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ビジネスネットワークの“ものさし”

“イノベーションの学校” 東大i.schoolの横田幸信が説く、優れたアイデアが生まれるネットワークの力

理系出身の横田幸信は「“人脈”なんてやましいものだ」と思っていたが、i.schoolでビジネスネットワークの価値に気づいたという。それはシリコンバレーで学んだ大学OBの人脈とも異なる、人間中心のイノベーションを生み出すクリエイティブなつながりの力だ。

Business Network Labのインタビューシリーズ「ビジネスネットワークのものさし」は、こんな問いを掲げてスタートした。

自分のビジネスネットワークを効果的に活用している人は、

「名刺の枚数」という"ものさし"だけで、

引き出しに眠る名刺の束を数えて満足してはいないはずだ。

彼らはいったいどんな“ものさし”を持っているのだろうか。

今回話を聞くのは、東京大学i.schoolで「人間中心イノベーション」の研究・教育に携わる横田幸信だ。

i.schoolの研究を実社会に役立てるべく、企業と実践的なプロジェクトを行うコンサルティングファーム「i.lab」を2011年に設立。マネージングディレクターとして、さまざまな企業と実践的なプロジェクトを行っている。今年の7月には、これまでの研究成果や実践方法をまとめた『INNOVATION PATH』を上梓した。

横田は、「ネットワーク=人脈という考えが変わってきた」という。「ある人とつながることで社会的ラベリングがなされ、信用を得られる」というのはビジネスネットワークの一面でしかない。「新しいネットワークの力を感じる」という。

例えば、知り合いの何気ない一言で、新しいユーザー体験に気づくことがある。それがクリエイティブなアイデアに結びついたり、課題解決につながったりすることもある。そこにあるのは、その人の「人間性」ともいうべき知性への信頼だ。そんな信頼できる知性を持った人との関係こそが、意義あるネットワークと言えるかもしれない。「人間中心」の視点で見れば、新しいビジネスネットワークのかたちが見えてくるはずだ。

横田の新刊『INNOVATION PATH』では、三菱重工グループやLIXILなど、i.labのクライアントの具体的な事例を用いて、イノベーションのマネジメント手法が解説されている。


"人脈"なんて、やましいものだと思っていました。


──研究とビジネスの領域にまたがって活動されている中で、ビジネスネットワークについて、どのように捉えていますか。

わたしは大学院まで物理の研究をしていましたので、人との関係が価値を生むというマインドセットは20代中盤まではありませんでした。むしろ、そのような考えはやましいものであると考えていました。

しかし、九州大学を卒業する直前に、大学の教育プログラムでシリコンバレーに行く機会がありまして、1週間ほどの滞在の間にさんざん言われたことが、「とにかくネットワークが大事!」ということでした。

例えばシリコンバレーで起業しようとするなら、起業チームの中にスタンフォードかUCバークレーの卒業生がいなければダメだ。なぜならその大学の同窓生がベンチャーキャピタルにもいるし、大企業にもいるし、法律の専門家にもいる。そのネットワークが活用できなければ生き残れないんだ、と。中心メンバーでなくてもいいが、そういう人間をひとりでもチームに入れておかない時点でビジネスセンスが疑われる、とまで言われました。

──学生にとっては強烈な体験だったでしょうね。

洗礼を浴びた感じでした。ただ、その時は、「でもぼくは理系だし、研究者だから“コネ”なんて必要ないよね」と思っていたんです。

──大学卒業後は、野村総研に入社されていますね。

少年の頃から、先端技術をいかに世の中に意味のある形で届けるかということに興味があったので、まずはビジネスを学ぼうと思ったわけです。その時も、コンサルタントは人間力が大事だとか、人脈を培っておくと将来的にもビジネスの役に立つとは、先輩たちから聞いていたのですが、クライアントと人脈がつながるということに、まったくイメージがわきませんでした。

──ではどこで、ビジネスネットワークの価値に気づいたのでしょうか。

i.schoolに関わるようになってからです。i.school創設者で、現在エグゼクティブ・ディレクターを務めている堀井秀之先生と、共同創設者の田村大さんと出会ったことが、わたしの考え方を大きく変えました。

2009年に設立されたi.schoolは、主に東京大学学生がイノベーションの起こし方を学ぶための教育プログラムだ。横田は2013年より、初代の田村大からディレクター職を継いでいる。


自ら面白いことをやって、そこから人間関係が始まる。そういうネットワークが自分にとっては意味のあることです。


──i.schoolにはどのようなきっかけで参加されたのですか。

ビジネスを続けるにしても、もう少し技術のことを理解しておきたいと思い、野村総研を辞めて、東大大学院の工学系研究科に入りました。ビジネスのバックグラウンドは生かしたかったので、副専攻的にいろいろ学んでいたうちのひとつがi.schoolでした。はじめは学生として参加していたのです。

i.schoolでは「innotalk(イノトーク)」という、ゲストを招いてイノベーションについて話してもらうイベントを開催しているのですが、当時そこにタクラム・デザイン・エンジニアリング代表の田川欣哉さんや、IDEO副社長のトム・ケリーが講演に来たりしました。彼らは、イノベーションを牽引する人物として、ビジネスの世界では有名人です。学生から見れば憧れの対象となるような人たちが普通にやってきて、直接話すことができる。そのことに知的興奮を覚えましたし、人と会うことは楽しくて刺激的だと思えるようになりました。それをすべて実現していたのは、ディレクター(当時)の田村大さんの個人的なネットワークでした。

