森山大器の仕事は、大企業、ベンチャー、官公庁の3者をつなぐことで、組織の新陳代謝を促し、激しい時代の変化に対応するべく、イノベーションを加速させること。異なる思考をもつ人や企業をつなげる上で彼が実践しているのは、「補完関係」を見つける方法論だ。
Business Network Labのインタビューシリーズ「ビジネスネットワークのものさし」は、こんな問いを掲げてスタートした。
自分のビジネスネットワークを効果的に活用している人は、
「名刺の枚数」という“ものさし”だけで、
引き出しに眠る名刺の束を数えて満足してはいないはずだ。
彼らはいったいどんな“ものさし”を持っているのだろうか。
今回登場するのは、トーマツベンチャーサポート(以下、TVS)で経営企画統括を務める、森山大器。
TVSは監査法人を母体とする広範なビジネスネットワークを活用して、大企業、ベンチャー、官公庁の3者をつなぎ、イノベーションを加速させるべく、さまざまな支援に取り組んでいる。なかでも森山は、「ベンチャー×大企業」、「ベンチャー×官公庁」といった、異分野の"かけ算"を実現して、日本でイノベーションが生まれやすい土壌をつくろうとしている。異分野の人や企業をつなぐというのは、なかなか一筋縄ではいかないものだが、森山はいかにして行っているのか。
彼のビジネスネットワークの"ものさし"は、「補完関係」を見つける、という米国デザインスクール仕込みの方法論だ。
「日本では大企業とベンチャーの距離がまだまだ遠い」と森山は言う。アメリカではベンチャーの約8割が大企業に買収されているが、日本ではまだ事例は少ない。
「日本のイノベーションエコシステムが進化するためには、ベンチャー企業の出口としてIPOだけでなくセルアウト(事業会社への売却)というオプションが増えることが重要です。しかしながら、ベンチャーの意識の変化に対して日本の大企業側の動きはすぐには変わらないため、ベンチャー企業のセルアウトを増やすには海外の事業会社への売却を狙うのもひとつの手です。そのような考えから、現在ではベンチャー企業の海外での顧客開発に加え、海外へのセルアウトの支援にも力を入れています」
メディア、不動産、通信、電鉄など、オープンイノベーションに対して前向きな企業も近年増えている一方で、まだまだ閉鎖的な企業も多いという。そこで森山は、企業によってオープンイノベーションに対する理解やリテラシーが異なることを意識したコミュニケーションを大事にしているという。
「企業ごとのオープンイノベーションの進行度に応じて、提案のアプローチを変えています。オープンイノベーションはあくまで手段でしかないので、目が外に向いていない企業にベンチャーとの協業の話をしても『なぜ外と組む必要があるのか?』という話になって、なかなか進まない。そのような企業に対しては、まずは社内でチャレンジングな新規事業を創りましょう、という提案をします」
新規事業というと、技術に強みをもつ企業は改善レベルの目標設定をしがちだが、「2020年までに完全自動運転を実現する」というような高い目標を掲げた場合には、既存の事業や製品の延長線では難しくなるという。
「自社内だけでは実現が難しい非連続なことにチャレンジしようと思った時に初めて、外にも目を向けるようになり、結果としてオープンイノベーションという手段の検討に進みます。もちろん、すでにオープンイノベーションの理解がある企業には、目標を達成するために必要な具体的なベンチャー協業の提案を行います」
「イノベーションは一部の天才がするアートではなく、体系化によって学び教えられるはず」
東京大学・大学院で物理工学を専攻していた森山は、技術を人に届ける有力な手段としてのビジネスを学ぶために、新卒で経営コンサルティング会社に入社した。その後、イリノイ工科大学のデザインスクールにて、人のもつアイデアや創造性をいかに発揮するか、といったイノベーション創出の方法論を研究した。
「なぜその事業を創るのか(Why)、誰の笑顔が見たいのか(Who)、ありたい姿と現状のギャップを埋めるためのプロダクトは何か(What)、事業を持続可能にするためにどのようなビジネスモデルや組織づくりをするべきか(How)。この4つが事業が事業であるために必要な要素です」
