メールマガジン登録フォーム

BNLの最新記事情報やイベント告知などをEメールでお届けします。
こちらの個人情報の取り扱いに同意して、「Subscribe」に進んでください。

これからのキャリア論

マインドフルネスは「人のネットワーク」で広まった──Search Inside Yourself認定講師・荻野淳也

2007年にグーグルで始まったマインドフルネス研修「Search Inside Yourself(SIY)」。日本人の中でいち早く注目し、国内でSIYを広めてきた第一人者に訊く、トレンドの舞台裏。

2007年に日本のビジネスパーソン向けに瞑想やヨガを教える事業を立ち上げた荻野淳也は、ある日、グーグルで開発されたマインドフルネス研修プログラム「Search Inside Yourself(SIY)」を広めることを目的とした組織のCEOと出会った。

その後、2013年に日本の企業へSIYの導入を支援する組織を設立し、国内でマインドフルネスの認知を広める活動を続けてきた。

Googleトレンドで「マインドフルネス」と調べると、16年6月ごろから日本で検索数が急上昇している。約10年越しの努力が、ようやく実りつつあるようだ。

過去3年間、日本で「マインドフルネス」が検索された数の推移。

なぜこのタイミングで、日本で話題になり始めたのか? そもそもアメリカではいつごろから、どのようにして発展したのか?

その舞台裏では、人と人が出会うべくして出会う、ビジネスネットワークのストーリーがあった。

日本でSIYを広める組織を立ち上げた荻野のもとに、ある日、NHKのディレクターが訪ねてきた。

──書店に行くと「マインドフルネス」をテーマにした棚ができていたり、Googleトレンドで検索したら、昨年の6月頃に急に検索数が増えていたり、最近日本で一気に注目度が上がっているように感じるのですが?

昨年6月のGoogleトレンドのスパイクは、おそらくNHKスペシャルのシリーズ「キラーストレス」でマインドフルネスが紹介された影響ですね。

2015年の5月あたりに、NHKのあるディレクターから、「マインドフルネスをNスペでやりたいので、ご協力お願いします!」と連絡がきたのです。大学の頃からバックパッカーとしてタイやビルマのお寺によく行っていたという方で、禅やマインドフルネスに関心があって、ぼくの連絡先を見つけたそうです。ただ、さすがにNスペのハードルは高いようで、企画はなかなか通らず、結局別の企画で「ストレス」をテーマにした特集の一部として紹介される形で16年6月に放送されました。

その後、例のディレクターから「サイエンスZERO」でマインドフルネスを科学的に解明する回をつくることになった、という連絡が入りまして、Nスペから2ヶ月後の8月に放送されました。凄い反響があったようで、すでに3,4回は再放送されています。サイエンスZEROで、視聴者の反響がここまで大きかった回は初めてだったそうです。

──テレビから火が点いたのですね。荻野さんは、いつ頃からマインドフルネスに注目されていたのですか?

マインドフルネスらしきものに出会ったのは、約10年前ですね。

──ちなみに『Search Inside Yourself』がアメリカで出版されたのはいつですか?

グーグルの社内で「Search Inside Yourself」という能力開発プログラムが始まったのが2007年。やがてオープンソースにしようという流れとなり、2012年に書籍が発売され、それを世界中に広めることを目的とした組織「Search Inside Yourself Leadership Institute(SIYLI)」が設立されて、SAP、フォード、フェイスブックなどの企業で、次々と導入されていきました。

──では荻野さんは、ほぼ初期の頃から注目されていたわけですね! このタイミングで日本で広まり始めているのは、どのような要因が考えられるのでしょうか。

やはりアメリカで数多くのグローバル企業が実践しているという事実は大きいと思います。あと、日本はこの半年くらいで健康経営や働き方改革といったテーマに対する注目度が高まっています。集中力アップや生産性の向上、リーダシップ、ストレス解消といった切り口で、マインドフルネスが注目され始めたという側面もあるでしょう。

コーチングの世界に身を置く人たちの間では、グーグルのSIYは有名で、みんな気になっていたという。

──ビジネスの世界におけるマインドフルネスのムーブメントは、最初グーグルから始まったという認識で正しいのでしょうか。

ほぼそう言っていいと思いますね。もちろん、さまざまな企業のエグゼクティブたちが、瞑想を個人的に実践していたという歴史は脈々とあるのですが、やはりグーグルが社内でプログラムを開発して成果を上げた影響は大きいと思います。

ただ、それ以前からマインドフルネスはアカデミックな世界でも真面目に研究されて一定の成果が出てきていたという事実もあります。例えば、スタンフォード大学のケリー・マクゴニガルはご存知ですか?

