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ビジネスネットワークの“ものさし”

「あなたの人脈の7割は偏っている」ハフィントンポスト日本版編集長・竹下隆一郎に学ぶ、視野を広げる技術

日々ネットで読むニュースが、興味関心のあるものに偏ってしまうように、一人ひとりのビジネスネットワークも似た分野に偏りがちだ。変化の激しい世界において、広い視野と柔軟な思考を備えるために、竹下は周囲の声に注目し、偏った人脈を耕すべきだという。

Business Network Labのインタビューシリーズ「ビジネスネットワークのものさし」は、こんな問いを掲げてスタートした。

自分のビジネスネットワークを効果的に活用している人は、

「名刺の枚数」という“ものさし”だけで、

引き出しに眠る名刺の束を数えて満足してはいないはずだ。

彼らはいったいどんな“ものさし”を持っているのだろうか。

今回このテーマに新たな視点をもたらしてくれるのは、ハフィントンポスト日本版編集長の竹下隆一郎だ。

「どんな人でも、ビジネスネットワークの7割は偏っている」。その前提から始めよう、と竹下は言う。ウェブメディアの情報が、各人の興味関心によって偏ってしまうのと同様に、これまで名刺交換してきた相手も、その7割は自分が関わっている業界や、興味・関心のある分野の人で、固まってしまう傾向があるという。

変化の激しい世界の中で、ビジネスで次に狙うべき“的”はどこにあるのか。視野を広く持ち、動く的にすばやく狙いを定めるためにこそ、ビジネスネットワークはある。だから意識的に人脈を耕し、彼らの声に耳を傾けるべきだという。朝日新聞社を退職し、36歳で“ハフポスト”の編集長となった竹下に、「人脈のフィルターバブル」を脱するビジネスネットワーク活用法を学ぶ。


メディアの本来の意味は媒体、つまり橋渡しをするもの。竹下が手がけてきたプロジェクトは、人と人とをつなぐ要素が本来的に含まれていた。

──竹下さんは、前職の朝日新聞社で、ソーシャルメディアを駆使して取材・分析を行う「ビリオメディア」や、新規事業を開発する「メディアラボ」など、先駆的なプロジェクトに関わってこられました。それには、人的なネットワークが欠かせなかったのではないかと思います。

どんな人を知っているかは、取材の幅を広げたり、多様なテーマへの関心につながったりしますので、人脈は意識的に築くようにしてきました。

──それは新聞記者として働き始めた当初からですか。

そうです。例えば佐賀総局に勤務していたときのことですが、佐賀はえびす像が日本一多くて、400体以上もあるんですね。その一つひとつを訪ねるという企画で取材したのですが、記者ひとりが行っても面白くない。そこで、十数名ほどのネットワークをつくって、その人たちに週1度ずつ取材に行ってもらい、それを記事にする、ということを行いました。書籍化もしました。

──どのようなメンバーがいたのでしょうか。

地元の政治家や経営者、自営業者や主婦の方もいらっしゃいました。そういう人たちを取材対象者としてだけ見るのではなく、チームになってもらうことで、わたしひとりでは取材できなかったようなものを、つくることができました。

──その人たちはどのようにして集めたのですか。紙面で募集したりとか?

総局長のネットワークを元に、地元の名士と呼ばれる方に話したら自然と集まったという感じでしたね。わたしは募集というのがあまり好きではなくて。プロジェクトの性格によっては、ランダムに集められた人たちよりも、誰かを起点にして集まった人たちのほうが、パワフルだと思うんです。


「どんな人でも、人脈の7割は偏っているもの。それが世界のすべてだと思ってしまう」


──いまは採用活動でも、インターネットで広く募ることが多いと思うのですが、竹下さんのやり方はどちらかというと古いタイプの、クチコミに近い感覚に思えます。

そうですね。でも、結局すべてのネットサービスはクチコミだと思うんですよ。FacebookやTwitterも、いかにも全世界に発信しているように見えますが、実際はウィークタイズ(弱い絆)をもとにしているサービスです。そこに価値があることは、古今東西、変わりません。ネットで募集すれば全世界に届くというのは幻想だと思います。

──実は一人ひとりのネットワークは狭いわけですね。

どんな人でも、人脈の7割は偏っているものです。例えば、過去に交換した名刺を並べてみると、7割は自分が関わっている業界や、興味・関心のある分野の人だと思います。そして、その7割が世界のすべてだと思ってしまうのです。

このことをウェブメディアの世界では「フィルターバブル」問題と呼んでいます。日々インターネットでさまざまな世界を見ているようでいて、実際は自分の友だちやフォローしている人など、いつも決まった人たちの投稿を見ているだけなのです。選挙のときに、「A候補が人気だと思っていたのに、蓋を開けてみたら落選していた」というのはよく起こる現象です。「メディアが偏った報道をするからだ」と批判する人も多いですが、実はその人自身が見ている世界の偏りによって起こるギャップなのです。


