中尉は、アルプス山脈で偵察隊を凍てついた荒野へ送り出した。その直後に雪が降りはじめた。降雪は2日間つづいた。その間、偵察隊は戻ってこなかった。中尉は、自分の部下を死に追いやったのではないかと思い悩んだ。ところが、3日目になって偵察隊は帰ってきた。隊はどこにいたのだろうか。どうやって道をみつけたのだろうか。彼らがいうには、「われわれは迷ったとわかって、もうこれで終りかと思いました。そのとき隊員の1人がポケットに地図をみつけました。おかげで冷静になれました。われわれは野営し、吹雪に耐えました。それからその地図を手がかりに帰り道をみつけだしました。それでここに着いたわけです。」中尉は、この命の恩人となった地図を手にとってじっくりとながめた。驚いたことに、その地図はアルプスの地図でなく、ピレネーの地図であった。(『戦略の代替物』カール E. ワイク)

「まずは信じるものをつくることが大事。ひとつ拠り所となるものがつくれたら、それを媒介にして、次の世界が初めて見えてくる。これはそういう話なんです」

何か面白い話を聞いたとき、それを信じて自分の仕事に取り入れてみる。その話は違う会社の「地図」かもしれないが、その地図の観点から自分の会社を見てみると、何か新しい気づきが得られるかもしれない。

「自分に許されている範囲って意外と広いんです。裁量の範囲でできることをちょっとずつやってみる。そうすると何かが起きて次に活かせる。会社の外で何かいい話を聞いたり、いい考え方を知ったりしたら、それを参照点にして仕事のやり方をちょっと変えてみる。それだけで、世界は少しだけれども確実に、変わるんです」

「メタファーはよく談話の装飾に過ぎないと思われている。しかし、その重要性ははるかに大きなものである。メタファーの使用は、考え方やものの見方なのであり、それらは我々の一般的な世界の理解の仕方に広く行き渡っている」(ガレス・モーガン)

メタファーは次のメタファーをつくる

雪山のストーリーを用いて実践の重要性を説いたワイクと同時期に、ガレス・モーガン(ヨーク大学特別研究教授)は、メタファー(隠喩)と組織分析の関係を考察した書籍『Images of Organization』を1986年に出版し、ベストセラーとなった。宇田川によると、1990年代に欧州で最も引用された文献なのだという。

「メタファーというのは言語的な活動のひとつですけれども、われわれが日常的に経験する出来事は、言語的な働きを抜きにしてはあり得ない。そうであるならば、言葉が変わることで組織も変わる。それが80年代半ばくらいから段々と明らかになってきたのです」

言葉が変わることで組織も変わる。以前は見えなかった課題や可能性が芽生えてくる

その後、ほかの研究者らによって「カウンターメタファー」の存在が提示された。あるメタファーが表現されることによって、別のメタファー(カウンターメタファー)が対応して出てくるというものだ。

例えば企業がリストラをする時には、「剪定」といったメタファーで語られることが多い。「すっきりさせる」、「枝葉を切り落とす」といったものもある。しかし、そのうち「枯れ木」や「切りすぎてしまった」といったカウンターメタファーが登場する。それは、剪定などのメタファーがなければ表現できなかったものだ。

「何か現象を起こすときには、言語的な何かを通じて語ろうとするわけです。実際に何かをやっていくと、以前は見えなかった課題や可能性が芽生えてくる。それを続けていくと、また別のものが見えてくる。どうやらこの連鎖が起きているのではないか、ということが最近の研究でわかってきたのです」

「経営学は実践の学問です。参照できることはあっても、個別の状況に対して正解を与えるものではありません。そのため、苦労することが大事だと教えてくれるのが経営学の使命だとわたしは思います」

語る、そして苦労する

法則を教える「あっち側」と、自分たちの日常の間の「断絶」を埋めるために、どのような方法をとればいいのだろうか。宇田川は、対話を促すことで組織の問題を解消に導く手法、「ナラティヴ・アプローチ」を推奨する。

「正解を探す行為は、失敗しないようにする意識が働いているものです。ある会社で成功したことを一般法則にして、自分の会社に移植しようとしている。でも会社によってコンテキストが異なるので、そう簡単に移植できるわけがないんです。当然失敗して、苦労するわけです。そのとき、なるべく失敗しないようにたくさん知識を集めても無駄が増えるだけ。まず失敗を恐れずに自分にできることからやってみる。そこに苦労があれば、その苦労を語ることから始めてはどうかと思うのです」

いい話を聞いたが、自分の会社ではどう適用すればいいかよくわからなくて困っている。そのように語ることで、自分の苦労に気づく。「苦労はあっていい」と宇田川は言う。「それをないものにしようとするから一歩も進まない。言葉にすることで、新しい言葉が見つかる。結局のところ、組織とは、そうやって語ることからしか変わることはできないのです」