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ビジネスネットワークの“ものさし”

「いま大企業の若手は、会社を超えてつながるべき」One JAPAN発起人・パナソニック濱松誠の“オングラ”な挑戦

自社の看板を背負って表舞台で活動する(="オングラ"な)大企業の若手社員が、チームをつくって数十社集まると何が生まれるだろうか。大企業が保有する豊富なリソースに着目して、閉塞感が漂う日本に新風を吹き込む、濱松誠の新たなチャレンジに迫る。

Business Network Labのインタビューシリーズ「ビジネスネットワークのものさし」は、こんな問いを掲げてスタートした。

自分のビジネスネットワークを効果的に活用している人は、

「名刺の枚数」という“ものさし”だけで、

引き出しに眠る名刺の束を数えて満足してはいないはずだ。

彼らはいったいどんな“ものさし”を持っているのだろうか。

パナソニック、NTTグループ、トヨタ自動車、富士ゼロックス、JR東日本、日本郵便、ベネッセホールディングス、朝日新聞...。さまざまな業種の大企業の若手社員がつながったら、いったい何が生まれるだろうか。

今回登場するのは、大企業ではたらく30代の社員を中心とした有志団体「One Japan」の共同発起人、濱松誠(33歳)。

30代は大企業ではまだまだ若手と見なされ、自ら事業を動かすのは難しい。だが自社の看板を背負って、会社の枠を越えて横でつながれば、何かを変える力になれるかもしれない。

濱松が掲げるビジネスネットワークの“ものさし”は、大企業が保有する豊富な資産と、人のつながりがもたらすイノベーションの可能性を信じて、“オングラ”で活動する、気概のある大企業の若手リーダーたちだ。


──One JAPANの話に入る前に、濱松さんは、パナソニックの若手団体「One Panasonic」の発起人でもありますが、それはどのような活動をする団体なのでしょうか。

One Panasonicは、パナソニックの若手社員を中心とする有志のグループです。2012年3月に立ち上げました。簡単に言うと、社内に「縦・横・斜めのネットワーク」を築いていくチームです。なかでも特に縦と斜めに力を入れています。

──縦と斜め?

大企業は同期が多いので横はまだつながりやすい。でも社長や役員、それから新入社員や内定者(縦)、他部署の先輩や後輩(斜め)は距離が遠いんです。

──なるほど、特に「斜め」は接点が少ないイメージはありますね。

どんな仕事でも、熱い思いと志を持って夢を実現していこう、現状を変革して新しいことに挑戦しよう、と思ったら、チームワークやネットワーキングがやはり重要になりますよね。

でも、「人と人がつながって面白いものが生まれた」という話って、いつもベンチャーか外資か、フリーランスのクリエイターから発信されると思いません?

──確かに、そういう傾向はある気がします。

ぼくはそれが嫌で。嫌というか何故か悔しくて(笑)。300人のベンチャー企業と、何万人も社員がいるような大企業は、やはり違います。300人でも全員を認識するのは難しいのに、パナソニックのようにグループ全体で25万人もいたら、もうわけがわかりません。会ったことのない人なんてたくさんいます。他部署の人間と積極的につながろうと思っても、いろんな「組織の壁」が立ちはだかります。だけど、「大企業だから無理」「組織が縦割りだからできない」と諦めるのが嫌なんです。

大企業の最大かつ唯一とも言える強みは、「有形無形の豊富なリソース」です。リソースしかない、と言ってもいい。そして、そのリソースの中でも最大の資産は「人」です。それを活かさずして、なんの大企業かと。

人材、技術、ブランド、歴史、信頼、お金。濱松はこの6つを大企業の資産として挙げる。一見当たり前のように聞こえるが、意外にも大企業の中の人たちは、この強みを自覚できていないと彼は指摘する。