──いまの横田さんの役職にあたる方ですね。

田村さんと知り合ってから、強固なビジネスネットワークを持つことの凄さを目の当たりにしたのです。彼との出会いが、自分の中の何かを目覚めさせた感覚がありました。

ただそうは言っても、人付き合いは得意ではないので、急に自分から飛び込んでいくようなことはできません。いまわたしが大事にしているのは、「自ら面白いことをやっている状況をつくる」ことです。それを面白いと思ってくれる人がコンタクトしてくれて、そこから新たな人間関係が始まる。そういうネットワークが自分にとっては意味のあることです。

ディレクターに就任した年に、横田は「イノベーションのプロセス」について、「TEDxTodai2013」で17分間の講演を行っている


技術中心でなく、人間中心で考えるから気づけることがある。


──横田さんは著書の中で、日本ではこれまで技術革新という訳語に表れているように、技術偏重のイノベーションが行われてきたが、これからは「人間中心のイノベーション」にもっと目を向けるべきだ、と書かれていますね。

いまトレンドになっている技術に自動運転があります。自動車メーカー各社が研究・開発を行っていますが、その発想は、いかに安全・安心に自動運転を実現するかということです。しかし、わたしが興味があるのは、自動運転が普及したあとに、どのような新しいサービスやビジネスがありうるかということなんです。

一例を挙げてみますね。今日、わたしは、都心からここ(i.labのオフィス)まで、タクシーに乗って帰ってきました。これが、自動運転が普及して、タクシーがスマホのアプリで呼べるようになったとします。アプリを操作して、タクシーがやってきますよね。乗って、移動して、目的地に着いたら降ります。タクシーは自動運転で車庫へ帰るか、次のお客さんのところへ向かうでしょう。じゃあ、わたしが自家用車を持っているとします。アプリで呼んで、乗って、移動して、降りる。車は自宅に帰っていきます。では、シェアカーだったら? レンタカーだったら?

──あ、そうか! 人間の行動としては同じですね。

そうですよね。スマホを操作して、車を呼んで、乗って帰るという、ユーザーの体験は同じなんです。

自動運転技術によって生じる本質的な変化とは、ユーザーから見た時に、タクシーや自家用車、シェアカー、レンタカーといった区別がなくなるかもしれない、ということです。じゃあそうなったとしたら、どういうことが可能になるのか。それが、わたしが関心を持って取り組んでいることです。それは技術中心でなく、人間中心で考えるから気づけることだと思うのです。

人間中心のイノベーションを生み出す現場には、ポストイットは必須だ。クライアントの情報があるので撮影できなかったが、四方の壁にはぎっしりとポストイットが貼られていた。


数百人のマーケティング調査より、自分の主観的な感覚を重視します。


──その「人間中心」といった時の「人間」というのは、どんな人をイメージしていますか。

まずは自分自身です。少し前に、『スラムドックミリオネア』という映画がありましたよね。

──はい。インドのスラム街で生まれ育った男の子が、正答数に応じて賞金が与えられるクイズ番組に出場し、次々に正解していって、「ミリオネア(百万長者)」になるストーリーでした。

あの、貧しくて何も持たない男の子がなぜクイズに正解できたかというと、過去に体験したことが、たまたまクイズとリンクしていたからです。もちろんドラマ上の設定ですが、カンニングなどの手口で答えを得るわけでなく、自分が体験したことの記憶がうわーっと蘇ってきて、そこから正解を導き出した。

実はわたし自身、その感覚を覚えることがとても多いんです。数百人にマーケティング調査をした結果よりも、自分が食べた時はこうだった、自分が見た時はこう感じたというような、ある意味主観的な体験から有用な情報を抽出するということは、かなりやっています。

自分が信頼している人が、いま何に関心を持っているのか。彼らがSNSで発信する情報にはいつも注目しているという。


未知のものに対してもイマジネーションを働かせて、適切にフィードバックをくれる人たちの意見が重要です。


──それは、これまでの体験の多寡によって精度が変わりませんか。つまり、いろんなことを体験している人のほうが有利になりませんか。

それよりも、日々ものごとに対してどれくらいの興味・関心を持って暮らしてきたか、ということの方が大事です。同じ情報に触れていても、引き出せるものが変わるからです。

新しい製品やサービスを検討する時には必ずユーザーインタビューを行うのですが、まだ存在しないものを対象にインタビューする時には、「誰に聞くか」を適切に見極める必要があります。人間にとって見たことも聞いたこともないものについてフィードバックをするのは、大変難しいからです。

特に未知のものに対してイマジネーションを働かせて、適切にフィードバックをくれる人たちの意見が重要になってきます。必ずしも専門性の高い人とは限りません。その人が持っている知性、人格そのものと言ってもいいかもしれませんが、それに信頼を置いているという感覚です。そういう人たちのネットワークが、いまの自分のクリエイティビティに役立っていることを強く感じています。

──肩書きや職業によるものではなく、生き方そのものによって育まれる知性ということですね。

シリコンバレーで洗礼を受けた時のネットワークというのは、ある人と仲がいいということによって社会的なラベリングがされ、他の人への信用につながるという意味でのネットワークでした。

でも最近わたしが感じるのは、その人が新しいできごとに対してどういう認識を持っているか、どんな反応を示すのか、SNSなどでどういう情報を発信しているかという情報が、自分にとって非常に大事になってきているということです。明らかに10年前にシリコンバレーで聞いたネットワークの重要性とは違う意味で、ネットワークが大事だということを感じています。