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新規事業を加速させる戦術

多様なメンバーの議論を可視化する「グラフィックレコーディング」のすすめ

議論の内容を図や絵を用いてリアルタイムで一枚の紙に描き出し、記録する手法として注目される「グラフィックレコーディング」。2013年からTokyo Graphic Recorderとして活動している清水淳子が、あなたの会社の会議にも取り入れるべき理由を説く。

もしかしたらあなたも何かのトークイベントの会場で見かけたことがあるかもしれない。壁際に立って壇上の会話に耳を傾けながら、模造紙に何やら絵を描いている人たちを。

彼ら「グラフィックレコーダー」の仕事は、議論の内容を聴きながら、ひと目でわかるようなグラフィックをその場で描き出すこと。そのグラフィックは、参加者の理解促進につながり、イベント後の対話が活性化されるなどの効果がある。また参加者はグラフィックを写真に収めてSNSに上げることが多いので、その場にいなかった人にも内容を共有でき、イベントの宣伝効果にもつながる。そのような効果を求めて、最近は多くの会場で見かけるようになった。

今回取材したのは、この仕事を日本に広めた第一人者、清水淳子である。現在彼女はTokyo Graphic Recorderとして、さまざまな議論の現場に出向きグラフィックレコーディングを実践・研究している。またYahoo! JAPANで、エンジニア、デザイナー、データサイエンティストなど、多様なメンバーで構成される議論の可視化を行っている。

前回取材した早稲田大学ビジネススクールの入山章栄は、「イノベーションは、知と知の交換からしか生まれない。これは海外の経営学ではもはや常識だ。ダイバーシティも結局はイノベーションを生むための経営戦略だ」という。

だが、実際に多様な知の交換を実現すべく、さまざまな立場や専門のメンバーを集めると、それぞれの先入観が壁となって、議論は激しいぶつかり合いになることも多い。清水は、そのような多様なメンバーで構成された議論の場での衝突を解決できる手段のひとつとして、グラフィックレコードを薦める。

もっと多くの人にグラフィックレコードを日々の中で使って欲しい。そして、日本中で行われている会議を、もっと建設的な議論が行える場にしていきたい。書籍出版の背景には、そのような思いがあるという。

Graphic Recorder──議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書』(ビー・エヌ・エヌ新社)。今年の1月に出版。清水が初めてグラフィックレコーディングのノウハウを一冊にまとめた入門書。

──2013年からグラフィックレコーダーとして活動されていますが、あらためて、グラフィックレコードとは?

グラフィックレコードとは、人々の対話や議論の内容を整理して、リアルタイムでグラフィックに落とし込む表現手法です。トークイベントの壁際で大きな紙に描いているイメージが強いかもしれませんが、使用できる場はトークイベントだけではありません。音声情報をグラフィックで記録していく手法なので、生活の中のさまざまな場面で活用できます。例えば、1対1の部下の相談に乗ったり、友だちと電話で話した内容を記録するために使ったりしてもいいんです。

──会議でグラフィックレコードを使うと、どのような効果があるのでしょう?

言葉だけで整理する会議では、ときにメンバー同士の理解に齟齬が生まれることがあります。グラフィックレコーダーが入ることで、「いま何をテーマに話しているのか」や、「自分の認識は合っているのか」といった問いに対する共通認識を各メンバーが追いやすくなります。また、会議に参加できなかった人が後で見ても、議論された内容が伝わりやすくなります。

──確かに文字の議事録よりも一覧性があって、参加者は共通の認識のもとで、活発な議論が展開できそうですね。

特に参加者の意見を広く集めて、なにか新しいアイデアを生みだすことを目的にした会議では、意見の衝突を越えて、参加者同士がいい刺激を与えあう関係にたどりつく必要があります。その点、グラフィックレコードがあると、対個人ではなく、対議論としての思考に切り替えられるので効果的です。

──対議論とは?