──はい、実は最近インタビューさせていただく機会があったのです。

そうなんですね。彼女が2015年に出版した最新刊『The Upside of Stress(邦訳版:スタンフォードのストレスを力に変える教科書)』は、結局マインドフルネスをベースに書かれたものなんです。スタンフォード大学薬学部の中に「CCARE(思いやりと利他主義の研究教育センター)」という機関がありまして、彼女は2009年から主幹教諭・コンサルタントとして所属しています。そこで、思いやりを養うトレーニングを科学的に研究し、9週間の研修プログラムを開発しています。

また、ハーバード大学で最も人気の講義を担当し、史上最も多くの受講者を集めた心理学博士、タル・ベン・シャハーもポジティブ心理学の文脈で、マインドフルネスを主要テーマのひとつとして扱っています。彼が出版した本もアメリカでベストセラーになりました。日本では『ハーバードの人生を変える授業』というタイトルで出版されています。

──そうした書籍がアメリカでベストセラーになっていることも、企業が導入について検討する後押しになっているはずですね。大学の研究はグーグルでSIYのプログラムが始まる前からされていたわけですか?

いちばん最初は、60〜70年代のカウンタカルチャーの時代まで遡ります。ヒッピー・ムーブメントの一潮流として禅がアメリカの文化に溶け込んでいった経緯があるのです。例えば、アメリカに渡った禅僧の鈴木俊隆が、当時カウンターカルチャーを象徴する存在だった野外音楽フェス「ウッドストック」でスピーチを行いました。そうした活動に触れて、禅に影響を受けて瞑想を実践する人たちの輪が広がっていきました。のちに彼らが世界的に有名な研究者や企業経営者として社会で活躍するようになって、瞑想の効能が脳科学的にも実証されたのです。そして「マインドフルネス」という言葉とともに、2000年以降、再び盛り上がっていきました。

──さまざまな領域で瞑想の研究が進み、論文も多く発表されてきた過程を経て、グーグルのエンジニアだったチャディ・メン・タンが社内で実践できる瞑想プログラムを開発したわけですね。

大事なことは、ぱっとグーグルが始めて急に世の中に広まったのではなく、それ以前から脈々と実践している人たちがいたという事実です。よく日本の仏教界から「アメリカのマインドフルネスというものは考えが浅い」という批判を受けるのですが、実は30年や40年、毎日瞑想を実践してきた人たちが研究を行い、その結果をもとにビジネスの世界にまで広がったのです。そのことに、もっと目を向けるべきだと思います。

カウンターカルチャーの時代から、瞑想を実践する人たちはアメリカで脈々と続いていた。

──荻野さんは、チャディ・メン・タンにお会いされたことはありますか?

はい、もう何度も。

──彼はこういう人だからSIYを開発できた、という特長は何かありますか?

メンさんは107番目のグーグルの社員で、初期の検索エンジンのアルゴリズムをつくっていた人なので、要は天才エンジニアなんです。グーグルが上場してビリオネアになって、「じゃあこれからどうしようか?」と言って、ある日ランチを食べた後にグーグルのキャンパスを散歩していたらしいんですよ。そうしたら「世界平和の礎を自分が生きている間につくりあげる」というビジョンが下りてきたのだそうです。

グーグルの創業メンバーに近いので、いろんな「人のネットワーク」が使えるわけです。EQの概念を広めたダニエル・ゴールドマンに直接コンタクトできたり、ベトナムの偉大な禅僧であるティク・ナット・ハンをオフィスに呼んで、講演をお願いしたりしていたようです。

──ビジネスネットワークを活用して、プログラムを開発したわけですね。

ほかにも、カウンターカルチャー時代に活躍した瞑想の指導者、ミラバイ・ブッシュにもコンタクトをとって、具体的なプログラム構成のアドバイスをもらっていたそうです。

本のイラストのように、人を喜ばせることが好きな性格も、次々と偉大な師が彼を支援してきた理由のひとつだ。

──彼らを惹きつける魅力は、メンさんのどういったところにあるのでしょうか?

もちろん、メンさんの世界平和というビジョンの高さに惹かれるところもありますが、もうひとつはユーモアだと思います。『JOY ON DEMAND』に挿入されているイラストを見れば伝わると思うのですが、10秒に1回くらいジョークを連発するような、とても陽気な人なんです。

この本は、NHK出版の松島倫明さんに編集いただいたものですが、ぼくは企画が持ち上がった段階から関わっていました。ただ、ぼくたちが翻訳版をプロデュースしたいとメンさんに申し出た時に「それなら、ひとつだけ条件がある!」と言われたのです。「今回はイラストをちゃんと入れてくれる出版社にしてくれ」とね(笑)。

──それが唯一の条件だったのですね(笑)。

実は1作目の『Search Inside Yourself』を出版した英治出版の時も、ぼくが出版社を見つけるところから手伝っているのですが、英治出版のご担当にいろいろと検討、考慮はいただいたのですが、合理的な判断から、最終的にイラストをすべて省いたのです。日本でターゲットとする読者には内容とイラストがそぐわないというのが彼らの見解でした。それで仕上がった本をメンさんに渡したら、「なんでイラストが入ってないんだ!」とかなり落ち込んでしまいました。その時に初めて、それほどのこだわりがあるイラストだったのかということを理解したのですが(笑)。

