メールマガジン登録フォーム

BNLの最新記事情報やイベント告知などをEメールでお届けします。
こちらの個人情報の取り扱いに同意して、「Subscribe」に進んでください。

ビジネスネットワークの“ものさし”

Takramのデザインエンジニア・田川欣哉が語る、上流の仕事術とビジネスネットワークの「エレベーター理論」

世のビジネスパーソンはほぼ全員「階数制限付エレベーター」に乗っていると、田川欣哉は言う。日本における「デザインエンジニア」の第一人者による、平面ではなく立体的にとらえるビジネスネットワーク論を紹介。

Business Network Labのインタビューシリーズ「ビジネスネットワークのものさし」は、こんな問いを掲げてスタートした。

自分のビジネスネットワークを効果的に活用している人は、

「名刺の枚数」という"ものさし"だけで、

引き出しに眠る名刺の束を数えて満足してはいないはずだ。

彼らはいったいどんな"ものさし"を持っているのだろうか。

デザインとエンジニアリングの両分野に精通する「デザインエンジニア」を中核に、多様なプロフェッショナルが集うクリエイティブ・イノベーション・ファーム「Takram」の代表、田川欣哉。

クライアントの構想をプロトタイプで可視化することで、企画段階からイメージをすり合わせ(田川は「ベクトルを揃える」と表現)、新規プロジェクトの推進力を増幅させる「上流のデザイン」を得意としている。

その手法をよりよく生かすための試行錯誤を重ねてきた田川のビジネスネットワークのものさしは、「エレベーター」だ。


クライアントに対しては、まず「偉大なる素人性」を持って接し、いったん物事が進み始めると「偉大なる玄人性」を持って取り組むことが大事だという。

──Takramのプロジェクトは一般の商品・サービスからコンセプチュアルな作品まで多様です。最近、政府が主導する「RESAS地域経済分析システム」のプロトタイプを手がけられました。これはどんな経緯で?

きっかけは仕事でお世話になっている方からの紹介です。その方からの紹介を通じて、プロジェクトのメンバーの方々がTakramを訪ねていらっしゃいました。ただ、最初からこういうものをつくってほしいという具体的な依頼があったわけではなく、進め方も含めて相談に乗って欲しいというような状況でした。

この「RESASプロトタイプ」は、データビジュアライゼーション(データの可視化)というアプローチを活用したものです。国家スケールの経済ビッグデータを表示するシステムとしては世界でも最大級のもので、ごく限られた人しか挑んでいない未踏領域の仕事です。そのような意味でも、今回取り組んだ「RESASプロトタイプ」は、Takramにとっても大きなチャレンジでした。

最初のミーティングでわれわれからお伝えしたのは、「ぼくらも、この時点ではどのようなソフトウェアに仕上げればよいのか、その具体的な仕様やデザインについてはわかりません」ということでした。

──そうなんですか!? 「できますよ」と言って引き受けるのかと思っていました。

ぼくらも初めてみるデータなんですから(笑)。たった30分ほどのミーティングで「こういうデザインにすべきです」とは言えません。ただ、どういうステップを踏んで進めていけば、短期間で何らかのかたちに落とし込むことができるかというプロセス、つまりプロトタイピングの進め方については分かります、とお話ししたんです。

ぼくらが手がけたのはRESASのプロトタイプで、現在運用されている商用版のRESASの実装は別の会社が担当しました。一部は一般にも公開されていますので誰でも見ることができます。例えばある都市から別の都市へ、どうお金と人が動いているかをすべてトラッキングできるようになっていたりします。これをまずプロトタイプとしてつくっていきました。

Takramが制作した「RESAS地域経済分析システム」のプロトタイプ。自動車メーカーの取引構造がビジュアライズされている。

──パッと見て直感的にわかりますね。これだったら自分に必要なデータを探すことも楽になりそうです。見ているだけでもおもしろいです。

世の中にないものをつくることがぼくらの仕事だと思っています。前例のないもの、誰もやったことのないものをつくること。そういった新事業は生存率が1割を切るような世界ですが、その確率を5割以上にあげて、軌道に乗せるのがぼくらの仕事です。