この4つの要素が存在し互いに整合していることが重要ではあるものの、大企業の中では製品開発担当はWhatを、営業担当はWhoを、経営企画担当はHowを考えるという分業体制になっている。対して、ベンチャーはすべての要素をひとり、もしくは少人数で担う必要がある。しかし、すべてをひとりで網羅できるスーパーマンは滅多におらず、起業家によってビジョナリー型、技術者アナリスト型、営業デザイナー型に分類できるという。
「例えば、スティーブ・ジョブズはビジョナリー型に分類できます。絶対的な世界観はありますが、彼がプロダクトを作れるわけではありません。技術者アナリスト型はプロダクトがいかに面白いか、営業デザイナー型は顧客にとっての必要性やユーザビリティなどに意識が偏りがちです。これらの思考の癖を把握し、自分に足りないところを補完するための、チームビルディングをするべきなのです」
自分の思考の癖を把握していないと、ついつい似た者同士でつながりがちになる。自分と異なるタイプと手を組み、組織としてすべての領域をカバーできる、補完関係のある人材を配置しなければ、イノベーションは実現しにくいという。
「例えば、行動観察を起点としたイノベーションプロセスでは、一般的にWho、Why、What、Howの順番で考えていきますが、このプロセスの過程では思考の抽象度が大きく上下します。デザイナーは顧客目線に立って利用場面のことを具体的に考え、経営コンサルはさまざまなフレームワークをつくる。人によって得意とする思考の抽象度が異なるため、プロセスが進み、抽象度が大きく変化するところで摩擦が起きてしまうのです。このことを理解した上で、どのようなコミュニケーション上の工夫をするかについてチーム内で向き合っていくことが必要です」
オープンイノベーションを実現するためには、個人だけでなく、組織の思考の癖を意識することも重要となる。森山は大企業とベンチャーをつなぐ時にも、補完関係を意識しているという。互いの思考の違いを明確にすることで、これまで交わることのなかった企業同士がつながるきっかけを生み出している。
イノベーションを生むプロセスと、個々の思考の癖を理解すること。それを理論として体系化して、イノベーションの手法を再現性のあるものにすること。もしそれが実現できれば、社会に与えるインパクトは大きいだろう、と森山は話す。
「かつて、経営学もアートと呼ばれた時代がありました。それが次第に体系化され、いまでは多くのビジネスパーソンが理解できるものとなりました。わたしにしかできないイノベーションの支援はアートでしかありませんが、イノベーションを体系化することで、組織全体で取り組むことができるようになります」
経営学も、いまではストラテジーやマーケティングなど、より具体的な専門分野として要素分解され、それぞれの領域において、より深い洞察が生まれてきた。しかし、いま"イノベーション"と表現されるものは、立場によって捉え方にズレが生じている、と森山は指摘する。
自社の強みはプロダクトにあるのか、ビジネスモデルにあるのか。大企業とベンチャーが協業する時においても、それぞれの補完関係をもとにマッチングすることで、互いの得意分野を活かすことができる。
「枠を提示することで、互いを理解しやすくなります。補完関係のかけ算でどのような価値が生まれるかを考えなければならないのです。例えば、プロダクトが強い大企業とユーザーエクスペリエンスが強いベンチャーが組むことで、新たな価値が生まれます。逆に、技術ベンチャーに対して技術が得意な企業をマッチングさせようといった場合など、互いの補完関係が見出しづらいと実現は難しくなります」
補完関係をもとに、常に組織を刷新していくことがこれからの企業には求められている、と森山は指摘する。なぜなら技術が普及するスピードは年々短くなっているため、自社の強みだったものが数年後には時代遅れになるかもしれないからだ。
「新陳代謝のインターバルが短くなっています。企業はひとつの技術や製品で長年安泰でいられる時代ではもはやなくなってきています。かつて、イノベーションは一部の人たちだけのものでした。しかし、これからはあらゆる企業が、あらゆる分野で、当たり前のものとして捉えていかなければならない時代です。新陳代謝を自社内で起こすことが難しくなるなか、補完関係にある企業や人とのつながりから、新しい新陳代謝を起こすこと、それこそ、イノベーションを絶えず起こし続けなければいけないのです」