──現在One Panasonicのメンバーは何人くらいですか。

厳密にメンバーを定義しているわけではありませんが、何らかのかたちで参加した人が2000人ほどですね。

もともとは、2006年、ぼくが入社1年目のときに内定者懇親会を企画したことが始まりです。毎年数十人ずつ参加者が増えていき、ゆるやかなネットワークができていきました。2012年にグループ会社3社が合併することになり、それを機会にOne Panasonicとしてスタートしました。One Panasonicの目的は、組織の壁を超えて個人をつなげて、①「一歩踏み出す」社員をつくること、②オープンイノベーションを実現することです。

──そのつながりが、いち企業の取り組みを超えて、One JAPANへと広がっていったのは、どのような経緯だったのでしょうか。

One Panasonicを立ち上げたあと、社外の動きとして、ふたつのことが起こりました。

ひとつは、「こんなことをやっている知り合いがいるんですよ、紹介させてもらえませんか」と言われることが増えてきた。それで知り合ったのが、例えば、富士ゼロックスで「秘密結社 わるだ組」という活動を行っている大川陽介さんや、NTTグループの横串活動「O DEN(オデン)」を主宰しているNTT東日本の山本将裕さんです。話していると「大企業あるある」で盛り上がるんですが、それだけではなく、世の中の捉え方にすごく同時代、同年代を感じたんですね。「一緒だな、こういうことだよな」、と。そのときから何か一緒にできたらなというのはありました。

もうひとつは、「One Panasonicの話を聞いて、ぼくもやろうと思いました」と言って、実際に行動を起こし、自分の会社で有志団体をつくる人が出てきたことです。

このふたつの流れが合わさって、26社が参加する「One JAPAN」がつくられていきました。

大企業の中で変革に挑戦するのは、簡単ではありません。ぼくはいま33歳で、世の中では決して若くはないと思いますが、現実として大手では若手とみなされます。現実的に考えれば、そんな若手に7,8兆円規模の会社を変えられるわけがない。そう言って多くの人が諦めて、辞めていったり、染まっていったりするんですが、組織の中にとどまったまま、なんとか変えてやろうと思っている個人は確実にいます。コレクティブインパクトを出すためにも、その人たちをつなげていかないといけないと思うんです。

ひとりの若手社員がどれだけ発言しても、無駄に終わってしまう。だから各社、社内で面白いメンバーを集めて「個人ではなくチームで頑張りましょう」と言って声をかけていったのだという。

──大きい組織の中にも熱のある「個」はいるんだけれども、分散して見えづらいので、それを集めて見えるようにしましょう、と。

そうです。そして、もうひとつのぼくらの活動のポイントは「オングラ(オングラウンド、地上)」であることです。オーバーグラウンドでもいいんだけど、要するに「アングラ(アンダーグラウンド、地下活動)」ではないということです。

会社公認でなければ、自主的な勉強会や交流活動をしている人たちはけっこういると思うんです。ただ、それでは会社を動かすような影響力は持てないのではないかと、ぼくは思うんですね。

小さなことのように聞こえるかもしれませんが、One JAPANの特徴のひとつは、チームでの参加を必須としており、みんな自分が所属する会社の看板を背負って、表に出てきているということです。「NTTの〇〇さん」「富士ゼロックスの〇〇さん」、ぼくも「パナソニックの濱松さん」です。これがいままではなかなか言えなかった。

──確かに、自分が大企業のいち社員だったら躊躇するかもしれません。「おおっぴらに会社の名前を出して、怒られないかな」とか。「広報部の許可を取らないといけないけど、通らないだろうなあ。面倒だしなあ」と思って、やる前に諦めるかもしれません。

設立総会を開催して以降、メディアに取り上げていただくことも増えて、先日はある経済誌の取材を受けたんですが、その記事に参加各社のロゴを載せたいということになったんです。でも、会社としては、One JAPANという有志の活動を紹介する記事にオフィシャルのロゴを使わせていいのかどうか、という判断になりますよね。