それをテクノロジーとデザインを駆使しながらサポートしていくのが、Takramの仕事です。

──なるほど。いろんな相手をサポートするから、Takramのプロジェクトは多様で、「そんなことまでできるの?!」というものが多いのですね。

例えばいまだと、ispaceという宇宙ベンチャーが中心となって進めている「HAKUTO」というプロジェクトは面白いですよ。グーグルが主催する「Google Lunar XPRIZE」という月面探査レースに参加しているのですが、月面を走らせる車として開発しているのが月面探査ローバーです。

レースのミッションは、ロボット探査機を打ち上げて月面に着陸させ、そこから500メートル走らせて、高精細の画像のデータを送ることで、それを最初に達成したチームに2000万ドル=約21億円が与えられるんです。

──21億円!

打ち上げだけでも10億円以上かかるから、開発費も全部合わせると、たとえ1位になっても全然足りないんですけどね(笑)。ぼくらはサポートカンパニーとして参加していて、このローバーの外装デザインはTakramが担当しています。

Google Lunar XPRIZEに挑戦する、民間月面探査チーム「HAKUTO」のローバーのフライトモデル(実際に宇宙に打ち上げるモデル)。Takramが意匠コンセプト立案・スタイリングを担当した。

──なぜTakramが参加することになったんですか。

Takramのメンバーに牛込陽介というデザイナー・テクノロジストがいるのですが、彼がispaceのメンバーのひとりと友人だったんです。ispaceでフライトモデルのデザインをしなきゃということになり、「牛込くんのところでやれないかなあ」と持ちかけられて、「宇宙おもしろいじゃん、やってみようぜ」と引き受けた。そんな感じでスタートはカジュアルだったのに、途中からどんどん話が大きくなっていったんですが(笑)。

これは本当におもしろいプロジェクトです。宇宙空間での熱対策とか、軽量化のための構造や素材とか、Takramのメンバーたちは常にispaceのエンジニアたちとディープな議論を重ねてデザインを進めています。

──エンジニアだけではできないものですか?

最新のテクノロジーはかっこよくあってほしいじゃないですか。アプリのユーザーインターフェイスをデザイナーが手がけるのと同じで、エンジニアだけでつくっていては、洗練された形にはなかなか到達しません。

誰もやったことないもの、世の中にないものをつくる。それがTakramのアイデンティティだ。新たな挑戦には失敗が付き物だが、プロトタイプを早めにつくることで精度を高めている。

──プロダクト自体がかっこよくて夢を感じられるものでないと、サポートする人やスポンサーもこれほど集まらないかもしれないですね。

デザインの役割でとても大切なことは、ビジョンをつくってしまう能力です。いや、ビジョンをつくると言うと嘘になるな。経営者やリーダーの頭の中にあるビジョンを、外に出して、形にして見せてあげることができるのです。

それが仮にプロトタイプであったとしても、モノができた瞬間に、人間の思考のピントが合い始めるのです。プロジェクトに関わる人が100人や200人もいたとしても、モノがバンッと出てくることによって、「あ、そっちなんだ」とベクトルが揃う。

そして、それをハイスピードでやることも大事です。人の思いの熱量が高いうちにプロトタイプを見せていくことで、関係するすべての人の視線を一気に同じ方向に向かせる。ベクトルがバラバラだと打ち消しあうのが、ひとつの方向を向くことによって推進力が増すんです。一人ひとりの投入するエネルギーは同じでも、全体のアウトプットが何十倍にもなる。

というのが、プロジェクトの「上流」における、デザインのパワフルなところです。スタートを切らせる力がある。

もうすこし下っていくと、ユーザー向けの商品化や量産化といった、つくり込みの世界になってきて、それはまた別のデザインの効能なんですね。

「ぼくらは水のようなもの」だと田川は言う。「緑の絵の具と混ざれば緑の水に、赤と混ざれば赤の水に。結果だけでは同じ人たちがやっているようには見えないけど、どんな色でも取り込んできれいにする存在でありたい」