例えば、A案とB案について議論をしているとき、上司がA案のいいところを主張して、B案の欠点ばかりを話し、ほかの社員も上司の発言に対して、反論やほかの意見を言いだしづらい雰囲気があったとします。そうした「なにを言っているか」よりも「誰が言っているか」になりがちな会議において、グラフィックによって発言そのものと発言者を切り分けて記録することで、冷静な思考を促すことができます。

このケースでは、A案のいいところとB案の欠点について記述したマトリックス型のグラフィックを描くことで、B案のいいところやA案の欠点がまだ議題にあがっていないことが判明します。このように議論の様子を構造化することで、建設的な議論へと移行できるようになります。

Yahoo! JAPANには、「黒帯制度」というものがある。その認定条件は「ある分野に突出したスキルを持っているその分野の第一人者」。清水はグラフィックレコーディングの黒帯として認定を受けて、社内外で活動している。

──うまく活用できれば、その場でなんとなく流されて決まりそうな議論の方向性を変える力も生まれるわけですね。

会議では、途中でなにか気になる点があったとしても「自分が聞き取れていないだけかも」とか、「他の人は理解していることかも」などと思ってしまい、質問や確認をしないまま進んでしまう場合があります。けれども、グラフィックで議論を可視化していくと、ボードに描かれていないことは未確認事項という共通認識が生まれるので、確認や質問の発言がしやすくなるという効果もあります。

──議論の様子をマトリックスや位置関係の図式を使って構造化するのは、初心者には意外と難しいような気がします。どういった訓練が必要ですか?

使う図式は小学校や中学校でも習うレベルのものばかりですが、会話の状況を理解して最適なものを選ぶ練習は必要です。グラフィックレコードのワークショップでは、基本は5W1Hにもとづいて会話の内容を把握し、構造化する方法を教えています。その基本的な技法をつかんだら、あとは練習を繰り返して自分なりの手法を確立することです。最初は小さな情報をあつかってグラフィックへの翻訳を練習することをすすめています。

──グラフィックレコーダーの理解度や能力によって、描かれるグラフィックに違いが現れるように感じます。

当たり前ですが、グラフィックレコーダーは機械ではないので、会話のすべての内容を正確に抜け漏れなく記録することはできません。聞き手であるレコーダーが聞き取りや、書き取りの能力やスピードに依存します。

──そうすると、ときには聞き間違いとか読み間違いされたグラフィックが描かれることはありませんか?

ときにはあるかもしれませんが、大事なのはその場で参加者にその齟齬が伝わることです。本人の発言と少し違った意図のグラフィックが描かれたときには、「ここは少し違う」と伝えることで、ほかのメンバーにとっても理解が深まるきっかけになります。逆に、レコーダーが正しく認知できなかったということは、発言者の内容が理解しにくかったり、解釈がいろいろある話題だったりします。このように、発話者が発言の内容をあらためて説明したり、聞き手がそれぞれの解釈を確認するきっかけが生まれることこそ、グラフィックレコードの収穫のひとつです。

──グラフィックレコードが、どんなに難しい議論でも解決できる万能の杖だ、と勘違いする人がいるような気もします。

たしかに、議論を可視化すれば、課題解決への可能性は高まりますが、「どんな課題でも」というのは不可能です。ちょっとした議論だったら、グラフィックレコーディングするだけでも、解決への糸口が見つかるかもしれませんが、複雑なステークホルダーが多様な問題を抱えているような議論では、単純な可視化だけでは到底解決できません。その際は、どのような課題を解決したいかを発起人と話し合い、どんな可視化が必要なのかを事前にしっかりと設計する必要があります。

多様な思考を集めることで新しいものが生まれる可能性は高まるが、衝突する可能性も高まる。グラフィックレコーダーが会議に参加することで、多様性を重んじたうえで合意形成を促す触媒になれるという。

──ほかにも、グラフィックレコードを通じて取り組んでいることはありますか?

