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ビジネスネットワークの“ものさし”

元サッカー日本代表・鈴木啓太CEOが語る、ビジネスアイデアを引き寄せる技術

サッカーに限らず日本中のアスリートの体調管理をサポートしたいと考えた鈴木啓太は、2015年10月に起業し、腸内フローラの解析事業を立ち上げた。その過程では、サッカーで身につけた、外部からアイデアを引き寄せるテクニックが発揮されていた。

Eightブログで2016年8月からスタートしたインタビューシリーズ、「ビジネスネットワークのものさし」では、以下の問いを掲げ、Eightを活用して第一線で活躍するビジネスパーソンを取材する。

自分のビジネスネットワークを効果的に活用している人は、

「名刺の枚数」という“ものさし”だけで、

引き出しに眠る名刺の束を数えて満足してはいないはずだ。

彼らはいったいどんな“ものさし”を持っているのだろうか。

シリーズ初回で取材した浜田敬子(AERA前編集長)は、企画力を磨いて相手と一緒にできる仕事をつくることで、つながりを濃くしていくことが重要だと語った。

第2回では、『疲れない脳をつくる生活習慣』、『友だちの数で寿命はきまる』、『最後のダイエット』等の著書で知られる気鋭の研究者、石川善樹を取材。社内のメンバーだけでアイデアを創造するのは時間の無駄であり、9割のリソースを使って社外にアイデアを探しに行くべきだと話した。

第3回となる本記事では、昨年末に引退した元サッカー日本代表の鈴木啓太が登場する。

「自分はこれから何を成すべきか?」。その問いを持つすべてのEightユーザーに向けて、“浦和の男”がサッカー仕込みのビジネステクニックを語る。

「プロサッカー選手になったとき、いつ辞めてもいいと思えるまで頑張ろうと決めていました」と鈴木は選手時代の心境を語った。「途中、辞めようと思ったタイミングが何度かあったなかで、昨シーズンに辞めることにしたわけです」

起業の原点は選手時代の体調不良

昨年引退した元プロサッカー選手の鈴木啓太が今年、腸内フローラ(腸内細菌叢)の解析事業を行う会社「AuB」を設立した。

一見突飛な行動に映るかもしれない。実際、ネットでは「鈴木啓太の知名度を利用しようと思った誰かに騙されたのだろう」とか「大企業も研究している分野だから素人では敵わないのでは」など否定的なコメントも、ちらほら目につく。しかし、鈴木の選手時代の出来事と起業の経緯を知れば、その行動にも納得がいく。

「自分は下手くそなプレイヤーだった」と鈴木は話すが、"水を運ぶ人"とイビチャ・オシム監督に名付けられ、キャプテンとして監督が率いた日本代表の全20試合に出場。オシムジャパンの戦略に不可欠な存在だった。浦和レッズのチームメイトからの信頼も厚く、レッズのチームキャプテンを3年連続で務めた時期もあった。

しかし、体調不良に悩まされることも多かった。特にワールドカップへの出場機会を逃した経験は、いまの起業の原点となった出来事だ。浦和レッズは、アジアのトップクラブチームが競うAFCチャンピオンズリーグ2007で優勝し、日本で開催されたFIFAクラブワールドカップ2007にも出場した。鈴木は、レッズと日本代表を掛け持ちする超過密日程をこなしていた。しかも彼のプレイスタイルは誰よりも走ることなので、身体の疲労はピークに達していた。08年4月に疲労は限界を超え、ある日急に体調を崩して1週間入院した。そのとき、体重は10kgも痩せたという。2年後、ワールドカップの開催地である南アフリカに向かう飛行機に、鈴木の姿はなかった。

「過密日程が続けば、コンディションは崩れていくものですが、自分の身体がいまどういう状態なのかを自ら理解している選手は意外と少ないものです。大抵はドクターやトレーナーに任せて安心しきって、ただ言われたことをやっているだけというのが実情です」

選手生命をかけた大事な時期に体調を崩してしまった鈴木は、ほかの選手には同じような思いをさせたくないという理由から、一人ひとりの体調管理に対する意識を変える事業を行いたいと考えるようになった。

鈴木は30歳のころから若手のサッカー選手を育てる事業を行っていた。「セカンドキャリアをどうするか」と考えた期間はなく、引退する前から事業の構想はスタートしていたという。

アスリートの意識を変えたい

例えば、チーム全員に毎日尿検査を課し、結果の伝え方を少し工夫するだけで、選手の意識を変えるきっかけにはなるという。

「尿検査は毎日続けられて、選手のパフォーマンスに影響を与える身体の水分量を把握できます。自分の結果だけを見ていても効果は薄いかもしれませんが、仮にチーム全員が日々検査を実施して、ロッカールームに結果が掲示されたらどうでしょう?」

水分量が足りていない選手には赤線が引かれて、もっと水を飲むよう警告される。最初は警告を受けてから水を飲むが、そのうち赤線が引かれないように日ごろから気をつけて水分補給を行うようになり、一人ひとりの意識が変わっていく。

選手の意識を変えることができれば、スポーツ界全体のベースアップにつながる

「選手の体調管理に対する意識が変わり、常に100%の力を発揮できるようになれば、個々の競技力が向上し、日本のスポーツ界全体のベースアップにもつながると思うのです」