そのようにユニークで憎めないキャラクターだから、SIYを開発し始めた時も、ついつい助けてあげたくなるような感じで多くの人を惹きつけたのだと思います。

──荻野さんは、どのような経緯でSIYに関わることになったのでしょうか。

スタートアップ企業で働いていて心身共に疲弊していた頃、ある日、友人に誘われてヨガを体験して魅了されたのです。結局そのヨガスタジオに転職することになり、その後2007年末に独立して、同僚のヨガインストラクターとともに、ビジネスパーソン向けに瞑想やヨガを教える事業を立ち上げました。

でも、当初はなかなか思うようには広まらなかったのです。外資系のトップにお会いして、直接ご提案すると関心を持っていただける方もいましたが、日系企業の方々には、その良さがほとんど伝わりませんでした。

より効果的な伝え方を模索していた時に、瞑想を実践する同じコーチング仲間で、たまに情報交換していた木蔵シャフェ君子から、「アメリカで経営者に瞑想を指導しているエグゼクティブ・コーチを知っているから会いに行こうよ!」と誘われたのです。それが、いまSIYLIのCEOを務めているマーク・レッサーさんとの出会いにつながりました。

マークさんはもともと禅のお坊さんなのですが、MBAを取って起業に成功した人なんです。当時、経営者に対して瞑想のトレーナーをやっていると聞いていたので会いに行ったのですが、「実は半年くらい前にSIYLIのCEOに就任したところで、現在はこのプログラムを世界中に広めていくことに100%注力している」という話を聞かされたのです。

──お会いした時に初めてCEOに就任されていたことを知ったわけですか?

そうなんです。「それってもしかして噂に聞いていたグーグルの瞑想プログラムですか?」と聞いたら「そうだ」という話で、それならむしろ好都合だと思いまして、その場で「ぜひ日本でSIYを広めるお手伝いをさせてください!」と頼み込んだのです。その場でマークさんの手帳を開いてもらって、「来年の秋のこの日にプログラムを開催するから予定空けてください!」と言って約束してきたんです。

──すごいですね! いきなりその場で決めてきたんですか?

もう後先考えず、とりあえず手帳に予定を書き込んでもらって、帰国しました。

荻野は帰国後、仲間を集めて組織を立ち上げ、マークとの約束通り、1年後の秋にのべ300人を動員し、Search Inside Yourself関連のイベントを日本で初開催した。

──帰国後は、どのようにして仲間を集めたのですか?

マークさんとのミーティングの帰り道、木蔵と車の中で「これはもう組織をつくるしかないですね」という話をしました。「ただ、もうひとりくらい中心的なメンバーが必要ですよね」という話もしていたのです。それで、成田に着いてスカイライナーに乗っていたら、タイミングのいいことに、また別のコーチング仲間の吉田典生から、「書籍『Search Inside Yourself』を使ったワークショップを開催するので、淳也さんよかったら来ませんか?」と、イベントへの招待が届いたのです。

──凄いタイミングですね!(笑)

そのイベントは予定が合わなくて残念ながら参加できなかったのですが、後日会って、マークさんとの約束の話をして、彼を誘うことに成功しました。そういうふうに偶然に偶然が重なって、いまに至る感じです(笑)。

──でも木蔵さんにしても、吉田さんにしても、日ごろから情報交換をしていたから偶然のタイミングが重なったわけですよね。

そうですね、木蔵は、普段アメリカに住んでいるので、日本に一時帰国する時に会って情報交換していました。吉田とも、年に2,3回は会っていました。実はコーチをやっていて、長年瞑想もやっているという人は意外と少ないものなんです。

鎌倉で9月にマインドフルネスと禅をテーマにしたグローバルフォーラム「Zen 2.0」の開催を予定している。

──まだ日本でマインドフルネスは広がり始めたばかりですが、この先どうなっていってほしいと思いますか?

いまぼくたちは、日本でマインドフルネスをセルフコンディショニングのツールの一種としてお伝えしています。集中力を高めて、生産性を向上できるものであると。そしてリーダーシップやウェルビーイングを高める効果もあるというような伝え方をしているわけです。ただし、本来のマインドフルネスは、そんなに小さな話ではないのです。

──どういうことでしょう?

マインドフルネスは、個人のコンディショニングに留まらず、会社や社会のカルチャーを変えるほどの大きな可能性をもつ考え方です。

毎年発表されている、「働きがいのある職場」というランキングがあります。そこで数年前に発表された研究で、従業員と経営層の「信頼」が高い組織は、継続的な収益を上げているという結果が出ています。

信頼を築くためには、上司も部下もお互いにオープンであることが大事です。オープンであるためには、自分自身のことに気づいていること、つまりマインドフルネスが大事になってきます。そういう流れに必ずなってくるはずです。

そのため、「マインドフルネスは、ちゃんと会社の業績にもつながっていくものだ」ということを、ぼくたちは日本でもこれから証明していかなければなりません。