その取材の前の代表者会議のとき、ぼくは各社のメンバーに「突破してきてほしい」と言いました。つまり、こういう理由でOne JAPANの活動に必要だからロゴを使わせてほしいと広報に掛け合ってくれ、と。

結果、半数以上の会社が使用許可を出してくれました。認められなかったところもあります。でもそれでいいんです。みんなが広報と関係をもって、「やっていいのかなと思ったけど、意外と大丈夫だった」「うちはやっぱり厳しかったな」、といったような反応でした。そういう経験をすることが第一歩なんです。それが空気を破る、空気をつくることになっていくと思うんです。

大企業の中で何かを変えようと思っている若者がいても、ひとりではほとんど何もできない。「熱量をもった人たちの源泉がない」。濱松がつくりたいのはその源泉だという。

──逆に言えば、これまではそれすらも怖くてやらなかったということですね。

その通りです。One JAPANは30歳前後の若手ばかり120人でスタートしました。「烏合の衆だ」「何ができるんだ」と言う人もいます。ですが、10年後、15年後に、この熱を持った人間が200人になり、500人になり、千人、1万人になるかもしれない。日本全体の働く人たちの数から見れば圧倒的に少ないです。でも、その千人や1万人が有機的につながったら、めちゃめちゃおもしろいんじゃないかなと思うんです。

──その有機的なつながりによって実現したいことは、どんなことでしょうか。

将来的には、日本流のビジネス・エコシステムをつくることにつながっていけばいいなと思っています。もちろん、いまはまだそのもっと手前の段階です。これまでイノベーションはベンチャーが担うとなぜか思われてきた。大企業にはできないと。でもぼくたちはその空気を変えたい。大企業だけでというつもりはありませんが、ベンチャーでも大企業でもできる。それを実現したいんです。

もちろん大企業の中で閉じるのではなく、ベンチャーやソーシャルセクター、アカデミアやアートの人たち、いろんなカルチャーや価値観と混ざり合う、そのハブのひとつにOne JAPANがなれたらいいなと思っています。

──One JAPANのような、大企業の若手社員による団体は日本では初めてだと思いますが、海外にはあるんですか。

あります。グローバルイントレプレナーカンファレンス。企業内起業家の存在は海外でもやはり同じで、国際的な会議も開かれています。

「でも若手ばかりだと意思決定権ないでしょ」。そういう指摘に対しては、「上司を説得すればいい」、そして「10年後の世界を見てほしい」と言う。実際にいま、ミドルマネジメント層を巻き込むための施策やアドバイザリー・ボードのようなものをつくり、支援者を増やしているところだ。会社を越えたつながりは、必ず将来活きる時が来るという。

──日本でも働き方が多様化したと言われ、企業や独立が奨励される面がありますが、でもまだまだ安定した大企業に入社して、会社員として働く生き方を選択する人が多い。そこを無視してはいけないということですね。

はい。働き方の多様化について止めるつもりも減速させるつもりも一切ありません。どちらかというと、ぼくたちが実践して後押ししようと考えているぐらいです。加えて、いまの20代30代は、自分のことや会社のことだけでなく、広く社会の問題を解決していこうという意識を持っている人が多い。

いま、週休2日制を採用している会社が多いですが、週休2日はパナソニックの創業者の松下幸之助が米国から持ってきて、自社に取り入れたものなんです。でも、週休1日が当たり前の時代には「絶対できるわけがない」と言われていた。実際に他社に波及するまでに何年もかかりました。

ぼくらは、One JAPANという母体で、会社という垣根を超えてゆるやかにつながることで、「ぼくもこんな働き方がしたいな」「〇〇社さんのやり方、うちでも取り入れよう」、そんなふうに、多様性や選択肢を生み出すことができるかもしれない。思ったり言うだけではなく、実践・行動していくんです。

世の中はつくっていくものです。「どうせできない」と文句を言っていても、未来はやってきません。人間には孤独に勝たなければいけない局面もありますが、やはり人と人とのつながりが、新しいものやおもしろいものを生む。ぼくはそう信じています。