イベントでは、ゲストの発話の記録だけでなく、会場に集まった参加者の声を集めるデザインを研究しています。例えば、最近は参加者にシールを配り、グラフィックレコードを見ながら、面白いと思ったことに「赤」を、もっと意見を聞いてみたいと思ったことに「青」を貼ってもらい、参加者の意見を可視化するような取り組みが定番になってきました。それによって、会議やイベント運営者が参加者に聞いて欲しかったことや伝えたかったことが可視化されて、その場で新たな対話が生まれるきっかけにもなります。

──会の目的によって、あつかい方を変えることができるのですね。

そうですね。どうしても大きな紙にゲストの話をまとめる、という部分に注目してしまいますが、会の目的に対してどんなグラフィックが必要なのか、あるいは、どんな風に機能させるべきか、などと考えて、議論の空間自体をデザインしていくことが、いちばん面白いところのようにも感じます。

近年、グラフィックレコードを取り入れたいと考えるイベント運営者や会議に導入したいという企業も増えてきました。けれども、「なぜ使うのか、どう使うのか」をきちんと考えて依頼するクライアントは、残念ながらまだ少ないのが現状です。そんな時は、グラフィックレコーダーと会の主催者との間で、「グラフィックレコーディングを行うことによって、どんなコミュニケーションを解決したいのか」を事前に話し合っておくと、効果的なグラフィックになると思います。

開催する会議やイベントは知識を共有するものなのか、あるいはディスカッションを促すものなのか。参加者の属性はどのような人たちか。来たときと帰るときにどのようなマインドチェンジを起こしたいのか。仮に誰かに「今日は何のためにグラフィックレコーディングをしているのか」と質問されても答えられるような意味や意義を立てておくといいでしょう。表層的なテクニックや手法に踊らされることなく、しっかりと目的を設定して、コミュニケーションプランニングをすることも、グラフィックレコーダーの大切なスキルのひとつです。

──そうした意識を持つことは、組織内のコミュニケーションの活性化にも役立ちそうですね。

日常のチームメンバーの意思疎通を助けるツールにもなります。大げさなイベントや会議でもなく、例えば、飲み会で知り合った外部の人から聞いた最先端で概念的な話があったとしましょう。これを言葉だけで伝えてもなかなか理解してはもらえませんが、グラフィックで記録して、チームメンバーに見せながら言葉で補足しながら説明すれば、わかりやすく伝えることができます。また、それがきっかけになって、さまざまなアイデアが生まれることも魅力的です。

清水は、参加した会議やイベントのグラフィックレコードをこのようにノートに記録している。

──絵がうまくない人が、いちからグラフィックレコードを習得するには、どうすれば?

よく聞かれるのですが、時間をじっくりかけて描くリアルな絵が、特別上手である必要はありません。むしろ大事なのは、ものごとを記号化して、すばやくシンプルな線で「アイコン」として描けるようになることです。これは文字と同様に、ある程度ルールがあるので、練習すれば誰でもできるようになります。

同じ文字でも、表現が「小説」と「議事録」ではまったく異なるように、グラフィックの表現にも2種類あります。会社員であれば誰もが議事録を書くことができますが、そこに小説のような表現力は求められませんよね。それと同じで、情報伝達としてのグラフィックは、技法を習得し、練習を繰り返すことで誰でも描けるようになれるものです。

だけど、表現力が問われるグラフィックと情報伝達を目的としたグラフィックの違いについて、美術大学やデザイン系の学校を出た人以外は、ほとんど教育を受けていません。グラフィックレコードは議論が構造化され可視化されることで新たな対話が生まれる、スマートな情報伝達手法のひとつです。情報伝達としてのグラフィックの可能性を、もっと追求して広めていきたいと思っています。

──今後、多くの人がグラフィックレコードを職場で活用するようになると、どのような効果が生まれると期待していますか?

グラフィックを表現ではなく、伝達手段のひとつとして扱える人がもっと世の中に増えることで、業界や職種、部署の壁を越えた多様なコミュニケーションが生まれると感じています。また難しい問題に直面した際に、思考停止して、会議の内容を理解できないまま過ごしてしまうようなことも減るのではないでしょうか。多様な価値観や知識の交換を思う存分できる社会になることを願っています。

著書のあとがきに、今回の取材でも垣間見られた彼女の根底にある思いが綴られていた。「生活の中心には様々な種類の齟齬があります。非効率で勘違いと間違いだらけの不器用なやりとり、嫌気がさすこともあるけれど、予測もコピーもできない人間同士の思考や関係性こそが、新しいものを生むための鍵だとも信じています」