「ハフポストは『昼の世界』にどんどん進出していきたい。これまで誰も聞いたことがなかったような人の声を聞いてみたい」


──これはわたしの肌感覚でしかないのですが、ここ数ヶ月の間にSNSでハフィントンポストの記事を見かける機会が増えたような気がします。編集長に就任されてから、意図的に記事を増やしていたりしますか。

それはあります。特に国際ニュース、政治のニュースを増やしています。例えば評論家の宇野常寛さんや社会学者の濱野智史さんが指摘するように、日本を「昼の世界」と「夜の世界」で分けると、ネットはやはり「夜の世界」、「裏社会」だったと思うんですね。マニアックなユーザーに向けてサブカルチャーを発信していた部分がある。そこを変えて、「昼の世界」、「表社会」にどんどん進出していきたい。そうすると昼や夜の区別なく豊かな社会が生まれると思うんです。だからあえて硬派なニュースを増やしています。

──インターネットそのものに「7割対3割」の偏りがあるとしたら、社会のメインストリームこそがネットに足りないものだった、と。

ネット論客と呼ばれるような発言者の顔ぶれにも、どんどん新しい人を入れていきたいです。ハフィントンポストの特徴は1000人以上の多彩なブロガーです。これまで誰も聞いたことがなかったような人の声を発信したいですね。

ハフポストUK(英国)版では、キャサリン妃をゲスト編集者としてお招きして一緒に企画を練っている。「日本でも同じようなことができたら」と言う。


「いまの時代は、テーマを深める訓練よりも、動く“的”を見る訓練をしたほうがいい」


──竹下さんがこれまでに手がけられた記事やプロジェクトなどを見ると、関心の領域が幅広いですよね。これまでの新聞記者やライターのイメージは、「政治記者」とか「映画ライター」のように、ある分野に精通していることに価値が置かれていたと思いますが、竹下さんは従来のメディアとは違うフレームで動いているように見えます。例えば、取材テーマや関心領域はどのように見つけているのですか。

従来型のメディアの発想は、まずテーマを定めて、編集長が大きな編集方針を打ち出し、各パートを記者や編集者が担う、というやり方です。でも、ネット時代になって、“的”が動いていると思うんですよ。

例えば冷戦時代には保守か革新かといった的しかなかった。その的に収まりきらない問題や人物が出てきているのが、いまです。それならば、テーマを深める訓練よりも、動く的を見る訓練をしたほうがいい。

だから、わたしがやっていることはスポーツに近いかもしれないですね。動いている的を、いかに見つけ出して、狙いを定めて打っていくか。

──編集長が大きな編集方針を打ち出さないとなると、ハフィントンポストのエディターやレポーターのみなさんとは、どのように?

日々ディスカッションすることによって、動く的に対応しています。布陣が毎日変わる感じです。サッカーのフォーメーションのように。

サッカーの監督は、いったん選手がフィールドに出て行ったら、何もできません。それと同じで、わたしは何もできないんです。あるいはしてはいけないと思っています。試合中はフィールドに出て行った選手たちを信じるしかないのですが、ハーフタイムでベンチに戻ってきたときは、かなり意識してコミュニケーションします。どうしてこういう記事を書いたのかということは、一人ひとりとよく話しますし、自分の思いは雑談の中でも積極的に伝えようとしています。

──メールで伝えることもできそうですが。

やはり、最も人を活性化するのは会話です。文字のやりとりは、非常に硬直化したシステムだと思います。メールにしても、ものすごく考えて文章を書いて送っても、相手がそれを読んで、返事がくるまでの間にいろんなことが変化していて、ダイナミックさが失われるのです。

──何事も「動く」ことを前提で考えるべきなのですね。

名刺にしてもそうです。誰かが千枚の名刺を使い切るまでに、転職や起業などでその人が違う職業に就いている可能性が十分考えられる時代です。その流動性はいままでの日本にはありませんでした。少し肩書きが変わることはあったでしょうが、10年20年ほぼ変わらない名刺を使い続けるのが当たり前でした。でも、そうではない時代になってきているのです。


「文字や映像や手垢がついたスローガンより、誰かの『声』の方が振り向く原動力になる」


動く“的”を見るためには、ビジネスネットワークを常にリフレッシュしていないと、そもそも的が視野に入ってこないものだという。

──肩書きが通用しないとなると、次に誰とつながればいいかを見つけ、偏りがちな人脈を耕し、視野を広く持つには、何を頼りにすればいいのでしょうか。

まず、面白いことを発信している人に注目することです。今日の話のテーマのひとつは「動く」ということだと思うのですが、みんな動き続けているし、そのスピードは増しています。そのときに、唯一動かないものは、人の名前です。肩書きにとらわれていると見えなくなることがありますから、「名前とその人がいま何を発言しているか」はとても大事にしています。

視野を広く持てるかどうかも、まわりの人の影響が大きいと思います。動き続けている“的”がいまどこにあるのか、ただキョロキョロ見回していても見つけられないけれど、自分の知っている誰かの声が聞こえれば、そっちをパッと見れる。文字や映像や手垢がついたスローガンより、誰かの「声」の方が振り向く原動力になるのです。

文/長瀬千雅 撮影/西田香織