──「上流」という言葉がありましたが、一般にはやはりつくり込みの部分で仕事をしている人が多くて、上流に関わるようになるのもなかなかできることではないと思うんです。ビジネスでは意思決定権を持つ人と話せとはよく言われることですが、トップのビジョンを聞けるようになるにはどうしたらよいのか、と。

それこそネットワークかもしれないですね。ぼくらは最初から経営者層の人たちと話ができたわけではないんですよ。地べたの仕事もたくさんやりました。ただ、ネットワークという意味でもやはりプロトタイプがぼくらを次に連れて行ってくれた気がします。

プロトタイプというモノが、クライアントの社内を一人歩きしていくのです。何かの拍子に上の人の目に留まって、「これをつくった人を呼んできなさい」と呼ばれて行き、徐々に上の人たちと話せるようになっていく、というパターンが多かった気がします。

いまは、そうですね、ハブタイプと言われる方々はやはり世間には多くいらっしゃるので、そのような方々を通じて人とのつながりが広がっていくということはありますね。でも、ビジネスネットワークの話でいうと、ぼくは、ハブよりもエレベーター理論をという捉え方を持っていて。

──エレベーターですか?

聞きたいですか?

──はい、教えてください(笑)。

例えば、60階建ての高層ビルがあるとするじゃないですか。各フロアには人が動いています。初めてそのビルを訪れて、受付をすると、カードを渡されます。そのカードには「1階から3階」と書いてあります。そのカードで行き来できるのは3階まで。そしてビルの中を上に行ったり下に行ったりして仕事をしているうちに、顔見知りが増えたり、評判が出てきたりする。

3階まで行くと、そこには、3階から8階までのエレベーターがあるんです。それで、3階で仕事をしていると、たまに8階から3階に降りてくる人がいるんです。そういう人と運良く出会うことができ、かつ、その人のお眼鏡にかなうと「お前おもしろいから、俺と一緒に8階に来い」と言われる。そして一緒に付いて行くと、8階には自分が見たこともない人たちが生きているわけです。「すげー、こんな仕事をしている人たちがいるんだ」とか思ってドキドキハラハラするわけです。そのうちその人に「俺のカードを1枚分けてやるから自由に行き来しろ」と言われる。それを使って今度は3階から8階を行ったり来たりして仕事しているうちに、徐々にその環境に馴染んできて、今度は、20階から降りてきた人に発見される......。

いまでも年に2人くらいは、さらに上の階へ連れていってくれる人に出会うという。

──なるほど。その繰り返しで、最上階まで行けるかもしれない。

そう。何が言いたいかというと、1階から3階までのパスしか持っていない人は、個人的な努力だけでは50階には行けないということです。上の階へ行けるようになるのは、誰かがあなたの手を引っ張って連れて行ってくれることが必要で、そこは基本的に他力なんです。世の中で活躍しているビジネスパーソンはほぼそうなんじゃないかな。いままで会えなかったような人たちと会い、冷や汗をかきながらもやっているうちに馴染んできて、次のレイヤーの人と話す準備ができる。

──各レイヤーのいちばん上の階で、がんばっていい仕事をしなければいけないということもありますよね。声をかけてもらえるように。

おもしろいなとか、信頼できるとか、その人が「こいつを上に連れて行こう」と思うことであればなんでもいいと思うんですけどね。

だから、ハブタイプというと水平方向のネットワークをイメージしますが、エレベーターで移動している人たちは垂直方向にもネットワークを持っている。ビジネスネットワークという意味ではそちらを意識するといいかなとぼくは思います。

──まさに、ビジネスネットワークをビジュアライズしてくださったような感じがします。

そんなことを言うと人間関係をヒエラルキーで捉えているようで嫌われてしまいそうですが(笑)、ビジネスネットワークという意味では、エレベーターのイメージを持っていると、人との付き合い方が変わるのではないかなと思います。

Takramは、初期のEightのユーザーインタフェースを手がけた。またブランドに統一感を与えるために、ロゴマークやウェブサイト・プロモーションビデオの制作にも携わっていた。