鈴木はそのような意識レベルの変化を生み出すような事業をつくりたいと考え、昨年10月に「AuB」を立ち上げた。サービス提供に向けて準備を進めている腸内フローラ解析事業は、定期的な排便検査を通して、選手の意識を変えられるようなサービスに仕上げることを目標としており、現役のアスリートに協力してもらいながら現在研究を進めているという。

Jリーガーになったときチームから名刺の束を渡されたが、先輩から「名刺を配っているようじゃ駄目だ。顔が名刺になるように頑張れ」と言われたため、机の奥底にしまっていたという。Eightは引退後、今年の1月から使い始めている。

「軸」があればアイデアは引き寄せられる

2015年夏、まだ選手として自分の身体のコンディショニングに気を使っていたころ、排便記録アプリ「ウンログ」をつくった田口敬と会う機会があった。

「ぼくは選手時代に行っていたコンディショニングは『腸内細菌の管理』というよりは『お腹の状態を整える』というくらいのものでしたが、ウンログのことは知っていました。ある日、たまたま代表の田口さんを知っているという方とお会いしまして、『ぜひ会わせて欲しい!』と伝えたのです」

ウンログの話を詳しく聞いたところ、その技術はアスリートの体調管理のサポートにも使えるのではないかと考え、AuBの設立に至る。

だが、ここでひとつ疑問が生じる。鈴木は、いかにしてサッカーとはかけ離れた分野のアイデアを、自分の得意な領域に引き寄せることができたのか。その問いに端を発して、鈴木のサッカー仕込みのビジネステクニックが徐々に明かになっていく。

「ほかの選手も、ぼくと同じように日本のサッカーを強くしたいといった思いはあると思います」と鈴木は言う。「ただぼくはサッカーの枠から一度離れて客観的に見て、ほかの種目を強くする可能性も含めて考えてみたいと思うのです」

以前取材した石川善樹は、「新しいビジネスアイデアを得るためには9割のリソースで社外に目を向けるべきだ」と語った。一度自分が所属している世界の外にも目を向けるという考え方が鈴木にあったからこそ、貴重なビジネスパートナーとの出会いを引き寄せ、彼のアイデアをもとに馴染みのあるスポーツの領域で新事業を構想でき、起業という道が拓けたのではないだろうか。鈴木にそう問いかけると、「おそらくこれから話す考えが、今日いちばん大事だと思う」と前置きして、選手時代に学んだ極意を教えてくれた。

「自分の軸はこれだ!」というものがひとつあれば、それをベースにして、いろんなところから「これはくっつけられるかな?」と考えるわけです

「大事なのは、自分の軸をいつも意識して見失わないことです。『自分の負けないところは何なんだろう?』といつも考えておくのです。逆に言えば、自分のまったく畑違いなところに挑戦しても、ほかの人たちに負けてしまいます。『自分の軸はこれだ!』というものがひとつあれば、それをベースにして、いろんなところから『これはくっつけられるかな?』と考えるわけです」

「もしかしたらサッカーじゃなくて水泳をやっていたらオリンピックに出れていた選手もいるかもしれない。それっていまの日本のスポーツ界の改善すべき点のひとつだと思うのです」(鈴木)

スポーツ界全体のボランチになる

鈴木にとっての軸は、サッカー選手のころから一切ブレていない。

「AuBの事業について考えるとき、ぼくは『サッカーに置き換えたらどうだろう?』とよく思考します。サッカーは点を取る選手もいれば守る選手もいて、ぼくみたいにボールを触りたくないやつもいます(笑)。でも相手に勝利するという目標は一緒です。ぼくはチームが勝つためだったら、たとえ脚光を浴びなくても、人のためにハードワークして、ほかの人の倍は走ってやろうと思っていましたし、それこそが自分の価値だと信じていました。それをオシム監督は評価してくれて、“水を運ぶ人”という言葉にしてくれました。それが自分の軸です」

経営者になっても、基本的には同じ考え方をしていると鈴木は続ける。

「AuBの事業によって、アスリートが、オリンピックやワールドカップなど、自分が特に力を出したいという大会で100%の力を発揮できて、観る人に感動を生んでほしい。プレイスタイルとも一緒なんですが、彼らのために“水を運ぶ人”になれるだけで、ぼくは嬉しいのです」

「つまり、スポーツ界全体のボランチ的なポジションをやりたいということか?」と問うと、その通りだと深く頷いた。

鈴木は、一見まったく馴染みのない世界に両足で飛び出したかのような印象を受けるが、片足の軸は選手時代から一切ブレていない。むしろ、サッカー選手の中でも特に骨太な軸を持っていたからこそ、サッカー界の外にも視野を広げることができ、引退後も注目を集める新たな挑戦をスタートできているのではないだろうか。

腸内細菌の事業は、選手の意識を変えるために有効だと思える、ひとつの手段に過ぎないという。「行きたいところはあるけど先は真っ暗で、ちょっと光が差して道がここにあるなと思えた。でもその先はまだ暗闇で、本当に辿り着けるのかどうかはわからないといった感じです」